20話:絶望の決着

 風がかなり弱まり、外での行動に影響が出ない期間が、風期には数回ある。それが「風の道」と呼ばれる現象だ。

 ガルジスはガリーデの案内により、盗賊のアジト付近へと制圧隊を引き連れて立っている。

「よし、事前に打ち合わせした通りだな。子供達は無事か?」

「ああ。さっき、トルバって子供が来て報告した。例の爆薬は仕掛けたらしい。後はランタンの火を時間差で落としゃ、武器庫は吹っ飛ぶそうだ」

「無力化は図れそうだな。なるべく、女子供への被害は抑制するが……他の奴らはいいのか?」

「ああ。死んだ方がマシだって常々言ってるさ。……頼むぜ、団長様。あいつらに、人間のまま死ぬ機会を与えてやってくれ」

 命の為に命を捨てた彼らにとって、今のままは死ぬより辛いだろう。ガリーデの嘆願のもと、ガルジスは静かに頷いた。

「団長さん、こっちも準備出来たよ。森の中の罠はほとんど解除出来た。いつでもいける」

 そこに村の子供がやってきて報告をした。最年長らしい彼は、来年で成人だという。慣れたように剣を持つその真っ直ぐな姿勢に、ガルジスはどことなく里琉と似た雰囲気を感じた。

「おう、サルジュって言ったな。死ぬんじゃないぞ」

「大丈夫だ。いざとなりゃ、サルジュを庇っても俺は何とかなるからな。……これ以上、家族を失わせねえよ」

「何言ってるんだよ。あんたも家族だろ。……ガリーデ義兄さん」

 少し照れ臭そうにそっぽを向きながらも、サルジュはそう言う。驚いたガリーデは、だがわしゃっと義弟の頭を荒く撫でて言った。

「……ありがとな、サルジュ。お前は立派になったよ。さすが、コトラの弟だ」

「……三年間、姉ちゃんを体張って守ってくれてたんだ。昔みたいに、反発しないよ。だから……ここで終わりにしよう。俺達の村を、オアシスを、取り戻す為に」

「ああ。絶対に勝ち取る。俺達の未来を」

 その時、派手な爆発音と噴煙が遠目に見ても分かる程に上がった。


 ――ドオン!!


「いけ! 目標は森の北端、頭領の居る場所だ! 男達はディアテラスだが、女子供は人間だ! 決して間違えるんじゃないぞ!!」

「「「はいっ!!」」」

 ガルジスの号令に、全員が揃えて返事をし、マックウェルトに乗って駆け出した。

 夜を照らす爆発音と、噴煙。その方角に向かって、制圧隊は突き進む。レダが救えなかった者達が集う、レダの敵となった者達の居る場所へと。


※ ※ ※


 同刻、オアシス管理局でも同様に開戦の狼煙代わりの陽動が行われていた。

「全員、教えた通りだ! 奴らの弱点は頭であり、首から切り離せば身動きが取れなくなる! 己の意思で妨害する奴らは片っ端から斬っていけ! 後は内部の適当な機械の傍にでも放っておけ!」

「陛下、お先へ! 王妃様方も侵入しているはずです!」

「分かった。ここは任せる。――お前達、死ぬなよ!!」

 イシュトにしては珍しく声を張り上げ、先峰を取るファクール達の隊が、緊急事態で駆け付けるディアテラス達へ剣を振るう。

 イシュトは落とさないようにと手首に巻き付けられたエレホスの微妙な気持ち悪さを感じながら、内部へと突き進んでいった。

 どこもかしこも、謎の線や金属の壁、明滅する光に塗れていて、いっそ不気味ささえ抱く。こんな設備をどうやって、というのもあるが、ここまで徹底して改造してきたのなら、半年どころではあるまい。

