第二十節 魔法使いと怪異事件‐後編‐(2/2)
逃げ場を失った彼らを嘲笑うかのように、ゆっくりと近付いてくる鬼。どうするべきか、いや最早手段を考えている余裕はなくなっていた。聖は何かと葛藤していたが、やがて意を決したように亮介の前に出た。
ここで逃げては、霊のためにならない。この男に目を逸らすなと言っておきながら、自分が逃げては滑稽だ。それにこの男には、いつか自分の正体を見抜かれるだろう。ならばそうなってしまうよりも、いっそ自ら正体を明かして立ち去るのが効果的だ。そう彼は結論に至った。
「……下がっていろ」
「そんな、駄目っすよ聖さん!いくらなんでも、あれは除霊出来ないっす!!」
亮介は慌てて彼の肩を掴んで立ち止まらせる。確かに最早除霊するには難しい霊である。だが、聖には他にも立ち向かう理由があった。
「黙れ……あの鬼は貴様を狙ったのだ。今貴様が逃げれば、彼奴は他の誰かを襲うだろう。しかし留まると貴様が彼奴に喰われる……ならば手は一つしかなかろう」
「だけど、それじゃあ聖さんが!」
「……安心しろ、俺はまだ死なん」
「え……?」
何を言っているのだろう、そういう視線を投げかけるも聖は無視をする。そして左手を目の前に差し出すと、彼は口の中で何かぶつぶつと唱え始めた。
するとどうだろう。彼の左手中指に嵌められている指輪が赤く閃き始め、足元にも赤く淡い光が浮き出ている。思わず後ずさりをして彼から離れ、恐る恐る様子を窺う亮介。自分達に近付いて来ている鬼は、しかしほんの数メートル前まで来ると急にもがき始めた。
目の前に広がる光景は、現実のものなのかと疑う余裕は今の亮介にはなかった。一方聖は何かを唱え終わったのか、目を静かに開くと鬼に向かってこう言った。
「炎よ貫け、ジャーマフランサドール」
その言葉が放たれた途端、鬼の周りに突如炎を纏った槍が地面から出現したのだ。それは結界のように燃え盛り、その中で鬼は悶え苦しんでいた。その形が少しずつ崩れていく様子が見て取れた。
しかしこんなに燃えているのにも関わらず、公園に生えている芝生や花々は燃えていなかった。
「俺の持つ炎は光の炎だ……妖であるお前には毒にしかならんだろう?安心して逝くがいい」
その言葉に呼応するかのように、更に勢いを増す炎。鬼も耐え切れず、黒い塊となりボロボロと崩れ去っていく。そして数分もしないうちに、目の前の光景は普通の公園に戻った。鬼の姿はなく、至って普通の何処にでもあるような公園の風景。目の前にいた聖の周りも同じく元に戻り、気付いた時にはあんなに燃え盛っていた炎も、あんなに恐ろしい姿をしていた鬼も、全てが嘘のようになくなっていた。
本当に、今自分の目の前では何が起きたのだろうか。混乱する思考の中で、亮介はしどろもどろに言葉を連ねた。
「聖、さん……今の一体、なんなんすか……何が起こったんすか……?!」
それしか言えなかった。むしろこれだけ言えただけでも褒めて欲しいくらいだった。
無理もない、突然目の前でこんな光景を見てしまえば混乱するのは当然だ。ゆっくりと亮介に向き直った聖は、静かな口調でこう言った。
「……俺には除霊は出来んが、悪魔退治のそれと同じことが出来る。それは、俺が魔法使いだからだ」
「はい……?!」
目の前の人は急に何を言い出すのか。悪魔退治のそれ?魔法使い?亮介にとって、その言葉はただの空想である。しかしこの人は確かに、自分は魔法使いであると言った。夢でも見ているのだろうか。
「魔法使い……?魔法使いって、あれっすか?あの変身アイテムか何かで特別な力がーって?」
「変身アイテム?」
「それでもって敵を封印して力を集めたり倒したり何か集めたりする?」
「敵を封印……?」
「それで契約が守られなかったら魔物とかになっちゃうあれっすか!?」
「おい待て」
「しかも巨大な魔力砲とか撃っちゃうんすか?!」
「待て、貴様何を言っている?」
どうも話が噛み合っていない。何を勘違いしているのだろうか、いや確かに混乱するのは十分理解している。突然自分は鬼に襲われて、さらに目の前で見たこともない光景を見せられてしまったのはどうしようもない事実である。だが亮介の言葉はあまりにも理解しかねるものだ。黙れと一喝し、人は話を再開させる聖。
「貴様に霊力があるならば、俺には魔力があるということだ」
「魔力って……まるで御伽噺のようっすよ……!?」
「そもそも霊力だって御伽噺のようなものだろう、何か間違っているか?」
「いや、間違ってないっすけど……」
少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。会話が出来ている。じゃあ、と亮介は切り返す。
「聖さんは、人間なんすか……?」
「ああ、確かに俺は人間だ。父がフランス人で母が日本人のハーフだ……」
その言葉に嘘がないとわかり、亮介はとりあえず一安心した。
「ちなみに、この姿は俺の本来の姿だ。変身なぞしておらん」
「そ、そうなんすね……よかったっす。魔物だなんて言われたら泣いちゃうっすよ俺……」
何を馬鹿なことを言うのだろうか、内心呆れつつも聖は話を続ける。
「父方が魔法使いの一族で、俺はその血を引いている……信じられんかもしれんが、魔法使いは実際にいるのだ。貴様の目の前にいる俺のようにな……」
