第二十五節 魔法使いと修行その3(1/2)
その日の朝、携帯に亮介からの電話があった。修行が言い渡されたようだ。ただ、電話の奥の声が少し震えていることに気付く。待ち合わせ場所は以前と同じ、あの公園。
リリーも、今回は何があってもついてくるようだ。一度も自身の目で、修行している亮介の除霊の様子を見たことがない彼女。自分の言っていることを信用していないわけではないが、自分の目で彼の本質を確かめておきたいそうだ。万が一、何かあったら全速力で逃げるから。そう笑って言う彼女に、必要以上の反論はできないと観念した。ただし最大限の警戒はするよう、念を押した。
公園に着くと、そこにはすでに亮介がいた。聖たちに気付くと、へにゃりと笑いながら近付いてきた。その様子から、電話で震えていたのは気のせいかと錯覚する。
しかし、リリーが彼の違和感に気付く。
「アンタ、その右手どうしたのよ」
その言葉に咄嗟に亮介は右手を隠すが、聖はその手の甲に手当てが施されていることに気付く。それも小さい絆創膏を貼るだけの簡単な手当ではなく、ガーゼやカット綿で傷口に菌が入らないよう、しっかりとした処置だ。何があったのか、と視線で問いかける。
「これはその、ちょっと転んで……」
「そんな嘘が通じるとでも?」
「そう、っすよね……。実はこれ、昨日家に帰るときに、知らない誰かに切り付けられたんすよ」
「はぁ!?」
隣のリリーが素っ頓狂な声を出す。聖も声は出さなかったものの、その事実に驚愕した。
夜遅いこともあり犯人の顔こそは見えなかったが、体格から男性だということはわかった。もちろん警察に助けを求め、被害届も出したとのこと。幸いにも、怪我は手の甲を数センチ切れらただけ。だがそれが、妙だとも感じたらしい。
「俺、切られたとき怖くなって逃げました。でもその人は、そのあと俺を追いかけてくるわけでもなくて……そのまま帰ったのか逃げたのかはわからないんすけど。強盗目的だとしても、その人バイクに乗っているわけでもなかったから……」
兎にも角にも、被害届を出しているので警察が捜査してくれるだろうと。声が震えていたのは、昨日の今日だったために、少しだけ恐怖心があったからだ。
「なら、今日はやめるか?」
「そういうわけにもいかないっす。もう、大丈夫っす」
「そんなこと言って、エルの足引っ張ったら承知しないわよ!」
「はいっす」
そう笑った亮介の笑顔には、もう陰りはなかった。そのことに一安心して、思わず口を手で押さえた。どうして自分は、こやつの様子に安心感を覚えたのだろうか。いかん、やはりどうも調子が狂う。頭を軽くふるって、言い渡された修行の内容を尋ねる。
「それが、今回もちょっと意味の分からない内容で……」
「構わん、話せ」
「えっと……俺の家で秘書をしている、榊原さんって人がいるんす。その人のことを見張りながら、街を巡回しろって」
今までの修行の中でも一番曖昧であり、意味不明の内容に混乱はしているという。亮介の家の秘書と言えば、以前聖もあったことがある。先日神楽坂邸まで自分を送迎をした、あの男だ。しかし、何故見張る必要がある。それについても問いただせば、亮介は数日後自分の家で行われる、次期当主を決める儀式についてを語った。内容は以前、聖が亮介の父である神楽坂英之助から聞かされた内容と、全く同じだ。だが目の前の亮介には、そのことについてはあえて、知らない体で接する。
「それで、滝兄さんはここ数日いろいろ疑心暗鬼になっていて……。榊原さんが何とかできるわけはないのに、身辺調査をするようにって。探偵を雇う金が勿体ないからって、自分に修行としてそれを言いつけたんすよ」
「またくだらんことを……」
「でも俺、個人的に榊原さんのことを心配してるんです」
「どういうこと?半人前のアンタに何ができるって言うの?」
リリーの言葉は厳しく聞こえるが、それが事実でもある。まだ半人前の亮介に、何ができるというのだろうか。
「わかってるっす。でも俺、見たんすよ……榊原さんの周りに、なんて言うか靄みたいなのが纏わりついていた。一見すると、なんてことのない靄なんす。でも日増しにそれが大きくなっていって、それがいつか榊原さんを飲み込んじゃうんじゃないかと思って」
「……何故そこまで、そやつに肩入れするのだ」
「榊原さんだけは、俺のことをいつも気にかけてくれるです。榊原さんがいると、安心できるっていうか落ち着くっていうか。なんなんすかねこれ?俺、変な人みたいっすか?」
「当たり前でしょ」
その問いに無言を返す。決してそれが理解できないわけではない。寧ろわかりすぎるのだ。自分も、竜には似たような感情を持っているのだから。自分の心の内を表現されているようで、返しに困っていたのだ。
しかしいつまでも、ここで喋りこんでいるわけにもいかない。彼がいる場所まで行って偵察するしかあるまい。何処にいるかわかるかと聞けば、今日は彼はオフだから自分の家にはいない、と答える亮介。
「……、待て。ならばそやつが何処にいるか皆目見当がつかないというわけか?」
「え?」
