第十三節 魔法使いと修行その2(1/2)

 何故こんなことになっている。

 それが聖の第一の感想である。今朝あの半人前以下の、除霊師修行中のあの男から電話があり、リリーと一緒にその場に向かったはずだ。それが今どうして自分はこんな所で座っているのだろうか?いやそもそも何故こんな目に遭わねばならんのだ。

 カタカタと登っていく音を冷静に聞きながら、隣に座っていた亮介を睨む。そして唸るように問いかける。


「何故こんなことになっている」

「さ、さぁ俺に聞かれても……」


 ガタンと一際大きく音が鳴ると、一瞬だけその場に留まり、そして青い綺麗な空から地上まで一気に落ちていった。

 そう、彼らは今街外れにある遊園地のジェットコースターに乗っていた。それは遡ること2時間前のことである。



「聖さんちょっと来てくださいっす!」


 今朝、電話がかかってきて第一声がこれである。不機嫌になりながらも様子を尋ねた聖。


「それが、急に話しかかられてその……なんでも、お願いがあるってことなんすけど……」

「貴様修行を言い渡されていたのか?」

「ないっす!もしそうならもっと早く電話かけるっすよ!」


 とにかく助けてほしいと嘆く亮介。電話を切り、隣でふよふよ浮かんでいたリリーと目を合わせ、恐らく霊絡みだと確信に似たものを感じて外出する。場所は近くの公園にいると電話で聞いたので、迷うことなくその場に向かった。

 そこにいたのは女子高生であろう年頃の霊と亮介。やはりかと確信し、2人は亮介達の方へ近付く。


「聖さん!」


 助かったと言わんばかりの表情でこちらを見る亮介。そんな彼を横目に、聖は目の前に座っていた女子高生の霊を見る。


「もう、おっそい!ずっと待ってたんだからね!?」

「待っていた……?」


 その言葉に聖とリリーは顔を見合わせ、首を傾げた。少なくとも自分達がここへ来て5年目だが、目の前の少女と話したことも、寧ろ会ったこともない。一体どういうことだろうか。


「朝そっちのりょーちんに話かけて用事を聞いてもらおうとしたの。そしたら知り合いが来るまで待っててほしいって言うしさー、随分と待ったんだからね!」

「それは……すまなかった……」


 物凄い勢いで凄まれ、思わず謝る聖。隣のリリーはりょーちんって憑き物男のこと、と笑っていた。


「まぁちゃんと来てくれたからいいけどさ」


 案外律儀なのね、と呟いて笑って見せる少女。そして自己紹介すると言って自分を指差す。


「あたしは斎藤佳奈。元バリバリのJKで、今はこうして霊になっちゃってるの」

「じ、じぇけぇ?」


 聞きなれない言葉に聖は、思わずオウム返しをする。そんな聖を気遣ってか、リリーが女子高生のことだよと耳打ちしてくれた。理解したと頷く彼を見て少女、佳奈は座っていたベンチから立ち上がる。背伸びをして体を伸ばし、名前を尋ねた。


「俺は立花聖……それと、お前には見えているだろう?この霊が」

「はじめまして、リリー・ベルっていいます!」

「やだそのシスター服超可愛い!何処で買ったの?」


 佳奈はリリーのシスター服に興味を持つと彼女に近付く。どうやら女の子同士打ち解けやすいようだ。こんなに明るい霊がいるのかと、思わず亮介を見やる聖。苦笑する亮介を見て、こやつより明るい奴がいたのかと少し外れた感心もしていた。だがすぐ佳奈に振り返り、尋ねた。


「話したいことがあると言ったな?」

「そうそう!」


 それが本題だと彼女は言って、にっこりと笑いながら聖に向かってこう告げた。


「今日一日デートして」


 それは唐突な内容であり、その場が一瞬だけ凍りつく。しかしすぐに亮介とリリーのツッコミが入った。


「デート!?」

「でー……?」


 一方の言われた聖は一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、ふと先日辞書で見つけたその言葉の意味を佳奈に言う。