「聖さん……」
そうして話し終わると、聖は亮介に背を向けて歩き出そうとした。ちょうどその時亮介が何か納得したように、そうかと呟いた。
「だから聖さんは俺を守ってくれたんすね!嬉しいっす!」
「……は?」
今度は聖が亮介の言葉に拍子抜けしてしまう。てっきり気味悪がれると思っていたので、その言葉は予想外であった。思わず彼の方に振り返れば、キラキラとした笑顔がそこにあって。
「最初にあった時も、その魔法?で、俺を助けてくれたんすよね?急に風が止んだ時、なんでかなぁって思ってたんすけど、あれも聖さんが止めてくれたんすよね!?」
彼が言っているのは、先月の2月14日のことである。初めて亮介に話しかけられた、あの日だ。確かにあの時、暴走しかけた女性の霊が飛ばしてきた木を風で受け止めた。しかしあれは自分を守るためであって、決してこの男を守ったつもりはないのだが。
「しかも今も俺のこと守ってくれたんすよね?!やっぱり聖さん優しいっす!」
呑気に笑う彼を見て思わず呆気に取られていたが、自我を取り戻しいやいやと首を振る。そして亮介を見ると静かに問いかけた。
「待て。……貴様、気味が悪いとは思わんのか」
「なにがっすか?」
「突然意味のわからんものに助けられ、気持ち悪くないのかと聞いている」
ため息混じりでそう言えば、亮介は笑いながらそんなことないと言った。
「だって、聖さん言ったっすよね?霊力も魔力も似たようなものだって」
「う……」
確かにそう言った。そのことを突かれて思わず言葉を失う聖である。そんな彼に、それでもずっと笑いかけながら亮介は続けた。
「それに、俺みたいに除霊師がいるなら魔法使いがいてもいいのかなって思ったし、実際そうじゃなくてもいいんす!」
「何を言っている……?」
彼の言葉の意味がわからず、聖は聞き返す。自分が魔法使いではなくてもいいとは、どういうことなのだろうか。
「俺、聖さんが魔法使いでも魔法使いじゃなくてもどっちでもいいんす!俺が聖さんに憧れたのは、さっきも言ったけど聖さんが優しくて強いからっすよ!そんな人になりたいって本気で思ってるっす、だから助けてもらえて嬉しかったんすよ!!」
聖は思わず目を見開いて、亮介を凝視する。そんな風に言われるとは露ほども思っていなかったのである。真っ直ぐな瞳で見つめられながら、その眩しさを煩く感じたが嫌味は感じなかった。むしろ心に温かいものが流れてくるような、そんな感覚すら覚えた。
「だから聖さん、ありがとうございますっす。これからも修行の指導よろしくお願いするっす!」
「……」
こんな感覚は初めてだ。こんな風に言葉をかけられるのも、眩しい笑顔を向けられるのも。どうしてこの男は、こうも純粋なのだろうか。羨ましささえ感じてしまいそうになる。自分の気持ちを正直にぶつけられて、どう対処したら良いのかわからなかった。煩いとだけ呟けば、やっぱり明るく謝罪されて。
そして聖は、大事なことを言い忘れたと亮介に向き直る。
「……俺が魔法使いだということは他言無用だ。あまり知られなくなかったのだ……誰にも告げるな」
「はいっす、わかりました!」
そして自分達がやれることは終わったと続けて、彼らは自分達の家へ帰っていった。
それから、事件解決まではあっという間だった。警察は指名手配していた男を緊急逮捕。取り調べの中で男は容疑を認め、殺せるなら誰でもよかったと供述したという。事件の真相は、彼ら2人の他には彼らに近しい間柄の者にしか伝えられなかった。しかしあえてそれを伝えなかったのは、事件の被害者家族のためでもあった。
事件は犯人逮捕で解決、まさか悪霊に魂を食われたから殺されたなどと言われた日には、その被害者家族の怒りはぶつけようがないものになってしまうのだから。それが聖の意見であり、亮介も納得した。これが連続殺人事件の全てだった。
数日後、ある公園で男が一人電話をしていた。
「すみません、どうやら失敗だったみたいですね」
言葉の割りに反省の色が全く見えない。けらけらと笑い、まるで失敗することを前提に話をしているようだった。
「まさか逃げられるとは思ってなかったんでねぇ。あんな奴すぐ殺してくれるかなぁって思ったんですけど」
案外しぶとくて驚いた、と男は相変わらず卑下た笑いを混ぜながら会話している。会話の内容は、常識ある人間が聞けば忽ち通報してしまうほどの危険な内容である。
「え、次の計画?どうしようかなぁって考えてたんですけど、またいいアイデアくれるんですか?」
相手の返事を待つ男。やがて内容を聞くと、満足したのかニタリと表情を歪ませて笑う。
「じゃあ、それにしちゃいますか。ああ大丈夫アンタの目的は忘れてませんって、心配性なんだなぁ全く」
大丈夫だと男は相手に言い聞かせる。多少の呆れも入っているのだろう。
「わかってますって利害の一致でしょ?理解してますよ、それじゃあまた」
男は電話を切ると、もう一度ニヤリと怪しく笑った。余程いい事があったのだろう。その表情は全く崩れない。
「わかってますって……次は成功させてみせますよ」
それだけ言うと、踵を返して公園を後にしたのであった。
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