第二十九節 魔法使いが決めたこと(1/2)
ゴロゴロと、遠くで雷が鳴り始めていた。
突然告げられた真実に、亮介が混乱している。とうとう本人の口から言ったか、と聖は冷静に滝を見据えている。
聖は、一連の行動が滝によるのもだろうと考えてはいた。いつぞや起きた連続殺人事件の調査も、亮介を殺すための餌に過ぎなかったのだ。滝との初対面の時の様子から、彼が亮介を疎んでいることを見抜いていた。今回の榊原への監視という修行命令も、事前に榊原自身に霊を憑りつかせて亮介の不安を煽るほどの周到振りだ。そこまで手の込んだ汚いやり方を、この目の前にいる人物以外に誰が出来ようか。
「……師範がそこまで、俺のことを疎んでたなんて。薄々、嫌われているとは思っていましたが……なんで、そんな、俺を殺すなんて……!」
亮介は明らかに動揺している。無理もない。自分が襲われた理由が、あろうことか身内に疎まれていたからだなんて。相当ショックなことに変わりない。
「当然だろうが低能!テメェは、母親の命を奪いやがったんだからな!!」
「なに……!?」
突きつけられた新たな事実に、聖も衝撃を受けてしまう。そんな様子は微塵も感じられなかった。神楽坂邸に呼ばれて赴いたあのとき、確かに母親らしき人物は見当たらなかった。だがそれは単に外出していただけかもしれない、と大して気にも留めなかった。あの時屋敷内を横目で見回したが、仏壇らしき置物もなかった。
亮介の驚愕っぷりも、これには致し方ないとしか言えない。
「あっれぇおチビちゃん知らなかったの?俺とそこの低能の母親はなぁ……そいつを生んだ時に、死んだんだよ」
それから滝は、真相について語った。
当時亮介を身籠ってから、確かに母親の容体は不安定な状態だったという。周囲の人間や滝は、母親を心配して出産に反対していた。夫である英之助も、説得をしていたらしい。しかし母親の決意は固く、自分に何があっても亮介を生むことを選んだ。元々霊力も強かった母親で、加持祈祷もしているから大丈夫だと気丈に振る舞っていた。そんな彼女に英之助も説得を諦め、母体も安定するようにと色々聞きまわる毎日を送っていた。それは生まれてくる子供への、期待を込めての行動でもあったのだろうが、その真意は今となってはわからない。ただ、優秀な子として育つようにと、母親が言い聞かせていたことは滝にはわかっていた。
亮介の出産後、産後の肥立ちが悪く、回復の兆しが見込まれないまま母親は息を引き取った。しかしその顔はとても柔らかく、満足気だったらしい。
母親が亡くなったことについて、英之助は来るべき時になるまで秘密にするように家の者に伝えた。表面上はそれに同意したが、滝はそのことをずっと根に持っていた。それはそうだろう。母親が命を懸けて生んだ自分の弟は、自分のように天性的な霊力を持ちながら、それを正確に扱うことさえできない。真相も知らずにのうのうと暮らし、神楽坂の看板に泥を塗る事しかわからない愚弟。優秀な子として育ってほしいという母親の願いが、悉く砕かれたような気分だったのだと。
「テメェさえ生まれてこなければ、お袋は死なずに済んだ!テメェが生きてきたせいで、俺がどんなに苦渋を舐めたか!!大した除霊一つすら出来ないクソ野郎の分際で、神楽坂の名を名乗りやがって!!」
「そんな、俺、そんなこと……」
動揺しつつも、亮介はそれでも滝に強い眼を向けて言う。
「でも!俺のこと憎いなら、直接殺せばいいじゃないですか!なんでこんな、榊原さんや知らない誰かを巻き込んで!」
「ぶわぁあか!そんなつまらねぇ方法取るわけねぇだろ!苦しんで苦しんで足掻いて足掻いて意地汚く生きてテメェが苦しむ様を俺が満足するまで!何度でも!!俺の大切なものを壊して奪ったくせに簡単に死んでいいわけないだろう!?」
壊れた人形の方が、もっとましな叫びをあげるだろう。支離滅裂なことを並べ立てて吠える滝。聖は今まで滝に対して怒りしか湧かなかったが、急にそのほとぼりが冷める。もはや怒りよりも、憐みの方を強く感じた。相手が包み隠さず吠えたのだから、こちらも包み隠さずに言おうと決める。
「呆れたな。黙って聞いていれば、なんとも子供染みた意見だ」
「聖さん……?」
「こやつのせいで母親が死んだ。それなのに、こやつは母親の言っていた優秀な子供に育っていない。そのせいで自分は苦しんだ。だから苦しめて殺す。これが幼稚でなくて何なのだ?それとも目には目をというやつか?どちらにしろ、くだらん」
そうやって吐き捨てる。そもそも、その母親の願いというものはしっかり亮介に伝えてあったのだろうか。今までの話を聞く限り、それはないのではないかと推測する。それに、この兄のことだ。貶めるだけ貶めたいのだろうということは、安易に予測できた。
「おチビちゃんになぁあにがわかる?これ、うちの問題なのにわざわざ首突っ込んで楽しいぃい?」
「除霊師を名乗るくせして、地縛霊を除霊できない馬鹿者めが。神楽坂の名前とやらに泥を塗っているのは、どちらであろうな?」
「それって……」
聖の発言に、亮介が目を丸くする。彼自身は、滝の方が霊力があるのだろうと思っていたようだ。しかしそうであるならば、いつまでも滝が自分に憑りついている地縛霊を除霊できないこともおかしい。滝はわざと除霊をしているのではなく、既に除霊が出来ないほど、地縛霊に侵食されていたのだ。
