10話:継ぎ接ぎの関係

 実戦向きの剣を教わるのは、彼女にはどうやら向いていたらしい。

 重そうに剣を振るいながらも、吸収の早さはイシュト以上かもしれなかった。

 数回ほど交代で剣を交わした頃、彼女は大分疲弊を見せていて、ガルジスがそれを指摘する。

「息が上がるのが早いな。ちゃんと筋トレしてるか?」

「してるよ! そんなに早く、二人の体力に追いつけるわけないだろ!」

「……そういえば女だったな」

「今思い出さなくていいです! 基礎の差の話ですから!」

 女だから、と言われるのが嫌いらしい彼女は、イシュトを前にしても強気だ。

 だが、次で今日は終わりにした方がいいだろう。疲労を与え過ぎても仕事に支障が出る。

「疲れているからといって、負ける理由にはするな。いくぞ」

「しません、よっ!!」

 それでも懲りずに向かって来る辺り、負けず嫌いなのかもしれない。

 イシュトの剣を受けたがらない彼女は、だがさっきまでのように攻撃に転じる気配が無かった。

「どうした? 避けているだけでは――……っ!?」

 軽く振り下ろそうとした剣を、里琉はまっすぐ見据え、何故かそれに向かってきた。

 その一瞬でイシュトは剣を逆手に翻し、里琉の手首に手刀を落とす。

「いってえええ!!」

 女性らしからぬ悲鳴を上げた里琉は、その場で剣を取り落とした。

「おい、大丈夫か!?」

「……危なかった。お前、死ぬ気か」

 イシュトが気付かなかったら、イシュトの剣は里琉の心臓を貫いていただろう。

 手首を押さえて膝をつく里琉は、まだ痛そうだ。

「死にたくないけど、今みたいな事したらどうなるかなって……いだだだだ!?」

 なるほど、とイシュトは遠慮なく彼女の頭を片手で締め上げた。割と通用するお仕置き方法だと分かったので、容赦をしない。

「お前まで殺したら、今度こそ俺は法務大臣に裁かれるんだが?」

「…………いや、イシュトさんなら気付くと思ったし」

「はあ? お前何言ってんだ。素人だからって変な動きしたら、それこそ駄目だろ」

 ガルジスの呆れた声に、里琉は肩をすくめた。

 ただ、同時にぞっとする。あれは、あの動きは。


(……まるで、あの時のような)


