13話:二人の王子

 ――数年ぶりのオアシスは、見るからに荒廃していた。

 だだっ広い広場には何もなく、草場は伸び放題。

 管理局の周辺には棘付きの鉄柵と、入り口の所におかしな機械。

 明らかに、この国の技術では作れないものだ。

「……何があったのかな。馬も……水を飲んでくれないし」

 ちらりと見る先には、オアシスの要である、大きな泉。

 湖に等しい広さを持つその水は、本来なら人間ですら飲んでも問題ない綺麗な水のはずだ。

 しかし、馬は見向きもせず座っている。

「ふう……仕方ないな。途中で水をもらって……いけるかな。何しろ、この国は金髪嫌いだからなぁ」

 目深に外套のフードを被っているのもそのためだ。ただ、オアシスがこんな事になっているのはさすがに驚いたが。

「それにしても、行商人がレダとリカラズを避けているというのは、本当みたいだね。何があったのやら……。戦争じゃないといいけど」

「おい、そこの奴」

 不意に声を掛けられ、青年は振り返る。奇妙な装備に身を固めた男が、いつの間にかやってきていた。

「何?」

「何、じゃねえ。どっから入って来やがった。オアシスはここ半年ほど、行商人を通れなくしてるんだがよ」

「ああ、もしかしてあっちの門にあったロープ? ごめんごめん、子供の悪戯かと思って切っちゃった」

「あぁ!? どうりで警報が作動しやがったわけか……ちっ、見たところレダの人間じゃねえようだし、とっとと出ていけ。二度と来るな」

「え、何それ。僕、テアから来たのに?」

「知るか。次通ったらお前も国のスパイとして捕らえるぞ」

「……お前、も?」

 青年の目がすっと細められる。

「どういう事かな。僕、オアシスがこんな風に荒れてるの、初めて見るんだけど、何があったのか教えてくれる?」

「ああ? そんな義理はねぇよ。それとも、お仲間になりてえか?」

 腰に手をかける姿を見て、青年は首を傾げる。

「何それ? 剣じゃないよね」

「知りてぇか? こいつはなぁ……」

 にやりと笑う男の首が、直後、すぱん、とはねられる。

「あーあー、もう刃こぼれしちゃった。細い剣だとやっぱり、耐久性に難があるね」

「な、なん」

 ごろり、と地面に転がった男の首と、数秒遅れて倒れる男の胴体。

「あはは、いいお土産になるかな、これ」

 転がった男の首を、髪を掴んで持ち上げる。途端に男は焦った声を出した。

「くそっ、何しやがる! 離せ! ああくそ、早く体に戻せ! でないと修復しちまうだろうが!」

「うわっ!」

 さすがに青年も驚いた。多種多様な物を見て来た彼でさえ、生首が平気で喋り動くとは思わなかったのである。

 断面を見ると、首の皮膚が徐々に増えて、覆われていくのが分かった。なるほど、くっつければ元に戻るらしい。

 だが、そんな事をしたらすぐさま殺されるのは自分だ。

「すごい人間を作ったね。うん、これと、これで十分かな」

 男の服の一部を切り取って口に詰め込み、ぎゃあぎゃあうるさいのを塞ぐと、予備の袋へと詰め込む。そしてもう一つおかしな武器は、別の袋へ入れ、馬に吊り下げた。

「……ふーん、なるほど。やれやれ、このままじゃ数百年前の繰り返しだろうにね」

 泉に流し込まれている水。その色が鈍い鉄色を帯びているのを見て、青年はなんとなく察した。馬が飲める水ですらないようだ。

「さて、安全な水が飲めるところまで、我慢してね」

 馬の首をぽんぽんと叩いて、青年はオアシスからレダの国内へと駆け出す。目指すは王宮だ。

「待っててね、僕のライラ姫。助けに行ってあげる」

 そう呟いた青年の目は、陽光に煌めく氷のような青色をしていた。


※ ※ ※


「陛下、こちらの件ですが」

「……ああ、そっちはルゴス大臣に任せる。なるべく大きな見取り図を作れと言え」

「失礼致しますよ、陛下! これらの品目、テアの貿易品として再度流通可能に出来ませんか? 部下を始めとした女性達からの要望が増えておりまして!」

「ああ。オアシスの植物が現状使えないからな。検討はするが、貿易再開の目途が立たなければならない。化粧品に特に詳しい部下を連れて、フィリアの研究所へ行け。あいつならそれなりに対処法を考えられる」

「おお、かの聡明な研究員どのですか! 早速、相談へ向かいます! それでは失礼致しますよ!」

「……失礼致します、陛下。三日前に提出した意見書に関してですが、ご返答を頂戴したく」

「ああ、……こいつだな。持っていけ。必要な要望があるなら、改めて別の書面で提出しろ」

「ありがとうございます。それでは」


(…………王様が、仕事している)


