第三十節  魔法使いが決めたこと(2/2)

 消火活動は3時間にも及んだ。

 元々敷地も広く、昔ながらの日本家屋ということも災いしてか、神楽坂邸は全焼した。近隣の家屋に燃え移らなかったことは、不幸中の幸いであった。家屋の中からは、焼死体が運ばれたのだという。

 死亡したのは、その家に住んでいた神楽坂英之助、その息子の神楽坂滝、そして住み込みのお手伝いの女性の3名。司法解剖の結果、お手伝いと英之助は火事が起こる前には既に誰かに殺されていたのだという。遺体に残されていた創傷や遺体の状況から、そう結論付けられたらしい。凶器となった物は果物ナイフであり、それは火災現状から発見された。科捜研の結果、果物ナイフには滝の指紋が付いていた。そしてナイフにわずかに残っていた血痕が、英之助とお手伝いのものであると判明。

 警察は最初、亮介のことを疑った。火元が亮介の部屋であったこと、亮介の部屋に起爆スイッチ製造のためのリード線が置かれていたことの状況証拠。火事の時滝に投げ渡されたスイッチのようなものに、亮介の指紋があった物理証拠。その他家族関係から当然、彼に目をつけるのは当然と思った。しかし彼のアリバイや、リード線の購入ルートから、彼の犯行は不可能と判断された。


 神楽坂除霊相談所は有名だっただけに、テレビや新聞でも大きく報道された。そこで行われたありもしない偏向報道で、亮介に対する誹謗中傷も相次いだ。

 そんな亮介が無事に警察から解放され、出る頃には葬儀も告別式も終わっていた。神楽坂家の父方の親戚が喪主を務めたのだと、聞かされた。英之助は正式的な遺言状を用意していたらしく、遺産はすべて亮介に渡すようにと書かれていたことを知らされたときは、驚いた。しかしそのことで顰蹙ひんしゅくを買うことになってしまい、父方の親戚たちからは罵倒される日々が続いてしまっていた。母方の親戚たちも、自分の出自を考えると素直に彼を受け入れられなかった。しかしそこは正式な遺言状、それに反すれば自分たちが罪に問われてしまうと理解すると、誰も何も言えなくなった。




 無事に遺産を貰えたはいいものの、居場所がない親戚の家では息が詰まるらしい。一人暮らしをすると決めた亮介。今日もその物件を探して不動産店に行っていたのだという。心残りがあるとすれば、最後のお別れの挨拶もできなかったと、悔しそうに亮介が呟いた。


「せめて最後くらい、ちゃんとしたお別れが言いたかったっす」


 それらをベンチの隣に座って、何も言わずに聞いていた聖。先日訪れた海浜公園で海風を感じながら、散歩をしていたら遇ったのだ。

 今日はいい天気だ。風も穏やかで、空の色に反射した青い海がキラキラと光っている。散歩をしている家族や遊んでいる子供たち、移動販売しているクレープに並ぶ学生と、昼間の海浜公園は活気に溢れている。

 隣に座っている亮介の表情は、いつも通り聖が知っている、煩いくらいに明るい表情のそれだ。この表情に戻るまで、いったいどのくらいの時間かかったか。あの火災の後暫くは、生きた人間の表情をしていなかった。心落ち着ける場所がなかったことも一つの要因だが、目の前で家族を失った事実を、齢16の普通の高校生がどうして受け止められようか。


「……家は見つかったのか」

「それが、まだなんすよ……そろそろ学校も始まるから、早めに決めておきたいんすけど……」


 なかなか、思うような物件が見つからないと肩を落とす亮介。

 自分の学校からあまり離れすぎていない地区、できるなら神楽坂邸の近くがいいという。それを聞いて、聖は驚く。普通はそんな、自分の家を失った哀しい場所に住みたくはないはずだ。苦しみや悲しみを、わざわざ自分から思い出させるようなことを、どうしてそれを求めるのだろうかと。


「確かに俺は、家族愛ってものがよくわからないっす。あんな形で壊されたのに、時間が経って思い返しても、ああそうなんだってくらいにしか思わなくて」

「貴様……」

「でも、ここに確かに、俺の家族はいたんだって。それを、忘れたくないんすよ。それに、世間は俺のことを詐欺師だなんだって言ってるけど……少なくとも、あの家の周りの住人は事件の後でも、俺のことをわかってくれてたから。離れたくないんすよ」