 彼女の動きが鈍いからこそ、イシュトも止められた。だが、そうでなかったなら。

「お前実は、殺しても死なないんじゃないだろうな」

「いや死にますけど!? フィリアさんに、ちゃんとそこは調べてもらってますけど!?」

 フィリアの名前を出す辺り、言いたい事は分かっているようだ。だったら余計に、あんな真似は二度として欲しくない。

「今の動きは今後、禁止だ。いいな」

「……はぁい」

 釘を刺すと、里琉は大人しく返事をした。

「……おいリル、今の本当にどうしたんだ?」

「思い付きだよ。何で?」

「いや……何かな、陛下が怒るのも当たり前だろうなと思って」

「そりゃ、特訓相手をうっかり死なせたら嫌だろうけど」

 首を傾げる彼女に、ガルジスは困惑しているようだ。言っていいのか、迷っているのだろう。

「そうじゃなくてだな……あー……」

「…………俺が殺した相手の動きに似ていた」

「……すいません。嫌な事、思い出させてしまって」

 深く頭を下げた里琉は、その意味を理解したらしい。

 その場で今日は解散となったが、ガルジスは苦い顔のままだった。

「考え過ぎじゃなきゃいいんですが、まるで……陛下の証言のような動きをしてましたよね、あいつ」

「ああ」


 ――あの日、イシュトはアリスィアが大罪人の証拠が揃った状態だと判断して、妹の部屋に向かった。

 未だにあの麻薬を使っていた部屋には、妹とアリスィア、両方が居て。

『まあ、陛下? 姫様に一体どのような御用でしょうか?』

 何も知らない他人から見れば、完璧そのものの立ち居振る舞い。

 だが、香に満ちた部屋の中、平然としているその姿は、イシュトの目から見たら化け物でしかなかった。

『用があるのはお前だ。そろそろ、この国から消えてもらう』

『まあ、突然ですこと。ですが……私が何をしたと仰るのです?』

『現時点で人間でない事は確かだ。それを証明する為だけに来た』

『…………証拠はおありでして?』

 挑むような目だった。出せるものなら出してみろ、と言わんばかりのアリスィアに対し、イシュトは剣を抜いた。

『証拠など、お前自身で十分だ。ディアテラス――リカラズの化け物だと分かればいい』

 そうして剣を振り上げて、片腕を斬り落とそうとした時、彼女は明らかに人外の動きを以て、振り下ろされかけたイシュトの剣に、自ら心臓を突き刺したのだ。

 ディアテラスでも、血は流れる。それは、イシュトに図らずも隙を与え、そしてアリスィアはその動揺に気付いて、唇だけ動かして言ったのだ。


『ざまあみろ』


 妹の悲鳴が響き渡る中、イシュトが出来る事はもう何もなかった。

 アリスィアに取りすがり泣き喚く妹は、イシュトには見えていた傷の修復など目もくれず、目を閉じて死を偽るアリスィアの顔に触れたままで。

 あの女がここまでやるとは思わなかった。完全に、失敗した。そう悟ったのだ。

 やり場のない怒りは、沈黙へと置き換えた。事情を何も知らない大臣は呆れ叱責し、宰相はイシュトの前に姿すら見せなかった。

 誰からも見捨てられた、と思ったのだ。それならば、もう自分は不要なのだろうと。

 だが、それを否定したのはガルジスだった。


『陛下、どうにもならないなら、逃げましょう。どこにでもお供しますんで』


 姿を消す直前の事だった。誰も信じられないイシュトに対し、彼は深夜にやってきて、そんな事を言い出したのだ。

 幼少期から剣を教えてくれたガルジスは、イシュトにとって数少ない理解者の一人だ。

『……だが、お前も俺がした事を理解していないだろう』

『アリスィアを殺したのは、明確な意思ですか?』

『…………あの女は、俺に正体を暴かれる事を怖れて、殺された振りをした。……今頃どこかへ逃げただろうな』

『だと思いました。ディアテラスでしたっけ? フィリアが言ってた化け物になってるんなら、それこそ誰も信じちゃくれないでしょうね。……宰相は何を考えてるんだか、さっぱりですし』

