第十一節 魔法使いと修行その1(1/2)

 2月の下旬。何処にでもある、普通の公園に彼らはいた。隣には嫌いな半人前以下の除霊師。いつも一緒にくっついているリリーは今はいない。目の前にいるのは明るい子供。成仏できないでさ迷っている霊だ。


「赤い目のお兄ちゃん、ありがとー!」

「いや、待たせたな」


 隣にいる亮介に除霊してほしいなど、変わった子供だなと内心思う。けれども、拒否はしない。それが聖の霊に対する接し方である。

 一方亮介は自分に成仏してほしいという霊が初めてであるため、今すぐにでもと言わんばかりに準備をしていた。


「じゃあ、早速!」

「待て。貴様……何もわかっていないようだな」


 いつも通り除霊を始めようとする亮介を制する聖。それを見て彼の表情が切り替わる。

 そうだ、自分はこの人から除霊のなんたるかを教えてもらうと約束した。その約束を果たさないままなんて自分自身が許さない。


「スミマセン……」

「これだから低能だと言うのだ……なにより、この霊から直に依頼を受けてないだろう」


 初歩の初歩から間違っている。そう指摘を受けて、改めて自分の除霊方法は間違っていたのだと感じた亮介であった。


「で、えっと……」

「…………」


 まさか、始め方すらわからないのか。

 そんな意味も含んだ視線を投げ掛ければ、あくせくしながら亮介は子供に向き合う。


「はじめまして、俺は神楽坂亮介っていうんだ」


 笑いかけながら自己紹介。まずは合格か……。


「はじめまして!僕はたいち、7才!」

「たいち君、だね」

「うん!」


 底抜けの明るさに、この子が霊だと言うことをすっかり忘れてしまう。このまま談笑を続けていたいが、そういう訳にもいかない。

 先がわからず後ろにいる聖に助けてと表情で語れば、彼はため息をついて子供を見る。


「……こいつに言いたいことがあるのではなかったのか?」

「あ、そうだった!!」


 どうやら自分の目的を思い出したらしい、たいちは亮介に向き直り真っ直ぐな瞳を彼に向けた。


「亮介お兄ちゃん、僕を天国に連れてってください」

「たいち君……」


 その瞳は幼いながらも覚悟の光を秘めている。それを確かに感じ取った亮介。今まで何回も除霊してきたにも関わらず、こんな真っ直ぐな瞳を自分は知らない。

 何故だか暖かみすら感じる瞳に、全力で答えたいと思った。


「わかった。俺が絶対に、安全に送り届けるよ」


 その答えを聞いた子供は、年相応にはしゃぐ。

 それにしても、聖には気がかりなことがあってならなかった。ここまで強い意思を持っているならば、それと同等の未練があると言うことだ。それが残っている限り、この子供は最善の状態で成仏できない。そうあってはならなかった。


「その前に一つ問おうか。お前の心残りはなんだ」


 その質問に、一瞬身体を強張らせるたいちという幼児。亮介は何が何だかわからない、そんな表情を浮かべて聖を見た。


「どういうことっすか?」

「呆れたものだ……貴様は本当に霊の事を何もわかってないのだな。これだけ強い意志を持つということは、それだけの未練があるもの……それを理解し、消化させてやらねば本当の意味での除霊など出来ん」

「な、なるほど……」


 全く、この男には除霊師と名乗る資格はないと盛大なため息をつく。この男に今まで除霊を教えていたこの男の兄など以ての外だ。

 そんな苛立ちを感じつつも、聖は亮介に指示を出した。


「たいち君、今聖さんが言ったことは本当?何か思い残してることはない?」


 目線を彼に合わせて、亮介は笑いながら尋ねる。問いかけられたたいちは不安そうに手を握る。

 きっと向き合うのが怖いのだろう。いつだって霊は素直で純粋で、だからこそ放っておけないのだ。

 暫く俯いて黙っていた彼だが、恐る恐る口を開いた。


「パパとママのことが、心配なんだ……ぼく、まだ小さい弟がいるんだけど体が弱くて。ずっと弟ばかり見てて……」


 かたかた、と体が震えていた。今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、それでも幼いながら勇気を振り絞っていることが伝わってきた。


「ぼくが死んだのはね、風邪で高い熱が出てね、まだぼくは小さいからその熱にたえられなかったって……お医者さんが死んだぼくを見て泣いてたパパとママに言ってた」

「……苦しかったな」

「うん……でもね、死んだぼくにパパとママは何回もごめんねって言ってた。ぼくパパとママ大好き!だからぼくみたいにならないでほしいの!!」


 顔を上げたたいちの目からは、ぼろぼろと大粒の涙が流れていた。それは彼の必死な願いであり、そして未練であった。自分みたいに死んでほしくない、その思いが強く、それが成仏出来ない原因である。

 声を上げて泣くたいちに、聖はどう対処したら良いのかわからなかったが亮介が徐に手を上げて、そしてゆっくりと彼の頭に手を置いて撫でた。その光景に驚きを隠せなかった聖。そんな彼を他所に亮介は言う。