「それは男女が日時を定めて一定時間共に過ごすということか?」

「エルそれ堅い!間違ってないけど女の子にその意味は堅いよ!」


 思わずリリーがつっこむ。その答えに思わず佳奈は腹を抱えて笑った。


「あっははは、何それ超ウケる今時デートを知らない人はいないよ!ひじっち面白いね!」

「ひじっち……?」


 俺のことかと尋ね、彼女はまだ彼の反応が面白かったのか、笑いながら肯定する。そして一通り笑ってから、彼女はこう答えた。


「あたし彼氏がいなくてさぁ、女の子なら一度はカッコイイ男子や面白い男子とデートしてみたいって思うじゃん?でもあたしデートしてみる前に死んじゃったからさ、このまま天国に行くのは絶対やだし未練タラタラ!」


 だから街行く男を見て、尚且つ自分の姿が見える人物を探していたとのこと。その時初めて会ったのが亮介であり、今に至るというわけである。


「デート出来ればあたしも未練がなくなるし、そしたらりょーちんに除霊してもらえるんでしょ?」


 彼女の言葉のそれは、問いかけというより確認であった。思わず3人は顔を見合わせて、しかしすぐに向き直り、約束だと伝える。その言葉に満足そうに笑うと、行きたい場所があると言う。そこは遊園地であり、連れて来てもらった彼女は飄々としている様子が手に取るようにわかった。



 そして今現在に至るというわけである。初体験のジェットコースターに、聖は一言も声を出せないまま、ただ早くこの時間が終わってほしいと願った。後ろに乗っている佳奈とリリーの女の子2人組は、楽しそうに両手を上げながら叫んでいる。霊が何故乗れるのかといつツッコミを入れたかった彼だが、生憎自分のことで頭がいっぱいであった。

 そして漸く終着点に着いた時には聖は既にフラフラであった。ジェットコースター乗り場の近くのベンチに座り、頭を抱え項垂れた。


「エルー?ねぇ聞こえてる?大丈夫?」

「ひじっちもうダウン?早すぎるよ!」

「煩い……体の中が回る……!」


 ぐるぐるとまだ視界が回っている。そんな彼の様子を見て、亮介が珍しく助け舟を出した。


「俺何か飲み物買ってくるっすよ」

「ならカフェオレだからね、間違えないでよ憑き物男!」


 リリーが睨みながら伝えると、了解っすと足早に売店へ向かった亮介。この時ばかりはその助け舟があって良かったと感じた聖である。数分後、ホットカフェオレを手にした彼が戻り、聖に手渡す。


「はいっす聖さん」

「ああ……」


 それを受け取り口に含めば、ミルクの甘さとコーヒーの風味が広がり落ち着きを取り戻せる。


「ひじっちさぁ、今までモヤシ生活してたんじゃないの?だからダウンなんてしちゃうんだよー」


 ベンチの後ろから佳奈が乗り出し、聖に小言を言った。それに対し仕方ないだろうと呟く聖。


「……それで、次は何をしたいのだ」


 なんとか元の状態に戻った聖は、カフェオレを飲み終えてから佳奈に尋ねる。彼女は少し悩んでから、観覧車に乗りたいと伝える。それは遊園地一大きい観覧車であり、なんでも海まで見えるとか。絶叫マシンかと思っていた聖は安堵の息をつき、亮介とリリーも興味津々にそれを見た。

 観覧車に向かう途中で、ふと佳奈がこんなことを口にした。


「ねぇ観覧車にまつわるジンクスって何か知ってる?」

「ジンクス?」

「そう!もっぱら噂になってたんだけどね、観覧車の一番上でキスをしたカップルって永遠に別れないっていうジンクスがあるの!」


 好きな人と永遠に別れないって乙女の夢だよねと幸せそうに語る彼女。その思いがイマイチわからない男二人だったが、リリーは彼女の話に興味津々であり、他にも様々な噂などを楽しそうに話す。そうして元気溌剌でいられると、本当に来たかったのだと思わせる。連れて来て正解だったと亮介に言われ、思わず聖は頷かざるを得なかった。