 だから逃げましょう、と言った彼は、いつも通りの余裕を持っていた。

 逃げてどうするのか。国は、妹は、どうなるのか。そんなイシュトの心配に、ガルジスは全部一回投げ捨てる事を提案した。

『全部一人で背負っちまうのは、悪い癖ですよ。その荷物、他の奴らに投げつけてやりましょう。で、どこに行きます? ノアで湯治でもしますかね?』

『……気軽に言うな。それに、俺は……まだ王だ』

『じゃ、ちょいと試しますか。王として必要とされてるかどうか。それから……王が居なければ国がどうなるか。俺は、陛下が居なくなったら国が傾く方に人生賭けますんで』

『お前まで巻き込まれなくていい。これは、俺の咎だ』

 お人好しだと知っている。だからこそ、この場で手を貸してくれるのは彼だけだとも。

 だからこそ、彼を巻き込んだら彼も責められる対象になる。分かっているのだ。

 自分より一回りは上の、人生における先輩は、そんな心配すら笑って蹴飛ばした。

『何言ってるんですか。大人一人にちょっと迷惑かけるくらいでいいんですよ。若いんですから』

 さあ行きましょう、とガルジスは手を差し伸べた。

 迷いながらもその手を取ったイシュトは――そうして、この王宮内で国の未来を静観し続ける事になったのだ。


「狙ってやれる事じゃないです。あいつもしかして、本当に真実を見付けるつもりじゃないでしょうか」

「……かもしれないな。だが、そうだとして……ディアテラスの事を知らない奴らには通用しないだろう」

 大臣がいい例だ。証明するなら、ディアテラスである事をまず見せ付けなければいけない。

 そのアリスィアが居ない以上、ディアテラス自体の存在すら信じてはもらえないのだから。

「そこはフィリア辺りが何かしてそうですがね。どうします?」

「……ああいう無茶をする奴だ。真実を見極められる瞬間に立ち会える可能性は高い」

「分かりました。あいつには秘密裏に動いておきましょう」

 過度な期待はしない。ただ、彼女が本当に真実を掴もうとしているのなら――それは、自分が必ず見届ける必要があるのだ。


 全てが、動き始めようとしていた。


※ ※ ※


「ほう、なるほど。妾が正常であれば、確かに傷の確認はしたであろうな」

「その時の記憶はないんですね」

「残念ながらの。あれば、証明は妾自身が出来たのじゃが」

 ――あれから二日後に、また彼女はエクスの所に来ていた。今度は、正気に戻ったという状態で。

 おかげで、会話が非常にスムーズに進んでいる。

「実はのう、そなたの血が薬じゃと聞いて驚いておるのじゃ。どうりでエクスの薬湯より効きが早いと思うたものよ」

「こればかりは、一種の奇跡ですね。それで、姫様。どうしますか?」

 今日はフィリアは不在である。ディアテラスの証明の為に、色々と下準備をしたいらしい。

「どうもこうも、早急に手を打たねばならぬ。妾の体は見ての通り、悲惨であろう? 全く、エステを受けぬようになってから、肌も髪も荒れ放題じゃ。おまけにあの香のせいで、正気に戻ってもまともに動けぬ。カーエをとっとと排せ」

 正気に戻ると、王女らしいというか、尊大な態度だ。だが、見た目が美少女なのも相まってか、どちらかと言うと可愛らしい。

「ええっと、ライラ、様は、カーエの事を認識出来てますか?」

 一応、王女の状態なので呼び方や口調を変えると、彼女は肩をすくめてそれに返した。

「ライラでよい。カーエは何度か正気の時に会うたが、あのような者を傍に置くなぞ、普段の妾ならば耐えられぬ。メーディアに戻せと言いたい」

「まあ、そうですよね。カーエがディアテラスなのはご存知ですか?」

「少し考えれば分かる事じゃ。香の部屋に居て平気ならば、間違いあるまいて。数年前、珍しい植物じゃとうっかり気を許したのがそもそもの間違いよ。アリスィアが持ってきた時点で、受け取るべきではなかったのじゃが」

 珍しいものに目がない、と自分で言っていたので、それもまたアリスィアの計算の内、だったのだろう。

 何にせよ、カーエを何とかしない事には、ディアテラスの周知徹底も出来ない。

「あの部屋に居る妾は、こうして会話した事を覚えておらぬ。故に、エクス。今のうちに証書を作るぞ」

「では、こちらを。新しく国用の紙としてリルが発見した黒地石の板です」

「いや、私がっていうか、女官の人がぶちまけたバケツの水が原因だったから、その女官の功績って事にしたいんだけどね。……名前聞きそびれちゃって」

 急いでたせいで、どんな女官かも覚えていない。やたら平身低頭な態度だった記憶はある。

 いつかまた会えたら、とは思うが、まずはその証書とやらだ。一体何を書くつもりだろうか。

「まずは兄上の事じゃの。兄上が妾の為にしたというのを、妾が理解しておると明記せねばならぬ。それから、アリスィアが妾をずっとリマテアスで操っていた事もじゃな。それと、ディアテラスの事も書いておくぞ。それから……リル。そなたの事もじゃ」

