第十四節 魔法使いと修行その2(2/2)

「はじめまして、俺は聖の従兄弟の立花竜と言います。キミが聖のお友達ですか?」


 ふと竜に尋ねられ、亮介は顔を上げて似たようなものと答える。その答えに彼は嬉しそうに微笑み、そしてこんなことを口にした。


「気難しい所もありますが、聖と仲良くしてやってください」

「竜」


 何を言い出すのか、という意味も含めた視線を竜に向けるが、彼はただ微笑むだけであった。それに対して相変わらず明るい笑顔で亮介は彼に言う。


「はいっす!勿論っすよ!あ、俺は神楽坂亮介って言うっす」


 その明るさに思わず笑ってしまう。そしてごゆっくり、とだけ言うと竜も自分仕事に戻った。

 味の感想が聞きたいリリーと佳奈。キラキラとした目でこちらを見てくるが、そんな目で見られたら正直食べづらい。そう考えているのは聖だけらしく、目の前の亮介はハンバーグにナイフを入れていた。

 ハンバーグを切ると中の肉汁が溢れ出して鉄板で弾ける音がまた食欲をそそる。肉の香りも広がり、空腹には最高の調味料である。鉄板に備えられている特性のデミグラスソースに漬けて口に運ぶと、ほろほろと口の中で肉が解けた。


「これ美味いっす!肉の味が口に広がるし、デミグラスソースの絶妙な酸味も効いてて、肉汁も美味いし口で解けるし、なんていうか本当に美味いっすこれ!」


 そんな自分の感じた味を事細かに伝えれば、思わずリリーが食レポ上手いじゃないと感心してしまう。佳奈もその感想が聞きたかったと彼を褒める。


「リリーの言うことわかったかも。確かに食べれなくても見てるだけで美味しいねこれ!」

「でしょ?竜さんの作る料理どれも美味しそうなのに食べれないから、私はいつも食レポで食べてるの!」

「なるほどねー!んで、ひじっちも早く食べて食レポ聞かせてよ」


 やはりそうくるのか。思わず聖の手が止まる。

 やめろ、3人揃ってキラキラとした目で見てくるな。食べ辛い上にいつも美味いとしか言っていない自分に、亮介レベルの食レポが務まるとは思えなかった。ハードルを勝手に上げられ、表情には出さなかったが内心焦る聖。リリーにいたっては、結果がわかっているのに2人に便乗している。完全に遊んでいた。

 だが冷めるまでには食べたいし、何よりこの状況からは逃げられそうもない。仕方ないと腹を括り、ドリアを一口口にした。


「どう?」

「……」


 どうしよう、やはり美味い以外の感想が思いつかない。

 食べたまま固まり、黙っている聖の感想を今か今かと待っている佳奈と亮介。リリーは笑いを堪えるのに必死である。そしてそんな状態が3分程続き、やはり無理だと諦めて彼は呟く。


「……美味い」

「え?」

「あっはははは!」


 その答えだろうと予想がついていたリリーは思わず笑い出す。一方期待していた佳奈と亮介は、ぽかんと口を開ける。


「ひじっち、まさかそれだけ?」

「煩い……」

「ミートソースの香りが抜けるとかクリームがまろやかで美味しいとか思いつかないの?!」

「思いつかん……」

「嘘でしょ!?」


 衝撃の事実に思わず声を上げる佳奈。亮介は何も言わないが、まあまあと宥める。暫く笑っていたリリーだが、ようやく笑いを抑えて2人に話す。


「あのね、エルってば人に物事を伝えるのがすっごい苦手で私と一緒にここに来て感想を聞いても、美味いとしか言えないの!だから食レポなんて無理なのよ」


 そう言うと、また面白いのか笑い始めてしまったリリー。聖は聞く耳持たずに黙々とドリアを食べ、佳奈と亮介はそんな様子を笑いながら談笑していた。

 その後フルールを後にした四人は佳奈の要望でショッピングモールに行ったり、川のある公園に行ったりなど楽しい時間を過ごす。気がつけば陽も暮れ、時計は6時を回っていた。