 そして観覧車に乗り、自分の住んでいる街まで見えるという景色を見下ろす。それは意外にも絶景であり、ゆっくりと登っていくことも重なってじっくりと堪能することが出来た。


「わぁ綺麗!」

「だよねー!あ、あそこら辺あたしの家があるの」

「へぇ、綺麗な場所っすね!」


 わいわいと騒ぐ3人を横目に、聖は景色へと視線を落とす。

 日本に来て5年目、自分はこんな景色を全く知らなかった。別に知る必要もないと思っていたが、この景色は見る価値があると感じた。そしてそこで暮らす自分達は本当に小さいんだなと改めて気付かされる。


「なぁにー?ひじっち黄昏れ中?」


 楽しそうに笑う佳奈を見て、なんだと目線を投げた。そんなに黄昏れているように見えたのだろうか。


「ねぇねぇ、次はレストラン行きたい!なんか美味しそうな料理作ってくれる場所知らない?」


 次の要求はレストランか、と理解し考える。そしてふとある人物が思い浮かんだ。むしろ聖には、その人物以外料理店で思い当たる人物はいなかった。



「いらっしゃいませ。あら聖、珍しくお友達と一緒?」


 そこはカフェレストランフルール。佳奈の要望に応えるため考えた末に聖が辿り着いた結論が、このフルールだった。中に入ると、今日は店長の柳川美咲が出迎えてくれた。彼女の言葉に否定したくもなったが、一応佳奈達の手前無愛想にするのもどうかと思い、軽く頷く。

 美咲は笑うと好きな席に座るよう促してから、他の接客に向かう。聖は何時ものように店の窓際側、一番奥の席に座る。そこは彼のいつもの席であった。後ろからついてきた亮介は向かい側に座り、店内をキョロキョロと見渡す。初めて来たのだろう。

 それは佳奈も同じだったらしく、店内を見回すと嬉しそうに声をかける。


「へぇオシャレなとこ!ひじっちいい場所知ってるね!」

「本当っすね!噂には聞いてたっすけど落ち着けるっすね!」

「わっかる!」


 そう目の前ではしゃぐ2人は、どう見ても落ち着いていないと感じざるを得なかった。もう少し落ち着けんのかとため息まじりで言えば、素直に謝る亮介と佳奈。ちょうど2人が謝った時美咲が水の入ったグラスを持って、こちらに来た。


「はい水。今日のランチはハンバーグプレートだから、決まったらまた呼んで」

「ああ……」


 いつものように返事を返せば、美咲は笑ってバックヤードへ向かった。


「そういえば、なんでひじっちこんないい場所知ってるの?モヤシ生活してそうなのに」

「……従兄弟がここで働いている」

「従兄弟が?ねぇカッコイイ!?」


 目を輝かせて尋ねてくる佳奈にどう答えたらいいか、と悩んでいるとリリーが彼女に教えた。


「カッコイイと思うよ!それにその人がここの料理作ってるんだけど、見た目が綺麗で食べられなくても美味しいの!」

「そうなの?益々楽しみになってきた!早く注文してよー」


 その言葉にリリーすら早くとせがんでくる。注文するものが決まり、美咲を呼ぶ。聖はドリアセットを頼み、亮介が本日のランチであるハンバーグプレートを頼んだ。そして暫くの談笑(聖は殆ど聞き流しているだけであったが)ののちに、一人の男性が料理を運んで来た。竜である。


「竜」

「いらっしゃいませ聖。お待たせしました、ドリアセットとハンバーグプレートでございます」

「おぉうまそうっす!」


 目の前に置かれた料理に目を輝かせる亮介と、女子2人。温かい匂いがなんとも癒しを与えてくれる。さらに佳奈は竜の容姿に目を奪われ、リリーと一緒にはしゃいでいた。本当に楽しそうにしているんだな、そう感じた。

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