「え、私ですか!?」

 何で自分まで、と驚く里琉に、当然だとライラは返す。

「そなたが妾と出会い、妾と話をしたからこそ、こうして正しき事が明らかになっておるのじゃぞ? そなたの功績でなくて何と申すか」

「いえ、それは……バレるとちょっと面倒そうなんですが」

「兄上か? 心配要らぬ。ああ見えても愚王ではない」

 怒られたくないな、というのが本音だが、妹である彼女の前で言う事でもあるまい。里琉は仕方なくそれを承諾した。

「そ、そうですね。一応、証人として……」

「どうせ関わってるのバレてるんですから、そこは開き直っていいんじゃないですかね」

 板の一面びっしりに書かれたそれに、ライラはサインをする。

「これで正式な王族の書類じゃ。とはいえ、王族放棄をしてしまっておるからのう。効力は微妙じゃな」

「操られていた結果の発言ですし、大丈夫じゃないですか?」

 イシュトも大事な妹だと言っていた。だから、王族として戻ると言えば、反対はするまい。

「しかし、兄上とよう話せるものじゃ。あれは女子を近付けぬのじゃが」

「多分、男に見える外見だからだと思います。女っぽくないから話しやすいのかなって」

「……そうですかねえ?」

 エクスが首を傾げる。何故同意しないのかと思っていると、ライラがあっさりその理由を指摘した。

「そなた、エステを受けておるじゃろう? その肌と髪では、いくら顔や髪型が男子に近かろうとも、誤魔化す事は出来ぬぞ」

「え、そ、そんなに!?」

 確かに化粧もしやすくなったし、髪も綺麗に櫛が通って艶が出るようになった。

 だが、それがエステ効果だとはあまり思っていなかったのだ。

 よく考えたら、他に理由が思いつかないので、恩恵だと思っておくことにする。悪い事ではない。

「そういえば、他の男に声を掛けられたりなどは?」

「全然。ガルジスさんが割と近くに居る事が多くて、誰も寄ってこないからすごい楽」

「……すっかり保護者じゃのう。しかしリル。気を付けよ」

「え?」

 ライラが渋面を見せる。その心配は、想定外の方向だった。

「ガルジスは兄上と懇意じゃ。そなたがしようとしている事に、気付かれるやもしれぬ。宰相命令とはいえ、そなたは本来、部外者じゃ。……下手に疑われぬよう、留意せよ」

 もっともな忠告に、里琉も真面目に頷く。

 そこで鐘が鳴った。終わりの合図だ。

「よし、ライラ。部屋まで送りますね」

「うむ。……カーエが探しに来る前に戻る事にするかの」

 よいしょ、とライラを抱えた里琉は、その軽さにぎょっとした。

「え、私でも運べる軽さ!?」

「そうじゃのう。……女子の本来の重さではないであろうな」

「……運び慣れていないから、ゆっくり行きますね」

 彼女を歩かせるような事はしたくない。里琉はエクスの部屋から出て、ライラの指示通りに進む。

 奥まったその部屋は、入り口で既に甘い匂いがしていた。

「ここで良い。……そなたまで中に入っては、危険じゃ」

「……そうですね。では、また」

「うむ。……頼んだぞ、リル」

 里琉の腕から下りた王女は、毒の満ちた部屋へと入っていく。それを見送ってから、里琉は離宮を出た。

 ひとまず、次の所へ行かなければならない。

 今のところ、イシュトもガルジスも、里琉の行動に言及はしてきていなかった。

 だが、逆にそれは少しばかり不安でもある。

「えっと、次はイーマ大臣か。……また死刑の見学かな」

 斬首も絞首も両方見た上で、その罪状を教わり、国の法の重さを学んでいく。

 イーマ大臣は、里琉がそれに大きな反対をしない事を評価しているのだろう。

 そして里琉にはもう一つのメリットがあった。


 ――主に、斬首に見慣れる事。


 人間の体の一部を切り落とす行為は、いずれ自分がするべき事だ。だから、まずは見る事に慣れなければいけない。

 イーマ大臣には知る由も無かろうが、今はそれでいいのだ。

 もう少し、後少し。

 里琉は、近づいて来るその瞬間に向かって突き進んでいった。


※ ※ ※


 ライラが証書を作り上げてから一週間ほど経った頃。

「よし、それじゃやるわよ」

「証書はいつでも出せるようにしてます。まずは姫様をあの部屋から出さなければいけません」

 教育の時間を利用して離宮に来た里琉は、フィリアとエクスと共に、ライラの居る部屋へと向かう事になった。

 これならば鐘が鳴るまでに片が付くし、騒ぎになったとしてもカーエさえ生かしていれば何度でも立証は可能だ。

 急がなかったのも、正気の時と中毒状態の時のライラ、両方とのコミュニケーションが必要だったし、下手に急げばその分、粗が出る。

 イシュトやガルジスは何も言わないが、里琉とて不用意な事を言うのは避けていた。

 ライラには中毒状態の際に「次の時は私から部屋に向かう」と告げているので、待っていてくれるだろう。

 彼女の部屋へ向かう途中、通りすがりの女官達が何かひそひそと話しているのが聞こえた。

「ほら……彼女でしょう」

「ええ、姫様が新しくお気に入りになったとか……」

「やぁねぇ。新参者のくせに、取り入っちゃって」

(何も知らずに離宮で一日潰してる生活して、何言ってんだこいつら)

