第三十四節 魔法使いと学校生活(2/2)

 ガララン、ガラン


 球の転がる音と、何かがなぎ倒される音が響く。店内は賑わっていて、をしているお客は皆楽しそうだ。

 放課後、聖は亮介たち三人にここへ連れて来られたのだ。高校の近くから、そう離れていない西山の下駅。その駅から直通のバスに乗り、約10分の位置。そこにある巨大アミューズメント施設に含まれている、ボーリング場だ。平日の夕方ではあるが、聖たちのような学生たちも多い。そこそこ賑わっているようだ。

 何故ここに連れてきたと質問する間もなく、あれよあれよと物事が進んでいく。慣れている亮介たちとは反面、聖はただ流されるままである。呆気に取られていた彼に、気にかけたのか俊が話しかけてきた。


「立花はボーリング上手いのか?」

「上手いも何も……。俺はやったことがない、のだが」

「マジで?」


 一瞬信じられない、と言わんばかりの表情を見せた俊。しかしすぐに笑顔に戻る。きっと楽しいと思う、と。知識では知っているが、ボーリングなんて玉転がしだろう。そんなに面白いものかと、半信半疑である。

 レンタルシューズを借り、指定された場へ向かう。上に設置されているモニターには、自分たちの名前が表示されている。レンタルシューズに履き替え、亮介たちに説明を聞きながらボールを選ぶ。選んだのは11ポンドの赤いボールだ。12ポンドは聖には重すぎて、持てなかった。筋力がないことを、ここでも思い知らされることになろうとは。内心で自嘲しながら、筋トレをした方が良いのだろうなと考えていた。

 最初の一投目は俊だ。それに続いて勉、亮介、最後に聖だ。ゲーム始めるぞ、と声をかけると俊は勢いに任せ、力強く一投目を投げた。投げられた勢いそのままに、ボールは素早くレーンの上を転がっていく。ガラン、と一際大きな音を立ててピンが何本か倒れる。その結果は、


「あぁあ割れた!?」


 8本も倒れた。しかし、残ったピンは一番後ろの両端の二つのピン。7番と10番が残ってしまった。これでは余程のテクニックを持っていなければ、スペアは取れないではないだろうか。がっくり項垂れる俊に、亮介や勉が茶々を入れる。それに対して俊は煩い、なんて捻くれながら答えた。投げたボールが戻ってくると、次はすぐには投げずに狙いを定める。投げる位置が決まったのか、最初よりも若干優しく投げた。投げられたボールは、聖たちから見て左側の7番ピンの、更に内側に当たる。倒れたピンの勢いで反対の10番ピンに当たれば、と思っていたのだろう。しかし七番ピンは虚しくも、10番ピンさらに後ろの方へと転がっていく。スペアを取れず、俊の結果はまずは9点に終わる。彼はそれを見てから、悔しそうに片手を頭に置いて戻ってきた。


「あーくそ、せめてスペアは取りたかったわ」

「お前は力任せにやりすぎなんだ。そんなに力まなくても、ピンは倒れるものだぞ」


 手本を見せてやろう、と次は立ち上がりレーンに向かう。20秒ほど、レーンを見たまま止まる。おそらく狙いを定めているのだろう。そして勉はまるでレーンにボールを置くように、ゆっくりと投げた。手から離れたボールは、ゆっくりとカーブを描いた。途中下手をしたらガーターに落ちそうだったが、ピンへと向かって大きく軌道変更してそれらを全て倒したのであった。


「おぉストライク!」

「相変わらず上手いなこのやろう」

「コツさえつかめば、どうということはない。亮介、お前の番だぞ」


 その言葉で亮介は立ち上がり、レーンに向かう。さて実力は如何ほどか。亮介も勉と同じように、最初は狙いを定めている。ややあってからボールを投げた。途中までは軌道はいたって普通であり、数本は倒れると予想する。しかしある場所から急にボールは軌道が変わり、ガーターへ一直線に落ちていった。


「あぁあ!?」

「ははっ亮介今日も絶好調ってか?」


 聖には見えていた。

 ガーターに一直線に落ちた原因。それが何処からか湧いてきた、猫の霊だった。首輪がないことから、恐らく野良猫だろう。亮介の投げたボールが、玉転がしのおもちゃに見えたのかなんなのか。野良猫にとっては、きっと悪意のある物に見えなかったのだと思われる。珍しいこともあるものだ。

 ボールに向かってタックルするように突進した猫の霊によって、ボールの起動がズレてしまった。動物の霊が実際に物体に影響を出せるかどうか、聖に詳しいことはわからない。しかし目の前で実際に事が起きたのだから、そうなのだろうと結論付けた。

 意外だと思ったことは、俊も勉も思ったよりもそのことに動揺していないということだ。寧ろ楽しんでいるのでは、とすら感じる。


「今日は何の霊だ?」

「うう、野良猫……」

「……お前たちも、見えるのか?」


 思わず訊ねる。それに対しての答えはノーだった。見えているのは亮介だけである。しかし亮介と共にいることで、彼らにとって亮介の霊体験は慣れになり、いつしか話のタネの一つとなっていたという。慣れというものは恐ろしいもので、昔はやはり何処か恐怖心があったが、今はそれらの類はないとのこと。