「はーっ、楽しかった!今日はありがとね!」


 近くの公園で体を伸ばし、聖達に笑いかける佳奈。そんな佳奈に対し、こちらこそと亮介とリリーが答える。聖だけが黙ったまま彼女をただ見ている。


「デート出来たし、もう未練なくなったから、あたし逝くよ。りょーちんお願いしていい?」

「え?あ、えと……」


 どうするべきなのか、と亮介は聖に視線を送り彼の指示を待つ。聖はその視線に目をやり、しかしすぐに佳奈に向かって呟いた。


「まだ嘘をつくつもりか?」

「え?」


 突然の衝撃の言葉に、亮介は勿論リリーも佳奈自身も呆気に取られる。しかし佳奈はすぐ笑って嘘などついてないと言い返す。それに対して聖はあくまで冷静に伝える。


「誤魔化すな。朝観覧車に乗った時……お前は俺たちに笑いかけていたが、一瞬だけその表情が暗くなり、ある一点を見ていた。あの時お前は初めてだから乗ってみたいと言ったが、本当は別の目的もあったんじゃないのか……?」


 それだけ言うと、笑っていた佳奈の表情に少しずつ変化が起きる。眉が下がり、何処かもの悲しげな笑顔になっていた。その変化に驚く亮介とリリー。


「参ったな……鋭いねひじっち。うん、そうだよ。嘘ついてごめんね?」

「やはりな……」


 いつからわかってた、と尋ねられ聖は答えた。


「朝お前と会って、出かける前だ……その時も一瞬だけ表情が変わったが、確信はなかった。確信出来たのは観覧車の中だ」

「そんな前からわかってたんだ?でも、あえて乗ってくれたのはどうして?」

「言う機会がなかったのと、楽しそうな気分に水を差しては楽しくなかろう?」


 2人のそんな会話の内容が漸く理解し、そして驚いたように亮介は声をかけた。


「そうだったんすか?」

「うん、実はね。リリーもりょーちんもごめんね」

「謝らなくていいよ、楽しかったのは本当だもん!」


 笑いながらリリーは彼女に近付き、亮介も平気だと笑う。打ち解けたところで聖が切り出す。


「……それで、お前の本当の未練はなんなのだ?」

「教えてあげる代わりに、一緒に来て欲しい場所があるの。いい?」


 その答えに勿論と3人は受け、佳奈の案内のもと、とある病院に来た。中に入り佳奈に案内されたのはICUであり、そこに一人の老婆が眠っていた。悲しそうに老婆を見つめる佳奈の横顔。

 身内なのだろうか。それともただの知り合いか、母親だとしたら年上すぎる。そんな風に考えていると彼女は静かに話し始めた。


「あそこに寝てるのあたしのお婆ちゃんなんだ。末期の白血病で、もう手遅れの状態。今はああやって呼吸器と点滴で生きてるけど、もうあともって3日の命だろうって」


 彼女の声はあくまでも落ち着いている。それは自分の祖母の死を覚悟している証拠の表れでもあった。聖達は何も言わずに、ただ彼女の話を黙って聞いている。


「あたし生粋のお婆ちゃんっ子でさ、ああなる前は毎日お見舞いして、色んな話してた。その時にね、約束したの。今度のお婆ちゃんの誕生日には沢山、この街のこととか色んなこと話してあげるって。でもその矢先に……」

「もしかして、先日テレビのニュースで轢き逃げがあったって……その犠牲者は女子高生だって」

「そう、それあたし。ビックリしちゃった、だって気付いたらあたし死んでるんだもん!でもあたしは自分より、あたしが死んだことを知ったお婆ちゃんの方が心配だった」


 そして案の定だった、と呟く。


「あたしが死んだことを知ってから、お婆ちゃんの容体は一気に悪くなっちゃった。最初のうちは起きれてたけど、今じゃICUでいつ死んでもおかしくない状態にまでなって……」

「佳奈ちゃん……」


 ぐ、と唇を噛み締めながら、それでも話を続けていく彼女。強いのだと、聖も亮介も感じていた。


「このままだとあたし、死んで天国に来るお婆ちゃんに何も話してあげられない。そんなの嫌だった。だから最後に沢山の思い出話を聞かせたくて……」

「成程な……だからデートなどと言ったのか」

「だってさ、どうせ最後なら楽しみたいじゃん?本当に楽しかったよ、お陰で沢山色んなことお婆ちゃんに話せそうだしさ」


 それは心から笑っている笑顔。彼女なりに満足しているのだろう。だが聖は、満足したからといって成仏させる訳にはいかなかった。それをお願いする佳奈に、少し待てと声をかける。