 何度も通っていれば分かる。離宮はそこまで手をかけられていない。彼女たちが真面目に仕事をしていない証拠だ。

 モニ大臣が知ったら「給料泥棒!!」と激怒するだろう。

 ちなみにメーディアには報告済みである。

『そんな事だろうと思ったわ。姫様を取り戻したら、全員降格ね』

 女官長権限は、女官全体に及ぶらしい。あの時点で離宮に来た女官は、全員降格対象だと言っていた。

 首にしないのは、人手不足だからなのだろう。

「大罪人の無実を信じてる時点で、残念な頭よね」

「仕方ありませんよ。騙された事も認められないくらい、プライドが高いんですから」

 二人も容赦がない。こそこそとはいえ、辛辣な言葉を吐いている。

 あの年若い王女でさえ、正気状態で騙された事を認識し、悔いているのを見れば、当然の反応かもしれない。

 その王女の部屋は、相変わらず甘い匂いが入口近辺に漂っていた。

「今日はカーエも居るはずよ。いきましょ」

「逃げられないように、私は入り口近くに居ますよ」

 そして里琉は、入り口のベルを鳴らした。

「……どちら様……まあっ!」

 警戒もあらわに布扉をわずかに開けたカーエは、里琉の顔を見るなり渋面になる

「どうも。……ライラに会いに来ました」

「もちろん、入れてくれるわよね? だってお姫様が会いたがってたんだもの」

「な、何と無礼な! 事前に連絡もせず会いに来るなど!」

 帰れ、と言わんばかりの態度のカーエだが、その横からライラが飛び出してきた。

「リル! 待っておったぞ! 本当に来てくれたのじゃな!」

「うん。入ってもいい?」

「もちろんじゃ! フィリア! そなたが案内してくれたのじゃな? そなたも入れ!」

「……ふふ。だそうよ? カーエさん?」

 フィリアの言葉に、ギリギリとカーエは歯噛みするが、渋々布扉を開けた。

「……どうぞ、お入り下さいまし」

 扉の向こうはいくつかのランタンのみしか置かれておらず、窓はしっかり閉ざされている。王女が太陽の光を痛がるせいだろう。

 そして部屋中を満たす香の匂いは、常人が吸えば、徐々に精神への悪影響をもたらす。

 が、里琉にはそんなものは通用しないし、フィリアは投薬による対策を取っている。

「あ、私、鳥目なんで、布扉は開けててもらってもいいですかね?」

 フィリアの事もある為、万が一を考えて里琉は嘘を吐く。

 途端にカーエは噛みつくように拒否を示した。

「なんですって!? そのような厚かましい……!」

「カーエ、言う通りにせよ。妾もリルの顔を見たいのじゃ」

「…………分かりました」

 結局王女であるライラに逆らえないらしく、カーエは布扉を上げる。

「……ライラ、カーエさんに対する態度が随分前と違うように見えるけど……何かあったの?」

 しらっと尋ねると、ライラは不満顔でカーエを見る。

「その者は嘘を吐いたのじゃ。そなたの事もじゃが……アリスィアが生きていると申す」

「ほ、本当なのですわ! アリスィア様は、姫様にお会いしたがっておりました!」

「ええい、まだ言うか! 妾の目の前で殺されたアリスィアが、生きておるはずがなかろうて!」

 ――嘘をつくにしても、もうちょっとマシな言葉を選べよ、と里琉はこめかみを押さえた。

 いや、嘘ではない。それは知っている。しかしどんな言い方をしたら、こんな短絡的な中身になるのか。

「アリスィアが生きてるなら、王様は誰を殺したの?」

「それは、……そ、そう、アリスィア様の身代わりですわ!」

