第4話:夢の老人

――― 「……い……おい……おい、大丈夫か?」

渇いて擦れた声を聞き、俺は意識を取り戻した。どこか懐かしい優しい花の匂いがする。

「ん……」

「お、起きたか。さあ、水でも飲みなさい」

そう言って横からコトッと音がした。静かに目を開けると、布団で眠らされていたらしく、枕の横には水が置かれていた。言葉に甘えて冷たい水をグッと喉を鳴らして流し込む。緊張でカラカラに乾いた喉を潤す冷たい水は、本当においしいと感じる一品だった。

「立てるかい?」

「……うん」

 まだ血が回らずにフラフラとする体を起こし、何とかその足を地に立たせた。だが、不思議なことに、隣に立っている老人が、嫌に大きく感じる。それどころかすべての物品が高く大きくなっており、その中にヒビの入った鏡があった。見ると、俺は子供にまで戻っているようだった。流石に驚愕したが、夢の中ならそういうこともあろうと合点した。しかし、このすべてがどこかで見たことある気がしてならなかった。

「さあ、ご飯でも食べようか」

「うん」

 寝室を出て、リビングに向かった。これまた懐かしい雰囲気。老人は椅子に俺を座らせると、ふんわりと焼けたおいしそうなパンと、コーンの甘い匂いがするミルクのスープを用意してくれた。一口含むと、舌が飛び跳ねるほどのおいしさで、懐かしさの余り涙がでるところだった。

「……思い出した」

なんで俺はこの事を忘れていたのだろう。そうだ、ここはおじいちゃんの家じゃないか。あのヒビは俺がボールをぶつけてつけた跡だし、このパンとスープは特別おいしくて俺の大好物だったものだ。

「……思い出したかい?」

「うん、思い出した」

 まさに慈父のような笑みで声をかけてくるおじいちゃんの声で、俺の心は涙をこぼすところだった。

「もう、大丈夫かい?」

「うん、大丈夫」

 もう、迷いはなくなった。俺は急いでパンとスープを口にほおばり、飲み込んだ。急ぎ過ぎて喉が痛くなったが、構わない。行かなければ。

「そろそろ、行くのかい?」

「うん、おじいちゃん、またね」

 椅子から飛び降り、玄関の扉の前まで走ってノブに手を掛けた辺りで俺は最後に、気になったことを聞いてみた。

「おじいちゃん、夢は叶ったの?」

 すると、満足そうな笑みを湛えて、こう言った。

「ああ。息子とお前が、立派に成長してくれただけで、充分だよ」

 俺は笑顔を浮かべながら、颯爽と家を飛び出していった。

 飛び出した俺を、真っ白な光が包み込んだ。

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