第十五節 魔法使いと悪霊(1/2)
年間3万人、世界一の称号。
これらの数字が指し示すのは日本という国の、あるとても重要な事柄。年々その数は右肩上がりしており、国としても大変大きな問題となっている。
「……また自殺者、ねぇ」
雨の日の昼下がり、何時ものように香織の部屋でお昼を過ごしていた聖達。テレビではお昼のニュース番組が流れており、ちょうど投身自殺のニュースを報じている最中であった。被害となった青年の名前やどんな性格だったかの取材、そしてその報道もそこそこに日本国内の自殺者の数の報道。
なんとも痛ましい報道に思わず香織はため息を漏らす。
「辛いことがあるのは分かるけど、それで自分を殺してどうするのよ」
「……」
聖は何も言わず、ただ自殺報道を眺めている。しかしその表情からはなんとも言えない、怒りも悲しみも悔しさも混ざり合った感情が垣間見える。その意味を読み取れたのは、その場にいた人物ではリリーしかいなかった。
雨ということもあいまって、気分が落ち込んでしまうがそこは切り返しだと香織が言う。
「駄目だね私達まで暗くなっちゃ!久振りに出かけようかな」
「お出かけですか?」
「うん、近くのスーパーでタイムサービスがあるからね!」
戦場には私が行くよと、何処か楽しそうに笑う香織である。
聖も以前数回スーパーのタイムサービスに行った経験があるが、あの時の女性陣の殺気が入り混じった戦場は、いるだけで圧倒されてしまっていた。それ以来タイムサービスがトラウマになりかけている、なんてことは彼とリリーの秘密である。
「エルたちも雨だけど出かけてみたら?ずっと家にいても暇でしょ?」
「そうだな……そうさせてもらう」
彼女の言うとおり、特に予定はなかったが家にいてもすることもない。雨の日の散歩もたまには良いだろうと、その言葉に同意する。当然その言葉にリリーも賛成し、支度をすると赤い傘を持って出かける。気恥ずかしそうに振り向いて、しどろもどろになりながら聖は言った。
「いって、きます……」
「ああ、いってらっしゃい」
にっこりと微笑んだ香織に見送られ、聖とリリーは目的のない散歩に出かけて行った。
雨が降っている2月の後半。雪が降るよりマシかと思ったが、やはりまだ寒さは身に沁みる。雨と言うこともあり、やはり外に出ている人は少ない。適当に本屋でも寄ろうと住宅街の角を曲がると、足が止まった。
視線の5メートル先に、花を手向けている一人の男がいた。その人物は最近自分達と行動を共にしている亮介である。小さな橋のたもとに花を手向け、手を合わせて祈りを捧げている。その意外な行動に、聖は勿論リリーも思わず凝視していた。まさか修行でも言い渡されていたのか、そう思いながら近付くと亮介もこちらに気付いたようだ。
「あ、どもっす!」
「……なにしてんの?」
訝しげにリリーが尋ねる。
「その、実は今日はここで自殺してしまった人の月命日なんっす……その人以前うちに来て相談していたんで顔見知りだったんすけど、3ヶ月前急にここから飛び降り自殺しちゃって……」
それ以来、月命日には欠かさず花を手向けているという。家の他の者はやらないのか、まぁ当然か。それにしても、こやつがこんな風に花を手向けるとは意外だった。
そう思ったのはリリーも同じであり、彼の見方が少しずつ変化していく。
そんな彼らの様子に気付いてないのか、亮介はでもと言葉を続けた。続きがあるのか。
「その人の自殺の原因、今でもよくわからないんすよ。相談内容はごく普通の除霊だったし、その人結婚して子供もいたんすけど生活に不自由してた感じもなかったし……」
「あんたの見落としじゃないの?まだ半人前以下のくせに」
「そうとも思うんすけど、なんか納得がいかないっていうか……」
考えたところでどうにかなる、わけではないことは分かっているようだった。苦笑を浮かべて笑う亮介。
「すみません、これじゃいつもと同じっすよね」
「……」
こやつが変わろうとしていることは聖にもわかっていた。だが何処かで認めたくないのか、それとも自分で壁を作っているからか、言葉をいつも返せないでいる自分。その事に苛立ちを覚えていることに彼は気付いていない。何か話せばいいのだろうか、そう考えた矢先に隣にいたリリーが何かを感じたようだ。
