15話:彩色兼美
多種多様な宝石類は、加工されるまで全て、個々の保管庫にて管理されているという。
里琉は鉱山の管理人、いわゆるコンシェルジュの所で、鉱石の話を聞いているところだった。
「……それで、こちらがその翠石となります。王族への絶対の忠誠を条件に、親愛の証として贈られる為、デザインも大きさも全て異なり、常に携帯する事が義務付けられているのです」
出されたそれはエメラルドに近い、美しい緑だった。これも一般流通は決してしない代物らしく、仮に流通した場合、持ち主が生きているか否かでかなり対応の方法が変わるらしい。
「ついでに蒼輝石も見せてやって下さい」
「分かりました。珍しいですね、宰相様がそのような事を仰るとは」
「……本来なら、妃に賜る石の一つでもあれば良かったのでしょうが、そういうものに該当するものが現在は無いですからね」
妃用の石が無い代わりに、王族の一人として蒼輝石を賜るのが通例らしい。あれが手に入るのか、と思うと、ちょっとだけ揺らぐものがある。が、宝石一つで人生を左右するのはいかがなものかと思い直した。
厳重な扉から出されたその原石を置かれ、里琉は驚愕に目を見開く。
「綺麗……!」
光が入ってこその蒼色は、見せてもらった他のどれにもない特徴だ。最初に彼の持つブローチを見た時の感動を思い出す。
思わず近くまで寄ってしまう里琉を、コンシェルジュが遮った。
「ああ、あまり近付かないで下さい」
「……? 大丈夫です、呼吸などは抑えてます」
「いえ、そうではなく。……この石には猛毒が含まれているのです」
「!?」
コンシェルジュの言葉に、里琉は一瞬だけ驚いた。だが言われた通り少し離れ、もしかして、と問いかける。
「それは……石の硬度と関係しますか?」
「はい。この石が王族の方のみとされるのは、その毒性と硬度が故なのです」
「…………自害用、ですね」
稀にある話だ。硬度が低く毒性が強い石を持ち歩き、何かあった時の為に自害する道具として、普段は装飾品として持ち歩く。
水溶性かつ少量で致死量なら、即死だろう。
鉱石類は基本的に毒の塊だと思わなければいけない一面もある。宝石は見た目こそ綺麗だが、その実、人を殺す道具にもなり得るのだ。
(……死が守る矜持、か)
親は何を思って、子に毒を託すのだろう。いつか使う日が来ないようにと願うのか、それとも。
「……ありがとうございました。もう、しまってもらって大丈夫です」
「いいえ。それにしても、驚きです」
「何がですか?」
石をしまいながら、コンシェルジュは静かに言う。
「美しい石とみれば手に取りたがる者が多い中、あなたはそれをしていません。綺麗だと見入りながらも石を気遣う姿勢は、我々に必要な素質です。……後継者として育てたい程ですよ」
「!」
石を扱う人間からそう言われるのは、里琉にとって最も嬉しい賛辞だ。
「……さすがに、王妃となられるかもしれない方を、後継には出来ませんが」
「宰相さん、転職させて下さい!!」
「はい、言うと思いました。絶対に却下です」
志願するとばっさり切られた。やっぱり駄目か、と里琉も肩を落とす。
王妃となると、きっとこうして石だけを眺めるわけにはいかない。きっとそれよりも大変な事が山積みで待ち受けている。
(理想と現実の差が大きすぎる……)
だが、果たして元の世界に戻ったとしても、理想の職に就けただろうか。あのままだった里琉が、化粧も女性らしい格好も出来ずに、あの国でそんな仕事が出来たとは思えない。
就活に入ればスーツはもちろん、化粧だって必須になる。分かってはいても、やりたくない気持ちが勝って後回しにしていた部分だ。
それに、決して自分は愛想がいいわけではない。宝石を扱う接客業なども候補から外れてしまうに決まっていた。
(改めて思うと、結構甘い考えだったんだな)
この世界に来たのは、そういう意味で正解だったのかもしれない。元の世界で必要なことは、あらかたこの一ヶ月ちょっとで覚えてしまったのだから。
「リル? どうしましたか?」
「あ、いえ……別に……」
宰相が大人しくなった里琉に声を掛け、里琉が思考を止めた時だった。
――ばたん!!