 いや、当然だ。だが、当然とは言えない光景に、里琉はただ茫然としているしかなかった。

 これまで見て来た王の様子と、今日の様子が全く違うのだ。

 ここに来るのも三日ぶりだが、書類の減り方も違うし、そもそもこんなに人の出入りは多くなかった。

「陛下、失礼します。次のオアシス周辺の視察ですが……」

「水質調査の報告は目を通したか、ラバカ大臣」

「……はい。一刻も早く、対策を施すべきです」

「であれば、次は俺も同行し、そいつも連れて行く。いいな」

「……何故、彼女まで?」

「水質調査の依頼を受けたのはそいつだ。お前じゃない」

「…………分かりました」

 余計な事しやがって、という睨みを受けたが、そっちこそとろい仕事をしてんじゃねえ、という気持ちを受けて里琉は睨み返した。

 やがて鐘の音が鳴り、里琉はようやく声を掛ける。

「王様、疲れてる?」

「ああ。久しぶりにな」

「やっぱ手を抜いてたんだね」

「そういうつもりはなかったが、多少意識を入れ替えたらこうなった」

 目まぐるしい仕事の会話を、里琉はただ聞いていただけである。

 珍しく暇で来てみたら、王が忙しかったのでそのままタイミングを失って見学になったのだが、これが出来るなら最初からやれよ、というのが初手の感想である。

「陛下、こちらお茶ですわ。あら、リルもいらしたんですね」

「メーディアさん! この人、やればできるじゃないですか。何で今まで放ってたんですか?」

 お茶を持ってきたメーディアに問いかけると、メーディアは小さく笑って、お茶の毒見をしながら里琉に言った。

「慮っていたからよ。陛下がその気になれば、きちんと仕事が出来る事くらい、私達は知っていたもの」

 そして大丈夫だと確認したらしく、熱めのお茶を王に渡す。

「陛下、どうぞお召し上がり下さいませ。こちらは焼き菓子ですわ」

「わ、マドレーヌだ!」

「……そんな名前ではないぞ。お前も食うか?」

「たーべーるー!」

「もう、子供みたいな言い方をしないの。今、あなたの分も用意するからお待ちなさい」

「わーい!」

 マドレーヌによく似た焼き菓子が出るのは珍しい。きっと、里琉が厨房でこの間話していたから、料理長が試してくれたのだろう。

「リル」

 こいこい、と手招きされ、里琉はイシュトに近付く。

「どうしたの? ――んぐ」

 焼き菓子を半分口に入れられ、一瞬詰まらせそうになる。

「……普通に渡せよ!」

 口に入れてしまったので、咀嚼して飲み込んでから文句を言った。

「お前に餌付けしてみたくなった」

「残念だけど、特に所感は無いよ。まあでも、仕事ぶりはそのままちゃんと続けて欲しいな。見直したのに、ってがっかりしたくないし」

「お前の期待に応えられればいいがな」

「そういう自信の無さ、どうにかならないかなー」

「こら、あまり陛下に酷い事を言わないの」

「あっ……すみません」

 そしてお茶を注ぐと、里琉にもカップを手渡した。

「はい、熱いから気を付けてね」

「ありがとう、メーディアさん」

「それから、陛下。お時間が次に空いた際でよろしいので、謁見室へお願い致しますわ」

「どういうことだ?」

「謁見室あったんだ!」

 そういえば王宮だし、あってもおかしくないな、と里琉は納得した。

「ええ。本来ならあなたも、そこで陛下と謁見し、挨拶をするのが習わしだったのだけど」

「時期が時期だったからな。で、どこから誰が来たと?」

「……それが……」

 ほんの少し言い淀んだメーディアは、諦めたようにきっぱりと告げた。


「テアの王族の方がいらっしゃっております」


 ――休憩は後回しになった。


※ ※ ※


 結局謁見室ではなく、特別な応接室に変更となり、何故か里琉まで参加する羽目になった。

「へえ! 君がイシュトの奥さん? 珍しい髪型してるね!」

「ちょ、あの、結婚してないです」

「求婚しただけだからな。式を挙げたいから急ぎの仕事を片付けている。というわけで俺は忙しい。何しに来た? テアの王子――アルカセル」

 その言葉で、外套を目深に被っていた青年は、それを取り払うとにっこり笑顔で優雅な一礼をした。

「レダの国王陛下、イシュトーラ王。この半年における我が国との貿易縮小の件及びオアシスの現状について、友好国テアの王子たる僕、アルカセル・ペール・スュクセ・プラン・テアが参りました。……それともう一つ。僕の可愛い婚約者についても、同様にご説明願えますね?」

 キラキラしい容姿だが、隙が全く無い。着ているのは外套なのに、高貴オーラがものすごい、と里琉はさすがに少々気後れした。

「……面倒な奴が来た」

 小声で呟くイシュトに対し、彼は居住まいを正しつつソファに座ると、笑顔でお茶を口にする。

「あはは、聞こえてるよ。形式ばった挨拶はここまでにして、実際どうなの? イシュト」

「半年の貿易縮小は、現状、元に戻したいと思っている。だが、その前にお前が言っていたオアシスの問題をどうにかしなければならない。が……お前、オアシスを通過したのか?」

