第五節 魔法使いの嫌いなこと(1/2)
カフェフルールで、のんびりと昼食を食べる聖。
竜が作ってくれたクリームパスタがよほど美味しいらしい、味わいながら食べている。竜との軽い談話も交えながら、楽しい時間を過ごしていた。
「美味かった……ごちそうさま」
「ありがとうございます。完食していただけると、作った甲斐がありますよ」
「お前の作る料理は、どれも美味い……」
その言葉に微笑む竜。聖は行儀よく口元を拭く。彼が使い終わったカトラリーを片付けようとした竜は、何かをふと思い出す。
「聖、今新作のケーキを試作しているのですが……試食をお願いしてもいいですか?」
「ああ……」
「では、用意致します」
顔には出さないが、聖の雰囲気が丸くなったことに気付いた竜。長い付き合いらしく、彼が甘いものが好きなことは承知の上だった。
竜が厨房に戻ると、ふわふわと浮いていたリリーが聖の近くまで寄ってきた。
「いーなぁ、レーアさんのケーキ」
「降りてきた理由はそれだったか……」
「だって、レーアさんの料理もスイーツも、どれも食べれなくたって見るだけでも美味しいんだもん!グルメレポートよろしく」
はしゃぐ彼女に軽くため息をつきながら、彼は竜のケーキを待つ。
一緒にコーヒーも頼めばよかったか。そんなことも考えていた。
数分後、プレートを持って帰ってきた竜。お待たせしましたと一言言うと、聖の前に優しくデザートを置いた。
真っ白なケーキの上には、飾り付けられたミント。そして、鮮やかなオレンジのソースがかかっている。
その綺麗な飾り付けに、リリーは年頃の女の子の反応を示した。
「わあ、綺麗!しかも美味しそう……!」
「名前は、決まっているのか?」
「一応、決めてはいます。レアチーズケーキ、オレンジソース添えです」
乳製品とオレンジの組み合わせが大好きな聖にとっては、目の前のケーキは夢のような一品である。
彼の周りの空気が、一気に春のような穏やかな空気に包まれた。そんな様子があまりにも分かりやすかったのか、思わず苦笑しそうになる竜。
「どうぞ」
「ああ、いただこう」
フォークで一口サイズにカットし、口に運ぶ聖。
味の感想が気になるリリーは、聖を凝視する。聖はもう一口食べてから、幸せそうなため息をついて一言。
「美味い……」
「美味いって、ちょっとそれだけなのエル?!」
思わず突っ込むリリー。竜は嬉しそうに礼を言う。
「嬉しいですね、そう言っていただけるとは」
「レアチーズケーキの爽やかな風味と、オレンジソースの酸味がマッチしている……美味い……」
普段表情が変わらない聖。しかし、今だけは少し微笑んでいたそうな。
そして思い出したように、竜にコーヒーを注文した。
「もう、ズルい!私も食べたいー!」
「……煩いぞリリー」
ケーキを味わう聖。喚くリリーはとりあえず、軽くあしらうことに決めたみたいだ。しばらく談笑していた竜は、自分の仕事に戻る。
一人ゆっくりとした時間を過ごしていたら、一時間など、とうに過ぎていた。
「エル、そろそろ時計貰いに行こうよ」
「そうだったな……」
忘れる前に行かなければ。飲みかけだったコーヒーを飲み、彼は会計を済ませようとレジに向かう。会計は竜がしてくれた。
「今日は少し早めに帰れそうです」
「わかった……多分、今日の夕飯は揚げ出し豆腐だと思う」
「買い物を頼まれたんですね。いってらっしゃい」
お釣りを渡し、竜は笑う。それを受け取った聖は、去り際に恥ずかしそうに、
「……ケーキ、ぁ、ありが……と……」
小さく呟いて、そそくさと店を出たのであった。店を出て、足早にホームセンターに向かう聖。そんな様子を見ていたリリーは、笑いながら彼に言う。
「ほんっとエルってば人が多い場所では、途端に口数少なくなる上に照れ屋になるよねぇ」
「煩いぞ……別に、照れているわけではない。慣れていないだけだ……」
「うそだぁ。レーアさんには普通に接してるのに」
けたけた笑うリリー。ため息混じりに、彼は言う。
「レーアは、慣れているだけだ」
その答えに、言い訳しなくてもいいのにと、さらに笑うリリー。いよいよ面倒になってきたので、無視する方向に決めた。
心なしか、歩く速度が早くなっていたそうな。
