第十九節 魔法使いと怪異事件‐後編‐(1/2)
事件捜査二日目の日曜の朝。聖は昨日と同じ公園に、亮介と10時に待ち合わせをしていた。リリーは今日もお留守番である。公園に着くと、既に亮介はそこで待っていた。手にはいつも持っている数珠があった。
「聖さん!」
「……」
数珠を持っているのは怖がっていることを紛らわすため、か。
そう解釈してから、指示を出す。
「とにかく、もう一度見て回るぞ……少しでも欠片があるかもしれん」
「はいっす!」
あまり期待は出来ないが、今はそれにかけたかったのだ。昨日と同じように公園から見て回ることにする二人。景色は昨日と大差がなかったが、今日は花を手向けている人に被害者の顔見知りがいないかと考えた。話しかけることを亮介に任せて、聖は一人一人の言葉に集中して耳を傾けていた。
大体の人が顔も名前も知らないと答えていたが、その中である男性の老人がこんなことを口にした。
「そういえば、あの人が殺される2、3日前だったかな……男が一人、木の陰からじぃーっとその人を見てたなぁ」
「その人、どんな人だったか覚えてるっすか?!」
慌ててメモ帳を取り出す亮介。警察の聞き込みの真似事か、と聖は少しずれた解釈をする。
老人が言うには、その男の背丈は180くらいであり体型は痩せ型、黒いジャージを着ていたとのことだ。
その情報はその老人以外の数名からも聞いたので間違いは極めて低いこと断定した。更にその情報は警察も知っているらしく、総出を上げて探しているとのことだ。当たりが外れたかと一度落ち込む亮介だが、彼には珍しくすぐに切り替える。彼なりに一生懸命なのだろう。そのことに少し感心しながら聖は次の現場へと向かった。
彼らが来たのは一番目の殺害現場である空き地だった。聖はそこに何かある可能性を感じていた。
「ここに可能性があるかもしれないってどういうことっすか?」
亮介にはいまいち理解が出来なかったらしく、不思議そうに尋ねて来た。ため息をついてから、彼に昨日自分達が辿り着きかけた真相を思い出すように言う聖。彼が思い出させようとしていたのは、一番目の被害者の魂の殺害方法だ。
「えっと、確か一番目の被害者は魂を食い散らかされたって推測っすよね?」
「ああ、確かにその男の魂はここからは全く感じられん。ただ、食い散らかされたならば、多少なりともその残留思念が残っているのやもしれん……」
「残留思念?」
オウム返しをされてしまい、聖は思わず亮介を凝視する。除霊に携わっている者ならば知っていて当然だと思っていたからだ。再び大きくため息をついてから、聖は説明し始める。何故ここまでの素人でやってこれたのか、ある意味で不可解であった。
「……残留思念とは、人間が何かを強く思った時に残る思念のこと。とりわけ恐怖を感じた時に残りやすいと言われている。殺害現場なら特にだ……霊のそれとは似て否なるものだがな」
「な、成程。それでここなんすね?」
「魂といえど、食い散らかされるなど恐怖に他ならん。それを読み取る」
「どうやってっすか?」
その方法が気になり、興味深そうに自分を見る亮介を一瞥する。集中したいのか、黙れとだけ言うと聖はまずポケットの中に手を入れる。そして目を閉じて血痕が付着している場所に意識を尖らせる。
本当ならば残留思念は液体からが一番読み取りやすい。しかし目の前には昨日と変わらず、警察の予防線が張られている為中に入ることは出来ない。血痕に触ることの出来ない聖は、自分の中に流れている魔法使いとしての血を巡らせてそれを読み取ろうとしているのだ。その際に中指に嵌めている指輪が光り輝いてしまうため、ポケットの中に手を隠し、亮介にバレてしまわないようにと最善の注意を払った。
そうして意識を集中していると、脳裏にある光景が広がっていった。
そこに見えるのは、何かから必死に逃げている男子高校生。被害者の男子だろう、テレビの報道で映っていた顔と全く同じだった。顔を真っ青にして、時折後ろを振り向きながらも懸命に走る。
後ろから近付いているのは、負の感情の影響で悪霊と化した霊たち。厄介なことに、一つ一つが複雑に絡み合い大きく膨らんでいる。男子高校生の霊力に引き寄せられたのだろう。這いずるように彼を追っている。そしてその男子高校生はあの、事件現場となってしまった空き地に逃げ込んだ。
空き地にあった大きなコンクリートの塊の陰に隠れ、必死に恐怖を抑えようとしている。大丈夫、何にも見えなかった。そんな言葉を繰り返して、自分の見た光景を忘れようと必死だ。
しかしジリジリと近付いた悪霊の塊は一瞬の内に男子高校生に取り憑いた。悲鳴を上げて逃げ惑う男子高校生だが、まずその首を噛みちぎられる。続いて脚を、腕を、頭を身体を、無残に貪られて魂は再生が効かなくなるほどにバラバラにされてしまう。
本来魂が再生しないということはあり得ないことだが、食われてしまえば話が別である。一欠片でも欠けてしまえば、魂の再生は不可能であり、それはいわば死を意味する。そしてそんな食われ方をした影響か、男子高校生の体は彼のそれと同じようにバラバラに引き千切られてしまう。恐怖と苦痛の中で死んでしまった男子高校生。そこでビジョンは途切れてしまった。
ゆっくりと目を開ければ、ほんのりと温かい風が頬を撫でる感覚。目の前の光景は相変わらず静かだった。男子高校生の魂を憂いて、ただそこを見る。
「……苦しかったな……」
そう呟けば、やはり意味がわからないのだろう。亮介が不思議そうに自分を覗き込んでいる。その視線に漸く気付いた聖は説明する。