「うん。随分物騒になってたね」

 けろっとして言うが、人の悲鳴やら怪しい工業廃水を泉に流し込むやらしている場所を、無傷で通過したのか、と里琉はおののく。

「お土産は君よりも、リカラズから来たあの研究員さんに直接渡した方がいいと思って、預けたよ。あれ何?」

「何、と聞かれてもな。中身を知らんぞ」

「喋る生首と、変な形の武器」

「ディアテラスは分かるとして、変な形の武器ってイシュト、聞いたことある?」

「ないな。フィリアからも聞いてないと思うが……」

「へえ、君、イシュトを僕達と同じく呼ぶんだ」

 物珍しそうな視線が、値踏みをしているようで若干不快だ。

「こいつのことは詮索するな。それと、こいつはいわゆる国の恩人だ。諸々あって俺が求婚しているし、王妃候補でもある」

「あ、結構本気なのは分かった。でもどうして応じないの?」

「事情があるので……それはこちらの問題ですし、興味本位でお聞きになられるのは、品性を疑われますよ」

 警戒を強めて里琉はそう王子に返す。

 しかし王子は意に介さず、無遠慮な視線を投げつけてくるままだ。

「帯剣……へえ、君、剣を扱えるんだ?」

「少々ですが、護身の為にと」

「でもこの国、女性騎士は存在していないよね?」

「はい、私が最初で……あっ」

「……リル、後で説明しろ」

 やべ、言うの忘れてた、と里琉は内心で焦るが、この際ガルジスも交えてきちんと説明した方がいいだろう。

 王はあっさり受け入れたらしく、小さくため息を吐く。

「どうりで、パソーテ大臣の指導も受けていたわけだ」

「必要だったので……。と、とにかく、話を戻しましょう。王子様が必要なのは、情報ですよね?」

「安易に渡すな。テアにとって情報は価値そのものだ。価値は信用に繋がり、信用は利益に繋がる。そうやすやすと全て渡したら、足下を見られるぞ」

「そうだよ。君、詐欺に引っかかったりしそうだね。気を付けた方がいい」

「そうですね。笑顔でさらっと個人情報を詮索する輩には気を付けます」

「心配要らないよ。僕はイシュトと幼なじみだ。これでも十九だしね」

「え、年下!?」

「あれ、君いくつ?」

「に、二十ですが」

 王子の見た目では、年齢はさっぱりだ。まさかそんなに若いとは思わなかったが、非常に頭の回転が早そうなので、侮ろうとは思えない。

「何だ、じゃあ僕とも普通に話してよ」

「お断りします。他国の方ともなれば、相応の礼儀をもって接する必要がありますから」

「どうせイシュトの奥さんになるんだから、気にしなくていいよ。ああ、そうだ。それで、ライラ姫は?」

「あれは今、療養中だ。それにお前の事を忘れているようだが?」

「確かに、ライラから聞いた事ないですね。テアに知り合いがいるなんて」

「知り合いじゃないよ。婚約者だよ」

 そこだけは譲らない、という意思が垣間見えて、里琉は肩を小さくすくめた。

「それは失礼致しました。……婚約者!?」

「ああ、言ってなかったか? ライリアーナはこいつと婚約関係にある。既に五年目だが……五年前の事件の時に決まった」

「うわあ……色々と面倒そうな経緯だね」

 しかし、ライラがリマテアスのせいで記憶を失っている状態なら、ほぼ初めまして、になるのではなかろうか。

 そう思っていると、ノックもおろそかに扉が開かれた。


「アルカセル! 何故そなた、ここに居るか!?」


 ――当のライラが、怒りもあらわに入って来る。

「あれ、覚えてるじゃないか」

「思い出したわ! 妾とて、忘れている事を思い出す努力の一つや二つはする。しかし、何用じゃ? 婚約破棄か?」

「え、馬鹿な事言ってると、攫うよ?」

「止めぬか。そなたの冗談は冗談に聞こえぬと、何度言わすか」

 全部本気ではなかろうか、と里琉は思ったが、ライラの迫力に負けて何も言えない。

 ライラはアルカセルに近寄り、ぺしん! と平手をお見舞いした。

「ほれ、お望みの挨拶じゃ!」

「あはは、ありがとう。君は相変わらず律儀だね、ライラ姫」

 婚約者に平手打ちされて喜ぶというのは、そういう性癖なのだろうか。

 里琉が困惑していると、イシュトにぼそりと教えられる。

「……テアの挨拶だ。信頼関係におけるやり取りだから、気にしなくていい」

「ライラの平手って、結構痛いと思うんだけど」

「あはは、聞こえてるってば。痛いけど、それでこそライラ姫なんだよね。で、療養中の割には元気そうだけど」

「当然じゃ。リルのお陰で回復も早いでの。リルは恩人じゃぞ。妾の命を救ったのじゃ。失礼があれば、許さぬ。心せよ」

「へええ。……じゃあ尚更、仲良くしたいな。僕の事はアルカセル、でいいよ。僕も君をリルって呼べばいいのかな?」

「どうぞ、そのように。……ただ、お客様に対して失礼な物言いは出来ませんので、このままの態度ですが」

 何より、本能的に彼を信用するなと頭が警鐘を鳴らしている。

 それにしても、確かにかなり癖のある人物が来たものだ。

 イシュトにとっては相性が悪い人間だろう。ライラもあまり好ましくは思っていないように見える。

「じゃあ、早速話してもらおうかな。一年前、前国王夫妻が亡くなられたという報を最後に、そちらからの接触は貿易関係のみ。その貿易すら、徐々に縮小されている始末。更には行商人がレダへ行くのを避けていると言っていたよ。リカラズならまだしも、レダは宝飾品が特産なのに、何やってるのかなって思って」

「この半年は、国の機能がかなり低下していた。ライリアーナも敵の手に落ち、人質として弱らせられていたんだ」

「私がここに来た時は、既に危険な状態だった、とだけ申し上げます。ただ、そこから先は、イシュトとライラ、双方による意思が変化を呼び、王宮内の脅威はある程度排除した、というところです」

「そうじゃの。妾達を目覚めさせたのは他でもないリルよ。妾は使われていた毒が記憶に作用し、それ故に敵を一度、逃しておる。兄上もそれによって政務がままならぬ状態に陥った。そなたらには知る由もなかろうが、貿易縮小は宰相の苦肉の策でもある」

「ふうん。……それで?」

「現状はオアシスが目下の問題であり、管理局が既に敵の手に落ちている。お前が通ったのなら、水などの問題も見えたんじゃないか?」

「馬が水を飲まなくてね。何故かと思ったら、管理局からの排水が原因だっていうのは理解したよ。あ、悪いけど馬の為に途中で給水を多少させてもらったから」

「……分かった。後でそこは場所を教えろ。水の管理において、不法使用は厳禁だからな」

「分かった、一応賠償はするよ。で、そのオアシスでお土産と出会って、持ち込んだんだ。首を切っても皮膚が勝手に再生される生首っていうの、新鮮だね。胴体は人間だったみたいだけど」