「何言ってんのよ。身代わりなら、お姫様が気付くでしょ」

「当然じゃ! 妾が、アリスィアを見間違うはずもない!」

「つまり、王様が殺したのはアリスィア。カーエさん、あなたが会わせたがってるのは本当にアリスィア?」

「当然ですわ! アリスィア様はご健在にあられます!」

 胸を張るところではない。むしろそれこそ、言ってはならない真実だ。

 隣でぼそりとフィリアが「馬鹿ね」と呟くが、同意しかない。

「その健在なアリスィアはどこにいるの? 仮にも王女を相手に、そっちから来ないで呼び付けるとか、不遜にも程がない?」

 事実はさておき、里琉の言葉は至極最もなはずだ。うむ、とライラも頷いている。

「そうじゃ。アリスィアならば、自ら妾に会いに来るはずじゃ! 妾は何もしなくてよいと、あれは言うた!」

「ええ、ええ、存じておりますわ。しかし、アリスィア様は今、非常に多忙にしておられます。ですから、姫様をお連れした方がより確実でして……」

「ど、こ、へ? そもそも晴天真っ盛りの下、太陽の光を激痛に感じるお姫様を引っ張り出してまで呼び付ける、大層な御用事ってなぁに?」

 フィリアの指摘に、更にカーエはうろたえる。

「そ、それは、もちろん、布を被せまして、すぐに鳥車へと……」

「嫌じゃ! あのような痛みは耐えられぬ!!」

 即座にライラが拒否を示した。聞いた限りでは、無数の針が全身に突き刺さるような痛みらしく、下手をすれば意識昏倒レベルに陥るという。

 その状況で数秒でも耐えろというのは、拷問に他ならないだろう。

「大体、連れてった先にアリスィアが居る保証もないわよねぇ。それとも証拠あるの?」

「ここ、こちらに、直筆のお手紙がありますわっ!」

 がさごそと服を探って出したそれを、カーエは自ら開いて見せた。

 里琉には読めないが、フィリアが怪訝な顔をする。


「『姫様へ。大事なお話がございます。カーエと共に参られますようお願い致したい所存です。アリスィアより』」


「……それはもう見た。しかし、信じられぬ。生前のアリスィアが遺した手紙やもしれぬであろう!」

 死んだ者は生き返らない。ライラの中で、アリスィアはもう死者だ。

 つまり、カーエがどう取り繕おうとも、彼女の中にある計画も、それに連なるアリスィアの計画も、失敗に終わる。

「残念だったね、カーエさん。……あなたはもう、終わりだよ」

「なな、何を! 姫様に不信を吹き込んでおいて……!」

「そなたはリルの事も嘘を吐いておったであろう! 妾は、そなたなぞ信じぬわ!」

 ぴしゃん、と雷のようにライラの言葉がカーエに投下される。

 それを受けて、カーエは硬直した。

 フィリアが肩をすくめ、くすりと笑う。

「お姫様がここまで言うんだもの、もういいわよね? リル。嘘吐きの化けの皮、剥いであげましょ」

「そうだね。ライラ、本当の事を教えてあげる。……あなたはずっと、騙されていたんだよ」

 大分重さに慣れてきた剣を、里琉は引き抜く。

「……リル?」

 怪訝そうな顔をするライラの目の前で、不意にカーエが苦しむ。

「うう……っ、何、頭、が……!」

「ふふ。秘密兵器のお出ましよ。さあリル、王様になったつもりで切っちゃって」

「私、大根役者なんだけどなー」

 何が起きているかは分からないが、フィリアはディアテラスに襲われない為の秘策を持っていると聞いていた。ディアテラスは馬鹿力を持つ為、それがあれば弱体化が可能らしい。

