第七節 褒めてもらいたいから

 ヤクが世界巡礼に出発するまであと2日。その日もレイは師匠のヤクを送り出した後、すぐ修行に取り掛かる。昨日習得した師直伝の技「"氷のつぶて"ヘイル」が出来るか、もう一度試す。

 集中して魔力を高めつつ凝固させ、タイミングを掴んだ所で放出させた。


"氷のつぶて"ヘイル!」


 ぱらぱらと、杖の先から雹となった氷の粒が降り注ぐ。感覚を忘れてないことに一安心しつつも、頭を悩ませた。

 ヤクの課題は"氷のつぶて"ヘイルを習得することではなく、その技に自分で特色を加えて違う技にしなければならない、というもの。昨晩も寝る前に考えてはみたが、どれも当てはまりそうな技が思い浮かばずそのまま寝てしまったのだ。

 衣服が汚れるのを気にせず、その場に座って必死に考える。


「特色なぁ……そう言われてもピンとこないってのー!」


 八つ当たりのように嘆いて、地面に四肢を投げ出した時だった。レイの元に、ある来客が訪れる。


「なんだ、もう修行を投げ出したのか?」

「スグリ!」


 気が付けばスグリがこちらを見て笑っていた。彼はいつもの軍服姿ではなく、私服のラフな格好をしている。


「仕事、休みなんだ?」

「ああ、世界巡礼前最後のな」


 ヤクから聞いただろ、そう付け加えてレイのそばまで来る。スグリの言葉にレイは起き上がり、聞いたよと答えてから軽く不満をぶつけた。


「世界巡礼、師匠だけじゃなくてスグリまで行くなんて思ってなかった。びっくりしたし、お陰で俺のウィズダムの予定が大幅に狂ったよ!」

「そうか、お前今年だったか」

「そうそう。昨日からなんだけどなんか既にお先真っ暗」


 大袈裟に肩を落とせば、それは残念だなと苦笑するスグリ。笑うなよと怒りつつも、ふとあることを思いつく。


「スグリ、俺の特色ってなんだと思う?」

「どうしたんだいきなり?」


 話が全く違う方向になり、スグリは少々驚いた様子を見せた。レイは自分が課された修行内容を彼に伝え、行き詰まっていることを吐露した。


「成程な、だから大の字で寝転がってたわけか」

「いくら考えてもピンとくるものがなくてさ。スグリも魔術使えるだろ? だから、なんかわかるかなぁって」

「確かに使えるが、俺の使える術なんてちょっとした回復魔法や能力強化の類のものだからな」


 あまりアテにはならないぞ。スグリは諭してから、あくまで自分で考えるようにと忠告を受ける。それが出来ないから困っているのに。嘆く自分に、彼は簡単な質問をしてきた。


「なら、お前がヤクに魔術で一撃与えるならどうする?」

「俺が師匠に?」

「ああ」


 その問いの答えに悩む。そもそもヤクは、軍の魔術部隊の部隊長とだけあってオールマイティにどの属性の魔術も使える。得意不得意はあるだろうが、基礎力はレイより圧倒的に高い。自分がそんな相手よりも優れている術だなんて、簡単に思いつかなかった──思いついたとしても、多分それは思い違いだろう。

 困惑に包まれたレイに、質問が少し難しかったかと呟く声が聞こえた。それならばと、スグリからはまた別の質問を問いかけられる。


「うーん……」

「思いつかないか。なら少し質問の内容を変えるぞ。お前がヤクに一撃与えるなら、どの属性の魔術を一番使う?」


 その質問なら答えられそうだ。ややあってから考えを伝える。


「とりあえず……光魔法かな。俺が一番得意な属性の魔術はそれだし、体得してる術も大体光魔法だからなぁ」

「なら、それがお前の特色になるとは思わないか?」

「どういうこと?」


 まるで意味がわからない。頭に疑問符を浮かべていた自分にもわかりやすいようにと、スグリが解説を始めた。


「さっきまでお前は得意不得意関係なしに、自分が使える術の中から無理矢理にでも特色は何かと考えていただろう?」


 図星を突かれて思わず言葉をなくす。スグリの指摘は正しい。実際、ありとあらゆる可能性と言い訳して闇雲に特徴を探していたのだ。


「だが、それじゃあいつまでも自分の特色なんて見えてこないのは当然だ。なら自分の一番得意な属性を、今のように整理してまとめていけばいい。そうすれば、自ずと特色なんて見つかるものさ」

「そういうもん?」

「そういうものだ。現にお前、光魔法が一番得意だって言っただろう?」


 その言葉にようやく納得する。改めて考えてみれば、自分の光魔法の成績は良い。加えて、光魔法に関してはヤクからお墨付きももらっているほど。

 今の話を聞いて少し希望が見えてきた。表情が綻ぶのが分かる。


「あと、氷と光は上手く使えば色んな効果が出るぞ。氷は中の空気が光に当たると乱反射を起こすからな」


 俺から言えるのはこれまでだな、とスグリは言葉を締めくくった。思いがけないアドバイスに、何か閃きそうだと希望を膨らす。


「なるほどな、ありがとスグリ! なんか閃きそうだ!」

「そうか、それは良かったな」


 まぁせいぜい頑張れと、応援の言葉を投げかけて邪魔したなとスグリはその場を立ち去る。また会おうなと手を振って、彼のアドバイスを忘れないうちに呟く。


「氷の中の空気が光に当たると乱反射を起こす、か……」


 つまり"氷のつぶて"ヘイルで作り出した氷の粒に自分の光魔法を当てれば、その現象は起こせるのではないだろうか。さらに起こした現象をどのように利用しようかと考え、閃く。この考えがうまくいけば、攻守両用が出来ると確信する。