「ディアテラス、という存在はご存知ないようですね。私から手短に説明を致します」

 イシュトやライラでは手に余るであろう、ディアテラスの説明を里琉がすると、その内容にアルカセルは驚き、好奇心を見せた。

「へええ、脳に埋め込まれた鉱石か。で、何らかの方法で弱体化も可能、と。そうなると、首だけにしても生きてるから、この国の処刑方法じゃ殺せないね」

「頭を潰すか、それ以外の方法を使うかだが、それらはフィリアの管轄だ。専門に聞いた方がいい」

「あれがこっちに来るのは勘弁して欲しいかな。それに、オアシスの泉。復活させないと、死の砂漠が広がるよ」

「……公害ですね。鉱毒による」

 里琉ももちろん、この国の歴史の一端を学んではいる。

 当初に里琉が歩いていた砂漠は、死の砂漠と呼ばれ、猛毒の植物しか生えていない上にオアシスも無い、危険な場所と言われている。

 そんな場所になる前は、むしろ森に覆われた場所だったらしい。

 この国が興って間もない頃、鉱山が発見され、その影響で鉱毒排水を行ってしまったという。結果として木々は枯れ、生命は絶え、後に残ったのは荒野、というわけだ。

 それでもこの国が滅ばなかったのは、ひとえに散灰石という石のおかげらしい。

 朱水石の入った火に投げ込むと大爆発の後、何一つ痕跡が残らない、灰だけの土地になってしまうという。

 だがその灰は全てを浄化し、土に混ぜる事で土壌を作り、食べられる作物を育て、飲める水を生み出す事が分かったのだ。

 結果、今でも散灰石と朱水石の扱いは厳しく取り決められ、各家庭に一つは必要と言われている。

 オアシスに届く前に公害が食い止められたのに、今回の件でオアシスが枯れたら意味がない。

 早急に何とかする必要があるから、恐らくイシュトも必死で動いているのだろう。

「オアシスの泉は元より、管理局を制圧する事が最優先です。王子にはご足労頂きましたが、それが終わるまでは自国に戻られるのがよろしいかと」

「え? 何言ってるの。僕も手伝うよ」

「はい?」

「どうせ首を突っ込みたいんだろう。そのついでに、手伝ったからと言って取引を優位に持ち込みたいのは分かっているが?」

「させぬわ! 我が国はそちらと違い、貧困国じゃ。これ以上搾取されては、国が立ち行かぬ!」

「…………ふーん。なるほど。結構やばいんだね」

 嫌でも手札を明かさないと話が進まないらしい。イシュトもライラも、言いたくないが仕方ないという顔をしている。

 しかしアルカセルは、不意に里琉を見て言った。

「ね、リル。君、処女だよね?」

「はっ!?」

「……アルカセル。そなた、妾を怒らせたいのか」

「最後まで聞いてよ。簡単な事なんだから。二つ選択肢があるんだけど」

「内容が大体想像つきました。現状維持です」

 関係を持ったところで、大きく変わる事など無い。

 里琉の気持ちを汲み取ったように、イシュトが首を横に振る。

「こいつは現状、そういう事が出来ない。簡単に言うな」

「……じゃあ、虚偽の噂にするしかないね。この王宮内の脅威は排除したって言ってたけど、そうでもないはずだよ」

「スパイがまだいるってことですか」

「当然。網に引っかからないように動き回って嗅ぎまわってる奴なんか、当たり前に居ると思っていい。……君がイシュトに抱かれれば、国は安泰を得たも同然になる。それはきっと、敵にとって非常に困るはずだ」

「何故じゃ? 関係なかろうて」

「関係あるよ。どうせあの女官が黒幕でしょ? ライラ姫の傍にべったりだったのに、今いないんだから」

「……うむ。アリスィアは、敵じゃ」

「付き合いの長い僕の観察眼を信用出来ないなんて、言わないよね? 少なくとも君を失脚させようとした辺りまでは想像ついたよ」

「……これだから、説明が不要な奴は厄介なんだ」

「ど、どうどう、イシュト。事実、そうなってたし……」

 軽く怒気をはらむイシュトを、里琉は宥める。

 ライラはため息を吐いて頷いた。

「仕方あるまいて。アルカセルを誤魔化そうなぞ、するだけ無駄じゃ。して、アルカセル? そなたが言うからには、リルにももちろん、利はあるのじゃろうな」

「というか、未来の王妃でしょ。やる事やっといて損は無いと思うけど。リルの事情はともかく、いつまでも清い関係を保ってたら、それこそ処女って事でトカゲの尻尾を使って穢されるよ」

「っ!!」

 里琉はぞっとして口元を押さえた。あんな思いは、もう二度としたくない。

 だが、そんな理由でイシュトに抱かれるのも、気持ちが追いつかなかった。

「リル、大丈夫か? ……アルカセル、言葉を選べ」

「そうじゃぞ。リルを傷付けるならば、そなたなぞ妾は願い下げじゃが?」

「……本当にリルが大事みたいだね。驚いたよ。でも、今言った事が起こる可能性は十分にある。傍に置くだけで大事にしてるとは、とても言えないはずだ」

 その通りなのだが、上手く言葉が出てこない。

「リル。君はちゃんと聞かなかった。他人の言葉を勝手に途中で解釈して捻じ曲げるのは、止めようね」

「……それで、脅しているつもり、ですか」

「まさか。忠告だよ。さっきの選択肢、君の言う現状維持なんて入ってなかった。それこそ、イシュトに抱かれるか、それとも――敵の駒に抱かれるか、どっちがいい? って訊こうとしたんだから」