「ねぇエル、何か聞こえない?」
そう声をかけると、耳をすませて何かを聞き取ろうと神経を集中させる。一方何も聞き取れなかった聖と亮介。思わず顔を見合わせてから彼女を凝視する。しん、と周りが静かになり、雨の降る音も聞こえなくなっていた。
そして聞こえたのである。
「ははは、死んだ、また一人死んだ」
その時聞こえたのは地の底から響いてきそうな、男の低く身の毛がよだつような声。その言葉は明らかに誰かが死んだことに歓喜している。
不安そうに辺りを見回す亮介と、神経を集中させて声の出処を探す聖。そして特定出来たのか、橋の中央部分を睨む。
「……そこか」
聖の視線の先にいたのは、全身血まみれで顔の半分が潰れている男性。歳は恐らく自分達と同じくらいだろうか、纏うオーラは暗くどんよりとしている。その霊にリリーと亮介の2人も気付く。明らかに怪しい様子に警戒している。
一方、目の前の男は笑いながら一瞬のうちに彼らの背後に回り込んだ。
「馬鹿だよな人間って。俺がちょっと背中を押しただけで簡単に死んじまう……この間ここで死んだ女も、俺が耳元で死ねばって囁いただけで死んじまった」
クスクス、と人の死を楽しんでいるような素振りに怒りを覚えるがあくまで冷静を装う。一方の亮介はそんな霊は初めて見るのか、少しだが体が震えていた。勇気を振り絞り、笑っている男に向かう。
「じゃあ、あんたはここでその女性が飛び降り自殺をする所を見てたんすか?」
「そんなの当たり前だろ?」
なにか問題でもあるか、とあっけらかんとしている男。どうしようもない悪霊だ、亮介はそう感じた。思わず叫んでしまう。
「なんてことしたんすか!その人にはまだ家族がいたんすよ?!」
「そんなの俺には関係ねぇよ。俺はただ囁いただけ、死んだのはその女にも原因があるだろ?悩みから解放されたい、自由になりたいって固執してたから俺の言葉をすんなり聞き入れて自殺したんだ」
「でも!」
「……やめろ」
熱くなりかけていた亮介を手で制し、聖はゆっくりと男の霊を見る。その視線は何処かその男を憐れんでいるような雰囲気も感じた。静かに問いただし、真意を確かめることにした。
「……今まで何人に囁いた?」
「へぇ?お前俺を憎まないのか?」
「質問しているのはこちらだが……?」
ただ静かに見つめる聖。面白いと反応を示した男は彼に乗ることにした。
「お前はあれか?今まで食べたパンの枚数をいちいち覚えているのか?俺にとって殺しは食事と一緒さ。わざわざ殺した人間の数なんて覚えてねぇよ」
「そうか……ならば質問を変える。お前はどうして自殺したんだ?」
「そんなの決まってるだろ?自由のためさ!生きてりゃあ、やれ学校行けだ勉強しろだのうるせぇし、逆らえば虐待させられる!俺の人生は俺のものなのに、まるで親の都合のいい人形扱いだぜ?そんな人生くそったれだ」
だからこの橋から飛び降りた、そう男は素直に答える。その言葉に、亮介は思わず目を泳がせる。自分に似ていると不覚にも思ってしまう。そんな彼の動揺を見抜いてか、男は亮介に近付いて怪しい笑顔を作る。
「お前も俺と同じなんじゃねぇの?誰からも必要とされてなくて、本当はいつも逃げたしたくて堪らないんだろ?」
「そ、そんなことないっすよ!」
「嘘だな、今お前の魂は揺らいだ。図星を突かれた証拠さ」
嫌ならこちらに来いと誘う男を見たくなくて、思わず亮介は顔をそらした。そんな様子に取り分け慌てるでもなく、聖は質問を続ける。
「それで、今お前は自由か?」
「ああ、清々しい程にな!お陰で今俺は自由に人も殺せる!俺と同じ苦しみを味合わせてやれてる、最高だ!」
「……嘘だな」
「あん?」
ため息をつく聖を見下している男。彼の言葉の意味がわからないらしい。聖は一呼吸置いてから、彼にさらなる質問を重ねていく。
「お前は何処かの教会か何かで生まれた恨みつらみに引き寄せられ、利用させられているだけでなないのか?」
「え?」
