第三十二節 魔法使いの新学期(2/2)

「あ、あの〜。聖さん……?」

「……」

「怒ってるっす、よね……?」

「……」


 スタスタと歩くスピードを緩めない聖を追いかける形で、亮介はまず帰路についている。何も言わずとも、彼の背中からでも分かる怒りのオーラ。学校での先程の一言について、怒り心頭のようだ。それもそうかと納得はするものの、決して亮介に悪気があったわけではない。

 俊と勉の勘違いを正すために、つい叫ぶように言ってしまった宣言。亮介の言葉に何事かと、集まった視線が物凄く突き刺さるように痛かった。そこで漸く自分がとんでもない発言をしてしまったと気付く。因みにこの時、聖からは絶対零度の視線を向けられていた。何てことを吠えたこの低脳、と言葉にしなくても視線からそう伝わってきた。動揺しながらも二人の誤解を解く亮介。その間に聖の方が先に帰り支度を終えて、スタスタと教室を出て行ってしまったのだ。それを慌てて追いかけて、今の状態に戻る。

 どう言葉をかけても、今は聞き入れてもらえなさそうだ。しかしどうにか、仲直り出来る方法はないものか。そうこうしている内に、あったか荘まで帰ってきてしまっていた。家に到着するまでに具体案が思い付かなかったか。そう反省しながらもまずは、香織たちの部屋に向かう。

 コンコン、とノックをして入ればそこに香織とリリーが待っていた。


「おかえり二人とも」

「ただいまっす」

「……ただいま」


 二人の様子に何かを察したのか、リリーが亮介を睨む。香織はお昼がまだだろう、と炒飯を作ってくれるようだ。昼食後に、香織も共に携帯ショップに行く予定である。すぐに炒飯は出来るから待ってて欲しい、と香織に言われて手を洗おうとして、リリーに呼び出された。

 どうやらまだ自分は、この修道服の少女の霊には嫌われているようだ。何かと噛み付いてはくるが、彼女が怒る時は大抵、聖に関係することである。今回もその、危険感知のセンサーが発動したのだろう。外に連れ出されて振り返った彼女の表情は、阿修羅のようだった。……なんて言ったら、更に怒られるから黙るのだが。


「アンタ、エルに何したの!?」

「い、いや何っていうか……」

「正直に吐きなさい!」


 彼女の気迫に負けて、亮介は学校でのことを全て話す。全てを聞いた後、リリーはまず盛大なため息を吐く。そして直後に、空気が張り裂けんばかりの声で亮介を叱責した。


「バッカじゃないの!?」

「すんませんっす!」

「怒るに決まってるでしょー!!」

「でも悪気はなかったんすよ!?」


 慌てて弁明するも、怒っているリリーには弁解にしか聞こえないらしい。暫くは信じられない、これだからもう、なんていう愚痴が聞こえてくる。彼女が落ち着いた頃、また大きくため息を吐いて睨みつつも話し始める。


「悪気がない分マシかもしれないけど、もう!」

「いやその、面目次第もないっす」

「はぁ、今回は仕方ないから私からヒント教えるけど。でも本当にしっかり誠実な態度でエルに謝ること、わかった!?」

「は、はいっす!」


 リリーからその、仲直りのためのヒントを教えてもらう。それでいいのかと確認した後に、部屋の中から香織が呼ぶ声が聞こえた。どうやら炒飯が出来たらしい。

 リリーと共に部屋に戻り、手を洗って席に着く。対面に座っていた聖は、すでに黙々と炒飯を食べている。いただきます、と手を合わせて食べ始めれば、パラパラとした食感が口の中で踊った。キャベツと卵、そこにカニカマと彩りも鮮やか。この時期の旬でもある春キャベツ。軽く炒められたそれはシャキシャキとした食感も残っていて、噛めば噛むほど甘みを感じる。塩コショウの簡単な味付けだが、それがかえって家庭の味らしくて安心感もある。


