第十二節 魔法使いと修行その1(2/2)
たいちの父親は、食いつかんばかりの勢いで亮介に迫る。
「あの子が……まさか、ここに来てるんですか!?」
「ああ、俺の隣にいる……」
聖がそう答えると父親も母親も彼の隣にいるたいちを、見えないが凝視する。そして母親に至っては涙を流し始めた。ごめんね、ごめんねと呟いて顔を覆う。
「……霊が現世に留まる理由はそれぞれですけど、成仏出来ない霊は大抵、現世に未練があるんだそうです。たいち君は、ご両親のことで未練を感じているんです」
「私たちの……!?」
驚く2人に、亮介はそうだと頷く。そして彼の代わりに自分がその言葉を代弁してもいいかと尋ねる。その言葉に、母親が大きく首を縦に振ることで答えた。どうしても聞きたいのだろう、お願いしますと懇願する。父親も同じ反応を示したが、まず気になることがあると言う。
「一つ、聞いてもいいですか……たいちは、私たちのことを恨んでいますか?お恥ずかしい話、私たちはたいちのことを面倒を見きれなくて……たいちは私たちが殺したも同然です。私たちはあの子に殺されても本望だと思っています……」
その言葉を聞いた聖は、ため息をついてから腕を組んで話し始めた。
「……腑抜けたことを聞くのだな。俺達がここに来れたのは、お前達の子供の霊が案内してくれたからだ。もし子供の霊がお前達の事を恨んでいるのだとしたら、楽しそうに案内なぞせん」
「本当ですか……?!」
「はい。それに、たいち君言ってましたよ。ぼくはパパとママが大好きだって」
聖に付け加えて亮介が笑ってそう答えると、父親も涙を流し始める。嬉しいのだろう、少し表情が明るくなっていた。聖の隣にいるであろうことを信じ、ありがとうたいちと泣きながら言う。
「よかった、パパ嬉しそう」
それを見て漸く安心し始めたのか、たいちが聖に笑いかけながら彼の腕を掴む。それに小さくそのようだと返す聖。
「……じゃあ、改めてたいち君の言葉を代弁しますが、いいですか?」
「はい、お願いします」
了解を得てまず、亮介はたいちを呼び、自分の隣に来させてから彼の言葉を代弁し始める。
パパ、ママ、ぼく風邪をひいてお熱高くなった時苦しかった。パパもママも弟のことで頭がいっぱいで、ぼくを見てくれる時間がなかった。でもぼく、そのことでパパとママのこと怒ったりしないよ。パパとママのこと、大好きだもん!だからぼく、ぼくが死んじゃった時パパとママのことたくさん心配したんだ。
自分たちのせいでぼくを殺しちゃったって思って、ぼくみたいにならないか、すっごく心配なんだ。でもパパもママもまだ死んじゃうのイヤだよ!弟のことをもっともっと元気にしてほしいもん、元気でいてほしいもん!だからお願い、まだ死なないで。ぼくお空からずっと見ているから、死なないで!大好きだもん!!
亮介の口からそう聞かされ両親は揃って大粒の涙を流す。その言葉が余程響いたらしく、ありがとう、頑張るよと何回もそんな言葉を口にする。
その様子を見た聖と亮介は、もうこの親は大丈夫だろうと確信した。たいちも言葉が届かないことは知りつつも、ありがとうと何回も両親に伝えた。
両親が泣き止み、落ち着いた所で聖と亮介はその場を後にしようと立ち上がる。玄関まで送ってくれた両親の顔には生気が戻り、笑顔を作れるほどまでに回復していた。
「あの、今日は来てくださってありがとうございます……たいちのこと、しっかり受け止めます」
「キミ達が来てくれて、嬉しかったです……たいちのためにも、これから先頑張って生き抜きます。弟の体調も最近は良いので、大きくなったらたいちのことを話そうと思います」
その言葉を聞いた聖と亮介。亮介は笑って頑張ってくださいと応援し、聖は表情にこそ出さなかったが同じく健闘を祈ると答える。たいちはじゃあねと手を振り、そして3人は家をあとにした。
そして歩きながら亮介はふと、たいちの体が透けていることに気付き慌てた。
「ひ、聖さん!たいち君の体が!」
「黙れ耳元で叫ぶな」
「で、でも…!」
「未練がなくなり成仏するだけだ。何も問題なかろう」
何を今更慌てる、と盛大にため息をついてからたいちに向き合う聖。たいちは笑って2人を見上げた。
「お兄ちゃん達ありがとう!ぼくを天国に連れてってくれてありがとう!」
「行くんだな」
「うん。これからお空でずっとパパとママと弟のこと見てる!」
楽しそうだと笑い、そしてまた2人に礼を言うと彼はすぅと風とともに消えていった。無事に成仏が出来たのだ。
「たいち君、ちゃんと天国に行ったっすよね」
「……死因は致し方ないが、子供は七つまで神のうち……無事に行っただろう」
そう言うと、その後はあまり会話をせずに(亮介が一方的に話しかけていただけであったため)自分たちの地元に帰る。
もうすっかり夜になり、辺りに冷たい風が吹く。コートを羽織って正解だと感じた。駅に降りてさっさと帰ろうと思っていたが、亮介に呼び止められてしまう。
「今日はありがとうございます。お陰で俺、除霊師はどうあるべきかって少しわかって来た気がするっす」
「……」
「えと、これからも教えてくれるんすよね……?」
そわそわ、といい返事を期待しているのが手に取るようにわかった。この男と関わることは本当は嫌いであるが、自分の言ったことを取り消すのはプライドが許せないし、何より霊の為と思えば仕方なかった。顔だけ亮介の方に向いて、こう告げた。