 そのおかげで腕を押さえられたカーエは、ふらふらよろめいて、抵抗も出来ない状態のようだった。

「さてと――正体を現せ、化け物っ!」

 その腕目がけて、里琉は剣を振り下ろす。

 さくっと、あまりにも軽くカーエの腕は切り離されて。

「きゃああああああ!!」

 カーエが悲鳴を上げた。ライラは唖然としており、そしてフィリアが笑顔のままライラに告げる。

「お姫様、ごらんなさい。あなたの傍にいた化け物の正体よ」

 そうして切り離された腕を断面にくっつけると、その腕はフィリアの手を離れても勝手に動き、元の状態に戻していく。

「うえっ、気持ち悪っ!!」

 剣を収めた里琉が思わず引く程度には、ホラーな光景だ。

「ひ……っ」

 ライラも青ざめて引きつっている。

「さあ、言い逃れが出来るもんなら、してごらんなさい? リカラズの化け物、ディアテラス。アリスィアの代理人、カーエ!」

 しばらく頭を押さえて苦しんでいたが、それが和らいだのか、カーエはすとんと何もかもが抜け落ちた顔を上げる。

 だが口元だけは三日月のように歪み、ヒッ、ヒッ、とカーエの喉が鳴ったかと思うと――つんざくような笑い声が響き渡った。


「ヒィッ――――ヒァハハハハハハ!!」


「きゃあっ!?」

 フィリアが次の瞬間、強い力で突き飛ばされる。そして里琉の首が、切られた側の腕によって掴まれた。

「が、っ……!?」

「リル!? 止めよカーエ! 何をするかっ!!」

「アリスィア様は生きておられますのよ、姫様ぁ! 王に殺された振りをして、きちんと逃げおおせられましたわぁ!! 何しろ、私と同じ体をしておりますものぉ!!」

「……なん、じゃと」

 愕然とするライラに、カーエは更に追い討ちをかける。

「お待ちくださいねぇ、姫様。この二人を殺してから、本当にアリスィア様の所へお連れしますわぁ! アリスィア様の所に行けば、姫様もお人形として、永遠に美しきお姿を保てられますのよぉ!」

 カーエの言葉を聞いて、ライラは悲鳴のような声を上げた。

「あああああっ!! やめよやめよ!! リルを離せ、化け物め! 妾は人の子じゃ! 人形になぞ、ならぬっ!」

 だが、その体は力が入らないらしく、カーエの所に行く事すらままならない。布扉を開けていたせいか、香の効果が薄まったのだろう。ライラは今、まともに動ける状態ではなくなっていた。

 だが、それよりも里琉は、自分の命の心配が先である。

(やべえ、このまま首折られたら……死ぬ)