鉱夫らしき男が、大慌てで入って来た。コンシェルジュが厳しい声を上げる。
「来客中だと言ったはずだぞ!」
「た、た、大変です、管理人! 今すぐ来て下せえっ! 急に仲間達が、争い始めて!」
それを聞いて、さすがにコンシェルジュが顔色を変えた。
「申し訳ありませんが、ここは一度鍵を閉めます。ついて来ていただけますか?」
「構いませんよ。何かあれば困るのは、我々も同じです」
防犯上、開けていくわけにもいかない。里琉もすぐ頷いて彼らについて行く。
だが、そこで起きていたのは、既に凄惨とも言える現場で。
「俺が見つけたんだ! 俺のもんだ!」
「何を言う! こっちが先だ!」
「うるせえ! その石を寄越せ!!」
――手にした一つの石を巡って争う鉱夫達。そして隅で怯える他の鉱夫達。
地面に数名倒れているが、生きているかは分からない。
「お前達!! その石から手を離せ!!」
コンシェルジュの怒号が響き渡った。途端に、周囲は静まり返る。
その隙に里琉は駆け寄り、鉱夫達が持っている石を奪い取った。
「あっ!?」
「な、何だお前は!!」
そのままコンシェルジュの元に駆け寄り、石を渡す。
「……これで、いいですか」
「何と……。大変申し訳ございません。お客様の手を煩わせてしまいました」
「リル、何をしているんですか。勝手な動きはしないで下さい」
「すいません……でも」
怒られたが、体が反射的に動いたのだ。この石が粗雑に扱われているのが、耐えられなくて。
「……どうして、この石を奪い合っていたんですか?」
きっ、と里琉は鉱夫達を睨んだ。返答によっては切れるかもしれないが、宰相がブレーキを掛けると信じてはいる。
すると彼らは、おろおろし始めた。
「ち、違う。その石を掘り当てたばかりだったんだ」
「見た事ねえ石で、ぼんやり光ってて……」
「そいつを眺めてるうちに、いつの間にか、取り合いに……」
そう説明されて、改めて石を眺める。なるほど、薄暗い中でもぼうっと光っているようだ。
「蓄光、だとしたら少しおかしいですね」
「……何とも、不気味な感覚です。このような石は、確かに今まで出たことがありません」
赤と青が綺麗に混ざった石だ。透明度も高く、不純物も少ない。
「硬度も高めですね。……このような形で、新種を発見するとは」
困ったようにコンシェルジュが言う。
「発見場所の確認と、今後このような事が起きない為の対策がすぐに必要です。……申し訳ありませんが、本日はこれまでで。ああ、この石はお預けします。恐らく、王宮の方が石質調査は上でしょうから」
「仕方ありませんね。この件については、陛下にも報告しておきます。見つけただけでこれだけの騒ぎでは、今後が心配ですから」
ため息を吐く宰相の言葉に、コンシェルジュは頷いた。
「誰でもいい。箱を用意しろ。とびきり頑丈なやつだ」
「へ、へえっ! すぐに!」
鉱夫の一人がすっ飛んでいく。
「それから、そこの者達はまだ生きているか? 生きてるならすぐに手当てだ。……死んでいるなら、いつもの場所に埋めてやれ」
「……だ、大丈夫です。まだ息はあります!」
確かめた鉱夫達が、彼らを何とか運んで行った。死ななくて良かったとは思うが、しかし、と先ほどの石を見る。
(たまにあるんだよな……。人を狂わせる石が)
伝説レベルでしか出てこないが、それを巡って骨肉の争いが起こった、などもある。まさか目の前でお目にかかれるとは思ってなかったし、お目にかかりたくもなかった。
「見ているだけで、ぞっとする石ですね。はあ……こんな代物が、これからも掘り出されるのかと思うと……」
コンシェルジュがため息を吐く。胸中お察しします、と里琉は内心で合掌した。自分も関わりたくない。
しかし、宰相が笑みを浮かべているのを見て、別の意味でぞっとした。
(嫌な予感がする)
持ってきた箱にその石を入れたコンシェルジュは、少し考えて里琉にそれを渡す。
