第九節 魔法使いと除霊師(1/2)
その日は久し振りに太陽が顔を出し、街は明るく照らされていた。暇潰しにと散歩がてら隣町に来た聖とリリー。特に何をするでもなく歩いているが、それでも彼らにとっては楽しいのだろう。退屈はしていないようだ。
「そろそろお昼の時間?」
「みたいだな……」
たまには隣町の知らない店に入ってみるのもいいかもしれない。朝はご飯だったから今の気分はパンだろうか、目をやっているのは何処もパン屋ばかり。
しかし今日は月曜日。大抵のパン屋は定休日である。どうするかと考え、お手軽なファーストフード店にでもしようかと思い付いた時だった。
「あ!」
耳に煩い声。一番大嫌いな男が目の前にいた。
「お久し振りっすね」
ヘラヘラと笑う男、神楽坂亮介。それに対し、露骨に嫌な表情を表したのはリリーであった。
「なんっで毎回毎回毎回毎回私達がいる場所にアンタがいるわけ?!気持ち悪いわ!!」
「す、すみません。俺にもよく分からなくて……」
リリーの剣幕に押されている亮介。取り乱していた彼だが、何かを思い出したように聖に向き合った。
「えと、この間はなんか俺のせいで気分悪くさせたみたいですみませんでした」
苦笑を浮かべて謝る亮介。だが一方の聖は耳も貸していなかった。ついでに付け加えると、全力で目をそらしている。
しかし、胸に突っかかっているこの不快感はなんだろうか。
「俺まだまだ修行中で、分からないことばかりなんすよ。それで失敗したことも何回もあるんすけど」
「……アンタ、神楽坂除霊相談所って所にいるの?」
妙に好奇心が沸いたのか、リリーが訊ねる。その問いにイエスを出した亮介は、驚いたように彼女を見る。
「よくわかったっすね!」
「偶々よ!昨日アンタの話が偶々出てきただけ!!」
勘違いしないでよね、そう突っぱねるリリー。
「でも俺はまだ仕事を受けれるだけの力はないっすから、未熟なんすけどね」
まるで他人事。笑う亮介に更にストレスが溜まっていく聖である。そんなことはお構い無しにと、亮介は持っていた紙袋を聖に手渡そうとした。
「これ、この町で有名なパン屋のクロワッサンっす!お詫びと言っちゃなんすけど、受け取ってくださいっす!!」
眩しい笑顔が気に障る。断固として受け取りたくない聖の様子を見かねたリリーが、助け船を出した。
「アンタね、それ有り難迷惑って言うの!!エルはそんなのいらないの!」
「あっもしかしてクロワッサン嫌いっすか?」
「そーじゃないわよこのボンクラ!!」
代弁してくれるのは嬉しかったが、煩い。表情にこそ出さないようにしていたがオーラが、全てを物語っていた。放っておいて帰るかと足を動かそうとはしている。しかし、何故足は動かないのだろうか。
自分がこの男と一緒にいたいと思っているのだろうか……いやまさか。そんなことはありえない。あるわけがない。
否定していた聖だが、胸に残る不快感は拭えないでいた。
「それにエルこの間アンタに言ったよね?二度と関わるなって!日本語理解できないの?!」
「あ、えと、その日は二度と関わるなって言われたから他の日なら大丈夫なんじゃないかなぁと思って」
この亮介という男、どうにもズレているとリリーは肩を落とす。今の言葉で反論する気力をなくしたようだった。それと同じタイミングであった。
ピリッ
冷たい気配を感じ、聖とリリーは警戒を強めた。
「いつ油売っていいっつった?」
「あ……」
背後には一人の男がこちらを見ていた。すらりとした長身に、年頃の派手さを表現するロック調の服装。手首には数珠玉をあしらったブレスレット。そして極めつけは、目の前にいる男に似ている顔付きである。
先程まで煩いほど明るかった亮介が萎縮し、表情を強張らせていた。
「滝兄さん……」
滝と呼ばれた男は下品な笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる。
この男、亮介よりも質が悪そうだ。聖の本能は直感的にそれを感じていた。
「兄さんと呼ぶなっつってるだろうが、落ちこぼれ」
「申し訳、ありませんでした……師範」
