第四節 国家防衛軍の部隊長

「"抜刀 鎌鼬"」


 ヤクよりも低く、剣のある声が聞こえた。そう理解できた直後には、魔物が氷ごと一刀両断にされ、絶命していた。何が起きたのかわからない、そんな表現が正しい。

 魔物の隣には腰に剣を下げ、ヤクと同じく白い軍服を着た男性が立っていた。黒く短く整えられている髪は、白い軍服を一層際立たせている。その男性はレイも知っている。そして、今しがた魔物を仕留めた人物でもあった。

 それを想定していたのか、さて、と呟いてヤクはストラーノに近付く。立て続けに想定外なことが続き、尚且つ自分がこの惨状の原因であると知られなくないためか、当のストラーノは後ずさりを始めた。


「おっと動くな。抵抗しないで大人しくこの場に座れ」


 いつの間にかストラーノの背後にいた黒髪の男性が、彼の眼前に鞘に入ったまま剣を下ろし、動きを止めると同時に逃げ場をなくす。その恐怖に、今度はストラーノが何も言えず、ただ従うしかなかったらしい。言われた通りにその場に座った。

 自分に向けられているわけでもないのに、遠くからでも感じる氷の視線と剣の威圧を前に、ストラーノは恐怖で何も見えないらしい。置物のようになってしまった彼を無視して、先にヤクが口を開く。


「単刀直入に問う。この惨状の原因はお前だな?」

「は、はい……」

「お前は確か魔法学園の教師だったな。なんで子供達を利用した?」


 今度は背後の男性が鋭く問いただす。その返答にやや時間があったが、素直に白状した。


「自分の実験道具に、したかったんです……」


 あまりにも身勝手な返答に呆れ返った様子を見せたヤクと男性。やがて男性が、傍らにいた2、3人の兵士にストラーノを連れて行けと命令した。兵士たちは敬礼をしてからストラーノを無理矢理立たせ、森の外へ連れ出す。

 事の原因であるストラーノが連行され、その場に残された同級生達はどうしたら良いのか分からないのだろう。不安と焦燥を感じているのが見て取れる。ヤクと隣にいた黒髪の男性はそんなみんなを気遣ってか、近付くと優しく声をかけた。


「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ」

「怖かったな。だが、よく頑張った」


 その言葉を聞いて、同級生達は漸く恐怖から解放されたと理解したらしい。安心感からか、泣き出してしまう生徒もいた。レイも遠くから、みんなの様子を見てようやく安堵する。

 ヤクと男性は生徒達一人一人に声をかけてから、近くに控えていた兵士達に指示を出す。


「ここから学園まではお前達が送ってくれ。それと、怪我をしている生徒は軍の医療施設で手当てをする。そちらは残った人員で引率するように」

「はっ!」


 礼儀正しく敬礼をし、兵士達は大丈夫かと生徒達に声をかけながら、彼らを介抱し始めた。怪我をしていた生徒はヤクや男性を筆頭に森の入口まで誘導している。


(……よかった、俺たち助かったんだ……)


 助かったと理解した途端に緊張が解け、レイの意識が朦朧とし始める。体の痛みも強くなっていることだけは、わかった。とはいえ、自分の体が倒れていく感覚を感じる余裕も、生徒達が自分を呼ぶ声を聞く余裕も、もう残されてはいなかった。



 ******



 また同じ光景を前にしている。

 ごうごうと揺れる炎と燃えていく家々。またこの夢かと肩を落とす。同じ夢でも気持ち良い夢とそうでない夢とでは、気の持ちようが変わってくる。

 相変わらず悲惨な状況であるのに、やはり暑さも息苦しさも感じない。このまま立ち呆けているだけでは居心地も悪い。なんとなしに、散策してみることにした。歩いているという感覚もわからない。それでも前に進んでいるということは、そういうことなのだろう。

 歩いていても、何処も同じ風景。炎と家が焼けて炭と化した物体ばかり。殺されたのか、倒れたまま動かない人間も数多く見受けられる。幼子から老人まで、等しく無残な姿に変えられていた。


「ひでぇ……」


 自然と言葉が零れる。

 一通り歩いて確信したことが一つ。それは、自分が立っているこの場所はやはり、故郷であるミズガルーズだということ。

 それを確信したあとはもう、怒りを抑えることは出来なかった。


「ふざけんな! こんな夢たくさんだ!」


 そう叫んだ時だ。


「……え、ますか……?」

「え?」


 見知らぬ女の声が頭の中にぼんやり響く。以前見た夢で聞こえた声ではないということは、理解出来た。自分の耳を一瞬疑ったが、そうではない。言葉の所々が途切れてしまっている。

 雲がかってしまっているような、何かに遮られているような感覚と表現した方が近い。そのため、何を言っているのか理解できなかった。


「私の……きこ……ますか?」

「誰だ!?」


 必死に声の主を探す。しかしいくら辺りを見回しても、その影すら見えない。声も段々と小さくなっていく。やがて声が完全に消え、辺り一面もふっと暗くなり、必死に手を伸ばした。


