第二十七節 魔法使いは受け入れる(1/2)
目の前に広がる光景から、聖は目を逸らせなかった。
柳刃包丁が深々と突き刺さっている榊原と、その榊原に守られ地面に座り込んでいる亮介。一瞬時が止まり、すぐに動き出す。
「さ、榊原さん!?榊原さん!!」
同様と困惑を隠しきれない亮介の、悲鳴に近い叫び声。声をかけられている榊原はぐったりとして、動く様子がない。そんな光景を見て、脳内でとある映像がフラッシュバックしていたが、弾かれたように意識が現実に戻る。
「貴様……!」
亮介に襲いかかってきた男は、鞄から新たな柳刃包丁を取り出す。その執念は見上げたものだが、このままではいけない。なんとしても守らねば。魔法を展開しようとするが、僅差で相手側の方が早いか。心の中で間に合えと叫ぶ。すると、一瞬底冷えするような風が吹くと同時のことだ。
―――「風よ、捕らえなさい」
聖はよく耳にする、とある男性の声が聞こえた。直後に、柳刃包丁を振りかざした男性の身動きが止まる。止まるというよりは、止められた、という表現の方がしっくりときた。
程よい太さのロープのようになっている風の塊が、男性を絡め取っているように見える。そしてそんな身動きのとれない男性の奥にいるのは、左手を横に突き出している竜だ。竜の姿を捉えた聖は、一瞬でこの状況を理解する。
この風の魔法を使ったのは、竜だ。その証拠に横に差し出している左手の親指に嵌めてあるアメジストの指輪が、淡く光っている。その指輪は、自分が嵌めている指輪と同じく魔法具の一つだ。聖が魔法を使うときに指輪が光るように、竜も魔法を使うときは指輪が淡く輝くのだ。
「聖!」
「竜……恩に着る!」
人間は焼かず、霊体のみを焼くことに意識を集中させる。捕らえられている男性も対抗しているのか、時折ブチブチと縄を引きちぎるような音も聞こえてきた。だが今度こそ、聖の行動の方が一足早かった。
「ジャーマフランサドール!」
聖が扱える、神聖な炎。地面から生えた炎を纏う槍はまるで、犯罪者を閉じ込める牢屋のようだ。男性に取り憑いている霊体を、塵も残さないようにと燃え盛る。その間も亮介は、周りが見えていないのか必死に榊原を呼ぶ。その光景が、いやに脳裏に焼き付いてしまう。
あの時を彷彿させてしまう。
いや違う、今はあの時ではない。それに場所も違う。考えを切り替えろ、集中しなければ。そんな彼自身の不安も焼き尽くさんと、炎は勢いを増す。
『あ"ァ"……コろず、ごロす!ゼンぶォ前の……せィ、だ!』
霊体の怨念染みた声が、炎の中から木霊してくる。ギョロリ、と愛憎に満ち満ちた目を亮介に向けた。流石にその視線は気付いたのか、亮介は恐る恐る顔を上げてそれを見る。視線がぶつかると、霊体はニンマリと目で笑い、狂ったスピーカーのような笑い声をあげた。
ここまで純粋に憎しみだけを持つ霊体も、珍しくはない。ただそれが自分に向けられた時、果たして亮介は耐え切れるだろうか。心の中でそんな不安を感じつつ、最後のひと焼きを入れる。
「果てろ」
最後に一つ大きく炎が爆ぜて、やがて消える。槍を消すと、男性はその場に倒れこむ。取り憑かれていた人間に大きな怪我がないことを確認し、亮介の方へ駆け寄った。
今にも泣きそうな表情で、悲痛に叫ぶように榊原を呼んでいる亮介。当の榊原は、今はなんとか意識を保っているがいつ気を失うか分からない危険な状態だ。思わず背中に突き刺さっている柳刃包丁を抜こうとしていた亮介の手を掴み、声を荒げる。
「馬鹿者!抜けば失血多量で死ぬとわからんか!!」
「でっ、でも!」
「いいから貴様は呼び続けろ!こやつが意識を失えば終わりだぞ!!」
「は、はいっ……っ!」
聖の言葉に頷き、再び榊原に声をかける亮介。そしていつの間にか、その隣には竜が来ていた。警察と救急車を呼んだと言った彼は、何やら買い物袋からタオルを取り出す。そしてそのタオルを、そのまま柳刃包丁が突き刺さっている背中の部分を押さえた。
「とにかく、これを動かさないようにしてください」
「竜……」
「たまたま買い物帰りだったんです。こんな偶然はいりませんでしたが……聖、この方とは知り合いですか?」
「俺は違う。こやつの関係者らしい」
自分が顔見知りだと言う事は伏せて、事情を話す。そうこうしているうちに、遠くから救急車とのパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「榊原さん、救急車が来るっすからね!そうしたら、助かるっすから!」
「…………は、ぃ。りょ、う……す、さま……」
「大丈夫っす……俺は大丈夫っすから。だから今は、自分が助かることだけ考えて下さいっす……!」
目の前の光景に、思わず顔をしかめてしまう。この状況に対して亮介に不快感を感じているわけではない。5年ほど前、自身も似たような体験をしているのだ。どうもそのことが脳裏に焼き付いて離れない。ちらりと横目で竜を見るが、その横顔から感情を読み取ることは出来なかった。
数分ののち、救急車とパトカーが到着する。担架で運ばれた榊原は、意識を保てているは遠目ではわからなくなっていた。受け入れ先が運よくすぐに見つかり、同乗を求められる。当然ついていこうとする亮介だが、救急車に乗り込もうとして、不安そうに聖を見る。ついてきてほしいのだろう。だが、到着した警察官に状況を説明しなければならない。酷であることはわかっているが、あえて聖は答えた。