ホームセンターの時計店に戻ると、あの店主がにこりと笑って待っていてくれていた。
「おかえりなさいませ。時計はしっかりと直りましたよ」
「恩に着る」
「いえいえ。しかし、かなりの年代物なのに、しっかりと手入れが行き届いてて驚きましたよ。手入れはご自分で?」
くしゃりと笑う店主に、修理代を渡しながら曖昧に返事をする。
それもそのはず。細かい作業が少し不得手な彼は、竜に手入れを教わりながらしているのだ。今まで手入れが行き届いてない部分が腐り、蓄積されていたストレスが電池の方に来てしまったのだろう。そして今回のような故障を引き起こしてしまった、ということなのだろうと結論付ける聖。
「また壊れてしまったときは、ここに頼んでもいいか……?」
「ええ、勿論。不具合が生じたらいつでもお持ちになって来てください」
「すまない……では、世話になった」
腕時計を身に付け、ホームセンターを出ようとした時だった。
「あれ、昨日の!」
彼が今、一番聞きたくない声が聞こえた。
嫌な予感もしつつ、目線だけ声の方に向ける。
そこには、昨日厄介事に関わっていた少年―――亮介の姿があった。亮介は笑顔になりながら、こちらへ向かってくる。
「またお会いしたっすね」
「……」
無視を決め込んでいる聖。基本的に自分から人と関わらない彼。自分が心を開いた人間にしか、彼は言葉をかけたりはしないのだ。
「名前は確か、聖さんでしたよね?」
「……」
やはり無視。立ち止まらずに歩けばいいものを、何故か足が前に出ない。聖自身も、そのことに気付いてはいなかった。
そこにリリーが噛みついてきた。
「なんっで憑き物人間がここにいるのよ!」
「いや、洗剤を買うのを頼まれて……」
「そうじゃないわよ!」
この意味不明なコントにも目をくれない。
亮介は何か思い出したように、聖の前に向かい、そして笑った。
「昨日は、助けてくれてありがとうございました!俺まだ未熟で、除霊が上手くなくて、よく失敗して怪我するんすけど……昨日は聖さんが守ってくれて、俺凄く嬉しかったっす!」
彼の笑顔が、いやに気に障る。修平と似て非なるものを感じてしまう聖。彼のキラキラとした瞳を見ると、神経が逆撫でされているような感じに陥る。そのことに気付いているかはいざ知らず、亮介は続ける。
「でも、本当に凄かったっす!光が出てきたと思ったら、急に風が止まったり、なんか超能力者みたいでかっこよかったっす!!」
「……」
「どうやったらあんなことが出来るんすか?!」
迫る亮介に、リリーが怒鳴ってきた。
「もういい加減うるさい!ちょっと黙っててくれないかな?!エル嫌がってるのわからない?!」
「え、あ、すみません!俺ばっかり喋ってて……」
少しずれた答えに、二回目の「そうじゃないわよ!」をぶつけるリリー。
「エルはアンタのことなんて、ちっとも気にしてないし関わろうなんて微塵も思ってないの!言いたいことわかる?ほっとけって言いたいの!!」
「……リリー、行くぞ」
ようやく口を開く聖。
亮介のことは、リリーが代弁した通りであり、的を射ていた。よく代弁出来たなとリリーに感心しつつ、それでも亮介には冷たい態度をとる。
「あの……」
「俺に関わるな……」
それだけ吐き捨てたように言うと、彼に背を向けて歩く。ようやく一歩が踏み出せたらしい。スタスタと歩き、亮介から離れる。
暫く歩き、一度ため息をついてから彼は口を開いた。
「……よく、言いたいことが分かったな、リリー」
「当然でしょ、何年の付き合いだと思ってるの?」
「確かにな……」
納得したように頷く。またため息をついて、少し後方を睨む。
彼らの後ろには、ある成仏できていない男性の霊が一人。木の陰から、しきりに此方の方を窺っている。特に害もなさそうだと無視を決め込んでいたが、そろそろ気になってきた。
「まだいるか?」
「うん。何にも言わないでずっとこっち見てる。逆に気持ち悪いんだけど……どうする?」
「放っていくわけにもいかないだろう……」
「……エルってさ、生きてる人に対しては冷たいのに霊とかには優しいんだね」
くすくす笑うリリーをよそに、聖は霊の方に近づいていった。
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