「っ……!」

 イシュト一択なのだが、避妊出来ないのは困る。それに、今はやっとイシュトが本領発揮出来つつある、大事な時期だ。

「その話は先延ばしにして下さい。どのみち、オアシスの奴らを動かすのなら、準備を万端にする必要があります」

「そうだね。冷静な思考は持ってるみたいでよかった。さて、オアシスの危険度だけど」

 あっさりと話を切り替えるアルカセルの思考に、里琉はもうついて行くのが辛い。この思考回路についていけるのは、同じくらい頭がいい人間だけだろう。

「私、フィリアさんの所に行ってきます」

「……一人で大丈夫か?」

「はい。今は昼間ですし、何よりフィリアさんが、別の隠し通路を見つけてくれたので」

「妾まで行っては、アルカセルの歯止めが利かなくなるでの。すまぬ、リル」

 申し訳なさそうなライラに、里琉は首を横に振った。

「ライラこそ、無理しないでね。それじゃ、私は失礼します」

 そう告げて、小走りで里琉はフィリアの研究所まで向かうのだった。


※ ※ ※


 テアの王子が持ってきた生首と武器に、フィリアはため息を盛大に吐いた。

 生首は口に詰め物をされていたが、外しても何も喋らない。

「何で、王室御用達の武器が普通に支給されているのかしらね?」

 この男が持っていたという武器は、中で特殊な熱源を持ち、スイッチを入れる事で対象を焼き切る細い熱光が出て来る。正直、かなり素人には危険な代物だ。

「それはもちろん、王妃お抱えの忠臣が持ち込んだからに決まっているよ、フィリア」

 柔らかな声の青年がそれに答える。彼の存在は、知られたら一気にフィリアの立場が危うくなるレベルのものだ。

 今回たまたま、物資の補給と近況報告に来てもらっていたが、来客やら手土産やらで彼も隠れるのが大変だったようである。

 それはともかく、人払いをしたので当分誰も来ないであろうと思っていると。

「あら?」

 来訪を告げるアラートが鳴り、監視画面に映る光は特別な色をしている。つまり、フィリアにとっては安全な存在だ。

 そして現状、安全な存在といえば、たった一人である。

「リルじゃない。何しに来たのかしら」

「おや、また隠れなければならないかな」

「……いいえ。居た方が早いわ。待ちましょ」

 この青年はリルにとって、この国を出る大事な役割を持っている。

 このままじゃ王妃に仕立て上げられてしまうという危惧と、つい先日、王に求婚の口付けをされたという話を聞いて、ますます焦りは募っているのだ。

「フィリアさん! お邪魔します!」

「ええ、いらっしゃい。早速だけど、他には誰も居ないわよね?」

「はい。てかフィリアさんの機械に映ってないなら、居ないと思いますけど」

「まあ、一応ね。じゃあ、ちょっと紹介させて」

 フィリアは里琉を手招きし、青年を示す。

「誰、ですか?」

「お初にお目にかかる。私はダリド、とだけ今は名乗らせてもらおう。リカラズの王子であり、リカラズを乗っ取る算段を立てている反逆者なものでね」

「え……リカラズの、王子!?」

「そうよ。色んな物資とか情報とか、実はこの王子のおかげでかなり助かってるの。でもスパイとか色々疑われるの困るから、人目のつかない隙にやり取りしてたんだけどね。あんたには教えても問題ないと判断したわ」

 実際、フィリアとてかなりの賭けであの国を飛び出したのだ。ダリド王子が手助けしてくれた恩は、今もある。

 それに、この王子に関してはそれだけではない。様々な助力をもらっている為、とてもではないが邪険に扱う事は出来なかった。

「なるほど……。リルです。んーと……フィリアさんの信用があるので、手短に言いますけど、この国……いえ、この世界の人間じゃありません。端的に言うなら、私の体内には奇跡の石らしきものが入っている状態です」

「何だって? 奇跡の石……!?」

「驚くのも無理ないわ。その辺りはもう少し細かく説明が必要なんだけど、その前に、コレ。……さっきからだんまりなのよねえ」

「ディアテラスなら首だけでも喋れたよね。痛覚は無いんだっけ」

「ええ。けど、それにしても大人しいのよ。脳波に多少の乱れがある程度かしら」

「っていうか、首だけ残ってたら、色々まずいんじゃないの?」

「それは確かに。あちらが動く可能性があるな」

「ええ? うーん、ちょっとそれは困るなぁ。まだまだやる事あるし、オアシス管理局を制圧するにも、アリスィアが居るかどうかでかなり作戦も変わるみたいで……」

 不意に、かたかたと生首が震えた。

「?」

「おい……今、誰って言った、お前」

「……アリスィア。知ってるの?」

 脳波が大きく乱れる。そして、生首は狂ったように喚き出した。


「あああ、あいつの、あいつのせいだ! こんな体になったのも、こんな目に遭ったのも、あいつさえ来なければこんな事には!!」


「……ふむ。そのアリスィアという名前は、聞き覚えがあるよ。リコス王妃の腹心だね。我が国でディアテラスにされて、レダへと戻ったと聞いたが」

「ええ。おかげで国が滅ぶところだったわ。リルのお陰で間一髪、免れたけど」

 それにしても、まさかこんなに簡単に当たりを引くとは、さすがテアの王子である。

「アリスィアについて、知ってる事話してよ。私達、そいつを何とか排除したいんだ」

「出来るわけねえだろ! 俺らと同じ化け物で、頭も回る。おまけに人間の心なんざ持ち合わせてねえ! 正真正銘のやべえ女だぞ!」

「出来るわよ。所詮ディアテラスだもの。ほら」

 フィリアは小さな長方形の装置を出す。カーエに使った時と同じ、ディアテラスが持つエレホスという鉱物に干渉する電波装置だ。

「が、がああああっ!」

「ね、苦しいでしょ? 私達には、ちゃんと武器があるの。アリスィアは本当に邪魔な存在で、あんたが情報を吐けるだけ吐いてくれたら、目の前で殺してあげてもいいくらいよ」

 電波の電源を切ってそう言うと、男はぎらりと目を光らせた。

「おう……殺すって? あの化け物女を、目の前で? 本当だな?」

「ああ、その反応を見る限り、貴殿はまだ人間の心を持ち合わせているようで何よりだ。それに随分と恨みがあるようだし、お互い、共同戦線といこうじゃないか」

「けけけ! そいつぁいいや! どうせもう、体は餌にされちまっただろうし、裏切ってもいいよなぁ! まあ俺が喋れるのは、分かる範囲までなんだが」

「内部の事や、管理局周辺について、何から何まで喋ってもらうわよ」

「ああ、いいぜ。まずあの女が来たのは、一年前だ」

「一年前? 王様が即位した頃じゃない」

「その頃には既に化け物になってたぜ。そんであいつは、リカラズから来たって言ってた仲間の野郎と一緒に、局長に会いに行った。本来なら止めたかったんだが、その時に局員が数名、怪我を負ってなぁ」