「貴様だけで共に行け」
「でも……」
「……病院に着いたら、俺に電話を掛けろ。そしたら向かってやる」
「本当っすか……?」
「この状況で貴様に嘘を吐いてどうする」
ため息をついてから、いつものように接する。自分のそんな普段通りの態度に安心したのか、亮介に小さくだが笑顔が戻る。とりあえず安心だろう、と判断して行くように促した。サイレンの音をけたたましく響かせ、救急車は搬送先へ走り去る。気を失っていた二人の男性も、それぞれ搬送された。
残った聖と竜が、警察に詳しい当時の状況を伝える。ただ本当のことを言っても、訳の分からないことになるだろう。なのであくまで、霊が憑いていたことは隠して話をする。そして最後に襲われた亮介について、通り魔らしき人物に襲われ、被害届も提出していることを告げた。本来ならばこれは亮介から言うべきなのだろう。しかし今の彼に、そんなことを冷静に話せる余裕はない。偶然にも話を聞いた自分から言っても大丈夫だろう、と考えたのだ。現場に残されていた、最初に自分たちに襲い掛かってきた男性が落とした凶器。襲われたときは気付かなかったが、ちらりと一瞥したときに血痕が付いていたことに気付いたのだ。まさか、とは思ったとこもあり、前日に襲われたことを告げれば、きっと捜査してくれるはず。それに託した。
ただし警察からは、念のためということもあり警察署で詳しい事情聴取すると言われた。一度説明したが、それでは足りないのだろうか。文句もあるが致し方あるまい、と腹を括る。そのまま警察署へ向かうこととなった。幸いにも、竜も一緒だったことが救いだった。
警察署から解放されたのは、それからおよそ5時間後のことだった。仕方ないとはいえ、同じ質問を何回も聞かされたり答えたりと、途中腹立たしさがあったことは秘密だ。竜はそんな自分に、お疲れ様です、と苦笑した。謝礼として雀の涙ほどを渡されたが、日本の警察は無能なのかと疑った。
携帯に亮介からの連絡は来ていない。どういうことなのだろうか。状況を理解しておこうと、電話をかけようとしたときだった。とある男性が話しかけてくる。
「あれ?キミは確か……立花くん?」
その声に振り向けば、いつぞや出会った刑事である黒田がいた。缶コーヒーを片手に、鞄を持って警察署を出てきていた。仕事帰りなのだろうか。その様子を見た隣の竜の表情が、一瞬強張る。それに聖が気付くことはなかった。彼はすぐに持ち直して黒田に訊ねた。
「警察関係者の方のようですが、お知り合いなのですか?」
「こやつは黒田透……警察の金魚のフンらしい」
「うわぁ酷い説明。まぁ間違ってないけど……。あなたは、立花くんのお兄さん?」
「従兄弟です」
「あらそうなの?似てるから兄弟とばっかり」
そんな彼の警察らしからぬ緊張感のなさに、思わず脱力した。それから自己紹介をして、ところでと話題を切り出す。
話の内容は先程、自身が事情聴取を受けていた事件についてだった。犯人である2人が意識を取り戻し、警察の取り調べについて間違いないと事実を容認したと。回復次第、逮捕されるだろうとのことだ。さすがにナイフについていた血痕については話さなかったが、とりあえずこれで亮介への大きな障害が減ったと安堵した。
「まぁ犯人はどっちも単独犯らしいけど、くれぐれも帰りは気を付けてね?」
「言われんでもそうする」
「うんうん、いい心がけ。じゃあ俺はもう帰るね。バイバイ~」
なにやら最後まで、黒田のペースに流されたままのような気がした。ただ自然と肩の力が抜けていたこに気付くと、気を張り詰めすぎていたのかと理解できた。そんな自分の状態を、黒田は見抜いていたというのだろうか。
まぁそれは今確認しなくてもいいだろう。先に亮介への電話が先だ。携帯の電話帳で亮介の名前を探し、電話をかける。
しばらくの間、着信音しか返ってこない。苛立ちが募る。亮介が電話に応答したのは、おおよそ2分経った頃だった。流石に文句の一つでも言ってやろうか。
「貴様、俺が先程言ったことを忘れたか」
『……ごめんなさい。電話、入れようと思ったんすけど、取り調べ受けていたら、その……反応できないかと、思って……』
「あ……それは、そう、だな」
『病院っすよね……?市民病院に、搬送されて……俺もそこにいるっす』
待ってますから、とだけ伝えると向こうから電話が切られる。一体なんなんだと思わないわけではなかったが、どうも様子がおかしいことには気付けた。竜に帰りが遅くなると伝えれば、共に行くと言ってくれた。
「先程の黒田さんが言ったこともありますし。それに目的地までのルート、わかるんですか?」
「ああ……わからんな、それは」
「お金も出しますから、タクシーで向かいましょう。心配なのでしょう?」
「俺は別にそういうのでは……」
「雰囲気でわかりますよ」
そうやって優しく笑いかけてくる竜に、やっぱり敵わないと思う。その心遣いが、聖にはとても心地よかった。
警察署を出てすぐにタクシーを捕まえて、亮介の言っていた市民病院に向かう。先程の電話の様子から、何かあったのだろうと嫌な予感を感じながら。深夜の街の街頭が、そんな聖の予感を煽るように点滅しては、消えた。
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