聖の問いかけに暫く黙って固まっていたが、どうやら意味を理解したようだ。亮介の、濁点交じりの叫びが公園に木霊した。自分の鼓膜が一瞬、危うかったことは秘密である。
「で、でもでも電話を掛ければ!」
「たわけ。偵察するという人物に、自分はこれからお前を見張る、と宣言する馬鹿が何処にいる」
「そうっすよねぇ……」
「アンタって本当に馬鹿ね……」
「面目ないっす」
最初から八方塞がりか、と呆れる。何処か榊原という人物が、足を運びそうな場所に心当たりはないか、そう声をかけた。腕を組んでしばらく考え込む亮介。そんな彼の様子に、そう簡単に思いつくわけがないかと諦める。致し方ない、歩いて探すほかはないかと思った時、そういえば、と亮介は呟く。
「榊原さん、毎月7日は誰かの墓参りに行くって以前言ってたっす。今日って3月の7日ですよね?」
「そうだが。そもそも、そこが何処だかわかるのか?」
「ああ、それは知ってるっす。ここからだと隣町になるんで、電車使いますけど」
「それは別に良い。他に手掛かりがない以上、そこに行くしかあるまい」
目的地が決まり、徒歩で行ける駅まで向かう。空は穏やかで、心地よい。
だが内心では、ますます神楽坂滝という人物がわからなくなった。まさか、自分が英之助から預かった数珠のことについて、何かバレてしまったのだろうか。いや、あの時あの場所に、滝と思われる人物の姿も、気配すらなかった。加えて英之助は、自分に預けた本物の数珠とお札とほぼ変わらない偽物を用意していた。そこまで用意周到にしているのだ、簡単にわかるわけもない。だが万が一、どこからか漏れてしまったら?今回亮介に与えられた修行内容を考えると、榊原という人物を疑わざるを得ない状況になっている。
しかし榊原という男は、聖が抱いた第一印象として、仕えている主に堅実そうな雰囲気を感じ、誠実そうな男だという判断を下していた。それこそ以前の、自分と初めて会った時の竜のように。
「聖さん?」
「エルー?」
2人の、自分を呼ぶ声に反応する。どうやら考えすぎて、周りのことをすっかり忘れていたようだ。大丈夫かと心配されるが、なんでもない、といつものように不愛想に返す。
目的地までの切符を買い、電車を待つ。自分達が目的地についた頃に鉢合わせにならないようにと、そう思考を無理矢理切り替えた。
電車に揺られて20分程、隣町の駅に着いた聖たちは、亮介の案内で目的地の寺へと辿り着く。幸いにもここに来るまで榊原とは擦れ違うこともなく、安心する。
寺の敷地に入り、まずは寺の住職へ挨拶をすることにした。どうやらこの寺の住職とは顔見知りだそうだ。
「住職さん、こんにちは」
「おや、亮介さんではないですか。お久しぶりでございます。お父上は息災で?」
「はい、変わらないです。あの、今日って榊原さんはもう来ましたか?」
その問いかけに住職は、つい先程自分たちと入れ替わる形で来ていたことを話す。今は墓石の掃除を終え、お参りしているのではないかと言う。
必要な情報が手に入り、挨拶をそこそこに、あくまで隠れながら榊原を探すことにした。
「榊原さんは5年ほど前から、うちの秘書をしてるんすよ。いつ出会ったのかはわからないんすけど、当代が雇ってうちで働くようになって……」
その話の途中で、茂みに隠れるように身を屈ませる。遠くで目的の人物を見つけたのだ。自身の目の前の墓石に花を手向け祈る姿の、榊原だ。
いったい誰を亡くしてしまったのだろうか。野次馬根性、というわけではないが亮介の話を聞いて、少し気になってしまったのだ。どうやら亮介も、そこは知らないようだ。
暫く様子見していると、ふいに榊原が立ち上がり、その場をあとにする。もう終わったのだろうか。道具を片手に寺へと戻っていく。見失わないようにと、適度な距離を保って後をつける。一歩間違えれば不審者扱いだが、周りに人がいなかったこともあり、通報されるような心配もなかった。尾行していることに罪悪感を感じないわけではないが、修行のためならば致し方あるまいと腹を括る。
寺を出て榊原が次に向かった場所は、とある珈琲チェーン店だった。オープンカフェにもなっている、お洒落な店だ。自分たちの地元にはないだろう、と思う。その店の近くまで来たはいいものの、これでは自分たちが尾行していることがバレてしまう。これは避けたい、と聖と亮介の意見が一致する。
「でも完全な死角に入ることも、また見失う危険性があるっすよね……」
「……俺が行くしかあるまい」
「聖さん?」
「俺ならば、あやつと会ったことはない。近くにいても気付かれまい」
本当は会ったことがあるが、変に混乱させたくないからと嘘を吐く。それに、個人的に彼に言いたいこと、伝えたいことがある。リリーから見たら、自分が亮介の助けをしているように見えるだろう。それも仕方のないことだ、後で彼女には本当の理由を話さなければならないな。
亮介とリリーに近くのファーストフード店にでも待機していろと告げ、聖は珈琲店に向かったのであった。
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