 里琉が来なかったら、この実態さえ知らぬまま、レダは滅んでいたかもしれなかった。

 アルカセルの懸念が今なら分かる。イシュトは失い続けるあまり、外に目を向ける事を止めてしまっていたのだと。

 地下への階段はどこだ、と思いながら走る途中、行き止まりに当たる。否、そこは壁ではなかった。


 何故なら、扉が勝手に両側に開いて、中から一人の女が出て来たのだから。


「……ああ、気持ち悪いわ。お前のせいね、レダの王。不愉快、とても不愉快だわ。だから今ここで、今度はあたしが、殺してあげる……!」

 しゃんっ、と同時に二本の剣を抜き、アリスィアが襲い掛かって来た。

「何だ、はずれか。アリスィアは俺一人で殺すなと言われているんだが」

 イシュトは素早く双剣を弾き、両手で攻撃を返す。この女に対して、手加減は欠片もする気などない。

「お前なんかに、あたしが殺せるものか! 無能の王、獣の王! あのお方に、リコス様に深い心の傷を負わせた、お前なんかにっ!!」

 そっくり返したい。誰のせいでこんな事になったと思っているのか。逆恨みはともかく、犯した罪まで許されるわけもないというのに。

 ジャミングという影響のせいか、以前と違ってアリスィアの動きは格段に鈍い。これならば、イシュトも難なく仕留められるだろう。

 ならば、まずは片腕だ。

「そもそも、お前には死よりも重い苦痛を与えたいと思っていたんだ。いい機会だな」

 小手先さえ考えない、力任せの剣。恐らく冷静状態ではいられないのと、ジャミングの苦痛から逃れたい一心なのだろう。だからイシュトには読みやすかった。

 見えた隙を狙って、アリスィアの片腕を切り落とす。

「お前ぇえぇっっ!! よくも、よくもよくも!!」

 怒りで顔を歪ませるアリスィアが腕を取るより早く、イシュトはそれを蹴り飛ばした。そして、開いたままの扉の向こうへ彼女の腹を強く蹴り飛ばし、それに乗る。

「使い方が分からんな。とりあえず地下なら下でいいか?」

「ああ、いいとも。さてアリスィア。ディアテラスの弱点を教えたのに、何故対策をしなかったのか、その理由を聞かせてもらいたいものだね?」

「だ、ダリド、おう、じ! うぐううっ! お前、お前、リコス様を、女王陛下を、裏切ったわね!」

「最初から味方ではなかったとも。貴殿らが彼らに強いてきたように、命が惜しかったから従っていただけだ」

 当たり前のように乗り込んで来たダリド王子は、そう言いながら自身の持っていたエレホスを彼女に近付けた。途端にアリスィアはのたうち回る。

「がああああっっ!! やめろっ、やめなさいっ、それを離せえええっっ!!」

「……うるさい」

 どうせ修復するだろう、と、一時的に黙らせる為に、イシュトはアリスィアの喉を剣先で突き刺す。

「が、っ」

「……レダの王。私怨が相当こもっていると見たが」

「可能な限りの拷問をしてやりたいが、痛覚が無いのではな。これくらいしかないのが惜しいくらいだ」

 剣先を引き抜くと、じわじわと傷が修復されていく。何度見ても薄気味悪い。

 やがて、ポン、という軽い音と共に扉が開く。イシュトは剣を引き抜くとアリスィアの首根っこを掴み、扉の外へと放り出した。

「何だここは?」

「地下総統管理室だ。ここから様々な監視などを行っているんだが、ふむ。彼女達はこちらに来たらしい」

 仕事が早く済むかと思ったイシュトは、だがダリド王子が開いた扉の向こうの光景に、愕然とした。

「いやあああっっ! 来るな、来るな、来ないでぇっっ!!」

「おい、フィリア! どうしたおい! くそっ、何だ!? 頭がぐらぐらしやがるっ!」

「……おいおい、誰だよ、エレホス持ってきやがったのは。……ああ、ダリド王子ぃ? おい、何でその女まで連れてきやがった。上でレダの王を始末する手筈だったろうがよ」

 オアシスで見た男。フィリアの養父らしいその男は、フィリアにとって最大の脅威だったらしい。

 里琉もその為に傍に付き添っていたようだが、彼女は――フィリアの前で庇うように立ちはだかり、剣を抜いていた。

「……まずい。一刻も早く鎮静剤を打たなければ、フィリアの精神が壊れる」

「何?」

 焦るダリドは、駆け出してフィリアの傍に行く。

「おい、そこの女、邪魔だ。俺の妹を返せ」

「妹? 養父じゃないんですか。渡しませんけど」

「どっちでもいいんだよ! なあルピス!? お前は俺だけの女だ。その腹に宿すのは、俺との子供だけでいい。その為に女も男も子が産めるように、ディアテラスの改造を進めてきたんだ。永遠に、俺達だけの可愛い子供を作り続けようじゃねえか、なあ!!」

