第2章

第三十一節 魔法使いの新学期(1/2)

 彼の名前は神楽坂亮介。この街において有名だった、神楽坂除霊診療所の一員。身内からは出来損ない、母親の命を奪った邪魔者、などの罵詈雑言を言われていた。しかし彼の人柄か、近所では優しい好青年という印象が根付いている。お陰で精神的にも大分落ち着くことが出来た。

 火事になった土地は、彼の父親の親族が相続することになった。今はその土地は、売地となっている。その代わりに、亮介に残されていたのは莫大な財産だった。それは彼の父親の遺言状に記されていた、最後の言葉だ。どうして自分に遺産が残されていたのか、その真意は亮介にはわからない。今までまともな会話をしたことがなかったのだ、とても推測なんて出来なかった。


 4月。亮介の通う西山の下高校は、今日から新学期を迎える。亮介は今年から高校二年生だ。先日離任式の後に掲示されていたクラス替え表で、自分のクラスは確認済みである。

 登校時もそうだったが、学校に到着しても感じた、チラチラとこちらを伺うような視線。その好奇心に溢れた視線は、無視したくてもしきれない。春休みの神楽坂邸の火事のニュースで、亮介は注目の的となっていた。退屈な日常に突如として投げ入れられた、ゴシップニュース。その中心人物と同じ高校の学生である彼らは、水を得た魚のように、活き活きとしていた。こちらとしては、いい迷惑だ。教室に入ってもそれは同じで、亮介が入ると途端にあちらこちらでざわめきが起きる。耳に入るのは心無い言葉ばかり。仕方のないこととはいえ、いい加減ウンザリしていた。自分の机に鞄を置いて、はぁ、とため息を吐く。今日は始業式だけで、午後の授業はない。それだけが、今日の救いだ。気落ちしていた亮介だが、途端に背中に衝撃が走った。振り返れば、そこには見知った心許せる生徒が二人。


「よぅ亮介!元気してたか?」

「ふむ、思ったよりは顔色がいいな。安心したぞ」


 彼らは亮介の、1年生の時からのクラスメイトである。亮介の背中を叩いた生徒を速水俊、亮介の顔色を窺った生徒を常盤勉。二人とも亮介の友人であり、こうしてまた同じクラスになれたのだ。彼らと一緒であることは、亮介にとっては何よりも幸運だった。


「周りの声なんて、気にする必要はないぞ」

「そうそう。あいつらお前の気持ちよりも、自分の好奇心を優先するような奴らなんだからな」

「はは、そう言ってくれるのは二人だけだよ。ありがとう」


 二人と話していると気が紛れる。学校を休みたい、と思っていた今朝の気分も幾分か楽になった。ふと隣の空席が、いつまでも誰も来ないことに気付く。新学期早々遅刻だろうか?そんな自分の疑問に答えるかのように、勉が話した。


「ああ、そういえば今年は編入生が一人来るらしい」

「編入生?珍しいな、男子か?」

「さぁ?俺も詳しくは知らんが。何やら病気か何だったかで、本来なら3年生とか通信勉強にするところを、敢えて2年生から学校に通わせることにしたそうだ」


 そんな勉の説明に、いや詳しいだろと俊のツッコミが入る。編入生、か。一体どんな人物が来るのだろう。最初は気にしていたが俊や勉と雑談していくうちに、編入生のことはすっかり頭から抜けていた。そのままホームルームの時間となり、担任となる教師が教室に入ってくる。


「ほら席着けー。簡単にホームルーム始めっぞー」


 ざわざわ、とまだ小さく雑談の声が聞こえていた教室が静かになった。教師はまず、己がこのクラスの担任だということを告げる。この担任は英語のリスニングの担当であり、サッカー部の顧問をしていた。そんな簡易的な説明をしてから、あることを伝える。


「あー、そうだ。今年は特別に、このクラスに編入生が来ることとなった」


 編入生、という言葉にクラスの生徒たちはざわめいた。生徒たちとっては新鮮な刺激、なのだろう。物珍しさもあってか、教室内が少しばかり騒がしくなる。それに一喝してから、まずは対面と教師は廊下に向かって、入ってくるように伝えた。

 ガラリ、とドアを開けて入ってきた生徒は男子だ。それも、亮介にとっては最早顔馴染みの、知っている人物。


「(聖さん!?)」


 亮介と同じ制服を着て、亮介がいるクラスに入ってきた人物は、紛れもなく立花聖、そのものだ。自分と会う時は大体スーツを着込んでいるからか、制服姿にあまり違和感は抱かなかったが、衝撃的であった。

 クラスの女子は、彼のその整っている顔立ちに小さくきゃあきゃあ言っている。


「えー。暫く入院生活をしていたが、今回無事に退院して、学校生活をリハビリすることになった。お前達より少しだけ年上だが、分からんことも多いと言っている。助けてやってくれ。立花、お前からも挨拶を」

「ああ、えっと。立花聖。よろしく、お願いします」


 自分の前では整然とした姿しか見せなかった聖が、こうもぎこちなく挨拶をしているところは新鮮だった。しかも聖の席は、空いていた亮介の隣の席だという。思わず顔がほころぶ。

 聖を隣に座らせた担任は、そのあと本日の流れを説明して、教室移動をするように指示した。がやがやと、生徒たちが教室を移動し始める。そこで亮介は、思い切りの笑顔で聖に声をかけた。