「修行が言い渡されたら、俺に一言言うことだな。貴様一人でどうにかなると思うな、わかったな」
「はいっす!ありがとうございます!!じゃあこれ俺の携帯番号っす、メアドも交換しときたいから、教えてくれないっすか?」
それを聞いて聖は思わず固まる。
メアド交換?そんなことしたことなかったから、どう対処すればいいのか。
「何故そんな事をしなければならん」
「え、だって修行を言い渡されたら聖さんに連絡を入れるんすよね?電話番号知っておかないとそれが出来ないじゃないっすか」
「あ……」
その時ばかりは自分の愚かさを呪った聖である。関わりたくないと言ったはずなのに、あろうことか自分から関わりにいってしまった。やってしまったとため息をつき、徐に携帯を取り出す。そして固まった。やり方がわからなかったのだ。
「聖さん?」
「……」
こういう時どうしたらいいのだろうか。いかん、あったか荘の住人のメールアドレスも電話番号も竜に入れてもらい、それ以外の人の番号などいらないものと思っていた。メアド交換なんてどうすればいいのかわからない。
そう悶々と悩んでいると、亮介が笑いかけながら近くに寄る。
「メニューボタン押して電話帳開いてくださいっす」
特に馬鹿にするでもなく、あくまでいつものキラキラとした笑顔を自分に向けながら話す亮介。その明るさがやはり癪に障るが、今はただ指示通りにボタンを押していくしかなかった。
「そうっす、自分の番号出したら機能ボタン押して……」
「……これか」
「そうっす!そしたら赤外線送信にカーソル合わせて……あ、そしたらこっちに携帯向けてくださいっす!」
指を指した部分に携帯を近付けて自分のメールアドレスを送信する聖。それが終わると、自分も亮介の番号などを貰う。
「たまにやり方ど忘れするっすよねー!俺もたまにあるからわかるっすよ!」
などと見当違いの言葉に何処か安堵し、そのまま聖は足早にあったか荘へ帰る。時計を見たら既に8時を回っていた。
香織達の部屋に行くと、丁度竜以外のあったか荘の住人が夕飯を食べようと準備をしていた。
「ああ、おかえりエル。珍しく遅かったじゃないか」
「連絡が遅くなって申し訳ない……」
「いいんだよそんなこと気にしないで。さぁ準備手伝って」
「ああ」
コートを脱いで部屋に入ると、沙羅と拓海が笑っておかえりと言う。気恥ずかしそうにただいまと返すと、拓海が頭をガシガシと撫でた。
「まぁだ照れてんのかこのシャイボーイは」
「エルはアンタと違って繊細なのよ」
「えぇー……」
そんな拓海と香織の会話に楽しそうに笑う沙羅。そんな光景が目の前で当たり前に行われていることが、どれほど幸せなのかを密かに彼は噛み締めていた。
夕飯を食べ終わった聖は、片付けを最後まで手伝うと部屋に戻る。昼間の一件で、彼女のことが心配だったのだ。鍵を開けてドアを開き、灯りを付ければ彼女はいつものようにふわふわと自分の元へ飛んできた。
「おかえりエル!」
「ああ……帰ったぞリリー」
元気そうに飛んでいる彼女を見て、安堵のため息をつく。どうやら何事もなくここに戻って来られたようだと。
「……すまなかった、何も出来なくて」
「気にしなくていいよ、私は大丈夫だったから!」
明るく笑うリリーに再び詫びて、渡された竜の分の夕飯をテーブルに置く。今日の夕飯は小籠包だった。出来たてを食べた聖は、先程危うく舌を火傷しそうになってしまった。竜が火傷したらどうなるのだろうと、少し反応を楽しみにする。
「今日はあのあと、ずっと憑き物男と一緒にいたの?」
「ああ……成り行きで、今後あやつの修行の面倒を見なくてはならなくなった」
「なんで!?」
面倒なことになったとため息をつく。それに対してリリーは信じられない、と言った様子で目を見開いた。そして言葉を続ける。
「あんなに嫌ってたのに、一体どうしたのよエル?何か悪いもの食べた!?」
「……食べればよかったんだがな」
「本当よ!」
どうしてこんなことになったのか、リリーは頭に手を当ててもう一度信じられないと呟く。確かにあれ程嫌っていた人物に、あろうことか聖自ら関わるとは付き合いの長い彼女にも考えられなかったのだ。そんなリリーを心配してか、だがと話し始める聖。
「これはあくまでもあやつのためではなく、除霊される霊のためとあの男から霊を守るためだ」
「それはわかるけど……」
そう、これはあやつのためではなく霊のためと思えば少なくとも目の前にいる霊は助けることが出来るだろう。無理矢理霊の意思を壊して成仏させる方法を、彼は絶対に認めなかった。
「仕方ないなぁもう。私も一緒にあの憑き物男を見極めてあげる!エル一人をあんな奴と一緒に行動させたら何をするかわかったものじゃないもん!」
腰に手を当てて、ずいと聖を覗き込んだリリー。思わず目を丸くして驚いたが、一抹の不安がよぎる。
「だがリリー、あの男に遇ってしまう可能性もあるのだぞ」
「そうしたら、全力で逃げ切ってやる!それにいざとなればエルが守ってくれるんでしょ?」
にこ、と笑いかけられたら反対することも出来ず、仕方ないと聖は呟く。なら決まりと楽しそうに笑う彼女を見て、何処か満足気な聖であった。
こうして、聖による亮介の除霊矯正修行の日々が始まったのであった。
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