 どうやら、持ち込んだ武器や道具類はその仲間が持っていたらしい。

 その結果、局長がまずディアテラスにされ、幹部達も局長命令に逆らえず同じ体となり、そして部下に、となった時、彼らは逃げ出そうとした。


 だが、それすらアリスィアは見抜いていたという。


「……逃げ出した先で、見せしめに三人、局長を含めた幹部達の餌にされちまったんだよ」

 暗い顔で生首は言う。その凄惨な光景と共に、アリスィアは言ったのだ。


『逃げずに仲間になるなら、こんな目に遭わなくて済むわよ。さあ、選びなさい。弱者になるか、強者になるか!』


 逃げても無駄だと悟った局員たちは、順次、ディアテラスという体にされていったという。

 フィリアはそれを聞いて、ぎり、と拳を握り締めた。

「屑が……っ」

「ふむ、手段を選ばない上、合理的に配下を増やしたとは。嫌な意味で切れ者だ」

 嫌悪もあらわに、ダリド王子が呟く。

 里琉は眉を寄せて頷いた。

「オアシスを制圧したのは、多分、テアとの交流を分断する為だね。テアが介入するのは厄介だと判断したんじゃないかな。テアの王子、さっき話したけどかなり頭いいし、性格も一筋縄じゃないかないみたいだった」

 その通りだ。一度か二度しか会った事はないが、綺麗な顔をしてえげつない手を使える、良心などあってないようなもの、の権化である。

 とはいえ、あれくらい切れ者が王族に居たら、今頃この国はこんな目に遭っていないだろう。この国が発展しないのはひとえに、王族があまりにも良心的過ぎるからなのだ。

「俺達は化け物の体にされて、不眠不休でも問題なく動けるようになった。だから管理局の周りに鉄柵を作り、防犯装置をつけて、内部改造もしてある」

「内部改造ってどんな感じ?」

「局員専用のカードキーと、それより上の奴ら用のカードキーがある。地下と最上階、どっちもそれがねえと入れねえようになっているが、呼び出された時だけ内側から開く仕組みだ」

 里琉はふむ、と首を傾げた。

「見学に行った工場で、似たようなシステムを使ってたのを覚えてるけど、それだとカードキーを奪わないと色々都合が悪いね」

 どうやら思い当たる節があるらしい。さすがは先進国の出身だ。

 説明の手間は省けたが、解決の糸口は見つかっていない。

「カードキーは、制圧時に奪えばいい。最悪、ショートさせてしまえばこちらのものだ。……もっとも、その事態に備えられていたら、袋の鼠はこちらになるが」

「両方の線から考えましょ。生首、あんたは管理局の改造に関わって、その後は?」

「その日によって仕事はまちまちだ。他の奴ら同様、見回りをしたり、各部屋の管理状況を記録したり……変な機械を使わされて、頭がこんがらがるかと思ったぜ」

「記録?」

「ああ。特に薬品管理室ってところは、慎重に、かつ厳重にと言われててな。冷蔵庫とやらに入れられた不気味な液体の数は絶対に数えるよう言われてた」

 ――それが何かは、フィリアもダリド王子も知っている。

 それがあるからこそ、あちらは強気でいられるのだ。

「……エレホスの保管容器ね。もっと言うなら、ディアテラス作成の為の絶縁体となる液体の中でエレホスから電気を奪って、空の状態にするのよ」

「あ、そうか。前に言っていた状態にしてないと、使えないんだっけ」

 大分初期の頃の説明だったのに、里琉は覚えていたようだ。さすが、と言うべきか。

「そう。エレホスは元々微量の電気を保持して採取されるから、どうしてもそれが必要でね。一定以下の温度にしないと、絶縁体の方が機能してくれなくなるのよ」

「……ってことは、その液体を使った後、工業廃水として泉に流したのか!?」

 生首に掴みかかろうとする里琉を、こらこら、とフィリアが止める。彼は被害者でもあるのだ。

「ひぃっ! お、俺達だって抗議はしたさ! 泉が汚染されちゃあ、水もろくに飲めやしないだろうって! そうしたらあの女、何て言ったか分かるか!?」


『あら、あんた達なら毒水でも飲めるでしょ。近隣の村? 知ったこっちゃないわ。ああ、毒水で次々死んだら面白いわねえ。でも手駒にもしたいし、悩みどころだわ』


 ――それはそれは楽しそうに、あっけらかんと言ったという。

 里琉が、近くにあった金属台を殴りつけた。

「ちょっと、物に当たらないでよ」

「ごめん。でも、そのせいで村の子供達は不安になってる。大人たちは味覚が鈍ってて、違いに気付けていない。このままじゃ、鉱毒が体内に蓄積されて、重度の後遺症が残る……!!」

 解毒出来ない毒にも種類はある。そして鉱物から摘出される毒は、大半が体内に留まり、排出される事が無い。そして重要な器官に残り、様々な循環を阻害し、最後には命を落としかねなかった。

「早急な対策が必要、ということだね。アリスィアがオアシス管理局を牛耳っているという情報は、非常に僥倖だ。リル殿、貴公にはこの情報をすぐにでもレダの王へ伝えて欲しい。……貴公に関する話は、フィリアから聞いておこう」

「他にも色々と情報はあるけど、まずはそこね。それから、ダリド王子。お礼と言っちゃなんだけど、情報を彼女に渡せる?」

「もちろん。貴公の望む情報なら、いくらでも」

「一つだけでいいです。……奇跡の石の在り処、知りませんか? 帰る為に、手段として必要なんです」

 聞いた瞬間、ダリド王子は一瞬目を見張り、そして申し訳なさそうにそっと伏せた。

「……すまない、リル殿。奇跡の石に関しては、もちろん在り処は知っている。だが、それ以上にあれは危険であり、そして…………貴公の願いを叶えるに足る代物ではないよ」

「……どういう、事ですか」

「今の持ち主は、リコス王妃だ。彼女は我が国に来てすぐにそれを使い、姉である女王を篭絡し、実権を握った」

 ――二年前、フィリアはただの研究員だった。だが、リコスが突如国の中枢にやって来て、奇跡の石を使い、女王をその場で篭絡したと聞いている。そこから、女王は更に狂い始めた。


『とびきり丈夫な兵士が欲しいの。壊れても直せるような、すごく強い兵士を作れないかしら?』


 人体に関して、フィリアは他の追随を許さない程の知識と経験を自負していた。生まれ育った環境の事もあるが、だからといって、ほぼ不死の兵隊を作れというのは、難題だった。