「除霊はお前の祖母が亡くなってしまった時に行うのがいいだろう……お前の話を聞く限り、恐らく亡くなった時にお前の祖母はお前に会いたかったという強い未練を残す……そうなっては入れ違いになるかもしれん」

「確かに、そうっすね……」

「だから祖母の霊がお前に会うまで、俺たちは除霊はせん。……それに、お前だって大好きな家族の最後を看取りたいだろう」


 それは聖なりの優しさであり、最善の策だろうと考えた結果である。亮介も彼の言葉に同意し、そうしようと彼女に訴える。


「本当ズルイよ、そんなこと言われたら我儘言いたくなるじゃん」

「我儘でいいっすよ、心残りを残していくのはダメっすから」


 亮介のその言葉にリリーが意外だと反応を示す。先日の一件を知らないので当然と言えば当然である。その言葉を聞いて嬉しそうに微笑む佳奈。


「ありがとね」


 そうして笑うと、佳奈を除いた3人はその場を後にする。祖母が亡くなったら亮介に伝えると約束し、夜の寒い道路を歩いて行った。




 そしてそれから3日経った朝の9時過ぎのこと。聖の携帯に亮介から電話がかかり、佳奈の祖母が亡くなったと連絡が入る。先日彼女に案内された病院まで行くと、泣き腫らした後の顔の佳奈が入口付近で亮介と待っていた。


「待たせたな」

「もう、おっそい。ずっと待ってたんだから」

「佳奈ちゃん……」


 心配そうに彼女を見つめるリリーに大丈夫だと声をかけ、聖に向き直る。祖母の最後はとても安やらだったそうだ。それを聞いてから、まず亮介に中に霊はいたかと尋ねる。


「佳奈と一緒に病院全部を見て回ったんすけど、何処にも居なかったっす」

「ならば恐らく、一番思い入れが深い場所になるが……心当たりはあるか」

「多分、あたしの実家にある庭かな。よくそこで話してたから」

「なら行こうっ!」


 リリーの言葉に同意して4人は彼女の実家に向かった。そこは病院から徒歩20分くらいの距離であり、今は家の住人が全員病院にいるためもぬけの殻であった。

 庭には家の鍵を開けなくても入られるため、すぐにそこへ回った。そして、そこには一人の老婆が蹲って泣いていた。佳奈はそんな老婆に近付いて、静かに声をかけた。


「お婆ちゃん」


 その声を確かに聞いたらしい、老婆は振り向き、そして信じられないと呟きながら目の前の光景を凝視する。そこでもう一度彼女が自分を呼べば、大泣きしながら彼女に抱きついた。


「佳奈ちゃん!よかった、会いたかったんだよ……!」

「うん、ごめんねお婆ちゃん。……闘病頑張ったね」


 そうやって目の前で泣きながら、しかし嬉しそうに言葉を交わす2人を見て、亮介は良かったと呟く。

 暫くそうしていたが、落ち着いたのか佳奈が祖母と一緒に3人に近付いて、紹介する。


「お婆ちゃん、この3人はあたしの友達の聖に亮介にリリー。色々お世話になったの」

「まぁ、ありがとうございます」

「たいしたことではない」


 気にするな、と続ける聖とそれに頷いた亮介。くしゃりと笑う老婆は本当に嬉しそうで、孫娘に会いたいという未練がなくなったようだ。大事そうに手を握り、また佳奈も離れないようにと自分の祖母の手を握っていた。


「逝くんだな」

「うん。3人とも本当に何から何までありがとね、天国に行ったら沢山思い出話するよ」

「それは楽しみっすね!」


 頷くと、彼女達の身体が透明度を増していく。成仏している証拠だ。陽の光にも照らされていることもあいまって、実に美しかった。


「またね!」


 そう最後に最高の笑顔を見せた佳奈は、3人に見守られながら天に還っていったのであった。

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