第3話

 それまで全く接点なんてなかったのに、その時を境に樹先輩がちょくちょくからかってくるようになった。大概要先輩が一緒にいるので、それはとても嬉しかった。


 話をするようになってみると、悪い人ではないことはわかってきた。

 そんなある日、告白の現場に偶然来合わせてしまったの。


「あ~。ごめん、俺、そういう重いの、いいわ。女の子とは軽くつきあいたいから」


 その断り方を聞いて、なんって最っ低ーさいってーな男だと思った。ちょっと見直しかけてたけど、やっぱりこういう男なんだわ。


 私のすぐ後ろからやってきた要先輩にも聞こえたようで、あきれ声で言った。


「お前なぁ。もう少し他の言いようがあるだろう。かわいそうに」


 やっぱり要先輩は誠実な人だわ。それに比べて樹先輩は! 


 文句を言うと、お伽噺のめでたしめでたしの後は泥沼の生活が待ってるだとか、白馬の王子様でも待ってるのか、とか好き放題に言う。


 いいじゃない。赤い糸みたいな乙女チックなこと考えてたって。女の子を一人に絞るつもりはないなんて公言してるから、落ち着いた幸せを考えられないのよ。


 私は怒り心頭で、迎えにきた琴を引っ張ってその場を離れた。



 だけどその数日後、急な休講で時間が空いたのでゼミの部屋に行くと、要先輩が珍しく一人でいたの。プラタナスの黄色い葉が窓の向こうで風に揺れていて、その窓の前でゆったりと腰かけて本を読む姿も本当に素敵。


 きゃー。ふ、二人っきりよ。どうしよう。嬉しいけど、何を話したらいいのかわからない。


「あいつのことなんだけどさ」


 先輩の方から話しかけてくれたと思ったら、内容は樹先輩のこと。


「悪く思わないでやってくれないか? あんまり誰にでも言う話じゃないけど」


 と前置きして要先輩は話し出した。


「樹の父親は女にだらしがなくて、しょっちゅう帰って来ないんだ。たまにふらりと帰ってきても、またすぐ別の女の所へ行ってしまう。母親の方は、男を笑顔で騙しては貢がせる。樹はそのお金で育ててもらったことを嫌悪しているから、高校を卒業してから自活して親には一切頼ってない。学費も奨学金だし。

 小さい頃から、家庭らしいことなんて何もなかったんだ。あの家には。だから俺の家によく泊まりに来てた。放課後もほとんどうちに来てたし」


 ああ、だから同じサークルに入ったのかな。

 そんな環境で育ったことに同情しちゃう。でも何も自分まで幸せを否定することはないんじゃないかとは思う。

 普通に幸せな家庭で育った私には、何も言うべき資格はないけれど。


 だけど、私にそんな大事な話をしちゃっていいのかな。要先輩の意図は……?


 私は怪訝な顔をして首を傾げた。


「この話をしたのは、君が初めてだよ。あいつも誰にも言わないから、内緒、な?」


 それなら尚更、何故私に? 


「俺はあいつには幸せになってもらいたいんだ」


 要先輩の意図はわからないままだったけど、その言葉は小さな棘のように胸の奥に突き刺さった。

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