「そう言えば、亮介が立花は除霊の先生だと言っていたな。ということは、お前には見えるのか?」

「ああ、一応は」

「なら立花も亮介と一緒で、除霊も出来るのか?」

「俺は除霊師ではない。ただ見えるだけの人間だ。まぁ……たとえ除霊が出来たとしても、俺はこやつにはしてやらんがな」


 ふい、と顔を逸らす。理由を知りたそうにこちらを見る三人の視線が、なんというか痛いというか生温い。あらぬ誤解を受けそうだ。そうなる前にと聖は続けた。


「半人前とはいえ除霊師であるのに、自分で除霊出来なくてどうする」

「それはまぁ言えてるかもな」


 頑張れよ、と俊が亮介の肩に手を置いて慰める。一瞬ガックリと肩を落としていた亮介だが、もちろんと答え立て直していた。因みに二投目も野良猫の遊び道具にされてしまい、結果は0点であった。

 いよいよ自分の番となり、若干の緊張を持ちながらレーンへ向かった。知識として知っていても、実際にプレイしたことはない。どうしたらよいのだろうか。まずはとにかく、未だレーンの中間あたりでこちらを伺っている野良猫の霊に退いてもらおう。ボールを持ちレーンを見るフリをする。意識は野良猫に向けていた。


『……すまない、退いてはくれないだろうか』


 果たして野良猫に、自分の声の意味が届いているかどうかはわからない。そも言葉が通じるとは限らない。それでも届いてくれれば、と賭けた。聖の意識が通じたかはわからないが、少しすると野良猫は大人しくなる。そしてそのままレーンの端で眠ってしまう。好機と言わんばかりに、早速彼はボールを投げた。

 投げられたボールは、レーンに対角線を描くようにして転がる。直線上に右から左へと転がったボールは、ギリギリガーターには落ちずに一番端の7番ピンを倒す。イメージとしては良かった、はずだ。それなのに軌道が逸れた。はて何故だろう。


「立花。次投げる時は、投げる右手をレーンに対して真っ直ぐにしてみると良いかもしれんぞ?」


 ボールが戻ってくるまでに考えていたが、勉からのアドバイスで意識が戻る。どういうことかわからず、首を傾げれば勉はさらに追加のアドバイスを与えてくれた。


「人は無意識のうちに、利き手から反対方向に対して物を投げてしまうものだ。ボーリングのボールも同じで、真っ直ぐに投げたつもりでいても無意識で手が内側を向いてしまう。だからボールが利き手と反対方向に転がってしまうのだ」


 だから真っ直ぐを意識してみるといい、ということらしい。成程道理に適っていると思えた。

 それならばと、戻ってきたボールを手にしてアドバイス通りに投げてみる。ボールは今度は真っ直ぐに進んだ。当たりどころが良かったのか、なんと残っていた9本のピンを全部倒すことができた。スペアである。思わず小さくガッツポーズをしてから、その行動に自分自身で驚く。


「(何故、ガッツポーズなど……。これは、俺は、これを楽しんでいる?まさか……)」


 ありえない、と一蹴したかった。だってここに連れてこられたのは、同意はあっても好意ではなかった。特段ボーリングがしたかったわけでもない。それなのに、これは自分は嬉しいと、楽しいと感じた証拠なのだろうか。

 そんな混乱はいざ知らず、亮介たち3人はテンションが上がっていたようだ。初プレイなのに凄い、などと聞こえてくる。俊は片手を上げて、聖を待っていた。意味がわからないと表情で伝えれば、ハイタッチだよと笑顔を向けられる。何故しなければならんと言いたかったが、やらなければやらないでまた面倒なことになりそうだ。ため息を一つ吐いてから、少しぎこちないそれを交わす。

 その後対戦を始められたり、勝者が敗者からジュースを奢ってもらう、なんて悪ふざけに巻き込まれたりしていた。結果としては、勉が優勝であり最下位は亮介だった。亮介が勉に奢ったものは缶のおしるこ。勉の好物らしい。


 その日の帰り道でのこと。聖は何故急に、ここに連れてきたことを亮介に尋ねた。


「俺が、聖さんと遊びたくなったんす」

「は?」

「なんていうかその、上手く言えるかどうかわからないっすけど……。いつも俺は聖さんに色々教えてもらったから、そのお返しというか」


 やはり上手く言えない、と頬を掻く。いつもなら、その煮え切らないような態度にこちらがイライラするのだが。今は何故か、その不快感は感じなかった。


「迷惑、だったっすか……?」


 いつまでも反応を返さない自分に、不安に思ったのだろう。こちらを窺うように見てくる。小さなため息を吐いてから、素直に感想を伝えた。


「……存外、悪いものではなかった」


 亮介の嬉しそうな顔が、夕暮れに照らされて眩しく輝いていた。

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