「待ってくれよ!!」


 ******


「……ん……」


 目を開けて最初に見えたのは、白い天井だった。視線だけ右にずらすとガラス窓が視界に入り、左にずらすと点滴とチューブが見えた。それだけ確認できれば、自分がいるのは医療施設だということは、安易に予想がつく。

 視界が鮮明になるに連れて記憶も徐々に蘇り、イーアルンウィーズの森で気を失ったことを思い出す。そこまで理解したところで、レイに訪問者が現れる。


「ああ、目が覚めたか?」


 訪問者は先程森にいた黒髪の男性だった。男性はレイが寝ているベッドに近付き、ベッドの近くにあった椅子に座る。対応しようと起き上がろうとしたが、片手で制されてしまう。


「ありがと、スグリ……」

「気にするな」


 男性──スグリの名前を呼ぶ。

 黒髪の男性の名は、スグリ・ベンダバル。ミズガルーズ国家防衛軍の騎士部隊の部隊長を勤めている。ヤクとは幼馴染みであり、その関係でレイとも認識がある。レイが防衛軍の軍人相手に、タメ口で話せる人物の一人だ。


「ヤクじゃなくて悪かったな。あいつは今、さっき件の報告書をまとめていて手が離せないんだ」

「いいよ別に。スグリも大変なんだろ?俺のことなんて相手してていいの?」

「ああ、気にするな。今は少し遅れた休憩時間だからな。それよりも、他の生徒達から聞いたぞ?よくやったな」


 そう言われてから、スグリに優しく頭を撫でられる。子供扱いすんなと言い返したいところだが、今はまだそんな反撃が出来るまで気力が回復していなかった。ん、と短い返事だけして頷く。

 それから同級生の様子だったり、レイが気になっていた事をスグリは説明してくれた。起きたばかりでなかなか内容が頭に入らないが、長話はせずに要点をまとめて話してくれた気遣いが嬉しい。

 次に今の自分の状態の説明を受ける。


「全身打撲と軽い擦り傷と切り傷で、全治二週間。それでも一般から見れば、大分軽い怪我で済んだって話だ」


 相変わらずしぶとさだけは一人前だなとスグリが笑う。彼と話しているうちに気力が少しずつ回復してきた。つい時折、調子付いた台詞を言う。


「さぁ、もう休め。まだ怪我人であることに変わりはないからな」

「でも、寝たくない……最近夢見が悪いんだ」

「そうか……。なら、食欲はあるか?」

「そういえば、腹減った……」


 レイの言葉にそうかと確認したスグリは、傍らにいた部下らしき女性に何か作るように指示を出していた。そして最後にまたレイの頭を撫でてから、部屋を後にした。


 スグリが出てから少し経った頃、軍の救命部隊の女性軍人が持って来てくれたのは、すりおろしたリンゴを和えたヨーグルトだった。それはいつも自分が体調の悪い時に、ヤクが作ってくれたものである。ただし、それを知っているのはレイ自身とヤク、スグリぐらいだ。他の同級生はおろか軍人なんて知る由もないはず。

 驚いてそれを持って来てくれた女性軍人に尋ねると、ベンダバル騎士団長からの伝言だったからと教えてもらい、理解した。さっきの指示はこれだったか。

 さらもまだあまり言うことを聞いてくれない彼の体の状態を知っているからか、女性軍人はベッドのリクライニングを起こして、口にヨーグルトを運んでくれた。それがどうも気恥ずかしく、顔を赤くして食べていたことは内緒である。


 ある程度腹が満たされると思考もより鮮明になり、色々考えることができた。その中でもやはり気になるのは、夢の中で聞いた声。あんな透き通るような声は始めて聞いた。誰なのだろうと、答えの出ない問題に頭を悩ませる。

 陽も大分傾き、夜の帳が顔を出した頃に2人目の訪問者が現れた。ヤクである。


「良かった、顔色は良いな」

「すりおろしリンゴヨーグルト食べたからかな?」


 笑って返せば、安心したのか彼も微笑してスグリと同じように椅子に座る。


「……すまなかったな、助けが遅くなってしまった」

「ううん、平気。それよりも師匠、仕事は……?」

「今終わったところだ。帰る前だが、お前の様子が気になってしまってな」


 いつもは厳しい彼が自分の心配をして優しくしてくれている、そのことが嬉しい。素直に礼を述べてから、今朝の出来事を思い出す。


「そう言えば師匠、朝に言ってた話したいことがあるって……」

「いや、その話はお前の怪我が完治したら話そう。まだ時間はあるからな」

「そう……?」


 意味がわからない、そんな視線を投げかけるが気にするなとだけ言われてしまう。どうやら今日は、それ以上は話すつもりはないらしい。ヤクの態度に頷くしかなく、分かったとだけ返事をした。


「私はもう帰るが、夜更かしだけはするなよ、いいな?」

「えー!」

「文句を言うな、怪我人である以上は大人しくしろ。安心しろ、学園からは課題が出るそうだから退屈はせんぞ」

「怪我人に課題……」


 分かったら明日のために寝ろ、そう促してからヤクは帰ってしまった。突然現れた課題という存在に、それはないだろと嘆きながら眠りにつくことにした。

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