「あなたの方が、耐性がありそうなので。……よろしくお願いします」
「……わ、分かりました」
宰相なら大丈夫な気もするが、彼なりに思う所があったのだろう。里琉も大人しく受け取る。
「元から彼女に持たせるつもりでしたから、構いませんよ」
「……やはり、そう思いますよね」
「まあ、あの石を奪い取った時は何をしているのかと思いましたが……石馬鹿は石馬鹿だった、というだけの事でしたので」
さらっと馬鹿にされまくった里琉は、むうっと頬を膨らませた。不気味な美石だが、石は石だ。罪はないのに。
――そう、少なくとも石は黙する。見ている人間を非難しない。
『変な奴ー。石ころばっかり見てるぜ』
『ばーか、そっちはガラスだよー。騙されてやんのー』
最初はキラキラした石なら、どれも好きだった。
兄が子供向けの鉱石の本を買ってきて、それ以外の石も面白くて好きになった。
河原に転がる様々な石は、里琉にとって宝箱のような場所だった。
『ねえねえ、あの子でしょ? 毎日川に行って、石拾ってるの』
『変な子。気持ち悪ーい』
拾った石で、ささやかな実験もした。石ごとに変わる性質に、目を輝かせた。
その分、他人との距離は川の向こうよりも遠くなっていって、それでも里琉は石を選んだ。何も言わない、冷たい石を。
『里琉、お前また男子と喧嘩したのかよ。あんまり傷増やすなって』
『女子の陰口が聞こえたよ。友達が石だから、里琉も冷たいんだ、なんて……』
『一人くらい、友達は居た方がいいって。……理解してくれるかどうかなんて、それこそ話さないと分かんないだろ』
兄達は、人生経験上から里琉を否定しなかった。だが、里琉の生き方は肯定していなかった。
頑なに閉ざされた里琉の心をこじ開ける人間など居らず、落書きするか乱暴に当たるかのどちらかしかしない他人に、嫌気が差していたのだ。
――だが、この世界に来てから、その当たり前は崩れた。
砂漠を渡り、村が消えるのを結果的に守り、王宮の中枢部に入れられ、女として扱われる日々。髪が短い事など、もはやみんな慣れてしまったようだ。
だからなのだろう。ストーカーなんてものにつけ狙われてトラウマを作り、挙句、元の世界への執着さえ薄れて、王には求婚される始末。
ただ、里琉はそれによって一つの変化を得た。
元の世界に居たら悩む事すら無かったのに、まさか、王に対して情欲を抱くなど、有り得ないとさえ思えた。
結果として、毎晩その情欲をどうにかこうにか彼に発散してもらっているのだが、その話を聞いて、フィリアが気の毒そうな顔をして呟いた。
『それ、王様の情欲はどうしてるのかしらね』
確かに、と思ったが、フィリアは答えを提示する気はなさそうだった。里琉が考えて、対策すべき問題だからだろう。
とはいえ、どうしたらいいのか、皆目見当もつかない。
「リル。随分考え事をしてますね。陛下の事ですか?」
「ぅえっ!? か、顔に出てました?」
いきなり言われて、里琉は動揺する。うっかりその通りです、と言ってしまった事実はさておき、宰相は首を傾げた。
「夜伽をしているのかとも思いましたが、どうやら少し違うようですね。……何故、抱かれないのですか?」
「ひ、避妊具が出来れば、と思ってて……子供は困ります。本当に帰れなくなってしまうので」
「ああ、そういえば奇跡の石の話がまだでしたね」
思いだしたように言う宰相は、少ししてから里琉をまっすぐ見て告げる。
「単刀直入に言います。あの石は、奇跡の石などではありません」
「……根拠はありますか」
「過去の記録上において、不審、あるいは矛盾した記述が多いのです。それとは別に、決定的なものがあります」
「もの? それって、何か特別な何かがあるんですか?」
ユジーの目は真実を語る事に集中しているのか、まったく意図が掴めない。里琉は説明を聞く事にした。
「この世界で一番最初に奇跡の石を手にした少女の日記。それが、祖国には保存されています。あまりにも古い為、複製を作った程です」