「……やはり、昨日の考えは間違ってはなかったようだ」
「え……じゃあ犯人って……!」
その言葉を聞いて大体の予想はついたのだろう。むしろそれ以外の考えが思い浮かばなかったのだろう。血の気が引いた顔をして、亮介が恐る恐る聖に尋ねた。他に疑いの余地もない聖は首をしっかりと縦に振る。肯定の意である。
「でも、まさかそんな!」
「言っただろう、良くも悪くも霊は素直だと……悪霊、いや、もはや妖と言った方が正しいな。其奴は自分の飢えをしのぐために霊力のある人間を襲い、魂を食うことで自分の肥やしにしていた……所謂弱肉強食というやつだ」
「そんな……」
そんなのあんまりだと嘆く亮介。確かに認めていい事実ではなかった。だがそこから目を逸らすことは出来なかった。だからこそ、聖はあえて亮介にこう問いただした。
「なら見過ごすか?其奴がまた誰かの魂を喰らうやもしれんが、黙ったまま見なかったことにするのか?」
「そんなの嫌っすよ!」
彼が質問してすぐに亮介は答える。彼なりの決意の表れであることを確認し、納得もした聖はならばと言葉を続けた。
「目を逸らすな。逃げたくないのなら最後まで向き合い、報いるべきだ」
「……はい!」
今にも泣き出しそうな表情。初めて見る顔だった。必死なのは結構だと認め、聖は背を向ける。そのまま2人は何も言葉を交わさずにその場に留まっている。
「……」
こういう時、どう声をかければ良いのだろうか。聖は内心焦っていた。自分はこの重苦しい雰囲気は嫌いではないが、隣にいる男には限界というものがあるだろう。少しでも気を紛らわせれば良いのだろうが、如何せんその方法が全く思い付かない。事件の真相が分かったが、他の事件現場にも行くと指示を出すべきなのか。いやそれとも普通の会話をしたら良いのか。そもそも普通の会話とはなんだ、何を話せば良いのだろうか。
そう脳内で半ば混乱状態に陥っていた聖に、亮介が声をかけた。
「強いんすね、聖さん」
「え?」
不意にそんなことを言われ、らしくない反応をすれば苦笑を浮かべる亮介がそこにいた。
「霊のために一生懸命だし、強いし優しいし……どうやったら、聖さんみたいな人になれるんすか?」
「貴様……?」
「すみませんっす急に!でも、初めて逢った時から聖さんは俺の憧れで、そんな人になりたいって最近強く思い始めて、でもやっぱり俺なんにもわかってなくて……」
だから半人前以下だとよく笑われるのだと、また笑う。意外な一面を見せられ、思わず聖も戸惑った。
「でも俺、頑張るっす!だからこれからもよろしくお願いします!」
顔をあげればあの煩い程に眩しい笑顔。どう言葉を返せばいいのかわからず、ただいつものように黙れと返す。それに反省しているのかしていないのか、彼も相変わらず明るい声で謝る。兎にも角にも、自分も相手も気が紛れたようだ。
そうして、休憩も挟みながら捜査をしていく聖と亮介。日も暮れかけた午後5時、今日も大した収穫もなく終わろうとした時だった。
急に背中にゾクリとした寒気が走る。何事かと後ろを見やれば、そこには亮介の後ろで今まさに爪を立てようとしている妖の姿がそこにあった。その光景を目にして思わず彼は叫ぶ。
「神楽坂!!」
咄嗟に名前を呼び、亮介の背後に回り込むと自分の左手を突き出す。すると何処から生まれたのか、明るい炎が出現し聖の前で燃え盛る。その炎は妖の爪を弾き、それを自分達から遠ざけるようにして追いやる。
突然の出来事に混乱した亮介は、今何が起きたのか確認しようと後ろを振り向いて、そして目の前の光景に固まってしまった。一体何が起きたのだろうか。何故妖が目の前にいて、何故聖が自分を守るように立っているのだろうか。立て続けに襲ってくる目の前の現実に、亮介の頭はパニックを起こしていた。
一方聖は冷静に状況を分析する。目の前には明らかな敵意を持つ妖が仁王立ち。傍らには見知らぬ男性が倒れていたが、その男性には今朝方老人から聞いた特徴が全て揃っていた。まさかとは思ったが、あの細身の体にこの妖が取り憑いていたと仮定するならば、この状況に納得がいってしまう。
恐らく今自分達とすれ違った際、亮介の持つ大きな霊力に男性の中の妖が反応してしまったのだろう。彼の魂を喰らおうと、その支配していた体から離れて形を成したのだと推測する。それは最早妖というより、鬼と言った方が正しいのかもしれない。
強い霊は人間を支配出来てしまう。そして長い間霊に支配されていた人間は、霊がその体から離れると意識を失ってしまうのだ。この状況とも一致する。何より妖、鬼からは聖が残留思念から読み取った気と同じ、もしくはそれより強大になった気を感じるのだ。さてどうするべきか、と考える聖。しかし鬼はそんな彼の考えなどお構いなしだった。亮介を喰らおうと、再び爪を彼らに向ける。
その行動を予測した聖は、それよりも早く亮介の手を掴むと一目散に彼を連れて駆け出す。
「来い!」
あまりの気迫に、従うしかなかった亮介。慌てて立ち上がると、彼に握られている手を握り返して全力で駆け出した。鬼も彼らに負けず猛スピードで追いかけてくる。
逃げ惑い、行き着いた果ては見晴らしの良い公園であった。こんな状況でなければ寛ぐことが出来たのだろうが、今はこの見晴らしの良さが仇となる。隠れる場所がないため、亮介が狙われやすくなる状況になってしまったのだ。
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