 だが、脳が人体を支配する事を理解し、その脳に危険と分かっていながらも手を出せば可能な事を知り、フィリアは――やらざるを得なくなった。

「……強さを何よりも、女王は欲しがったわ。己が弱い代わりに、強さで周りを固めていたの。……私はダリド王子に監視を受けてもらっていたから良かったけど、他の研究員は、怯えながら様々な研究を続けていたわ。それも……真っ当とはとても言えない研究をね」

 そしてそれは今も続いているという。女王はどこまでも貪欲に、強く守ってくれる存在を欲しがっている。

 その結果生まれた存在が他国を食い潰そうとしているのを知って、逃げ出したのだ。

 後悔した。手遅れでも、自己弁護でも、己に言い聞かせた。


『……ディアテラスなんて、作るんじゃなかった』


 あれを野放しに増やしていたら、この世界は終わる。

 出来る限りの資料やデータを消去したが、バックアップはメインコンピューターに吸い取られていたようだ。この国でディアテラスとなったアリスィアを見た時、それを知って愕然とした。

 エレホスも、本来の使い道として持ってきていた代物だった。それさえまともに使えず、半年前のような事件を引き起こしたのは、紛れもなく自分の落ち度。

「…………リル。奇跡の石に縋るのは、きっと無理よ。あの石は欲望の為にあるようなものだわ」

「……フィリアさん」

「しかし、我が欲を言うのなら、あのリコス王妃から石を奪い、破棄してくれたらと思う。そもそも条約違反を犯しているのでね。その気になれば三国会議に突き出してやれなくもないが……今は姉上の存在が非常に邪魔だ」

「お姉さんは、始末できないんですか?」

 簡単に言うものだ。否、実際に会わなければ分かるまい。

「出来るならやってるわよ、とっくの昔にね」

 フィリアは肩をすくめる。ダリド王子も苦笑していた。

「最終的には始末したいが、そうなると今度はリコス王妃が邪魔でね。遠方に引き離せたら、とは思うのだが」

「……いたちごっこの思考になりますね、それ」

 そう、どちらかを排除したくても、どちらも排除が難しいのだ。

 だからこそ、アリスィアを殺す事で均衡が崩れれば、とさえフィリア達は考えている。

「石の居場所が分かったところで、今はどうにもならない。すまないが、まずはオアシスの奪還を最優先にしてもらえないだろうか。可能な限りの物資や情報提供はしておこう」

「分かりました。ダリド王子の存在は教えずに説明しておきますね」

「その時は私も行くわ。あんた一人じゃ見抜かれかねないし、あの王子が居ない所でも狙って、王様に会いに行くわよ」

 ならもう少しばかり、生首の情報提供が必要だろう。

 フィリアは里琉とダリド王子にも手伝ってもらいながら、情報のレポートをまとめ上げるのだった。


※ ※ ※


 戻りながら里琉は思案した。

(奇跡の石の在り処を知ってて、それがリコス王妃だって言ったら、情報の出どころを探られるよな。その場合、フィリアさんがこの二年間黙ってた事を責められるし、そうでなかったらダリド王子の事を言わなきゃいけなくなる。アリスィアがオアシス管理局を牛耳っている以上、それでこじつけられないだろうか。でも、私が嘘を吐くの苦手なのは、バレてるし……)

 何より最優先すべきは、オアシス管理局の制圧だ。この際、奇跡の石はうやむやにしておいて、終わったらリカラズに向かえばいいだろう。

 フィリア達にも相談しておけば、段取りは組みやすいはずだ。

「……よし、とりあえず、このレポートをイシュトに渡して、そうしたら……宰相さんにそろそろ確認しないと」

 生首が喋ってくれた内容をまとめたレポートを、里琉はしっかりと抱えて王の執務室に向かう。

 ノックすると、ちょうど宰相も来ていた。

「おや、リル。フィリアの所へ行っていたのでは?」

「はい。それで、聞いて下さい! オアシス管理局はアリスィアが支配しています!」

「やっぱりか。で、それが詳細だな? 見せろ」

「はい」

 数枚の板を渡した里琉は、宰相に言う。

「それと宰相さん。……時間はいつ、取れますか。他国から王子が来てしまった今、忙しくなったのは分かります。でも、私もいつまでも待っていられません」

「……そうですね。次の週に鉱山の視察がありますが、その時にお話し致しますよ。あなたが望むような答えは、渡せないと思われますが」

「そうだとしても、はっきりさせたいんです。……来週、絶対にお願いしますよ」

「分かりました。あなたがそこまで仰るのであれば」

 宰相の表情は、相変わらず里琉には読めない。ただ、きっと彼は本当に、里琉の望む答えを用意してはいなさそうに見えた。

「そういえば、王子は?」

 イシュトが戻ってきたという事は、話し合いは終わったのだろう。

 それにはイシュトが苦い声で返した。

「ライリアーナと居る。元よりあれの目的はライリアーナだろうからな」

「……それって、王子が一方的にライラを好きって事?」

「そのようですね。五年前から変わらないようですが、姫様を選んだ理由は我々も図りかねます。何しろ、あのテアですからね……」

「テアってどんな国なんですか」

 王子だけ見ていると、金髪碧眼がメインの人種のようだ。ユジーやエクスのように同じ金髪でも目の色が違う。彼らは金色なのだ。

 そのユジーが、多少眉を寄せて説明する。

「テアは華やかな国ですが、その分プライドも高く、レダの人間を野蛮と毛嫌いしている者が多いです。気候もここよりは温暖で、ティネに近い地域は雪も降るといいます」

「雪! この世界にもあったんですね」

「ええ、私の祖国であるティネは、冬になると雪に覆われるのです。非常に寒くはありますが、一年の中で最も研究をまとめるのに適しているので、不便さはなかったですね」

「アルカセルは珍しいものが好みだからな。ライリアーナの見た目も理由に入っているんだろう。それと、お前にも興味を持っていた。……はぐらかすのに骨が折れた」

「な、何かごめんなさい」

 ともあれ、そうなるとこの国は金髪を疎む理由がいくらでもある、ということになる。ぐれて染めなくて良かった、と里琉は内心思った。

「えっと、それで、テアとは一応、友好国なんだよね?」

「表向きは、だな。父上がそれこそティネに向かう途中で宿に泊まったらしいが、その時にレダの人間だからと不当な扱いを受け、それを当時の王に告げ口した事で、その宿は潰れたそうだ。当代よりは先代の方がまだ、話は通じると言っていたな」