「それは、具体的にはどれくらい昔なんですか?」
「…………数千年、とだけ。その日記が見つかった場所は、レダにあった森林内の朽ちた村でした。……死の砂漠になる前、レダは森林地帯でもあったんですよ」
そういえば、鉱山の開発による鉱毒で、死の砂漠と化したらしい。となると、見つかった時代も相当に以前のはずだ。
「恐らく少女であろう日記の主は、最終的に石を手放しています。彼女が神と呼ぶ存在から与えられた奇跡の石は、いつの間にかティネへと渡り、奴隷戦争を引き起こすきっかけにもなりました」
神。この世界には存在しないだろうとされる存在が、奇跡の石を渡したのなら。
「私をここに連れて来たのも、その神とやら、ですか」
「可能性は高いと思います。それはともかく、少女の記述によれば、神は奇跡の石を「石ではない」と明言していたそうです。石によく似た何かだったのでしょうが、少女の年齢は幼かったようで、それに関しての記述は以降、見当たりませんでした」
――何も知らない少女に、願いを叶えさせ、何をするつもりだったのか。里琉は知らず、箱を持つ手に力を込めていた。
「石の魅力に取りつかれた人間はあまりに多く、今や黒くなったと言われる奇跡の石は、在り処を不明のままにしています。レダはともかく、リカラズであれば、ある種最悪かもしれませんね」
そのリカラズ王妃が持ってるそうです、とは里琉もさすがに言えない。追及が厄介そうだ。
ともかく、石でなければ奇跡とやらも恐らく何かのからくりがあるはずだ。
「石ではなく、更に奇跡まがいの事を引き起こすそれを、我々はずっと探しています。日記を持ち帰った初代の大賢者は、奴隷戦争で王族の末裔だったそうです。真実を知りたくて旅をしていた最中、レダで見つけたというそれを持ち帰り、手がかりとして諸国の奇跡も記してありました。それらは全て、ティネの大賢者のみが閲覧を許される場所に保管してあります」
となると、行っても見れないし、有益な情報は無さそうだ。
里琉は頷くと、次の問いかけをした。
「石を見付けたら、どうするつもりですか」
「破棄します。可能であれば、ですが。……現状、あなたならば出来るかと思われますが、石が無いことには、どうしようもなく。……そして、奇跡の石の力を借りるのは現状、不可能という事だけは心に留めておいてください。あなたにとっては絶望的な返答ですが……」
「いえ。……元から期待はしていなかったものです。でも、ティネの大賢者だったあなたが言うのなら、恐らくそこに嘘偽りはない、と信じられます」
「……この件に関して、口外は例外を除き、禁じられているのです。奇跡の石が何を成そうとも、それは全て――幻想の世界での出来事だと周知したかった。ですが、それは出来ずに終わりました」
「……幻想。じゃあ、奇跡ってのは、幻覚の類ですか?」
「はい。願いを口にすると石が光り、まるで現実かのように誰もが信じてしまうので、検証しようがなかった、といいますか」
願いを言うと石が光って幻覚を引き起こす。元の世界の何かを彷彿とさせるが、その何かがうまく言い表せられない。
ただ、願いを言わずにはいられないのだろうか、と里琉はそこだけ不思議に思った。
「宰相さん。奇跡の石は、どうして人の願いを叶えるようになったんですか?」
「……『石が語り掛けてくる』そうです。願いを言えと」
「…………石じゃないんですよね。じゃあ何だろう。謎の生物……でもないんですよね。何かを食べてるわけでもないようですし」
「分からないんですよ。ただ、それを聞くと人々は願いを口にしてしまい、そしてまやかしの幸福を手に入れる。だからこそ、危険だと判断したんです」
里琉の中に入り込んだあの石も、喋りこそしなかったが、宙に浮き、自発的に動いた。一体どうやったら、あんな代物が出来上がるのか。
「分かりました。石を見付けたら、語り掛けられても無視して破壊すればいいんですね」
