第十八節 魔法使いと怪異事件‐前編‐(2/2)
「そのメモに死亡推定時刻は書かれてあるか?」
「ちょっと待っててください?えっと……あ、書いてあるっす!」
「時刻は」
一人目の死亡推定時刻は、夕方の5時30分。続いて二人目が4時50分であり、5時、4時半、6時となっていた。それを聞いた聖が辿り着いた結論。
「殺害時刻は逢魔が時か……」
「……だから滝兄さんは霊の仕業だって言ったんすね」
ようやく合点がいったと納得する亮介。だが聖は尚更謎が深まったと考えた。自分たちはこの内容を警察である黒田という男から聞かされたからこそ、その結論に辿り着いた。しかしこの男の兄は、何故それがわかっていたのだろうか。
そもそも可笑しいのだ、何故最初から全部見越しているような発言をしていたのか。その情報はどこから伝えられたのだろうか。
「でも殺害時刻は逢魔が時ってだけで、本当に霊の仕業なんすかね……?」
亮介の言っていることはもっともだ。ただの偶然という可能性もあり得なくはない。考えれば考える程深みに嵌る。
「それが正解かどうかでは定かではないが、その可能性もあると考えても良いのかもしれん」
「うーん、何かもっとぐっとした手がかりはないっすかねぇ?」
「それがわかっていれば、こんなに苦悩はしないだろう」
「そうっすよねぇ……」
大きくため息をつく二人。その時、後ろから近付く人物が一人。
「やぁキミ達。また会ったね」
「黒田さん!」
そこにいたのは、今朝方公園で会った透である。仕事帰りなのか、カバンを持っている。
「どう、捜査の調子は?」
「やっぱり素人には難しいっす。何にもわからないっす」
すみません、と謝る亮介に透は相変わらず笑顔で気にするなと気を遣う。
「あまり気負うこともないよ、キミ達は一般市民なんだし」
「ありがとうございます」
「ああ、じゃあキミ達のヒントになるかもしれないって思って調べてみたことがあるんだ」
ちょっと待って、と透はカバンを開いて手帳を探す。ヒントとはなんだろうか、聖と亮介は思わず顔を見合わせるが全く想像がつかなかった。
数分してから漸く手帳を見つけたのか、あったと呟きページを捲る。そしてある付箋が貼られているページで手を止めて読み始めた。
「実は、被害者達に何か共通点がないか調べていたんだけど……実は5人とも、多かれ少なかれ霊感を持っていたらしいんだ。特に二番目の被害者の女子児童は、夕暮れ時になるとよく母親に幽霊がいるって泣きついてたみたいだね」
「霊感だと……?」
「まぁ警察はただの偶然って済ませたんだけど、キミ達ならこの手がかりを使ってくれそうだなぁって思ってさ」
早めに伝えられてよかったと笑う透。彼の言葉に何か気付いた点があるのか、聖はまた顎に指を当てて何かを模索する。亮介はそんな聖の様子を見て、しかしまずはお礼と透に向き直った。
「わざわざありがとうございます!」
「いやいや、どうせ時間あるからさ。また何か困ったことがあったら、いつでも電話して」
そういうと透は自分の懐から名刺を二枚分取り出して、亮介に渡す。聖が何か考えているのを邪魔しないように、とのことらしい。そしてそのままその場を後にしてしまった。
その場に残された亮介と聖。亮介は透の話を聞いてから、ずっと黙ったままでいる聖を心配そうに見る。その横顔は今まで自分が見てきた彼の表情の中でも、とりわけ険しかった。
「聖さん……?」
「まさか……な」
「どうしたんすか?」
自分の呟きに疑問を浮かべている亮介を一見し、聖はそんなことがあってはならんと頭を軽く振る。自分の考えが正しければ、この男に残酷な事実を突きつけることになる。果たしてそれでいいのか。いい訳がなかった。その考えを頭の隅に追いやると、別に考えていたことを伝えた。
「もし霊が犯人だと仮定すると、除霊では恐らく済まされん」
「それって、どういう……?」
「わからんのか、普通の霊ではないと考え尚且つ現場に被害者の霊がいない事実と重ね合わせれば答えは出てくるだろう低脳」
あまり考えたくない事実ではあるが。しかし透から聞かされた新事実により、その考えが濃厚になってきてしまっていることも事実だ。そんな聖の心中を知る由もない亮介は考え、そして青ざめた。おそらく同じ考えを出したのだろう。
「聖さん、それってまさか……」
「おそらく悪霊か、それより上の妖の類だろう……死体状況は魂が食われた成れの果て、そう考えると合点がいく」
一人目は魂を無残に食い散らした影響によるバラバラ死体。二人目はまるで弄ぶように何度もそれを叩きつけたことによる多臓器破裂。五人目は首を絞めてそれを丸呑みにでもしたのだろう。メモにも首の索条痕以外に目立った外傷はないとあった。
しかしそこで、亮介は三人目と四人目の死因に引っかかる点があった。
「でも聖さん、それだと三人目と四人目の死体状況がおかしくないっすか?明らかに人の手が入らないと無理っすよ?」
「だから可能性の話だと言ったのだ。いくら妖の類でも手を出せるのは魂であり、肉体に直接傷をつけることなど誰かに取り憑かんと無理な話だ」
「ですよね……」
しかしこの時、聖の中ではそれも可能なのだろうと既に考えていた。同じ波長の人間に取り憑いて支配したか、あるいは殺人願望のある人間に力を貸す形で取り憑いたか。確証がない故に確かなことは言えなかったが、事件の真相がそこに行き着くだろうと予想した。
亮介はそんな真相に近付くのが恐ろしいのか、普段の明るさなど何処かへ吹き飛んでしまったようだ。相変わらず青い顔で俯いている。
