追稿(2)藤井聡太——俵に足を乗せての逆転勝ち
平成二十九年七月六日、藤井聡太四段は連勝ストップ後の一戦を「大逆転」で勝つ———俵に足を乗せての逆転だった。
俵に足を乗せて……と言えば、何か辛勝のように聞こえるが、それを計算して「首の皮一枚」で残り、「返し技」を繰り出せたのは終盤の「深い読み」の賜物だった。
七月二日に佐々木勇気五段に三十連勝を阻まれた後の一戦とあって、この日も五十人近くの報道陣が「関西将棋会館」に押しかけていた。普通ではありえないことだ。
この日の棋戦は「C級2組 順位戦」と呼ばれるもので、将棋界において、棋士達は「ランク分け」されている。下は C級2組から、上はA級まで五つのクラスがある。当然藤井四段はデビューまもないので最下位の「C級2組」の在籍だ。
年間十戦やって、上位の三名(上位クラスでは二名)が上のクラスへ「昇級」できる仕組みであり、最上級の「A級」にまで行ってそこで一位にならないと、「名人戦」には挑戦できないというシステムになっている。従って、将棋界で最高の歴史と権威ある「名人」の称号を手に入れるには、プロ入りして最速でも五年はかかる、という計算なのだ。
この「順位戦」というのは各自の持ち時間が六時間と長い。よって終局が夜の十時や十一時になるのは普通である。この日も終局は夜の十時十四分だった。実に十二時間を超える熱戦だった———。
さて、この日の相手は「中田功(ひろし)七段」である。「三間飛車」のスペシアリストだ。(三間飛車とは、飛車を三筋に振る戦法で振り飛車戦法のひとつ)「中田XP」の名を持つ「三間飛車戦法」の使い手で、それは「こうやん流」とも呼ばれる。
この日の先手番は藤井聡太四段、戦型は中田七段の「三間飛車」を受けてたつ「居飛車穴熊」に構える。
「居飛車」は「振り飛車」に対しての名称で「飛車」を振らずに元の位置のままで戦う(当然、途中から動きはするが、序盤で、、、という意味)戦法である。また王様の守りは「穴熊」を採用した。「穴熊」という王様の「囲い」は最強で鉄板に硬い守り。
ところが、「中田XP」と呼ばれる「三間飛車戦法」はこの「穴熊」破りには定評のある戦法だ。中田七段は相手の「穴熊」囲いを「中田XP」を使って数多く打ち砕いて来ている強者。その「得意戦法」を知っていて敢えて藤井聡太四段は「受けて」たったのだ。
(対局後、それを問われて、避けて通ったのでは面白くない——と彼は言っている)
序盤、中盤と「中田XP」はうまく機能し、「端攻め」が決まりそうになっていた。あれだけ鉄壁の囲いである藤井陣の「穴熊」囲いが綻びだしている。ここで、終盤の入り口での最山場を迎える。中田は藤井の「飛車」を狙って「角」を活用しようとしている。そこで藤井四段が選んだ手は(五十九手目ー5八飛車)だった。これは最強コンピューターソフトの推奨する手と一致していた。ここで「5八飛車」と動かすのは普通の棋士では思いつかない一着(対局後、中田七段もこれには感心したと言っていた)。
さて、終盤戦、夜の九時を過ぎても勝敗の行方は混沌としていた。藤井四段は執拗な中田七段の攻めを受け続けていて、いまだ有効な攻めの手を繰り出せずにいた。コンピュータソフトの評価値も拮抗したり時には中田七段のほうへ振れる。
正直私の見立ては「負ける」かも——と思っていた。それほど中田七段の端からの攻めと「角」のラインを使っての攻めに切れ目が見えなかったのだ。藤井四段が一手でも「受け」を間違えると詰む局面が続いていた。
粘り強い藤井四段の「受け」に中田七段の「寄せ」が迫る。こっちを選択したら負けという場面がなんども訪れるも藤井四段は間違わず指し続ける——。
緊迫した時間が過ぎてゆく中、遂に藤井四段の「切り返し」が炸裂した
のだ。「切り返し」と言っても反撃の手を放ったのではなくて、もうこれ以上「攻め」の手はないですよ——というとこまでギリギリで凌いだのだった。将棋専門用語でいうと「打ち歩詰め」を相手に選ばせる手順で。
「打ち歩詰め」とは反則負けの手。
これ以外は現局面で中田七段に「勝ち」の手がない局面まで誘導して、一旦攻めの手を途切らせたのだ———。
手番(攻める番)が回ってきた藤井四段の終盤の「寄せ」は光速だった。あっと言うまに、中田七段を「投了」に追い込んだ。
———負けました
中田七段が駒台に手を置いて深々と礼をした。
いやぁーーー凄い戦いでした。見てて目が離せなかった。「中田XP」を思う存分駆使して中田七段は藤井四段を追い込んで、あともう一歩だったのだ。しかし、そこで「間違わない」のが藤井四段だ———。
最終盤はギリギリ首の皮一枚残し、俵に足を乗せてのうっちゃり、だった。
【打ち歩詰め】誘導による凌ぎしかないギリギリの受け。際どい将棋だったがまた藤井四段の「才能」を見た一戦だった。
負けた中田七段。
今まで見たことも経験したこともないだろう「順位戦」での報道陣のインタビュー(敗戦の弁)に、紳士的にはっきりした口調で応えられ、「ノーマル三間飛車(中田XP)」への深い愛情を語るその姿は敗者ながら、中田ファンの多さを「さもありなん」と思わせるものであった。
私も中田七段(功という名から、こうやん、って呼ばれている)、こうやんのファンになった日でもあった。
人間的に素晴らしい人だ、こうやん———
こうやん流「三間飛車」、勉強してみたくなりましたよ。
ああ、将棋って素晴らしいなー、面白いな‥‥‥
中田七段の奮闘に敬意を表し、この追稿を了とする————。
一将棋ファン 千葉 七星
P.S 終局後の報道陣のインタビューのなかで「NHK」の記者?かな。藤井四段のことを「聡太くん」って呼んでいて、ニコ生のコメは荒れてましたね(笑)せめて「藤井四段」と呼びなさいよ、あんた。
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