第二十六節 魔法使いと修行その3(2/2)

 オープンカフェの一角に、榊原は座って寛いでいるようだった。カウンターで頼んだキャラメルマキアートを片手に、聖は彼の背後の席に座る。

 さて、準備は整った。あとはどう話しかけようか。そう考えていたら、背後にいる榊原自身から背中向けのまま声が掛けられた。


「立花聖様ですね」


 その言葉に思わずドキリとしたが、相手が自分のことをわかっているのならば話は早い。あくまでも背中を向けたまま、聖も言葉を返した。


「……わかっているなら話は早い。電話を掛けるフリでもしろ、他人から奇怪な目を向けられても知らんぞ」

「貴方はどうなさるのですか」

「早くしろ」


 有無を言わせない、命令のような口調で言えば理解してくれたのだろうか。背後でガサゴソと、何かを探すような音が聞こえる。ややあってから、もしもし、と言葉が聞こえた。それを準備ができたとの合図に捉え、聖も左手をポケットに隠して魔力を巡らす。

 榊原に意識を集中させながら、念を飛ばした。簡単なテレパシーのようなものだ。頭の中で文字を浮かべ、榊原の脳内に届ける。


『聞こえているか』

「っ……!?ええ、聞こえています」


 最初は動揺したようだが、そこは大人の対応力というのだろうか、すぐに平静を保った。そのことに少し感心しつつも、本題に入る。


『あの半人前の修行内容だが、今回は貴様への監視だそうだ。貴様、この意味がわかるか』

「そうですか……ついに滝様が動き始めたのですね」

『あやつ自身はこの事に気付いてはおらんが、恐らく近日中に、あやつの命は狙われる』

「また、とは?」


 榊原の言葉を聞き、内心驚く。まさか以前、悪霊に襲われかけたことを、誰にも話してないのだろうか。話を聞くに、確かに彼の周りにこれを相談できるような人物はいない。だがそれは、勇敢だとは言えない。彼になら伝えても大丈夫だろう。

 聖は以前の修行の際に、亮介が襲われたことを話す。それも滝から与えられた修行中の最中だ、ということも漏らさずに。

 その話を聞いた榊原は、そのようなことが、と少し動揺していた。流石にこれは受け止められなかったか。しかし今は、同情してやれる時間はない。少々乱暴かもしれないが、話を続けた。


『それともう一つ。あやつが言うには、ここ最近貴様の周りを、何かがうろついているようだ。どうやら貴様も、あの滝とかいうやつに目をつけられたらしい』

「それは、私の周りで蠢いている地縛霊のことですね」

『貴様、気付いて……!?』

「私は、人間です。祓う力はないのですが5年ほど前から、急に」

『先程、寺で花を手向けていた相手か』


 そこまで見られているとは思わなかった、と呟く。

 亡くした人物は、己の唯一の親族であった兄のことだと告げる。5年前に起きた、ブラッディ―バレンタイン。榊原は、その事件の被害者遺族だったのだ。そのことに嘆き悲しみ、霊に憑りつかれていた。その時、悪逆非道の道に堕ちそうになっていたところを救ってくれたのが、英之助だったらしい。職も何もかも失っていた自分に、光を与えてくれたこと。感謝してもしきれないと。

 そんな自分が守りたいと思ったのが、亮介だという。滝の傍若無人振りには、最早人の手では負えない何かがあるらしい。自分で対処しきれないことに目を向けていては、自分のできることにまで支障が出てしまう。ならば自分で対応できることに全力で取り組む、そう決めたと彼は話した。


「私にまとわりついている地縛霊は、気を抜くと霊力の高い亮介様へと向かっています。もし、亮介様が憑りつかれたら……。貴方ならご想像に難くない」

『まぁ間違いなく、あやつの意識は殺されるであろうな』

「……そうならないためにも、私はこのままでよいのです」

『くだらん……そのために貴様自身はどうなっても構わんと?』


 従者というものは、どうしてこういつも自分の身を挺して誰かを守ろうとするのだろうか。残されたのものの気持ちなど、考えもせずに。それが当然だと思うこと、自分はそれを良しとしない性格だ。彼を見ているとどうも昔の竜が思い出される。


「ですので、貴方にお願いがあるのです」

『なんだ』

「……亮介様を、よろしくお願いします」


 彼のお願いに、聖は答えを出す。


『断る』


 その答えに、当然のように驚く榊原。


『なんでもかんでも俺に押し付けるな。そういうことは、己が全うすべきではないか?他人任せにするとは、貴様それでも秘書か?』

「ですが私は」

『良いか、よく聞け。俺があやつの面倒を見ているのは、ひとえにあやつの霊に対しての己の行いを改めたいからという、あやつ自身の願いあってのこと。それ以上もそれ以下もない。なのに貴様といい、英之助といい、人任せにするのも程々にしろ。俺を小間使いか何かに勘違いするのも、甚だしい』


 そう言いたいことを包み隠さずに言えば、当の榊原は沈黙する。しかしやがて、観念したような、自嘲的な声で善処する、とだけ答えた。求めているような答えは得られなかったが、及第点といったところだ。