「聖さーん!まさか聖さんが編入してくるなんて思ってなかったっす!」

「黙れ煩い」

「でも、俺にも秘密だったなんて酷いっす!」

「煩いと言ったのが聞こえんのか」


 彼は見るからに不機嫌なようだ。あはは、と苦笑しつつも亮介は聖の転入に喜びを隠せなかった。


 3月の後半。亮介が聖の住んでいる、あったか荘に引越してきた時のこと。あったか荘の住人総出で、彼の引越しを手伝った。部屋は聖と竜が住んでいる部屋の隣が空いていたので、その場所に決める。拓海なんかは知人から軽トラを借り亮介の勉強机などを張り切って運んで、夜には腰を痛めていた。

 その日の夜は、亮介の引越し祝いも用意してくれていた。誰かと一緒に夕飯を共にし、談笑する。そんな家族のような時間を亮介は心から楽しみ、そして感謝していた。こんな楽しい時間をこれから、ずっと体験できる。この楽しさがあるのなら、4月から始まる学校で起こるであろう辛いことにも、耐えられると思っていたのだ。その時の話の中でも、聖からは転入のての字も聞かなかったというのに。だからこそ聖の転入は寝耳に水だったし、彼にとっては嬉しいサプライズのようなものであった。


「でも聖さん、もしかして身体弱かったんすか?」

「そんなわけなかろう。俺はいたって健康体だ」

「じゃあ、なんで3年生じゃなくて2年生に……?」


 そう尋ねるが、聖は顔を背けて何か小さく呟いている。謀られた、おのれ、なんていう恨み節が聞こえたような気がしたが。これ以上は詮索しない方がいいと判断し、また苦笑する。

 そんな会話をしている二人の元へ、俊と勉が来た。亮介と聖が仲良く話していることを不思議に感じたのだろう、亮介に知り合いかと尋ねる。


「ほら、前言ってた俺の除霊の先生だよ」


 亮介の言葉に、何かを納得したように頷く二人。まじまじと聖を見ながら、それぞれ言葉を漏らす。


「あー、この人のことだったんだ?」

「ふむ、興味深いな。また新しい除霊師と出会えるとは」

「……?」

「えっと、聖さん、紹介するっす。俺の友人の速水俊と、常盤勉っす」


 まじまじと自分を見ている視線に、若干の苛立ちの視線をぶつけていた聖に二人を紹介する。二人は亮介の紹介に続けるように聖に話しかけた。


「はじめまして、俺は速水俊。バスケ部所属でポジションはシューティングガード。年齢と彼女いない歴は同じだ言わせんな」

「え、あ……?」

「俊、立花が混乱しているだろう。変な自己紹介はいらないと思うぞ?ああすまない、俺は常盤勉。一応生徒会をしている。よろしく」


 聖は二人の差し出された手に、ぎこちなくもそれを握る。

 互いの紹介が終わりかけの頃に、教室にほとんど生徒がいないことに気付く。慌てて体育館で始まる始業式に出るためにと、成り行きで四人で行動することになった。


 始業式は無事に終わり、その後のホームルームの時間も滞りなく終了する。本日の学業はこれまで、ということで生徒たちはそれぞれ帰り支度などを始めた。周りからはこれからカラオケにでも行こうか、ゲーセンに遊びに行こう、そんな楽しそうな会話が聞こえてくる。それは亮介たちも例外ではなく、俊が彼らにこれから昼ごはんでもと誘ってきた。


「あ〜、ごめん。今日はこの後携帯ショップに行くんだ」

「携帯?亮介お前機種変でもするんだ?」

「俺じゃないんだけど、聖さんの携帯が壊れかけてて……」


 どうも長年使いすぎた聖のガラパゴス携帯は、先日寿命が来たのか不審な動作をするようになっていた。そこで編入祝いも兼ねて、スマートフォンに機種変更しようと香織が言ったのだ。その中で都合のつく時間が、今日の午後しかなかった。亮介も一緒に行く理由としては、詳しい操作方法が分かる人物がいた方がいいから、とのことらしい。


「そういや立花って昔懐かしのガラパゴス携帯だったっけ?」

「物持ちがいいという事はいいことだが、時代に取り残される可能性もあるからな。良いのではないか?」

「あまり、気乗りはせんが……。寿命ならば、致し方あるまい」


 はぁ、と聖はため息をつく。そんな彼に、機種変更したら色々教えてやるからな、と俊は気さくに話しかける。その明るさに聖がどう思っているかは、いざ知らず。それを気にしているのかそうではないのか、俊は亮介に一つ尋ねてきた。


「そうだ亮介、お前今どこに住んでるんだよ?帰れる家とか、しっかりあるのか?」

「ああ、今は聖さんと一緒の場所に住んでるよ。大丈夫大丈夫」


 亮介の言葉に、その場の空気が一瞬だけピキッと音を立てて凍ったような気がした。そしてワナワナと俊は震え、勉は眼鏡を押さえて表情を隠す。何か変なことを言っただろうか。


「聞きまして奥様……亮介ったら!立花とそういう関係でしたのね!?」

「転入生と既に知り合いという時点で、何かあるとは思っていたが……。なるほど、そういう関係も今のお前には必要なのだな」

「でもこれで、俺たちの不安要素はなくなったわけですよ奥様。立花、こんなヘタレな亮介のこと、よろしくお願いいたしますわね?」

「は?」


 安い三文芝居をしながら手を握った俊を、訝しげに睨む聖。

 彼らのやりとりを見て、気付く。これもしかして、大きな勘違いをしているのではないか。いや、もしかしなくてもそうだ。確かに言葉足らずだったかもしれないが、間違ったことを言っているのではない。兎に角、誤解を解かないとならない。その事に頭が回ってしまっていて、亮介は声のボリュームについて考えが及ばなかった。


「同棲してる訳じゃないからー!!」


 その叫びは、教室のあるフロア中に響いてしまっていた。

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