聖はそんな滝を見抜いて、その上で滝を挑発をしたのだ。
亮介はそんな、もう壊れてしまったと言っても過言ではない滝を無言で見つめる。その視線に、苛立ちを露わにする滝。表現することも躊躇われるほどの、容赦のない罵倒を亮介に投げつけていく。しかし亮介は物怖じせずに滝に近付いて、祈りの祝詞を唱え始めた。
その行動の意味がわからない、と言わんばかりにまじまじと彼を見る滝。後ろにいた聖は、彼のそんな行動に感心すら覚える。本来なら、罵倒の一つや二つでも言いたいだろう。それをしないで、あろうことか救うという意味。それが聖にはわかっていたのだ。滝に纏わりついていた地縛霊たちが、恨みつらみを亮介にぶつける。それにたじろぎもせずに、ただ祝詞を唱え続ける亮介。やがて悶え苦しんでいく声を聞きながら、最後に彼は言う。
「……俺のせいで、ごめんなさいっす」
彼のその言葉を最後に、滝の背後にいた地縛霊たちは解けるように消えていった。
ゴロゴロと、近くで雷が鳴っている。
亮介は滝にゆっくり近付く。そんな亮介のことを、呆然と見上げている滝。
「……師範のやったこと、俺は許せないです。でも……そんな師範でも、家族だから。家族を救うのは、当たり前のことだから……」
苦しいような、それでも許したいような、そんな表情なのだろうか。聞こえる声からは、少なくとも恐怖がないことはわかった。最初はあんなに震えていたというのに。ここまで成長できたのは、彼の努力による結果だろうか。そんなことを考える聖。呆然としていた滝だったが、突如壊れたスピーカーのように笑い声をあげる。それが恐ろしく不気味だ。思わず亮介も後ずさりしてしまう。
喉が枯れるということを、まるで全く知らないように滝は笑う。やがて笑いを収めてから、自嘲するような声がぽつりぽつり、と聞こえてきた。
「そっかぁ……。あの、低能で馬鹿で愚図でどうしようもねぇ愚弟ごときに。俺は助けられちまったのかぁ……」
「師範……?」
「まぁもういいかぁ。俺もここいらが、年貢の納め時ってぇやつだなぁ……」
カチリ、と何かが押される音。
そして、間をおいてから聞こえたのは。
―――耳をつんざくような爆発音だった
何事かと音のした方向を見れば、そこにあるのは神楽坂邸だ。一瞬、理解が追いつかなかった。神楽坂邸が燃えているとわかったのは、そこから二度目の爆発音が聞こえてからだ。
その光景を認識できた聖に、嫌な記憶がフラッシュバックする。
「な、なんで!?」
「お前さえいなけりゃあ、俺は殺人犯にならずに済んだってぇのになぁ」
目を見開き、亮介だけを見ている滝がゆらり、と立ち上がった。
まだ理解が追いついてない亮介は、ただ彼を見ることしかできないようだ。必死に頭の中から捻り出した言葉を、弱弱しく呟く。
「殺人犯って……?」
それに答えずに、滝はある物を亮介に向かって投げ渡す。受け取ったそれは、どこかで見覚えのある布。
質の良い布の切れ端には、びっしりと血痕が付いている。それに包まれていたのは、自作だろうか、何かのスイッチだ。
その布の正体がわかったのだろうか。震える声でまさか、と亮介が言葉を漏らす。聖もそれを見て、その布が英之助の羽織に使われていた反物だと理解した。
「お前は誰からも愛されてなんかねぇ……ずっと、未来永劫、誰からも愛されることなんてない。最後にテメェに呪いを残せるんだ……やってやったぜ……」
ゆらりゆらり、滝は満足そうに笑いながら燃え盛る神楽坂邸に帰っていく。自殺するつもりなのだとわかり、咄嗟に亮介は手を伸ばした。
「滝兄さん!!」
それを聖はすんでのところで止める。亮介の腕を掴み、火の中に飛び入ろうとした彼を食い止めた。
「やめろ!死ぬつもりかこの阿呆!!」
「でも、滝兄さんが!当代……いや、父さんが!!」
「気持ちはわからんでもない!だが貴様が飛び込んだところで、死体が増えるだけであろう!?」
「それでも!それでも俺は!!」
燃え盛る神楽坂邸。深夜に響いた爆発音に、近隣の住民が何事かと外に出てきている。そして誰かが通報したのだろうか、遠くからカンカンカン、とサイレン音が聞こえてくる。
数分後。消防車が数台駆けつけ、消火活動を始めようとしていた。救急隊員の一人が、自分と亮介に気付く。
「おい、何している!危ないぞ!?」
「嫌だ!滝兄さん、父さん!」
「やめろこの大馬鹿者!!」
救急隊員と聖が、引きずるように亮介を火元から遠ざけようとしている。しかし必死に抵抗する亮介。いい加減、頭に来ていた聖は叫んだ。
「いい加減にしろ神楽坂!!」
その声にピタリ、と亮介は止まって自分を呆然と見る。
「貴様、一人前の除霊師になりたいと俺に言ったのは嘘だと言うつもりか!?」
「あ……」
「折角貴様のことを認め始めていたのだ……。これ以上俺を失望させるな!!」
胸倉を掴みながら吠えれば、亮介は苦しそうな、泣きそうな表情になる。そしてこの現状を受け入れようとしたのか、膝からガクリと崩れ落ちた。
「ごめ……ごめん、なさい……」
聖はそんな亮介の頭を、自分の方へ引き寄せる。亮介もされるがまま、聖の胸に寄り掛かる。
そしてその場には、雨が降り始めていた。
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