『まぁいい。それと俺と貴様が顔見知りだということは、あやつは知らん。内密にしろ』

「承りました。では、私から最後に一つ」

『なんだ』

「小間使いは、主に女性を指す言葉になります。使う際はご注意を」


 最後に意外な点を指摘され、今度は聖の方が言葉に詰まってしまった。黙れ、と一言だけ子供のように言い返した。榊原は自分の次の行き先を聖に伝えると、そのまま電話を切るふりをして、席から立つ。どうやら退店するようだ。聖もカップに残っている、少しぬるくなってしまっていたキャラメルマキアートを飲み干す。そのまま榊原を尾行していると、周りの目から見て違和感がないように注意を払いながら、その店を出た。

 珈琲店と向かい合う場所にあるファーストフード店の窓側に亮介の姿を確認する。彼もこちらに気付いたようで、トレーを片付け、リリーと共にこちらへ出てきた。


「聖さん!えっと……」

「奴は次は、この近くにある書店に行くそうだ。話し声が聞こえた」


 嘘ではあるが、行き先は本当だ。聖の嘘に気付く素振りも見せない亮介の危機感のなさに、若干呆れつつも一安心する。リリーからは、あとで本当のこと話すようにと、釘を刺された。




 その後、榊原を見失うこともなく順調に尾行は進んだ。尾行を続ける中で、自分たちの町に戻っていた。このまま何事もないならば、切りの良いところで終わりにしよう。そう聖と亮介が決めた直後のことだった。


 ざわり、嫌な感覚がする。

 それは以前も感じた悪意ある霊圧だ。


 周りに自分と亮介、その霊圧以外に人がいないことを確認する。そして振り向きざまに、その霊圧に対して軽い攻撃魔法を放った。突然の自分の行動に当然驚いた亮介だが、同じように振り向く。

 そこにいたのは、正気のない目でこちらを見据え、片手にはナイフを握りしめている男性だ。カタカタと人形のように震え、男は口を開く。


「あァ……こロス、殺ズ、ぉマえさエイナけぇ……レば……!」

「こやつ……!?」


 再びナイフを振りかざすの、ゆらりと襲ってくる男性。その身体の向きとナイフの角度から、彼が狙っていたのは亮介だと判断する。それが襲いかかる前に、自分と亮介の周りに魔法で防御結界を張る。張り終わると同時に、その結界に小さい衝撃があった。


「ひ、聖さん!」

「貴様、走れるな!?」


 初めて聞く自分の叫び声に一瞬怯んだ亮介だが、すぐに切り替えて可能だと返す。


「ならばこの結界を解いた瞬間、貴様は走って逃げろ」

「でも、それじゃあ聖さんが……!」

「たわけ、こやつが狙っているのは貴様だ!これがどういう意味か、わからんわけでもあるまい!?」

「それは、そうっすけど!」

「こやつは明らかに憑かれている!こんな正気のない目の人間なぞ、いるものか。こやつはとりわけ霊体質が強いのだろうな、簡単に支配されている」


 恐らく憑いているのは生霊か怨霊か。どちらにしろ、人に危害を加える何かであることは間違いない。この間のように自分の炎で浄化できるが、この状況下でそれを行うには亮介を離す必要がある。前回は、元々が霊体だったために、彼の前で炎を出すことに躊躇いはなかった。しかし今回は、実際に生きている人間に対して炎を放つのだ。いい見た目ではないだろう。亮介に、変なトラウマを植え付けないためでもあった。


「(それにしても……)」


 まさか昨日襲われたばかりなのにこんなにも早く、また亮介が襲われるとは思っていなかった。亮介もまさか、自分が2日連続で見知らぬ誰かに襲われると想像はしていないだろう。だがこれで、聖は確信した。滝は今日、亮介を殺すつもりで修行を言い渡したのだと。


「リリー。すまんがこやつのこと、頼めるか?」

「仕方ないね……!アンタ、私が誘導するからついてきて!」

「は、はいっ!」


 亮介を嫌っているリリーでも、この状況で彼を放っておくことに賛成はしなかった。それに純粋に感謝し、彼女に託すことにした。


「よし……ならば、行け!」


 その言葉を合図代わりとして、結界を解く。そして弾かれるように、リリーが先導して亮介が走り出した。準備は整ったと、聖が魔法を使おうとした瞬間。急に目の前の男性から霊圧が消えて、背後の亮介達へ移動した。これは流石に予想外だった。普段ならそんなことは。どういうカラクリを使ったかはわからない。亮介以外の霊能力者が力を使わないと、霊を移動させることなんてできない。しかし考えるのはあとだ。ともすれば亮介だけではなく、リリーすら危ないのだ。


 背後でドサリ、音がする。振り向けば亮介が誰かに衝突し、尻餅をついていた。刺されたわけではなさそうだと一瞬安心したが、ぶつかった男性には先程の霊が既に憑いていた。肩にかけている鞄から柳刃包丁を取り出し、その凶刃を躊躇いなく振り下ろす。これでは、間に合わない。


「神楽―――」


 柳刃包丁がずぷり、と容赦無く肉に突き刺さる。柔らかい身体に、深々と。そこから血が飛び散る。


「え――……?」


 目の前の光景を、いったい誰が予想できただろう。柳刃包丁を突き立てられた人物、それは。


「榊原、さ、ん……?」


 亮介のことを身を呈して庇った、榊原であったのだ。

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