「ひいっ!? ちが、ちがう、ちがう、わたしの、なまえは、ごじゅう、なな……ば、ん」

 ゆら、とフィリアが立ち上がる。その瞳にはもう、光はなく、そして手にしていた拳銃を取り落とし、まっすぐに里琉へと向かって――その口を大きく開いた。

「リル!!」

 まずい、と思った次の瞬間、それを遮ったのはダリドだった。

「ぐっ……!」

「ダリド王子!?」

 王子の二の腕に噛みつくフィリアの力は、恐らく人間程度だろう。それでも痛みは相当なようで、ダリド王子は苦しげに息を吐きながらも、フィリアの頭に手を伸ばした。

「……もう、心配は要らない。フィリア、私が君を守ろう。あの時と同じように。だから、食べるのなら……私を、食べなさい」

 優しい声でなだめるダリド王子から、徐々にフィリアは口を離す。血の滲む腕を見て、フィリアの瞳に光が戻り始めた。

「……おう、じ?」

「な……邪魔するんじゃねえ。ルピスと、俺の間に……他の男が、入るなぁっ!!」

 憎悪に燃えた目で、ゴラーブという男が踏み出す。しかし、それはすぐ苦悶の表情に変わり、アリスィアと同じくのたうち回った。

「があああっ! ちくしょう、ちくしょう、王子ぃっ!!」

「……長らく、お勤めご苦労だった。フィリアの研究の名のもとに、貴殿に名誉ある死を与えよう。養父ゴラーブ」

 ダリド王子は、床に落ちていた銃を拾い上げると、フィリアを怪我した腕で抱き寄せたまま――ゴラーブに向けて発砲した。


 ぱぁんっっ!!