 実際亮介と共にいた聖を見かけた住人が、亮介のことを彼に聞いてきたことはあった。純粋に彼を心配し、偏向報道をするメディアなんか気にしていないから、という言葉を伝言として預かるときもあった。それは地域住民だからこそ伝わる、温かさというものなのだろうか。


「そうか……」

「でもあんまりにも見つからなかったら……離れるしかなんすかねぇ……」


 その横顔が、あまりにも切なそうに見えてしまった。


「おい。この後時間はあるか」

「え?」


 立ち上がってから亮介を見て、ついてくるように言う。返事も聞かないまま、そのまま聖か歩き始めた。意味が分からないまま、亮介は自分についてくる。それを確認してから、聖はあることろに電話をかけた。ある要件を伝え向かったのは、聖の家でもある、あったか荘だった。

 あったか荘に到着する頃には、陽はすっかり傾いていた。なんでこんなところに、と言わんばかりの表情で自分を見つめる亮介。


「夕飯でも食っていけ」

「まさか、聖さんの家って……?」

「来い」


 言葉少なにそれだけ言って、香織と拓海の部屋へと向かう。今日は週末の金曜日。どうやら竜だけではなく、拓海も早く帰ってくるようだと先程電話で聞いていた。彼が先程電話を掛けた相手は香織であり、亮介を連れて帰る旨を伝えておいた。他にも、夕飯を共にしてもいいかという確認と、彼に話をしたいことがあるということを尋ねていた。香織には、聖の言いたいことが全てわかっていたのだろう。快諾して、待っていると伝えてくれた。

 そしてスタスタと歩く聖に遅れないように、慌てて亮介も彼の後を追う。

 ドアを開ければ、そこには既にあったか荘の住民全員が揃っていた。


「おかえり」

「ああ……ただいま」


 いつも通り中に入る聖と、どうしたらいいのかわからず、狼狽えている亮介。視線で入るように促せば、恐る恐るといった様子で部屋の中に入った。ビクビクしている亮介に、香織が近付いた。


「アンタが神楽坂亮介だね?そんなにビクビクしなさんな。何も取って食うつもりなんかじゃないから」

「は、はぁ……。あ、神楽坂亮介っす!よろしくお願いします!」

「元気があってよろしい。とりあえず、聖と一緒に手を洗ってきな。夕飯、一緒に食べよ?準備してあるから」

「えっと……」


 煮え切らない態度でいる亮介に、リリーが一喝した。


「あーもう!香織さんが一緒に食べるって言ったら食べるの!いいからエルと一緒に手を洗ってきなさいっ!」

「はいっ!ごめんなさいっすー!」


 その剣幕に押され、大人しく聖の後についていった亮介である。洗面台で手を洗ってから、言われるがままに席に着いた。

 そのまま夕飯を食べ始めるかと思ったが、まずは自己紹介として香織があったか荘の住人を紹介していく。自己紹介が終わると、温かいうちに、と夕食を食べることにした。今日のメニューは豚の生姜焼きにサラダ、豆腐となめこの味噌汁に白米といった簡単なもの。それでも、家族の温かさのような優しい味わいだ。柔らかい豚肉に感動していれば、はちみつを隠し味で入れたそうだ。肉質が柔らかくなり、パサつきも減る。はちみつの味は邪魔してこない量に抑えているから、無駄な甘さを感じることもない。普通の生姜焼きにしては彩りが艶やかだと思っていたが、はちみつのお陰だったのかと驚く。