「優しい子だね、パパとママが大好きなんだね」

「うんっ……だいすき……!」

「じゃあ、そのことをパパとママに教えに行こう?」

「ぇ……?」


 どういうこと?と視線を投げかけるたいちに笑ってから、亮介は立ち上がって聖に向かう。


「あの、この子の家に行ってもいいっすか?この子が言いたいことを俺たちが伝えれば、この子の未練はなくなるっすよね……?」

「正解だ」


 その返事を聞いてなら決まりっすと明るく笑い、再びたいちの方へ振り向いた亮介は言う。


「俺たちが手伝うから、たいち君の気持ち一緒にパパとママに伝えに行こう!」

「いいの……?」

「うん。そのために俺たちがいるんだ」


 笑いかける亮介を見てから、不安そうに聖を見るたいち。その視線を感じた彼は何も言わなかったが、無言で頷いた。それを見て、漸くたいちにも笑顔が戻る。その笑顔を見て安堵する2人。それからたいちの家に向かうこととなり、彼の道案内の元2人は自分達が住んでいる街から二駅ほど離れた場所まで来た。

 目的地の駅に降りて、早速家を探す。7歳児であるたいちの記憶はそこまでハッキリとはしておらず、朧げにしか覚えていないらしい。彼が覚えている道まで来て、さてどうするかと悩む聖。それを見て、亮介は閃いたように言う。


「こうなりゃしらみつぶしに聞いていくしかないっす!」

「ここの住宅街が見えないのか?この数からこの霊の家が今日中に探し出せるとでも思っているのか」

「あ……そうっすよね……」


 思い悩み、ふと左を向くとそこには大きな看板。よく見ればそれは町内地図であり、これだと飛びつく亮介。そして傍にいたたいちに聞く。


「たいち君、キミの苗字はなに?」

「みょーじは川田!ぼく川田たいち!」

「ありがとう!」


 そして呪文のように川田川田と呟きながら、亮介は地図を凝視する。その行動を不審に思いつつも横目で見る聖。しばらくすると、あったと亮介は大きな声で叫んだ。指を指した場所には確かに川田と書かれてある。ここからそう遠く離れていない。


「もしかしたらここじゃないっすか?」

「……どうなんだ?」


 聖がたいちに尋ねる。うーん、と唸っていた彼だが、多分と弱々しく答える。いまいち自信がないようだ。その時たまたま通りかかった老人に、亮介は尋ねた。


「あの、すみません。ここの川田さんって、最近誰か亡くされましたか?」

「ああ、たいちちゃんの事ね?本当に可愛くてねぇ……弟のために元気になるようにってお花を詰んだり、家族思いの優しい子だったのに……」


 淋しいねぇと呟く老人に、きっと見守っていますよと亮介は伝えた。傍にいるたいち本人の言葉を代弁したのだ。

 老人に礼をし、3人は早速たいちの家へと足を運んだ。そして着いた家を目の前に、嬉しそうにたいちは言った。


「ぼくの家だー!ありがとうお兄ちゃん!赤い目のお兄ちゃんもありがとう!」

「ここか」

「親御さんいるといいっすね」

「うん」


 三者三様の反応を示し、その場に立ったままでは事が進まないと亮介達は玄関のチャイムを鳴らす。

 数分して出て来たのは痩せ細った女性であり、その女性を見たときたいちがママ、と呟いた。女性はまるで生気がなく、目の下には隈を作っていた。


「どちら様でしょう……?」

「えっと、俺はたいち君の遊び相手をしてた神楽坂亮介って言います。こっちは聖さんっす」

「まぁ……」

「たいち君が亡くなったと聞いて、その……焼香させてもらってもいいっすか?」


 この手の交渉は得意なのだなと、一つ感心する聖の隣で心配そうに母親を見つめるたいちが目に入る。彼のスボンをきゅ、と掴んでいた。


「ええ、そういうことならどうぞ……きっとたいちも喜んでくれますよ……」


 了解を得て、3人は家の中に入る。部屋は片付けがされておらず、この母親の様子と合わせて考えると無気力状態になっているのだろうと予想がついた。どうやら父親もいたらしく、挨拶をすると覇気のない声でいらっしゃい、とだけ返事をする。

 ある和室に入るとそこだけは綺麗に整頓されてあり、まるでこの家から切り離された感覚さえ覚えた。入ってすぐ目に入るのはやはり大きな黒い仏壇であり、写真は聖の後ろにいるたいちそのものであった。

 2人はそれぞれ線香をあげ、そして母親に父親と一緒に聞いて欲しいことがある、と切り出した。2人は話の内容が皆目見当もつかないらしい、首を傾げながらそれでも聞いてくれるようだ。

 仏壇のある和室に座り、亮介は実はとゆっくり話し始めた。


「俺、実は半人前の除霊師で修行中の身です。今回お二人に話したいのはたいち君のことでなんです」

「たいちの……?」

「はい。俺はたいち君に頼まれて、ここまで来ました。聖さんが証人です」


 その言葉を聞いた父親は、驚いたように顔を上げて亮介に迫った。

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