俯き暗い声色で答える亮介をまじましと見るリリー。今までが今までなだけに、そのギャップに少なからず驚いているのだろう。
聖はと言うと、鋭い目付きで滝を睨んでいた。それと同時にリリーに警鐘を鳴らすべきかと考えている。
「俺が与えてやった課題に手も付けずにお買い物だとはねぇ、舐めてんのか?」
「いえ、そんなこと……」
「余裕ぶっこいてんじゃねぇよ。修行中に飲み食いするなって言っただろ!忘れたのか鳥頭!!」
上から目線に加えて高圧的な態度。人の挙げ足をとるような発言。そのどれもが聖にストレスとなって押し寄せてくる。
押し黙っている亮介に、滝はさらに罵声を浴びせた。
「物食う時間があるなら、さっさと修行に戻れ!」
そう言うと彼は亮介が持っていた紙袋を地面に叩きつけ、それを躊躇いなく足で踏みつける。
その行動にとうとうキレそうになった聖。ただただ押し黙る亮介に疑問を抱きながらも、冷たいオーラを放っている。
「わかり、ました……」
一言答えて、亮介は逃げるようにその場を立ち去っていった。
亮介が行ったことを確認すると、男性がこちらを興味深そうに見てきた。その視線の中の気味の悪さに、聖もリリーも居心地の悪さを感じる。
「やぁどうも。ひょっとしてキミら、あの落ちこぼれのお友達?」
その言葉で、彼はリリーの姿も捉えているのだと把握した聖。周りに可視できる人間は自分と男性以外誰もいない。つまり、わざわざ複数で呼ぶ必要はない。それにも関わらず、目の前の男はしっかりと「キミら」と言ったのだ、少し考えれば辻褄が合う。
先程の亮介に対する態度とはうって変わった、演技ともとれる男。聖の不快感は募る一方である。口も利きたくはなかったが、妙な疑いや勘違いをされたら堪ったものではない。問いに対して首を横に振る。
「あれ、お友達じゃなかったのか。それはごめんね」
どこか人を見下しているような口調。いちいち人の神経を逆撫でしてくれるものである。男はところで、と始めると興味深そうにリリーを見る。
「キミ、憑かれてるよ?俺が祓ってやるよ?」
妖しく動く男の手を見て、一気に彼女の表情が青ざめた。
「ごめんエル!私っ、先に帰る!!」
言うが早いか、気付いた頃にはリリーの気配は全く感じ取れなくなっていた。心底楽しそうに、しかし口から出た言葉は残念だと言う男に、もう限界寸前だ。
「俺は祓ってくれと貴様に頼んでないが……」
「あれ?喋れるんじゃん!なんだよそれなら早く喋ってくれればいいのに」
「黙れ」
普段より声色が低い。それほど頭に来ていたのだ。
「リリーは、俺の家族だ。勝手に手出しするようなら……消す」
それは本気の目だった。それに対し、滝は笑う。
「家族?死んじゃってるのに?」
「霊を物としか考えない貴様には分かるわけないだろうな」
仕返しとはいかずとも、皮肉めいた言葉を返す聖。そんな態度に面白味を感じたのか、滝は続けた。
「だってそうっしょ?死んだら終わり、何もない。死人は生きてる人間には何も与えない。にも関わらず、俺達の生活の邪魔なんてしてくる……そんなの捨てなきゃならない物と何が違うの?」
どこが可笑しいの、と。
この男は淋しい人間だと聖は哀れむ。何も知っていない、知ろうとせずに持論で除霊を行っているのかと思うと呆れて言葉すら出なかった。
相手をするだけ時間の無駄だろうと結論付けて、滝に背を向けた聖。最後に仕返しと言わんばかりの言葉を投げつける。
「霊を泣かすお前に除霊師の資格なぞない」
それだけ言って歩き出す。
聖本人は気付いてはいなかったが、歩き出した道は先程逃げ出した亮介が通った道である。ストレス発散と言わんばかりに足早になる聖であった。
一方残された滝。聖の言葉に悲しむでもなく、また怒るでもなくニヤニヤと笑っていた。これはいい玩具を見つけた。
「酷いこと言ってくれるおチビちゃんだこと。ああいうタイプってからかいがいがあるから面白いわ」
神楽坂滝。彼は自他共に認めるドSであった。
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