「なんか、こんなこと素人の俺たちがしてもいいんすかね……?」
「……」
「正直怖くて。今までただ除霊するだけが除霊師としての大切な修行だと思ってて、急に悪霊とか妖とか……」
「……怖いなら辞めるがいい」
それがお前のためでもある、なんてことは言えなかったが、彼なりの気遣いだろう。しかし、何故自分はいつからこんなに、この男を心配するようになったのだろうか。
「いや、でも逃げないっす。逃げたら殺された人達の霊が報われない、そうっすよね……?」
「貴様……」
そんな彼の発言に聖は驚く。自分と会うまでは霊のためではなく、ただ自分の都合ばかり考えて行動していた男だったというのに。今はどうだろうか、霊のためと恐怖と対峙しようとしている。早めに矯正出来た結果だろうか。
そうだと頷けば、少し明るさを取り戻した笑顔がそこにあった。今日はもう遅いということもあり、捜査の続きは明日に持ち越しにするということで2人はその場で別れた。しかし最後亮介が住宅街の角を曲がる時に、聖は一瞬異様な気配を感じ思わず振り返る。
それはほんの一瞬で、感じたことが正解かどうかもわからなかった。それ故気のせいだと感じ、聖もあったか荘へ足を進めた。
あったか荘に辿り着くと、まずコートを脱ぎに自分達の部屋へ行き、それからいつものように香織達の部屋へ向かった。
「ただいま……」
「ああエル、おかえりなさい」
台所に立っていたのは香織ではなく、金髪のブロンドに緑の瞳と、本来の姿になっていた竜である。
「帰っていたのか」
「今日は早番でしたので。香織さんは今お風呂に入っているそうなので、夕飯の続きは私が作っているんです」
「そうか」
今日の夕飯はビーフシチューらしい。鍋でコトコトと音を立てているそれは、食欲を掻き立てる香味料の匂いを台所に漂わせている。
そしてふと、いつもなら自分が帰ると飛んでくる彼女が今はいないと気付く。その様子に気付いたのか、竜が付け合わせのサラダの味を確認しながら答える。
「リリーなら、香織さんとお風呂で長話をしているようですよ?女性同士積もる話もあるのでしょう」
かれこれ1時間は帰ってきてませんよ、と笑いかける竜。では実際ここにいるのは自分と彼だけか。聖は今日の出来事を彼に相談したい、そう思っていた。約束を取り付けるには今しかないと感じ、彼に尋ねた。
「レーア、話したいことがあるんだが……夜、時間をもらえるか?」
「ええ、構いませんが……」
どうかしましたか、そう尋ねようとして口を閉ざす竜。聖から何かを感じたのだろう、わかりましたと了承すると夕飯作りの手伝いを彼に頼んだ。
それから、聖たちはいつも通り夕飯を共にしてから順番に湯に浸かって暖を取る。そうして時間は過ぎ、聖と竜が落ち着いて話が出来る時間は夜の11時を越していた。
自分達の部屋の明かりを点けて、それぞれホットココアとカモミールティーを用意する。そして向かい合う形で椅子に座った。
「それで、話とは何か聞いてもいいですか?」
「ああ……」
ホットココアを一口飲んでから、聖は今日の出来事を事細かに話す。事件のことや、その事件の真相についての自分の考え、犯人と思われる存在の目星。それらを話している間、竜は黙って彼の話に耳を傾けていた。
そして聖は、今日一番気にかかっていたことを竜に話した。
「俺の考えが間違っていなければ、あやつの兄の目的は恐らく……」
「確かに、今の話を聞く限りはその考えもあり得なくはありませんね……」
聖は、そもそもこの事件は何かがおかしいとずっと引っかかっていたのだ。何故滝はこの事件の状況を、自分も一般人であるのにも関わらず細かい部分まで知っていたのか。そしてその捜査協力を、なぜ半人前以下である亮介に修行という名目で行わせているのか。全てが滝を中心に回っているとしか思えてならなかったのだ。
「この事、あの子には……?」
「いやまだだ。……弱いあやつに言えるわけないだろう」
自分のこの考えが正しくて、それを彼が知ってしまったら。人のいい彼は相当なショックを受けることだろう。弱さを曝け出せば、霊力のある亮介は忽ち悪霊の恰好の餌食になる。それこそ最悪のケースを予想させてしまった。
それは竜も同じ考えだったらしい。一度しか会ってない彼だが、一目で心優しい少年であることを見抜いていた。そんな少年に対してこの考えは余りにも残酷である。
「今は黙っておくのが得策でしょう」
「そうだな……それと、レーア。もしこの事件の裏に奴らが絡んでいるとなると……俺達は……」
「……」
何かから逃げるような口振りで、自分の中指に嵌めているルビーの指輪を一瞥する聖。この事件には裏があると思えてならない考えからか、ふと呟く。竜はそんな彼の様子を見て、静かに言う。
「もし、彼らだとしても……貴方は必ず私が守ります。折角掴んでいる光を手放させるような真似を、貴方にはさせません」
「レーア……」
竜のその言葉には確かな覚悟が秘められていた。それを聞いた聖は安心感と同時に申し訳なさも感じてしまう。すまないと俯けば、彼は笑う。
「いいんですよ、貴方が気に病むことではありません。それが私の役目なのですから」
「……すまない……」
それしか言えない自分が悔しかった。そんな彼を、親のような兄のような優しい表情で見守る竜。もう寝た方がいいと促せば、素直に頷いて床に就く。翌日起きる出来事など考えもせずに、聖の意識は闇に沈んでいった。
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