第3話:輝く女性
――― 一切の無音から、車の走行音や雑踏の音などが聞こえてきた。目を開けると、どうやらどこかの町の道端のようだった。天気は曇り。どうも暗い印象が漂う。人通りはまばらだが、車の通りは割かし多く、ここは車の通りを主としているのだと感じた。
しかし、不思議なことに歩く人々や車は確かにそこにいるはずなのに存在感がなく、視界の隅で役割を終えた役者のように消えていく感じがしていた。
辺りを見回すと、少し道が広くなっているところに、存在感がある若い女性を見咎める。女性は簡素な露店を敷き、そこにたくさん置いてある花の中の一つを両手に持って、にこやかに冷たい人へと売ろうとしていた。
今回はこの女性が……そう思うと話しかけるのを辟易した。だがそうは問屋が卸さないようで、女性の方から白い花を持って話しかけてきた。
「お一つ、いかがですか?」
「んー……これ、なんていう花なんですか?」
俺は花の知識は一切が付くほどない。強いて挙げればバラに情熱という意味があることくらいか。
「この花は胡蝶蘭と言って、寿命はかなり長いんです。50年以上持つ花もいるとか。だから花言葉は『変わらない愛』というんです。ロマンチックでしょ?」
「へー、良い花ですね」
「他にも蝶々みたいな花をしてるから、『幸福が飛んでくる』という花言葉もあり、様々な企業へ送られる定番の花でもありますね」
「博識ですね」
正直、花にはこれっぽちも興味がない。適当な返事しかできない。そろそろ俺は夢から目覚めたい。明日は受験なのだ。俺の未来が決まるとても大切な時なんだ。
「ええ、私は子供の頃から花屋さんになるのが夢だったんです」
「それはいい夢ですね」
また夢か。もう飽き飽きしてきた。
「花屋さんになるために、花の勉強をいっぱいして、どうやったらうまく売れるのか、心理学も独学で学んで……とっても頑張ってきました」
「大変でしたね」
「借金とか親の援助をしてもらって、何とか開業できたんですが……」
少し含みを持たせた言い方をしてきた。気になって仕方がない。
「……ですが?」
少し間を持たせ、ようやくといった口調で言葉を出した。
「……もう、今月いっぱいで、閉めようと思います」
予想外の答えだった。
「それは、どうしてですか?こんなにも花は綺麗なのに……それに、花が好きなんでしょう?」
俺の言葉を聞き、バツが悪いような顔をした後、女性は重い口調で儚げな目をしながら喋りはじめた。
「……お金です。お花屋さんって、そこまで安定して稼げる仕事じゃないってことは知っていたんですが……得意先から、取引は取りやめ、と言われてしまい、さらに安定しなくなりました。経営も厳しくなって……それで。この後ろの花は在庫処分みたいなもんです」
「……なるほど、道理で露店で営業しているわけですか。その後、どうするつもりですか?」
そう聞くや否や、嬉しそうに左手の甲を見せてきた。その薬指にはキラキラと白く輝くダイヤモンドがついた銀色の指環がはめられていた。
「今、婚約者がいるんです。彼と結婚して、専業主婦になろうかと思っています」
「そうですか……」
今までの人たちには聞いていなかったことがあると思い、それを聞いてみた。
「……今、幸せですか?」
女性は目を丸くして、顎に指を当て、顔を下に向けて、少し考えた素振りを見せた後、その動作を戻しながら口を開いた。
「ええ。とても幸せよ」
その顔は、太陽のように眩しい笑顔だった。
「……それは、よかったですね。あ、胡蝶蘭、一つください」
その言葉を聞いた女性の瞳は潤んでいた。
「はい……毎度、ありがとうございます」
値段は安かった。さて、この後どうしようか、頬でもつねれば目覚めるかな、とくるりと後ろを向いた。
瞬間、車が俺を掠めて後ろのビルに突撃した。その衝撃波で俺は横合いへと吹っ飛ばされ、地面を何度も転がった。口の中は切るし、服は砂だらけ。頬にはかすり傷、膝には痣、強い衝撃波と回転により視界はグルグルするし、吐き気もする。
だが、そんなことよりも俺の目は一点へと止まった。露店のど真ん中を轢くようにその車は突き刺さっていた。車は燃料に引火したのか燃え始め、周りに散った大量の花を一本一本丁寧に焼いていた。俺が持っていた胡蝶蘭は車の後方より少し離れた位置に落ちており、車の下には炎の揺らめきを反射する銀色の指環が……。
そこまでだった。俺が何をする間もなく、車は爆発し俺の体もろとも意識を吹っ飛ばした。―――
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