 談笑しながら囲む食卓に、亮介の表情も明るくなった。そんな明るく楽しい食事も終わり、後片付けを手伝って帰ろうとした亮介に、聖が待ったをかける。

 話がある、とだけ告げて席に座るよう促した。そこには、いまだ住人全員がいた。既に座っていた香織が、やがて亮介に切り出した。


「亮介、家を探しているんだって?」

「あ、はい。でもその、なかなかいい物件がなくて……」

「条件はどんなの?」

「とりあえず、住めれば。あとは……なるべく、家のあった場所から近いところがいいなって」


 亮介の話を、肯定も否定もせずに聞いている。亮介はというと、なんだか落ち着きがない。公開処刑をされているようで、緊張しているのだろうか。

 一通り亮介の話を聞き終わってから、香織は彼にこう尋ねた。


「ねぇアンタ、このアパートに住んでみる気はない?」

「えっ」

「まぁ見ての通り、古臭いし風呂は共同だし夏は暑いし冬は寒いけど……このアパートはアンタの家があった場所に近いし、アンタを知ってる住民もいる団地内。少なくとも偏見による差別で、痛い思いをすることもない。幸い部屋も空いていることだしね」


 アンタ次第だけどね、と付け加えておくことも忘れずに。突然の申し出に驚いて、言葉も出ない状態の亮介。ハトが豆鉄砲を食らったかのような表情だ。


「どう?」

「でも……いいんでしょうか、その、俺……」

「ん?」

「俺は、一応は霊能力者で……ご迷惑をかけるかも、しれないから……」


 言い淀む亮介。いい加減そんな態度に内心イライラしてきたが、落ち着けと言い聞かせる。香織も負けじと、亮介に尋ねた。


「迷惑って?」

「その……霊を連れてきたリ、とか」

「今までもそうだったの?」

「いえ、それはなかったです。家には結界が張ってあったから」

「今住んでるところは?」

「結界は張ってないけど、それでも全員が優れた霊能力者だから」

「学校生活は普通にできてるの?」

「一応、は……」


 それを聞いた香織は、満足そうに頷いた。


「それなら、心配はないね」

「でも、」

「男のデモデモダッテは見苦しいよ」


 香織の指摘に思わず口を閉じる。それから表情を和らげた香織は、こう続けた。


「アンタが優しい子だっていうのは、今の質問でわかったよ。アンタ、自分のせいで誰かが巻き込まれることが怖いんでしょ?だから普通の生活ができるにも関わらず、迷惑をかけるかもしれないからって嘘を吐いた」

「それは……」

「そんなアンタのこと、放っておけるわけないでしょ」


 そう笑う香織。聖自身も、彼女のこのような母のような優しさに何回も救われてきたのだ。不安そうに自分を見る視線を感じそちらを向けば、亮介の困惑したような表情が見えた。何も言わずに一つ頷けば、泣きそうな表情に変わる。


「改めて聞くよ。亮介、アンタ……ここに住む気、ない?」


 追い打ちのように問いかけて、亮介の回答を待つ。


「……ここに、住みたいです!」


 その答えを待っていた、と香織は笑う。


「そうこなくちゃ。引っ越しはいつがいい?手伝うよ」

「いつでも大丈夫です!」

「そう?なら明日明後日明々後日と三連休だし、その時に一気にしてしまおう。親族の方の連絡だけ、お願いしてもいいかい?」

「もちろんです!」


 わいわいと話が盛り上がる。引っ越し業者を呼ぶ程の荷物はないから、近所の知り合いから軽トラを借りて運転すると拓海が張り切っていた。そんな中、普段なら亮介に近寄りもしないリリーが、彼に何かを耳打ちする。一体何を吹き込んでいるのだろうか。自分の方に振り向いた亮介に視線だけでなんだ、と問いかける。


「ありがとうございます、聖さん。聖さんが俺のこと、話してくれてたんすね」


 リリーを軽く睨む。隠しておこうと思っていたのに、と。睨まれたリリーは片目を閉じ、肩を竦めて謝る。反省はしてない様だ。

 神楽坂邸で起こった火事の後に、聖は香織に亮介のことを相談していた。彼が置かれている状況を話し、部屋を貸してくれないかと頼んだのは聖だ。これは亮介には内密に、とお願いしておいた。まさかリリーにばらされるとは。

 はぁ、とため息をついてから言った。


「致し方あるまい。貴様が一人前になるまで、面倒を見ると言ったのは俺だ。目の届く場所に置いといた方が、何かと都合がよかろう」

「あはは、そうっすね。これからもよろしくお願いするっす、聖さん」


 彼の眩しい笑顔に、聖は答える。


「うるさいぞ馬鹿者」


 そんな素っ気ない返事でも、亮介は嬉しそうに笑うのであった。



 第1章 END

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