「そうか……。そうすりゃいいじゃん!」


 それから適当に昼食を食べ、修行を再開する。術のイメージはぼんやりとだが思い描けている。実際に試して、その効果に期待を膨らます。とはいえ、成功しなければ話は始まらない。逸る気持ちを抑えなければ。

 集中して、まずは"氷のつぶて"ヘイルを発動させる。そこに己の初級攻撃魔法である"小さな光"フラッシュを当てた。結果はただ"氷のつぶて"ヘイル"小さな光"フラッシュが当たり、砕けてしまっただけ。これではただの連続攻撃でしかない。諦めも肝心。次だ次と、別の方法を思いつく限り試してみた。だがどれも尽く失敗に終わる。空は既に夕焼けに染まっていた。


「うーん、なんか違うんだよな……」


 頭を捻りに捻ってイメージを絞り出す。完成の予想はある程度決まっていて、その為の手順は間違ってはいないはず。別々に発動しては失敗するのならば、一緒に発動させるべきなのかとも考えるが──。


「いや流石にそれは……」


 ありえるわけない。それは最初から捨てていた考えだ。そもそも"氷のつぶて"ヘイルを発動させるだけでも、慣れてきたとはいえ大変なこと。そう上手くいくはずない。だが別々に発動させては、何度も失敗してきたことは事実。悩みに悩んで、結論を出す。


「まぁ一回やってみるかぁ」


 物は試しと、もう一度集中して魔力を凝固させ始める。重ねて、いつも使っている"小さな光"フラッシュ発動の為の魔力も同時に凝固させていく。流石に精神的にかなり厳しいものではあるが、今までのどのイメージよりも凝固する様子は一番感触がいい。そして最高点まで高めた時点で、一気に凝固させた魔力を発動させる。


「さんはいせーの!!」


 数メートル先にある的に向けて杖を振るう。するとどうだろう、一際眩しい塊が放射線状に広がってから一気に的へと向かった。まるで砲丸投げで投げ出された球が、宙で弧を描きながら地面へ向かって落ちていくように。綺麗な弧を描いた塊が的に次々と当たる。

 その光景は頭の中でイメージした術の形、そのものであった。


「これ……! これだよ、俺のイメージとぴったりだ……!!」


 まさかの成功に歓喜するよりも、唖然としてしまう。


「ちょ、もう一回!!」


 今の感覚を忘れまいと、慌てて術の発動の準備に取り掛かる。深呼吸をしてから、"小さな光"フラッシュ"氷のつぶて"ヘイルで包むようなイメージを膨らませ、魔力の凝固を始める。先程と同じく、最高点まで魔力を高めたと感じたところで魔力を解放させた。すると先程よりも歪んだ弧を描いたが、やはり同じように的に当たっていく。

 ようやく確信を持てた。自分の特色が混ざっている別の術が成功したのだと。


「これだぁああ!!」


 待ってましたと言わんばかりに、レイは杖を握りしめながら叫んだ。とはいえ、ヤクに認めてもらうにはまだまだ精度が低い。欲を言えば、この術を防御にも使いたいと思いつく。

 それから夕食までの時間、もっと的確に放てるようにと何回も練習を重た。やがて陽が完全に落ちた頃には、完璧に技を習得していた。これで明日にはヤクに披露することが出来る。達成感と安心感に包まれながら、その日の修行を終えたのであった。


 ******


 それから三日後の、世界巡礼前日。一刻も早く昨日完成させた術を披露したい高揚感からか、その日は珍しく早起きが出来た。まだ寝ていたヤクを無理矢理起こして、庭へ連れ出す。


「全く……朝っぱらから人を叩き起こして何をするつもりだ」

「へへ、師匠からの課題の発表!」


 明るく笑ってピースサインを出すが、当のヤクは冗談だろうと部屋に戻ろうとする。弟子の修行の成果を見ないなんてと、慌てて引き戻す。


「嘘じゃねぇって! 俺ちゃんと修行して習得したんだからな!?」

「本当だろうな……?」

「本当だって見ればわかるから!!」


 懇願する様子に、ならば仕方ないと呟いてヤクは部屋に戻るのを待ってくれた。まだ半信半疑のようである。そんな彼に隣で見てて欲しいとお願いしてから、的の正面に立つ。深呼吸をしてから精神を集中させて、魔力を凝固させていく。技を開発してから三日間で習得した感覚通りに、最高点まで高めた魔力を解放させた。


「──"スリートイルミネーション・シージュ"!!」


 杖を振るうと、その先端で凝固させられた発光している氷の塊が放物線を描き的へと向かった。向かっていく際も光は強くなり、鋭く尖った氷の塊は見えないナイフとなって的へと突き刺さっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る