第六節 魔法使いの嫌いなこと(2/2)
「さっきから、見ているが……言いたいことでもあるのか」
木の陰にいた霊は、見た目が40手前くらいの、恐らく誰かの父親の霊だろう。ポロシャツにジーパンと、大分ラフな格好である。
聖が近付くと、案外すんなりと陰から出てくる。苦笑を浮かべて、霊は言った。
「すまなかったね、ストーカー染みた行動をしてしまって……君達なら、大丈夫だと思って」
「大丈夫?」
男性の言葉に首をかしげるリリー。聖は男性の目を見ている。
男性は一度躊躇い、しかし重い口を開く。
「ちょっと、相談に乗ってほしくてね……」
「相談?」
「ああ。いいかな?」
「勿論!」
リリーは笑顔で答え、聖も頷いた。その答えに、大層安心した様子で2人を見た男性。礼を言うと、近くにあったベンチに座る。
そして空を見つめ、語り出す。
「数ヵ月前、私は妻と息子と一緒に出掛けていた。その時交通事故に遭い、家族揃って命を落としてしまったんだ……」
「事故……」
「息子は、ちょうど君と同じくらいの子でね。昔はよく一緒に遊んでやれてたんだが、仕事漬けの毎日だった私は、中々息子と一緒にいてやれる時間がなかったんだ」
俯きながら、男性は拳を握る。思い返すように瞼を閉じて、ゆっくり語る男性。
「そんな息子と、よく衝突もしていたんだ。家庭を蔑ろにしながら、よく大黒柱だなんて言えるなって言われたときもあった」
「そうか……」
「確かにそうだった。毎日仕事仕事で、ロクに息子とも話さず、擦れ違いばかりで…事故が起きた当日も口喧嘩をしてしまってね。……事故に遭ったのは、罰なんだと思った」
握り拳に力が入る。余程後悔しているのだろう。
静かに男性を見ている聖。やはり黙ったまま話を聞いていた。
「久々の家族旅行の最中に家族を守れず、なにもかも失って……」
「……」
男性のその表情は切ないものだった。言葉がでない。
「どうすればいいのか分からなくなった。気付いたら妻と息子と離れ離れで……2人の事が心配で、探そうとも思った。だが、今まで家族に何一つしてやれなかった私が、今更家族を探してどうするのかと…」
そんな中、聖達を見つけたのだと言う。中々話し出せずにいたのは、息子と被ってしまうのが怖かったらしい。
一通り聞いて、しばらく考えていた聖が口を開く。
「家族に、今更も何もない……血の繋がりは、消えないから。お前は、家族に逢いたくないのか?」
簡単で重い質問を投げ掛ける聖。質問された男性は、しばらく考えていたが、絞り出すように言った。
「……逢いたいよ……」
「そうか……」
なら、決まりだ。
聖は男性に背を向ける。その行動を不審そうに見る男性。
「逢いたいなら、しっかり死にきれるよう探して逢うべきだ。それが、父親だろう」
無愛想な言い方だが、温かい言葉だった。その言葉に背中を押されたのだろう、男性の表情が緩んだ。
リリーが男性の腕をつかみながら、にっこり笑う。
「2人を探そう!私達も手伝うよ」
「ありがとう」
「……行くぞ」
男性の意思を確認した聖。男性に、家族がいそうな場所の心当たりがないかを聞く。男性は思い付く限り答えた。
事故現場、住んでいた家、自分達の墓、それらをしらみ潰しに見て回るが、中々見当たらずにいた。陽も暮れかけ、夜の帳が顔を出している。
「何処にいるんだろうね……もう夕暮れじゃない」
「きっと、私にはなんの未練もないだろうから、天国で幸せにいると思う」
嘆くリリー。男性も半ば諦めているような素振りを見せる。だがそんな中、聖はまだ諦めていないようで、男性に場所の心当たりを聞いてくる。
「もう思い当たらないよ。君達をこれ以上私の我が儘に付き合わせるわけには……君達の家族に迷惑をかけることになるよ」
「……迷惑じゃない。俺が好きでやっている。お前が俺たちに引け目を感じることはない」
「そうそう。乗り掛かった船だもん、最後まで付き合わせてくれてもいいじゃない」
寒い夕暮れに、2人の温かい言葉。それが身に沁みたのだろう、霊魂の男性に生気が戻ったようだった。
改めて礼を言うと、何かを思い出したように男性は顔を上げる。もしかしたら、と呟く。
「どうした」
「1つだけ思い出したよ。昔、よく息子とキャッチボールをして遊んでいた土手があるんだ。もしかしたらそこに……」