 照準をずらす事無く、ゴラーブの額にエレホスの弾が命中する。

 それを受けて、ゴラーブの体はばちばちと火花を散らし始めた。

「がっ、あ、ぐあああっ、きえ、消える、消えちまう! 俺と、ルピスの……!」

「貴殿の妹ならばもう居ない。何故なら、貴殿が殺したのだから」

「ぎゃあああっっ!! ちくしょう、もう、すこしでっ!! とり、かえせた、のによぉっ!!」

 全身が焼け焦げていく。もはや男の皮膚は全て爛れ、判別がつかない。

 悲鳴を上げながら床に倒れたゴラーブは、もう動かなくなっていた。

 その時、イシュトの体に衝撃が走る。


「危ない、イシュトっ!!」


 どん、と突き飛ばされた。その視界に入るのは里琉と――里琉の腹部を片手の剣で貫く、アリスィアの歪んだ笑顔。

「あはははははは!! ざまあみろ!! 子供の産めない王妃になれ! この国の未来など、与えない!!」

「り、リルっ……!」

 正気に戻ったらしいフィリアの声が狼狽えている。

 しかし、刺された里琉の口元は――笑っていた。

「……ありがとう、アリスィア」

「は……?」

 腰に装着していた銃を引き抜いた彼女は、アリスィアの額に銃口を押し当てて言う。

「あなたのおかげで、答えは決まった」


 ――そして、二度目の銃声が響いた。


 至近距離だったからなのだろう。反動で里琉の体は剣から抜かれて後方へ飛ばされ、床に転がる。

 イシュトは血の気の引く思いで、里琉へと駆け寄った。

「リル! しっかりしろ!」

「あああああっ! いや、いやよ、リコス様との、記憶がっ、思い出が、約束が、まだ、あるの! 消えないで! 最後まで、一緒に、行くって……やくそく、し――」

 アリスィアの悲鳴は、ゴラーブほどに長引かなかった。だが、その言葉に奇妙な苦さをイシュトは抱く。

 しかしそれよりも、里琉の体だ。刺された腹部は、血が未だに止まらない。

「まずい。一刻を争う。フィリア、ここは私に任せて、彼女への治療を。貴殿ならばできるはずだ!」

「分かってるわ! 生首! お望みのものを見せてあげたわ! だから案内しなさい、処置室へ!」

「ひゃはははは! 死んだ死んだ! アリスィアが死んだ! 運んでくれよ、とびきりいい所へ案内してやるぜぇ!!」

 真っ青になって動かない里琉を抱え、イシュト達は地下を出る。

 生首に言われた通り処置室に着くなり、フィリアは袖をまくりながら言った。

「王様、輸血頼むわ」

「輸血……リルの世界にあった、血を分ける装置か」

「ええ。万が一って事もあって、里琉の血については徹底的に調べてあるの。……この子を生かす為なら、何でもありみたいね。他人の血には本来なら相性があるけれど、この子の血なら全て問題ないわ。王様の血を、この子にあげて!」

 その中に置かれた白衣のようなものを身に着けたフィリアは、里琉の服を裂きながら言う。ディアテラスと違って修復しないそこは、生々しく深い傷とおびただしい血に染まっていた。

 イシュトはそれを見ながら頷く。

「ああ、好きなだけくれてやる。絶対に助けろ」

「……間に合わせるわ。絶対に、絶対に死なせてなるものですか……!」

 次々と道具を揃え、金属の浅い箱へと並べるフィリアは、青ざめた顔で呟く。

「この子だけは……助けるんだから……っ!」

 それはイシュトも同じだ。だから、輸血されている腕で、里琉の冷たくなっている手を取る。

(約束しただろう。……果たしてもらうまで、絶対に生き延びてもらうからな)