「代替わりしたのかー……。それであの王子が跡継ぎになるの? 何かやばそうな気がする」

「ああ見えて寛容ではあるが、機嫌を損ねると面倒な奴だぞ。お前も気を付けておけ」

 ライラは本当に大丈夫だろうか、と里琉は不安になる。喧嘩などになったりしたら、あっさりと離婚されたりしそうだ。

「私よりライラの方が……」

「心配要りませんよ。あの王子、姫様以外の女性には全く見惚れたりもしませんし、暇さえあれば傍に居て口説いているくらいですから」

 なるほど、独自の恋愛観によってあんな発言が飛び出したのか、と里琉も理解する。

 ただ、王子の言い分も一理ある、とは思っていた。

「……あのー、ユジーさん。王妃候補って、その……関係持たなきゃ駄目ですか?」

「出来れば行動で示して欲しいですね。何故求婚までしておいて、そこに至らないのか不思議です」

「薬のせいだ、と念を押しておいたはずだが? それと、俺は別に否定しないが、そいつは俺を好きだと思ってないだろう」

「うぐっ」

 痛い所を突かれた、と里琉は胸を押さえる。確かに顔は好みだが、存在そのものまで好きとは言えない。

 そもそも恋愛経験どころか、人間嫌いなのを知ってて言うのだから、余計にたちが悪かった。

「れ、恋愛感情とか、私にはまだ全然わかりませんし……」

「あなたはそうでしょうね。ただ、恋という感情は体に様々な影響を及ぼします。良くも悪くも、です」

 ユジーは妻子持ちだけあって、その辺りは分かっているらしい。ただそれでも、里琉が欲しい答えをくれるわけではないようだ。

「その話は後にしろ。……アルカセルはしばらく滞在する予定らしい。むやみに遊ばせないよう、見張っておけ」

「分かりました。いつも通り、分かりやすく監視を付けますね」

「毎回やってんの……?」

「そうでもしないと、ろくでもない事をしでかすからな。それと、局員は全員ディアテラス、犠牲者は既に出ている、という事でいいな? なら、話は簡単だ。――全員、まとめて潰す」

 短絡的な発言に、里琉は慌てて王を止めた。

「ちょーい待った。ディアテラスだからって、全部殺してどうするんだよ。頭やらない限りは死なないんだろ。使い道の一つや二つ考えておいて、永久労働とかにすればいいじゃん」

「ああ、それはいいですね。今一度ディアテラスについてのレポートを、読み返しておきます。それから陛下、そろそろ風期に入りますので、準備にかかる為、人手が一時的にそちらへ割かれます。どうかお気を付け下さい」

「……ああ、もうそんな時期か」

 心なしかげんなりするイシュトを見て、里琉は首を傾げる。

「ふうき?」

「ええ。一日中風が吹き荒ぶ時期ですよ。強弱はありますが、危険なので引きこもらなければいけない時期、とも言います。まだですが、この王宮でもその為の支度をしなければいけませんし、各家庭においても対策を取り始めている頃でしょう」

「ああ、風の季節、って事か。それは大変だね。……え、じゃあ制圧いつになるの?」

「二ヶ月後が目途だな。とはいえ、風期の間で風の弱い日などに計画を進めていく。向こうは飛来物がぶつかろうが、基本的には関係ないからな」

 頭に飛来物が飛ばない限りは死なないのだ。再生力もある以上、普通に歩けるとみていい。ディアテラスの方が風期において有利なのは厳しいところだろう。

「そりゃそうか……。てことは結構予定詰まってる?」

「そうですね。というわけで、リル。二日後はお休みを差し上げます」

「休み? 私今、ほとんど仕事らしい仕事、してませんけど」

「いえ、ガルジスから休暇の申請が来まして。……二日後でちょうど一ヶ月、ですから」

「ええっ、まだ一ヶ月しか経ってなかったの!?」

 あまりに色々あり過ぎて、全く実感がわかない。だが、彼がそういえば「一ヶ月頑張ったらご褒美に石買うぞ」と言っていたのを思い出した。

「……行くのは王都だな?」

「……陛下。まさか」

「え」

 ひく、とユジーの頬が引きつる。珍しい表情に、里琉もさすがに察した。

「ついて来るつもり!?」

「変装するから問題ないだろう。それに、王都の視察もついでにする」

「それなら構いませんよ。ガルジスには言っておきますから」

「いや、普通にそれ色々と休みじゃないじゃん! ガルジスさん気の毒過ぎる!」

「あいつが言った事だ。便乗したところで、俺は自衛出来るしな」

「そうじゃなくてー!」

「……リル。王妃候補が独身の男と王都を歩くのは、色々と問題があるので妥協しなさい。ちゃんと誤解の無いように手回しはしておきますから」

 確かにガルジスと二人だけで歩いていたら、それはそれでうるさい面々が居そうだ。とはいえ、どう見ても親子くらいは離れていそうなのに、と思っていると。

「あいつにはメーディアが居るからな。あの二人の仲をどうしても裂きたいなら、我を通していいぞ」

 悪辣な脅迫を受け、里琉は殴るのを何とか堪える。

「……分かったよ! 一緒に行けばいいんだろ!」

「そう怒るな。欲しい物があれば与えてやるから」

「国の血税をそういう用途で使うなー!!」

 ――昼下がり、まだまだ暑い時間帯に里琉の怒号が響き渡るのだった。

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