不安げに腕をつかむ男性。もうそこ以外思い付かない焦燥と、いないことへの不安の表れだろう。それに気付いたリリーが男性の方を叩く。
「男なんだから、ずっしり構えようよ。分からないなら、尚更気になるでしょ」
「思い込みで行動するな……自分を信じろ」
「君達……本当にありがとう。もし家族と再会できたら、紹介してもいいかな」
「勿論!」
そんな談笑を交えながら土手を目指す3人。男性に僅かばかりだが笑顔が戻り、このまま良いことが続けばいいと、聖は心の中で思い続けていた。
そして目的地の土手へ辿り着いた3人。そこにあった風景に、三者三様の反応を見せた。
そこには女性と少年の2人の霊と、聖とリリーが心底嫌っている亮介の姿があった。聖達と一緒にいた男性の様子はというと、目を見開いて2人の霊を凝視している。恐らく、探し求めていた家族なのだろう。
「なんっであの憑き物人間がいるのよっ…!」
身の毛もよだつような声で唸るリリー。聖も言葉にこそ出さないが、険悪な雰囲気を纏っていた。しかし男性の様子も気になるとのことで、取り合えず彼らの元へと近付いた。
近付く度に、彼らの話し声が聞こえてくる。
「だから、お父さんはきっと天国にいるっすよ。だから……」
「でも、あの人は私達のせいで亡くなったようなものです。探したくても、それがあの人のためなのかどうかを考えると……」
「でもここにじっとしてるだけじゃ……」
何やらもめているようだ。またあの男が何かしたのだろうか。
とにかく、もっと近付いてみることにした。
「成仏しないままだと、本当に地縛霊にもなっちゃうんすよ?」
「それでも、私達は……」
俯く女性。何処か上の空だった少年がこちらを見た瞬間だった。
「親父……?」
覚醒したように立ち上がる少年。聖たちの傍にいた男性も、自ずと足が動いていた。そして、口を開く。
「裕太!冬子!?」
自分の息子と妻の名前だろう。言うが早いか、男性は駆け出していた。女性と少年も男性の方へ駆け出す。
「……見つかったみたいだね」
「ああ……」
一安心したようだ。目の前では、家族3人抱き合いながらお互いに言葉を交わしていた。
「良かったあなた……また逢えて……」
「親父、俺……俺は、親父のこと」
「もういい、もういいんだ裕太。父さんこそ、すまなかったっ……」
そんな会話が聞こえる。どうやら擦れ違っていた親子仲も元に戻ったようだ。一通り泣いて、安心したのだろう。先程まで一緒にいた男性が、聖たちの近くに寄ってきた。
「本当にありがとう。君達のお陰で、妻と息子に逢うことができた……感謝してもしきれないよ」
「良かったね、仲直りも出来たみたいじゃない!」
笑いかけるリリーに、男性も顔が綻ぶ。そんな中、裕太と呼ばれていた少年が近付いてきていた。
「何処の誰だか全く分からないけど、ありがとう」
「礼など言われる筋合いはない。俺達が好きでやったことだ……」
そう聖は無愛想に言うが、裕太は笑い、また礼を言った。そんな態度に、聖はどう対応すればいいかわからず、取り合えず煩いとだけ呟いた。
「妻と息子に逢えて、もう未練もなくなった。これで3人一緒に旅立てるよ」
「行くんだな」
「向こうに行ったら、また改めて家族をやり直すつもりだ」
笑う男性の顔が温かい。可視できていた男性の体が、透けていく。成仏している証拠だ。裕太と女性も、男性と同じく体が透けているのが分かった。
「元気でね」
「君達も。それじゃあ、さようなら」
それだけ言うと、男性達3人は風と一緒に完全に消えてしまった。微かな温かみが名残惜しいが、聖は一瞬のうちにその表情を冷たくする。
目の前には、亮介がいた。
「凄いっすね聖さん!まさか数珠を使わないで霊を成仏させるなんて……」
「ふざけるな」
怒りを含ませて、唸るように言う聖。
「貴様、自分の都合だけで霊を成仏させようなどと馬鹿げたことを考えながら、霊に会っていたのか」
「え、いやまさかそんな」
「二度と俺達に近付くな。命を粗末にしようとしている奴などとは、話したくもない……!!」
そう吐き捨てるように亮介に言葉をぶつけ、聖はリリーと一緒に土手を去っていったのであった。
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