思いもよらない言葉に、亮介は思わず目を丸くする。利用?何を言っているのだろうか。
一方男は黙り込んでしまい、しかし数分してから答えた。
「ばっかじゃねぇの?利用されてる?俺が?誰に?ふざけんな俺は誰の言うことにも従ってねぇよばーか!!」
「図星だな?……言葉遣いが荒くなっているぞ」
聖には何か別の考えがあるらしい。何も言わずに聞いていれば、何かを確信したかのような口振りで男に話しかけている彼。その意図が全く分からず、亮介は困惑の表情すら浮かべていた。何が一体どうなっているというのだろう。
「はぁ駄目だお前。つまらねぇ。楽しめそうな奴かと思ったらただの説教かよ」
「俺はお前のためを思ったんだがな」
「じょーだんだぜ、そんな手には乗るかよ」
「そうか……ならお前はずっとそのままだし、いつか除霊師ではなく退魔師がお前を消滅させに来るだろう……」
そうなれば自由どころか消滅だと伝えても、彼は理解しようとは思わなかったらしい。煩いとだけ告げると逃げるようにその場から姿を消した。
その場に残された3人。全く意図が掴めなかった亮介は、聖に質問せざるを得なかった。
「あの……聖さん。今の話どういうことっすか?」
「アンタまさかわからなかったの?」
信じられない、そんな表情を浮かべたのはリリーである。素直に頷いた彼に半ば呆れながら彼女は説明した。
「いい?自殺を仄めかす霊っていうのは何種類かいるけど、さっきのあいつは教会かお寺かで人の呪いや恨みに呼応して寄せ付けられた霊なの。あの霊も被害者なの!それくらいわかりなさいよ!」
睨んでそう説教すれば、説明ありがとうございますと少し外れた答えを返されるリリー。思わず肩をがっくりと落として馬鹿とだけ呟く。
「じゃあ、あの霊も成仏することは出来るってことなんすか?」
「原理だけで言うならば、な」
ただし今回は厄介だ、と付け加える聖。
「あの霊は地縛霊になりかけている……早めに手を打たんと取り返しがつかなくなる」
「そうなんすね……」
声のトーンが下がり、そしてややあってから亮介が申し訳なさそうに話し始める。
「聖さんすみません!俺なんにもわかってなかったっす……あの霊も被害者だとは思わなくて、あんなに感情的に……」
「……顔見知りが死んだ原因を突きつけられたのだから、仕方なかろう」
「え?」
思いがけない優しい言葉に、亮介もリリーも驚く。リリーに至っては、大丈夫かと心配されるほどだ。いつものような素っ気ない態度ではなく、明らかに今の言葉には慰めも入っていた。その事に気付いていないのは当の聖本人だけである。
「(香織さんが言ってたエルが変わったって、こういうことだったんだ)」
以前笑いながら彼に話した香織のことをリリーは思い出し、嬉しいような悲しいような、なんとも複雑な心境になった。しかし、今は自分のことより他のことと意識を切り替えていつも通りの彼女に戻る。
「それで、どうするのエル?」
「傷を負った霊は、その傷を癒さねばならんが……果たしてあやつがそれに気付くかどうかだ」
「それってつまり、俺たちがあの人に気付かせてあげなきゃいけないってことっすか?」
そうだと頷く聖。
簡単に言うが、実際やろうとすると何も良いアイデアが思いつかずに悩む3人。何か方法はないだろうか。その時ぼそりと亮介が呟く。
「あの人の言葉と反対のことが起きればいいんすけどねぇ」
その言葉に、何かに弾かれたように顔をあげた聖とリリー。一方何気無しに呟いた彼は、急に2人に振り向かれたからか慌てる。
「あ、その、もしかしたらーって思っただけっすので……!」
「それよ、半人前以下にしちゃいい考え思いつくじゃない!」
「え?」
なんのことだろうか、と意味がわかっていない亮介に聖が告げる。
「あやつは自身の闇を振りまいている。ならばその闇を照らせば良い」
「あ、つまりあの人が自殺を仄めかす言葉を言った人の自殺を止めればいいってことっすか?!」
「一筋縄ではいかんがな」
それが妥当だろうと聖が呟く。
雨は小雨に変わっていた。
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