 だから、絶対に目覚めさせる。この血を彼女に全て渡してでも。


※ ※ ※


 ――里琉が目覚めたのは、見知らぬ場所だった。

『何だ、ここ』

 自分はアリスィアに刺され、そしてこの手でアリスィアを殺した。それ以降の事は分からない。

 だが、今の自分の手を見ると半透明になっており、しかもこの変な空間には、さっきまで居た地下室のような機械が窓の下に繋がっている。

 窓らしき部分からは、夜空とも呼べるが、そうとも言えないような光景が広がっていた。

 昔、科学の本で見たような、宇宙の中に居るような感覚だ。もっとも、呼吸はおろか、鼓動すら確認出来ない状態だが。

 そして腹部を見ると、血まみれの惨状だった。剣が腹を貫通した以上、命があるかすら危ういだろう。

 そう思っていると、目の前に突然、一人の少年が現れた。青い髪は短く、黒い瞳はよく見ると光の加減で星のようにちかちかと瞬く色が混ざっている。そして同じく半透明だ。


『ようこそ、リル。僕の世界、僕の管理室へ。僕は今君がいる世界「ウィルアラム」の管理者であり、そのものだ』


 ――あまりにも唐突に告げられた真実に、里琉は一瞬思考が飛ぶ。

『……は?』

『この世界の住民に名付けられた「ウィルアラム」という名が、僕を呼んだ時に登録されたんだ。だから、この世界と僕の名前は同じなんだよ』

 どこか機械めいた言い方だが、名前に里琉はさほどの興味がない。それよりも、だ。

『……あんたが管理者って事は、あんたが神様ってやつか。じゃあ、私を連れて来たのも――あんたなんだな』

 まず確認したかった事を尋ねると、ウィルアラムはこくりと頷いた。

『そうだよ。君を選び、君を連れて来たのは、紛れもなく僕だ』

 当人の自白が得られたので、里琉はウィルアラムの胸倉を掴もうとし――すかっ、と空振りした。

『くそっ……!』

 互いに半透明状態のせいか、物質的な接触は得られないらしい。一発くらい殴りたかったのだが。

『アストラル体でも、無理はしないで。君を助ける為に、ここへ君のアストラル体を連れて来たんだから』

『は? 私まだ死んでないってことか?』

 ほぼ幽霊状態のこの体のまま言われても、と里琉が胡乱な目を向けるが、ウィルアラムはきっぱりと断言する。

『本体はかなり損傷しているし、危険な状態だ。だから核となるアストラル体だけをこっちに持ってきて、一時的に保護している。だから、まだ死んでいないよ』

 里琉が死んでしまったら、そんなに困る事なのだろうか。あんな奇妙な石を飲み込ませて連れて来た上、大した手助けもないままだったくせに、と里琉は思うが。

『……直接干渉は、君にしか任せられないんだ。君を連れて来た目的は、ただ一つ。この世界の未来を、変えて欲しい』

 続けられた自分勝手なお願いを二つ返事で受けられる程、里琉は人がいいわけではない。半眼でウィルアラムを睨む。

『変えるってどうやってだよ? そもそも、何で変えようとしてるんだ? 大体、変えたきゃ自分でやれよ。その為の管理者じゃないのかよ』

『僕には、出来ないんだ。権限が無いからね』

『世界をパソコンみたいに言うんじゃねえ。人の命がどれだけかかってると思ってんだ。未来を変えるっていう意味、分かってんのか』


『未来を変えないと、世界ごと消滅するよ』


 ぞっとするほど冷静に、ウィルアラムは告げた。内容と同じくらい、冷徹な声で。

 里琉もさすがにその断言には反論できず、説明を求める事にする。

『どういうことなんだ。分かるように言えよ』

『……奇跡の石、と呼ばれる宝石の正体。あれは、僕が生成した、投影装置なんだ。人の願いを叶える宝石じゃない』

 実在するらしい奇跡の石が、実際には奇跡を起こしていないであろう事は、既に里琉もユジーの話で知っている。ただ、石でなければ何なのか、と思っていたが、よもや装置とは。

『僕は、続けてシミュレート装置を作った。……あの子が死んでから、石は人の手を渡り続け、幻想の願いを叶え続けるだけの装置と成り果てた。それを使い続ければどうなるか。……結果としては、悲惨なものだったよ』

 そう言って目を向けるのは、無数のパネルとランプが光る、奇妙な台。窓の下に設置されたそれが、シミュレート装置とやらなのだろう。

 ウィルアラムは俯きがちに、話を続ける。

『君が来なかったら、最初に君が辿り着いた村は全てが灰になり、王は復活せず、王女は廃人となり、レダはこの時期くらいにアリスィアという人間の画策によって滅亡していた。……その先は酷いとしか言えない。レダが無くなった事によって新たな資源を生み出したリカラズは、多くの破壊兵器を作ってしまった。それが他国にまで及び、すくなくとも百年を待たずして、この世界から人類は消え去っていただろう、と予測された』

 やはり、里琉はその為にあの場所に放り出されたのだろう。あの村を火事から救う事から、全て予定調和とされていたのだ。

『ふざけんなよ! そんな事になるなら、さっさと回収したらよかったじゃねえか!』

『回収、出来なくなっていた。僕と装置の切断はとっくにされてしまっていて、装置は暴走し続けている。僕に出来る事は、外部から更なる干渉を与える事だけだった』

『つーかあんた、本当に神様なのか? 全然そう思えねえんだけど』

 里琉の疑問に、こくりとウィルアラムは頷く。


『神様、というのは、あの子が最初に呼んだだけだ。僕はこの銀河内に生まれた惑星を管理する端末。この銀河はね、リル。通称「マザー」と呼ばれる意識生命体という存在から生み出された端末で、統括管理されているんだよ』


 くらっと眩暈がした。つまりこの銀河自体、里琉が住んでいた地球があった銀河ではない、ということか。

『銀河同士は近くて遠い。この銀河は統括されているけれど、君の居た惑星がある銀河は、そうではないみたいだ。だから、君を見付けられた』

 よく見付けようと思ったものだ。普通はそこで諦めるだろうに、何が彼をそこまでさせたのか。

『シミュレートで出た結果を回避しようと考えたけど、僕はそこでとある事実に行き着いた。――この惑星と僕自身が、欠陥品である、という事実だ』

『あんたなあ……。世界を欠陥品呼ばわりって、どうなんだよ』

『そういう扱い、なんだよ。この銀河ではね。……僕は、閲覧可能な範囲で、情報を集めた。そして分かったんだ。マザーはわざと、欠陥のある惑星と欠陥のある管理端末を組み合わせ、崩壊を早めている、と。もっとも、僕自身、この惑星に巡回が来ない事で気付いたようなものだけど』

