第十六節 魔法使いと悪霊(2/2)
とにかくその霊を探すことからだと始まり、3人は街を探した。地縛霊になりかけているということはそう遠くへは行けないはずだと確信し、思いつく限りの場所を探す。しかし上手く隠れているのか、それとも遠くへ行けてしまったのか、一向に見つかる気配がなかった。
そしてとある商店街に着いた時である。隣で浮かんでいたリリーが、あ!と大きな声を上げて慌てて聖に言う。
「ねぇエル!あれ!!」
一大事だと慌てるリリーが指差す先を見て見ると、そこには買い物中の香織の姿ともう一人。自分達が探しているあの男の霊だ。
香織がリリーの姿を捉えることが出来るのはあくまであったか荘にある竜の力のお陰であり、彼女以外の霊を見ることは不可能であるのだ。故に一歩あったか荘の外に出てしまえば、彼女も何の変わりもない一般人になる。
つまり、今自分に霊が取り付いていることをわかる術もないのだ。しかし今自分達が行けば、あの霊に逃げられることも重々理解している。どうするべきかと悩んでいるうちに、香織はスーパーの中に入ってしまった。
そんな彼の焦りに気付いたのか、心配そうに亮介が声をかける。
「あの、聖さん?大丈夫っすか……顔色悪いっすよ?」
「……」
「さっきの人、知り合いなんすか?」
亮介は香織が入っていったスーパーを見てから、彼にこう言い始めた。
「今俺たちが行っても、あの霊は逃げるだけっすよね?また日を改めてあの人に憑くかもしれないっすよね?」
「ああ……その確率は高い」
「なら今は苦しくても、あの人のために俺たちは我慢するべきだと思うんすよ。もし自殺を仄めかす言葉をかけられたら、その時は全力で止めに行けばいいんすから」
まさかこの男に励まされるとは思っていなかった、と聖は内心呟く。何故か安心感を感じてしまい、しかし認めたくなかったのか黙れとだけ言う。そして決心したのか、表情を引き締めた。
「……あとを追うぞ」
「はいっす!」
笑いかける亮介を後ろに、彼らはスーパーの中に入っていった。スーパーの中に入るとタイムサービス前なのか、女性客で溢れていた。過去の経験を思い出し思わず身を固くしてしまう聖である。周りの客からも怪しく見られないようにと、買い物カゴを持ちながら香織を探す。うろうろと徘徊していると、彼女はたまごコーナーで卵を見ていた。
近くにあるパンコーナーでパンを買うふりをしつつ、横目で彼女を見るとやはりそこには例の男の霊が彼女に付きまとっている。店内BGMや客の話し声で、彼が何を言っているか読み取れない。そこで聖はリリーに頼む。
「リリー、あやつが何を言っているか聞き取ることは出来るか?」
「まっかせて!」
リリーはそう答えると耳をすまして、あの男の霊に意識を集中させる。生者でいるとどうしても音に声をかき消されたり集中を途切れさせられてしまう。しかし霊魂であるリリーには、そういった雑音を無視して霊の声を聞くことが出来る。男の霊の声を捉えたリリーは、通訳する形で聖たちに言葉を伝えていく。
「夫の安い賃金でも生活していけるようになんて無理してんじゃねぇよ。そのためにお前はやりたいことも我儘も言わないでそんな人生つまらなくないか?」
「……」
その言葉は深々と聖に突き刺さる。いつも笑って自分達の面倒を見ている裏側で、そんな深い闇を抱えているという現実。わかっていたはずなのに、わからないふりをしていた自分に腹が立つ。
すると、香織の目の前で泣いている子供が一人。親とはぐれたのだろう、周りの客もその子供に気付いてはいるが声をかけない。この何が起こるかわからないご時世、言葉一つかけるのも怖いのだろう。そんな様子を見ていた男の霊は、ニヤリと笑うとまた彼女に囁く。
「声をかける必要なんてないさ。知らんぷりしていてもお前の罪になんてならないし、厄介事に首を突っ込むことねぇぞ」
そう囁いたが、彼女には効いていないのか泣いている子供に近付き声をかけた。それに慌てる男の霊。
「どうしたんだい?」
「ママと、はぐれて……ママどこぉ?」
「よしよし、はぐれちゃったんだね?大丈夫もう泣かないの。おばさんと一緒にママ探そう?」
にっこり笑って優しく頭を撫でると、子供も安心したのか泣き顔でくしゃりと笑う。手を繋いで彼女はサービスカウンターに向かった。
「あの、すみません。この子迷子みたいなんですけど……」
「さやか!」