「そうですね。……見つかれば、の話ですが」
今は手元にないが、いずれ必ず手に入れる。フィリアやダリド王子の為にも。
と、話はそこで終わりなのか、ふと宰相が思い出すように言った。
「ああ、避妊具で思い出しました。フィリアが、前王妃様の懸案を持ち出してきましてね。この国での避妊具の作成を進めたいと言い出したんですよ」
「フィリアさんが……」
「ええ。確かにそれが作成出来れば、非常に大きな躍進となるでしょう。性犯罪が多いのもこの国の問題の一つです。……普及出来れば、望まれぬ子供の行き場も減るかと」
「…………そうですね。でも、素材とかあるんですか?」
「ええ。フィリア曰く、それらしきものは一部、オアシスでも調達可能らしいのですが、いかんせん、オアシスの状態も酷く、試作もままならないようでして」
「やっぱりオアシスですか。……こうなったら、風期の間にやれるだけやって、叩き潰して、改造されたオアシスを逆利用しましょうよ」
「逆利用?」
「ええ。生首……ヤッドさんの報告によると、オアシス内部は一年かけてかなりの機械化が進んだそうです。詳しくは内部を見ないと分かりませんが、この国においてかなり参考になるであろう機械が多い事は判明しています」
カードキーによる認証、エレベーターによる移動手段。各階や特別な部屋に設置されたシャワールーム。洗濯及び乾燥の機械。オアシスを汚染せずに何とかする方法を考えながら、それらを利用できるようになれば、宿泊施設として一部の階を解放する事だって出来るはずだ、と彼らと話をしていた。
それらはイシュトにとって必要かどうか分からないが、この先また広場とやらで市場を開くのなら、絶対に外せない案件でもある。
「彼の話は私の世界とフィリアさんのいたリカラズ、双方における認識にあまり相違の無い中身でした。だからこそ、断言します。オアシス管理局を制圧さえすれば、オアシスの復興と発展は限りなく幅広がる事になると」
里琉の言葉に、宰相は軽く気圧されたようだったが、ややして――ふっと笑う。
「なるほど。元に戻す必要は無い、と。むしろ手間が省けたとさえ思えると。あなたには、そう感じるのですね」
「はい。局員問題はその後でどうとでもなるかと。まずはアリスィアと、もう一人とやらを潰して、オアシス管理局を取り戻す事に注力する事を提案します」
「私としては大賛成ですよ。オアシスはレダの要でもあります。それらがまとめて片付くのなら、願ったりですからね」
「では、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
にこやかに、そしてしっかりと里琉はユジーと握手をしたのだった。
※ ※ ※
「……で、これがその石か?」
「はい。どうしますか? 他国に流して内乱を起こせるくらいの威力はあると思いますが」
「ちょっ、宰相さん!?」
頑丈な箱に入れられたその石は、見ているだけで眩暈が起きそうになる。美しいが、気を狂わせる何かを内包しているようで、長時間は眺められない。
宰相もこれを見ているせいか、物騒な事を言い出したのでイシュトは箱を閉じた。
「却下だ。こんなもの、危険過ぎて外に出せるか。だが、ただしまっていても、邪魔だな……」
宝物庫に死蔵してもいいが、この先も産出するとなると、そうもいかないだろう。
それにどのみち、分析や加工についても調べなければいけない。産出された以上、ある程度のデータは残す必要がある。
「リル、お前はこれを見ても触れても平気だったんだな?」
「平気なわけじゃないけど、耐えられるよ。伊達に色んな石を見てきてないからね」
そう言いつつ、里琉はげんなりしている。石を取り合う人間達を目撃してしまったせいだろうか。
「なら、見えなければいいんだな。……ユジー。使い道は決まった。王妃専用にする」
「ああ、なるほど。分かりました」
「いやちょっと待って!? 話聞いてました!? ユジーさんも危険度は分かってるでしょう!」