「そうだ。携帯ショップの帰りに夕飯の買い物したいんだけど、手伝ってくれるかい?」

「はいっす!荷物持ちなら任せて下さいっす」

「エルもいいかい?」

「……香織さんには、世話になっているから……。手伝おう」

「決まりだね」


 そして昼食後、準備を整えて四人は携帯ショップへと赴いた。リリーは単純に、気になったかららしい。様々あるスマートフォン、カラーバリエーション。聖と香織が機種変更について店員から説明を受けている間、亮介は店内に展示されているそれらを見ていた。自分もそろそろ、ケースを変えようかどうしようか。そんなことを考えながら店内を見ているが、ふと一台のスマートフォンの前から動かないリリーの姿が目に入る。

 その横顔が、何処か遠くを見ているような気がした。切なそうな、でもそれを言葉にできないような、そんな表情かお。何か言葉をかけようとして、無事に機種変更を終えた聖と香織が、亮介たちのところまで戻ってきた。香織の背後にいた聖は、手にしている新しいスマートフォンと睨めっこをしている。


「お待たせ」

「あ、終わったっすか?」

「滞りなくね。ただまだ使い方がよくわかってないらしいから、亮介悪いんだけどあとで教えてやって」

「了解っす」


 笑ってからもう一度リリーを盗み見れば、先程の暗い表情の陰はなく、いつもの明るい彼女に戻っていた。聖の隣にふよふよと浮かびながら、難しい表情の聖を笑っている。杞憂だったのだろうか。

 携帯ショップを出て、スーパーに立ち寄る。今日の夕飯は海鮮丼にするらしい。この時間帯に置いてある、鮮魚コーナーの刺身の切り落としで簡単に、とのこと。ついでに足りなくなっていた食材を買おう、という話になった。天然水や米、砂糖などの重量の大きいものも、今日は手伝いもいるからとカゴに入れていく。そこで亮介は、香織に自分の金で買いたいものがあると告げる。それなら、ということで香織も許可を出し、聖にも同じように伝えた。


「あ、ああ……」

「どうしたのエル?もしかして財布忘れてきちゃったとか……?」

「……」


 リリーの質問に沈黙が返ってくる。つまりはそれが答えであり、察することが出来た。納得したリリーと亮介が目配せをして、それならと彼に声をかけた。


「それなら聖さん、俺がおごるっすよ。さっきのことも謝りたいし……」

「なにアンタたち喧嘩でもしてたのかい?」

「いやそういうわけじゃないっすけど……!」

「香織さん、コイツはエルに色々お世話になっているからお礼がしたいんですって。いいんじゃないかなぁって私は思います!ねぇ半人前?」


 ジト目で睨みながらも助け舟を出してくれたリリーに感謝しつつ、そうなんですと同調した。それならいい、と香織も納得してくれたようだ。リリーと香織は共に買い忘れた味噌などを探しに行く。リリーが気を利かせてくれたのだろう。いまいち納得してないような聖を連れて、来た場所は乳飲料売り場。家を出る前リリーからもらったヒントは、ここのことだった。


 ―――「いい?エルの好物はオレンジヨーグルト。それを渡すの!」


 思い返せばヒントではなく、答えのような気がした。そんなツッコミは胸の内にしまい込み、亮介は陳列していたオレンジヨーグルトを手に取り聖に見せる。


「聖さん。さっきはその、本当にごめんなさいっす!」

「貴様、そのことを……?」

「だってあのあと、聖さん激怒して口利いてくれなかったから。俺のせいでまた怒らしちゃったって思って、そのぉ……ただ、悪気はこれっぽっちもなかったんす!それをわかってほしくて……」


 もう一度頭を下げれば、暫くの沈黙。不安そうに彼を見れば、まず落ちてきたのは深いため息だった。


「聖、さん……?」

「……今回は、これに免じて大目に見てやる」


 それはつまり、


「許してくれるっすか?」

「そう言ったつもりだが、理解できないのか低能」


 さっさと戻るぞ、と素っ気なく言ってから背を向け歩き始めた聖。それに笑顔で答え、そのあとを亮介は追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る