 幽霊体なのに頭が痛くなったような気分になった里琉は、こめかみを押さえる。自分の体はすり抜けないらしい。

『だから僕は、干渉した。それで何とか彼らが生き延びてくれる術を見つけてくれるなら、って。でも……駄目だった。この世界は成長を拒んでいる』

『馬鹿が何も知らずに考えずに、適当にやった結果がこれ、ってか? 実体があったら殴ってたぞ!』

 欠陥品、と彼は自分で言っていたが、なるほど、間違いなくそうなのだろう。要するに、本来備わっているものが彼とこの星には組み込まれなかった。――常識、倫理、道徳的なものが。

 この世界も、レダだけで十分にそれがうかがえる。

 人の命の扱い方、決めつけ、束縛。何もかもが不自由な世界。里琉の居た世界も確かに不自由だが、それ以上のものがこの世界にはある。

 しかし、連れて来られた以上、帰る手立ては必要だ。今この時に聞かなければ、永久に機会は巡ってこないだろう。

『仮にこの世界の未来を変えられたら、私は帰れるのか?』

 そう問うと、ウィルアラムは驚愕を露にし、次いで、震える声で問い返した。

『え……帰、る?』

『当たり前だろ。家族が待ってるし、追いかけてる夢もある。……その為に必死で頑張ったんだ』

 もっとも、それも今は大分薄れたが、あの大怪我では、彼の傍にも居られない。帰っても問題ないのだ、と安堵さえした。

 なのに、ウィルアラムは愕然とした顔で頭を横に振る。


『…………そんな。そんなの、有り得ない。バグが? だって僕は――僕が、君の核にした装置は、「それを望まない」人間を選んだはずなのに!!』


 その言葉は想定外で、そして深く里琉の胸を抉った。

『なん、だって?』

『君のアストラルに組み込んだ核である装置に関して僕は、選定条件をかなり限定したんだ。僕に必要なものを持ち、なおかつ、自身に執着を持たない人間。君はそれに適合した。そのはずなんだ! どうして、帰りたいなんて言うの!?』

『てめえマジで言ってんのか!? つまりそれは、帰る方法が無いって意味だぞ!』

 これで彼を掴めたら、がんがん揺さぶっていただろう。出来ないから、自分の胸の辺りを掴むしかない。

『…………そうだよ。だって、君を連れて来るのは、そのままじゃ無理だった。超微粒子体にして、アストラルに装置を核として組み込んで転送してきた。砂漠の真ん中に落とすつもりはなかったけれど、君の体は実体化が完了した時点で、あの世界における毒などの脅威は全て除去できるようにプログラムされていたからね』

 その理論でいくと、本来の里琉は一度死んでいる、という事になる。

 つまり、どう足掻いても元の自分には戻れない。ましてや元の世界に戻れる事など、出来やしない。

『お前……最低だな……』

『そうかな。……そうかも。君の素体を再構築する際、素体の設定を少し弄らせてももらったよ。でないと、君だけ三日で三年の成長を遂げてしまうからね』

『は?』

『君の素体は、この世界の時間に合わなかったんだ。本来のままだと君は今、とっくに老婆になっていたくらいだよ』

『んなっ……!?』

 ということは、だ。

(元の世界では、ここで過ごした二ヶ月だか三ヶ月が……その、三倍……あるいは、それ以上?)