「ええ。陛下の仰りたい事はこうですよ。――この原石を死蔵したところで、掘り出した者達で再び取り合いが始まれば同じことになる。そうであれば逆に人目につくようにし、かつ価値の付けられないものとして取り扱い、周知させる。当然、そこには重大な責任と、流通時の重罰が約束されます。そして立場上、王妃ならばそれに相応しい、と判断した次第でしょう?」
さすがに理解が早い。里琉の方もそう説明されると、反論しようがなさそうだった。
「そ、そうかもしれませんけど……でも、それだと王妃の方が危ないんじゃ……」
「それを見ても耐え得る女を選ぶ、という基準が増えるだけだ。視界に入らず取り外せもしない宝飾品なら耳飾りがうってつけだろう。そうすれば、王妃をただ守るだけでいい」
「周囲に分からせるのが目的ですからね。それでうっかり奪おうとする輩は排除すればいいだけですし」
「……ひええ」
里琉は青くなっているが、宝石の産出国であるこの国で、宝石に目がくらんで自滅した馬鹿は山ほど居る。特にこれまでと変わる事は無い。
だが、確かに桁違いの美しさはある。加工職人がどれだけ耐えられるかにもかかっているだろう。
「まずは分析だな。フィリアの所に持って行け」
「あ、じゃあ私が行きます。ちょうど、用事もありますし」
「分かった。その後何も無いのなら戻ってこい」
「……はい」
苦笑する里琉は、そのまま箱を抱えて出て行く。
ふむ、と宰相が考えるような仕草をし、王に問いかけた。
「話は色々聞いておりますが、本当に現状維持でよろしいのですか?」
「その事なんだが、エクスに相談がしたい」
「薬湯ですか? あまり効果は期待出来ませんが」
「それでも、だ」
「……一応、話は通しておきます。ただ、現状において彼も薬草集めがしにくい状況であると言っていました。あまり期待は出来ないかと」
それでもいい、とイシュトはユジーに頼む。
このまま彼女を襲いかねないよりはよほどましだ。
「それと、調査が完了次第、耳飾りの細工を頼め。……個人的に頼みたい奴が居る」
「個人的に、ですか? 珍しいですね。王都で腕のいい細工師にでもお会いしましたか」
「そんなところだ。深くは気にするな」
「分かりました。店の名前などをお教えいただければ、こちらで依頼に伺いますよ」
「ああ。そういえばアルカセルからも面白い情報を得たな」
化粧品に関して不正が横行している件と、それから、刺繍を含めた衣服の件。こちらは報告書として受け取ったが、刺繍師が随分減ったらしい。
「噂程度でいい。王都を中心に流しておけ。――『今年の祭礼前に、王妃の衣装となる刺繍柄を選ぶ選定を行う』とな」
「思い切りましたね。ですが、そういう事であればもちろん、助力致します。ではすぐに手配を」
「ああ」
そうして、静かな執務室に戻る。
次の小休止までに彼女が戻ってくれたら、と思いながら、イシュトはペンを走らせるのだった。
※ ※ ※
「ん、よし。今回も異常なしね」
「ありがとう、フィリアさん。でも、生理がまだ来ないっていうの、ちょっと気になるなあ……」
「妊娠どころか処女のランプついてるから、あんたの場合はストレスでしょ。あんたはいつでも何でも心配したがるみたいだし」
「そ、そんな事言わないでよ。……今回の石の件だって、私も調べたかったけど、難しいみたいだし」
「まあね。あんたがちゃんとした研究者ならまだしも、そういうわけじゃないし」
「……ここじゃ色んな知識があっても、役立たずだね。ごめん」
「気にしなくていいわ。それより昨日言ってたこと、どうするの?」
「ん……いっそ当人に訊くのも、ありかな、って……。見返りもしてないし、いつか本当に流れに任せて一線超えたら、子供も出来かねないって考えると……」
「そうよねえ。その手の事は当人達の話し合いが一番いいかもね。子供は最悪、事故に見せかけて堕胎、って事も可能だけれど……」