香織が店員に話しかけると、母親らしき女性が彼女達に近付く。香織の手を握っていた子供は、目的の人物が見つかり安心したのか大泣きしながら女性に駆け寄る。
「ママぁああ!」
「もう、だからママの手握ってなさいって言ったでしょう!」
なにやってたの、と子供を一括した女性は立ち上がると香織に近付く。そして眉を下げながら言う。
「どうもすみません、うちの子が迷惑をかけて……」
「いいんですよ、私が好きでやったことですし……ママ見つかって良かったね」
子供に笑いかける彼女に、子供も笑ってから大きく頷いた。
「おばちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
手を振り、子供を見送る香織。その様子をただ見ていた男の声に動揺が混ざる。
「な、んでだよ……なんでわざわざ厄介事に首突っ込むんだよ、自分が非難されるとは思わなかったのかよ!」
自分の思い通りにいかない苛立ちか焦りか、男の魂が揺らいだのが気配でわかった。その後も何度も男は声をかけるが、なんの問題もなく買い物を終わらせた。聖達は安堵して帰り道を歩く彼女を追って行く。彼女を追って行く中で、聖は改めて香織の懐の深さと明るさを感じた。
香織は帰り道で今朝聖が男の霊に遇ったあの橋を渡る。少し疲れたのか、橋の真ん中にある屋根付きのベンチに腰掛けて息をつく。ふと彼女の目線の中に親子連れの家族が入る。何処か羨ましいそうに見つめる彼女に、これはチャンスだと男の霊はまたしても彼女に声をかける。
「家族連れってのが羨ましいんだろ?自分にはなんでって思ってるだろ?一人が寂しいんだろ……?なら今ここから飛び降りちまえよ……楽になれるぞ……?」
自殺を仄めかす言葉。危険を感じ、香織に近付こうとした時であった。橋の反対側からある女性が歩いてきて、聖達が近付く前に彼女に声をかけた。
「あら花崎さんじゃない!」
「やだ坂上さん!?久しぶりねぇ引越しの手伝い以来?」
どうやら顔見知りらしい。楽しそうに笑い、暫くその場で談笑する。最近の近況や悩み事など気が済むまで2人は話し合い、そしてはじめは暗かった香織の表情が明るいものへと変わっていった。その様子に、やはり動揺を隠せない男の霊。
そうして話すこと1時間。女性と別れた香織は何処か清々しい様子で、伸びをした。
「よーし、やる気出たし帰ってご飯作ろうかね!」
そんな明るい言葉に、男の霊は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けていた。震える唇で、ありえないと呟く。
「どうしてそんな、明るくなれるんだよ……さっきまで辛いんじゃなかったのかよ!?なんでだよ!!なんで俺の言葉が通らねぇんだよ!!」
そんな慟哭している言葉に、聖達は同情すら覚えてしまった。その日の夕方、あったか荘の前で蹲る男の霊を何も言わずにただ見ている聖達の姿があった。男はぶつぶつと何かを呪文を唱えるかのように呟いている。
「なんでだよ、どうしてだよ……」
「……人生は何が起きるかわからない。生かすも殺すも己次第だ」
「説教かよ」
乾いた笑いでこちらを皮肉る男の霊。それを怒りもせず呆れもせずに、ただゆっくりと聖が語り始める。
「お前の人生はお前のもの、確かにそれが正解だ。間違いなど一つもない。ただ……この世にはそう考えない人もいる。今日一日でそれがわかっただろう、いや、わかったはずだ」
「……」
黙り込む男の霊を見てから、ゆっくりと聖は亮介に視線を移す。その視線に気付いた彼は、ポケットから数珠を出して男の霊に近付いた。
「今のあんたならやり直せるっす。このままだと、あんたは自分を2回殺すことになるっすよ」
それでもいいかと尋ねられても、相変わらず男の霊は黙り込んだままである。どうするかと、困ったように亮介が聖を見た瞬間だった。
「俺は、利用されてただけだったんだな……」
弱々しくもはっきりとした返事。間違いなく男の霊の意志である。改心出来たのだ。笑顔で聖を見ると、無言で頷く。
「今までいろんな困難がお前に降り注いでいたんだろう……教会や寺から滲み出てしまっていた怒りや憎しみに、お前の本当の気持ちが負けて、そのことにすらお前は気付けないでいた。だがな……自分の気持ちまで殺す必要はなかったのだ」
「自分の気持ちとか……なんだよそれ、クセェわ」
「クサくても本当のことっすよ。今日一日アンタを見てわかったっす。アンタはただ、自分の言葉を誰かに聞いて欲しかった。皮肉や自殺を示唆していたとしても、それは本当は自分に気付いてほしかったから。違うっすか?」