 まるで浦島太郎のような話に、ぐらりと視界が揺れる。

 ――何度か、夢を見た。かつての家族が、一人ずつ、別れを告げに来る夢を。その度に泣いて、行かないでと追いかけても、追いつけなくて、一人で目覚める夢。

 それはもしかしなくても、本当にお別れだったのかもしれなくて。

『はは、は……。嘘、だろ。もう、何も無いってのか? 元の世界には、私が集めた石も、家族も、夢を掴む為の大学も、何もかも』

『分からないけど……戻れたとしても、君の知っている世界ではなくなっている、と思うよ』

 追い討ちは要らない。せめて、せめて、希望さえ残っていれば、とさえ思ったのに。

 ――何一つ、残っていない。待っていない。終わりもせず、区切りも付けられず、ただあの世界から、里琉は抹消されたのだ。

 泣きたい気持ちと、怒りと、この先への絶望。それらがないまぜになった感覚が里琉を襲う。

『……頑張っても、報われないんじゃないか。どこに行っても、何をしても。もう……私には何も、無い』

 血まみれの腹部を押さえる。痛みはない。血だまりも出来ない。傷口に手を差し込んでも、感触だけだ。

『止めてよ、リル』

 それをウィルアラムが遮る。彼からは触れられるらしい。だが、里琉からは接触できない状態らしく、振り解けなかった。これが、干渉の差異なのだろうか。

『だってよ、あんたが悪いんじゃないか。私の生活をある日いきなり奪って、あんな砂漠に放り投げて、右も左もわからないまま、政治の世界に連れて行かれて。挙句、死にそうな目に何度も遭って、それでも帰れると思って行動した結果が、全部無駄でした? ――人が命かけてきたもの、勝手に消費しやがって。許さねえ』

 ああ、許せるものか。一矢報いるのなら、そう。目の前で――絶望を。

 ふわりとした金色の光が、体を包む。ゆっくりと、爪先、指先から、光の粒子が溶け出し始める。

 それを見た瞬間、ウィルアラムの顔が絶望に歪んだ。

 ざまあみろ、と思った、その次の瞬間。


『――――嫌だっっ!!』


 叫ぶような声と共に、がっ、と腹部に衝撃が走る。痛みはないが、奥深くに入り込むその手は、何かを探っているような感じだった。

 おかげで粒子化は止まり、里琉は逃れられない違和感と不快感に声を上げる。

『うぐっ……! このっ、離し、やがれ!』

『……アストラル体の核に接続。マスター権限発動。アストラル体の急速な修復及び、肉体への再接続を開始する』

 里琉の抗議も聞かず、ウィルアラムは何かをしているようだった。

 やがて手が引き抜かれると、腹部だけが赤く光り、みるみるうちに傷が塞がれていくのが分かる。

『このやろう、っ……!』

『死なせない。今、僕が核に干渉して、自死を阻止させるプログラムを組み込んだよ。同時に、傷の修復も以前より早まるはずだ。病にかかっても、そう簡単には死なないようになっている。と言っても、君の体は自然ウィルスも毒と判断して除去あるいは解毒しているけどね』

 なるほど、病気にかかる心配すらほぼないらしい。最悪に喜ばしい事実だ。

『帰れないって事が分かったんだ。この世界の未来を変えて、幸せになろうって、思わないの?』

『そんなお気楽思考だから、管理を失敗してるんだろ。幸せなんか、最初から望んでねえよ』

『……僕と、この世界の人達は、幸せを望んでいる。それから、君を最も求めている人間。……彼に君が接触する事が、鍵でもあった』

『へーえ、じゃあ私とイシュトとの出会いは、世界を救うために仕組まれた出会いだったと』

『直接的なアクセス権限は無いって言ったはずだよ。だから、君が行動しなければ、出会う機会はもっと遅かったか、あるいは……最悪だったかもしれない。それから勘違いされても困るけど、彼の好意はあくまでも彼のものだ。君を通して僕が操作したわけでもない。……ただ、君の核である装置は、目下の問題となっている奇跡の石をアップデートした代物でね。奇跡の石と呼ばれるあれが映像化装置なら、君の核となる装置は、具現化装置だ』

 具現化、となると、実際に目に見える形になるという事だ。だとしたら、映像化とさほど変わらないのではないのか。里琉は首をひねる。

『映像化装置の方は、言えば願いが叶うっていう内容だっただろ。どう違うんだ?』

『……簡単に言うと、映像化装置の方は、幻想を見せるだけなんだ。触れられないし、触れられたと思っていても、それは本物じゃない』

 ウィルアラムの説明によると、装置となる石に言語で命令をプログラムする事で、装置が特殊な電波で脳に刺激を与え、幻覚を見せているらしい。全ては思い込み、という事実で片付けられるものが、大きな戦争にまで発展したのは、何とも言えない感覚だ。

