見習い除霊師の発見

 2月14日、午前11時。偶然学校が休みだった神楽坂亮介は、父親に呼ばれ家の居間にいた。

 彼の家は、近所では有明な除霊相談所であり、彼はその家の跡取り息子である。


 彼の父、神楽坂英之助は亮介が目の前に座ると悟るように話し始めた。


「5年前の今日を覚えているか、亮介?」

「……はい」

「ならば、私が言いたいこともわかるな?」

「様子を見に行って、まだ成仏出来てない霊を祓えとおっしゃるんですね……」


 息子の言葉を聞いて、彼はゆっくり頷く。

 神楽坂除霊相談所の主な仕事は名の通り除霊であり、要は成仏出来てない霊への供養だ。いつかは自分に代わって仕事を継いでもらわねばと、英之助は息子の亮介を弟子として鍛えることにした。

 しかし亮介の出来は悪く、未だに自分が出した課題を完璧にクリアするまでのレベルではなかいのだ。


「わかっているのなら、話は早い。修行を始めてもう5年になるんだ。そろそろ一つくらい、いい報告を聞きたいものなんだがな」

「はい……」


 それだけ愚痴をこぼし、話は以上だと亮平は言う。亮介は一礼だけすると、すぐに部屋を出た。


「ふぅ……」


 自分の部屋に入ってから、まず一つの大きな溜め息。

 父親との会話はいつも堅苦しいものばかりで、家族らしい会話をしたのはいつだったかと思いにふける。

 しかしすぐに頭の中で諦めて、思考を切り替えた。どうせ今更、普通の家族になんてなれないし、戻れないのだと。何も期待する必要なんてない、心の中で言い聞かせる。


 出掛ける準備をしよう。財布も持ったし、何より修行に必要な数珠も持った。そうだ、仏花も買おうか。近くの通りに花屋があったはず。

 外はまだ寒い。コートを羽織り、玄関で靴を履く。持ち物を確認して戸を開けてから一言、


「いってきます」


 その言葉は静かな廊下に消えていくだけで、返ってくる言葉は何もなかった。

 いいんだ、慣れている。これがいつもの流れなんだから。



 外は北風が冷たく、吐く息は瞬く間に白くなる。花屋はすぐ歩いて10分ほどの距離にある。


「いらっしゃいませ」


 花屋に入れば、小柄な老婆が優しく出迎えてくれる。亮介は数ある花の中から、仏花を選んだ。


「しかし、今日はまた花を買っていく人が多いね」


 ぽつり、


 呟く老婆を見れば、彼女は寂しそうに笑う。


「今日は立て籠り事件の五回忌だもんねぇ…ニュースでやってたよぉ」


 5年前に起きた、銀行強盗立て籠り事件。事件の犠牲者は店員を含む36名と、なんとも悲惨な数だ。容疑者グループ数人は警察の強行突入の際に錯乱し、持っていた銃で自害。生き延びた残りの容疑者は今も逃走中。犠牲者の遺族にとっては、やるせない思いでいる人が沢山いる。

 当時のメディアは、事件現場の悲惨な状況と、事件発生日の2月14日を重ねて「ブラッディーバレンタイン」なんて面白おかしく例えた。


「犯人はまだ捕まってないんだよね……? 」

「みたいっすね。手配書まで出回っているのに……」

「やだねぇ。またあんな事件が起こるのは私は勘弁だよ」


 老婆はそう言いながら写真を見た。黒い縁の写真立てに飾られてある、女性の写真。

 それはどう見ても遺影だった。この老婆は被害者の遺族なのだと、亮介は瞬時に理解する。


「辛いと思いますが、元気出してくださいっす」


 それしかかける言葉が見つからなかった。


「ありがとうね坊や。さっきもね、黒い髪で赤い目の男の子が、おんなじこと言ってくれてねぇ…」


 くしゃり、


 それだけ笑うと、老婆は亮介を優しく見送ったのだった。

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