亮介の言葉に、男の霊は少しだけ睨んだ後呟く。
「馬鹿じゃねぇの、カッコつけやがって……でも、お前は気付いてくれたんだな」
「はい。……アンタのしたこと、本当は許せないっす。でも、アンタも被害者だから。きっと、自分のせいで死んでしまった人たちのこと、後悔してるんじゃないかって思ったから。許されたいなんて言わない、償わせてくれって……」
「……お前本当に馬鹿じゃねぇの……そこまで、わかったなんて…」
そう呟いて、すすり泣く男の声が聞こえる。自分を守っていた殻が全部壊されて、そこにいるのはただ迷子のような霊だけだった。
除霊の為に亮介が彼に向き直ると、男の霊が2人に問いかけた。
「……償えると、思うか……?」
「思うじゃなくて、償うべきなんすよ。どんなに苦しくても。どんなに辛くても。どんなに蔑まされようとも。辛いことを言ってごめんなさいっす。でも、アンタにはこれ以上目を逸らさないでほしいから。必ず俺達が見守るっすから」
「……ありがとな……なぁ……俺の月命日教えたら、お前らは来てくれるか?正直、一人は俺も怖くてさ……」
「もちろんっすよ」
「無論だ……」
その答えに、男の霊は初めて皮肉めいた様子も嘲笑う様子も見せないで2人に笑った。ありがとう、とその言葉を確かに聞いて、亮介が除霊の為の呪文を暗唱し始める。すると男の体が少しずつ消えていく。男の霊は言った。
「……長谷川直人……毎月10日、待ってるから……」
それが彼の最後の言葉だった。決して忘れないようにと胸に刻み、2人は一旦その場を後にする。
「なんだかんだ言って、あの人も寂しかったんすね」
「良くも悪くも、霊はいつだって素直だ……よくわかっただろう」
はい、と答える亮介の表情は清々しいものである。
「聖さん、今日もありがとうございました!またよろしくお願いします!」
「黙れ、耳元で叫ぶな」
睨んで亮介にそう圧力をかければ、申し訳なさそうに頭をかく彼。また何かあった時はお願いしますと勝手にお願いされ、こちらが反論する前に彼は足早に家へと帰って行った。その様子に、隣のリリーは頬を膨らます。
「ほんっと勝手な奴よね!」
「全くだ」
彼女の言葉に同意し、自分も帰ろうと踵を返し、ふと先程のスーパーを思い出す。暫く黙ったままその場を動かなかった彼だが、徐にそのスーパーまで歩いて行くと花束を買った。誰に渡すのか瞬時に理解できたリリーは、嬉しそうに笑って今度は期待に胸を膨らませた。
「喜んでくれるといいね」
「……そうだな」
聖も表情にこそ出さなかったが、喜んでほしいと期待している様子が見て取れた。2人は花を散らさないようにと、丁寧かつ迅速に歩きながら帰る。あったか荘に着くと、自分達の部屋には行かずにまずある部屋へ向かった。
「おや聖おかえり。夕飯まだだから、先にお風呂入りな」
その人物とは香織であった。今日一日彼女を追う中で、彼女の優しさを改めて感じた彼は、何か返せないかと花束を買ったのだ。
「香織さん……その、これを……」
気恥ずかしそうに彼女に買ってきた花束を渡す聖。5年ここで過ごしているが、相変わらず慣れていない。一方渡された香織は、とりあえず受け取ると不思議そうに彼を見た。
「どうしたの急に?今日は私の誕生日でもなければホワイトデーでもないよ?」
「えっとだな……」
視線を泳がせたのちにリリーを見るが、彼女は首を振る。
「エル駄目逃げないの!」
「……」
逃げ道がなくなり、自分で伝えるしかなくなってしまった。わかっている、言えばいいのはわかっているがどう言えばいいのか……!
少し混乱しながらも、ゆっくりと聖は香織に伝える。
「……えっと、だな、その、いつも世話になっているから……たまには何か、お、お礼をと……い、いつも、その……あ……ありがとう……」
最後は消え入るような、蚊の鳴くような声になってしまった。慣れないことをすると恥ずかしくなり、思わず顔をそらしてしまう。
言われた香織の方は、嬉しそうに微笑むと聖を抱きしめた。
「ありがとねエル。大事にするよ」
「香織さんいつもありがとう!」
「リリーもありがとう、嬉しいよ」
いつも以上に綺麗に笑い、香織は早速花瓶に貰った花束を飾る。その花瓶は暫くの間テーブルに彩りとして飾られたのであった
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