『それで、君の具現化装置だけど、そうだね、例えば理想の恋人が欲しい、と願ったとする。その理想を具体的に述べた場合、現実に、実際に、その恋人が現れるんだ』

『!!』

 では、もしかして彼が里琉に好意を持ったのは、里琉が彼の顔に好意を抱いたからなのか。

 里琉の願いに反応してしまう装置なら、それを外部に影響させる事も可能だろう。思えば、あまりにも里琉を誰も彼もが受け入れ過ぎていた気さえする。

 深層心理がそれを願っていたとしたら、可能性は否定できなかった。

(理解者が欲しかった。家族以外の誰かと、話をしたかった。信じて、受け入れて欲しくて、それで)

『……私の、せいで、みんなが』

『具現化装置の権限は、かなり厳重にロックされているよ。君が例えば彼と結婚したいと思っても、その具現化は許可されない』

『じゃあ、どんな時なら発動するんだ?』

『君が無意識に強く願った時だ。深層心理で願った事は、君が意識していないからこそ叶うと思っていい』

 深層心理など、簡単に行きつけるわけがない。里琉はどうしたらいいのか分からなくなった。

 心を殺して、全員と距離を置けばいいのか。それとも上辺だけでも満足して、誤魔化し続ければいいのか。

『それに、コアの役目は、もっと別の事にある』

『別?』

 確かに、理由は未だ分かっていない。この世界に里琉を連れて来た、本当の理由。

 ウィルアラムは苦い顔をしながら告げた。

『そのコアには、シークレットプログラムを組み込んである。……単純に言うとね、奇跡の石と呼ばれた装置が近くにあると、反応するんだ』

『反応?』

『そう。それは脳に伝達され、近くにある事を感覚で理解出来るようになっているよ。だから、近くにあったら迷わず確保して、飲み込んで欲しい』

 飲み込む、の時点で里琉は苦々しい気持ちになった。

『それ、死ぬんじゃねえの。さすがに』

『……ごめん。確率はかなり、高いかもしれない。でも、この世界の為に、犠牲になって欲しい』

『はっ、きっぱりと言ってくれるじゃねえかよ。……けど、そうか。もう何もかも絶望的な私に出来る事なんて、それくらいだろうな』

『……ごめん。コアがあの装置を破壊、吸収した際、膨大なエネルギーが溢れるんだ。それを普通の肉体で抑制は不可能だと思っていい。でも、そのエネルギーが凝縮して融合を果たしたら、新たな装置が出来上がる。それを使って、僕は君を生き返らせるから』

 つまり、また死んで生き返ろ、と言う事か。さすが自分を欠陥品と言うだけはある。

『その時の私に、記憶はあるのかよ?』

『それは分からないけれど……覚えていたいのなら、深層心理がそう思うなら、あるいは』

 死んでやり直し、もいいかもしれない。ただ、どうせなら赤子からやり直せないだろうか。

『……イシュトと結ばれた女性との子供になるってのも、可能なんだろうなー』

『…………君はもう、諦めたんだね』

『当たり前だろ。顛末を知って、誰がこれまで通りなんて言えるかよ』

 イシュトには言えない。フィリアに言えば、悲しんではくれるだろうが、協力してもらえるはずだ。

 だから、もう十分だ。上辺だけの安寧は、要らない。

『……やりたい事は大体やったから、十分だ。後はあんたの望み通りにすればいいさ。その結果どうなっても、知らないけどな』

『再構築された君が寿命を迎えたら、この世界の管理を引き継いでもらおうと思ってるんだ。だから、なるべく長生きしてね』

『はっ、死後のアフターケアも万全なようで?』

 彼が管理者なら、どうせ自分も大した権限は持ってないのだろう。だったら、死んだ後の世界を眺めるだけの日々が待っていると思えばいい。

 ただ、彼と同じ過ちだけはしないようにするだけだ。

『……幸せを、求めていいんだよ。君にはその権利があるんだ。だから、最後にまた会おう。リル』

 ぱちん、と指を鳴らした少年の言葉に、里琉は言い返せなかった。

 急速に落ちていく感覚。意識が覚醒へと変わっていく。


 ――そして、里琉は「現実」で目を覚ました。

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