「それするくらいなら産む。命を粗末にしたくないから、こうやって悩んでるんだよ」
なお、さっきまでダリド王子が来ていたらしく、相談を受けた彼は「分かった。次までに用意しておこう。リカラズの技術とここの技術を上手く掛け合わせれば、新しい避妊具の開発も不可能ではない」と言っていたので、どちらかというと乗り気のようだ。
「なあおい、子供っていやあよお、この間、オアシスじゃ変な実験してたぞ」
不意に生首が話を聞いていたのか、口を出した。
「へ?」
「ちょっと生首、それ詳しく」
「俺の名前はヤッドだって言ったろ! ……この間っつっても、数ヶ月前だけどよ。盗賊の奴が一人、化け物でも子供が産めるようにするって実験に連れて来られてたぜ。あんなに青ざめて震えてても、逃げ出さなかっただけマシだろうなぁ。何せ逃げたら……ううっ」
首だけだというのに器用に震える生首ことヤッドは、もはや何でも喋ってくれる、とても便利な存在と化している。
だがフィリアはそれを聞いて、真っ青になっていた。
「……ディアテラスでも、子供が……ですって?」
「ああ、男も女も、な。成功するかはともかくよお、化け物が産むのも化け物になるもんなのか? だとしたら、生まれる子供は気の毒だよなぁ……」
いや、それはないはずだ、と里琉は冷静に考える。
「遺伝子構造上、人間として生まれるはず、だよね? フィリアさん」
「え、ええ……。それに関しては、その通りだと思うわ。でも……ディアテラスでなんて……」
ディアテラスは痛覚も無い代わりに快楽も無いらしい。そもそも首から下の内臓器官が全て停止状態なのを、どうやって一部だけ可能にするつもりなのだろうか。
「理論上、こいつがされていたように、埋め込む位置や数を変えれば、子供が出来ると仮定されるわ。でも、そんな事が出来るようになったら、それこそ地獄の始まりよ……!」
フィリアの望んだ方向とは真逆に、ディアテラスの開発が進んでいる。それは間違いない。
だが、里琉には引っかかるものがあった。
(この国を潰したい奴が、何でそんな事してるんだ? 単にディアテラスを量産して集団で襲い掛かるのかと思ってたけど……違うのかな)
目的と行動にズレが見えるが、ヤッドもそれ以上は知らないらしい。
「どっちにしろ、野放しにしてたらやべえぞ。俺達化け物は、頭を潰さない限り死なない上に……その気になりゃ、共食いもしちまうからな」
電気回路の副作用なのか、脳が栄養を求めて、人肉を喰らう事があるらしい。逃げ出そうとした者達は餌として見せしめのように食い散らかされたという。
もっとも、その副作用も個人差があるらしく、代用品で何とかなる者もいるらしい。人間と同様の食事でも栄養を得られる辺り、人間だった名残なのだろう。
「くそ、その辺の情報ももっと早く欲しかった……!」
「無理言うなっての。俺だって、偶然警備中だったから知ったくらいだ。……けど、あれから何人、そうなっちまったんだろうなあ」
遠い目をするヤッドは、きっと根底は真人間なのだろう。だからこちら側にあっさり寝返ってくれたので、助かっているのだが、それでも、情報はまだまだ足りない。
「そろそろ戻らなきゃ。そのディアテラスの改造の件、通しておくよ。さすがに危険過ぎるし」
「頼むわね。次……そうね、ちょっと一気に集中したいから、三日後くらいで頼むわ」
「分かった! よろしくね、フィリアさん」
気を取り直して中央宮へ戻る里琉は、軽く伸びをして呟く。
「……帰れないかも、か」
帰れなかった事を想定せず、今までやってきた。だが、奇跡の石は当てにならず、結局また行き止まり。
結局のところ、出来る事などほとんどない。
「役立たずは、嫌だな……」
呟いて中に戻る里琉は、いつも通りの時間をまた、王の執務室で過ごす事になるのだった。
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