 カーエが王女に気を取られている間だからまだギリギリだが、これ以上力を込められたら、即死確定だ。こんなところで終わるのはさすがにご免こうむりたい。

 そう思っていると、呆れた声が響いた。


「馬鹿は本当によく喋るな」


 すぱん、という音が響き、次いで里琉の首から手が引き剥がされる。その反動で床に転がった里琉は、吐きそうな程の咳をしながら、ようやくまともな呼吸を取り戻した。

「リル! 生きてますね? フィリアがついていながら、全く、こんな事になろうとは思いませんでしたよ!」

 駆け寄ってきたエクスが喉の具合を見て、背中をさする。今まで出て来なかったのは、王に見られて止められていたから、だろうか。

「いやああああ! 私の、私の腕ぇっ!!」

 半狂乱のカーエが、残った片腕を後ろでイシュトに拘束され、転がった腕を見て叫んでいる。出血もほとんどしていないそれは、自ら動く事は無いらしい。

「いやー、派手にやったなあ。あ、見物人も結構いるから、ちゃんとディアテラスの周知にはなったろ? リル」

「が、ガルジス、さん、まで」

 ざわざわと聞こえるのは、離宮にいた女官達の声だろうか。これで少しは自分の行いを省みる者が出ればいいのだが。

 そこにもう一人、事情を知る人間が近付いて来る。

「自白させる手間が省けて、助かりましたよ。まさか行動のタイミングがここまで全員被るとは思いませんでしたが」

「……ユジー、さん」

「よくやりました、リル。さすがは私が見込んだ部下です」

 そう言って頭を撫でる手つきは、まるで父親のようだ。

「いやあああっ、私の、腕、腕がっ、あああああ!!」

「……ちょ、うるさ……え?」

 カーエが随分騒ぐな、と思った里琉は、その理由を目で理解した。


 ――カーエの肩の切断面が、新たな皮膚に覆われている。


「ぎゃー!!」

 喉が潰されかけたのも忘れて、里琉は悲鳴を上げた。傍に居る誰かの脚にしがみつく。

「お前もうるさい」

 どうやらイシュトだったらしく、頭を押しやられる。が、そんな事より目の前の現象だ。

「だ、だって、傷が!?」

「ディアテラスは切断すると、一定時間でこうなるのよ。王様が見せたかったのは本来こっちね。これなら誤魔化しもきかないし」

 やっと立ち上がれたらしいフィリアが、近付いて肩をさすりながら説明した。さすがに製作者は肝が据わっている。

「装置を止めたと思ったら、すぐさま暴走するなんて。雑な処置でもされたのかしらね」

「いや、普通の思考回路で考えたら、反撃のチャンスだと思うよ……」

 カーエの心情は慮る気など無いが、暴走のタイミングにおいては、当然だろうなと里琉は思っていた。予想以上に速すぎて、対処しきれなかっただけで。

 落ちている腕の方には変化はない。電気回路が途切れた以上、ただの人間の腕に戻った、と考えられる。

 しかし、新たな皮膚に覆われた断面の方は、まるで元からそこに腕などなかったかのような、つるりとした状態だ。生きているだけに、余計気持ちが悪い。

 ちなみにライラは、気を失っていた。駆け寄ってあげたいが、残念なことに腰が抜けているので立ち上がれない。

「はい、団長さん。装置貸してあげる。後で返しに来てね」

「おう、借りるぞ。……このボタンを押すのか?」

「あがっ、があああ! 頭、頭がぁっ!」

「なるほど、弱体化というか、何かが干渉するのかー。面白いな。後で仕組み聞かせてくれや」

「あら、理解を示してくれてありがとう」

 玩具を弄るかのように装置を動かすガルジスの順応性は、見習うべきだろうか。

「ふむ、それはこちらでも有効に使いたい。ガルジス団長、この後の周知会議にて使わせてもらえないだろうか」

「あー、あれですか? いいですよ。さすがに俺に使わせてもらうという前提になりますが」

「構わぬ。それとリル殿、独断専行は時に己の命を危険にさらす事はおろか、多くの者に迷惑をかける元となる。今後は控えよ」

「うっ……き、気を付けます」

 いつの間にかパソーテ大臣まで来ていた。

 騎士団員に拘束されたカーエは大人しくなったが、ぶつぶつと何か言っている。

 彼女が引きずられて行くのを見送っていると、入れ違いに姦しい声が増えた。

「やーだぁ、こんな辛気臭い部屋に、王女様いらしたのぉ!?」

「早く中央宮の、綺麗な部屋にお連れしましょ! このお香もなぁにぃ? 甘ったるくて、気持ち悪ぅい!」

「……あ、ネオ大臣の……」

 派手な化粧と装飾、明るい服装。なのに下品さの欠片も見せない女官達の姿は、里琉も見覚えがあった。

 ネオ大臣の直属の女官達だ。彼女達は美のエキスパートでもある。王女を救出次第、色々と保護してくれる手筈を整えてくれたのだろう。

 一人が里琉を見て、悲鳴のような声を上げた。

「きゃー! リルったら、酷い痣! お化粧で隠せるかしらぁ!?」

「ほんと! 首に巻き物は禁止だけど、特例で許可出せないかしらぁ!」

「いや、私はいいんで、ライラを……」

「ほら、中央宮では、女官長様が今か今かとお待ちなのよ! 急いであなた達!」

「はぁーい! じゃあ後で治療しましょうねぇ、リル!」

 気絶したままだが、ライラは現状とても軽い。彼女達だけで大丈夫だろう。

 静かになった部屋で、フィリアがやれやれと息をつく。

「まったく、散々だったわ。でも、これで一つ片付いたわね」

「フィリアさん、大丈夫ですか? 怪我とか……」

「ええ、何とか。……けど、それどころじゃないわねぇ」

 げんなりため息を吐く彼女の視線の先には、王。里琉も思う所は同じだったので、その場でフィリアの手を掴んで言う。

「…………よしフィリアさん。一緒に逃げよう」

「そうね、ノア辺りでいいかしら?」

「お前らまで同じ会話をするな!!」

 何の話だ、と里琉はガルジスのツッコミに怪訝になるが、ユジーがそれを遮った。

「駄目に決まってるでしょう。……さて陛下。お久しぶりですね」

「……相変わらず、手段を選ばないようだな」

「決めたのは彼女ですよ。依頼したのは私ですが」

 そういえばそうだったな、と里琉も思い出す。元々そんなつもりはなかっただけに、勝手な事をした後ろめたさはあった。

「す、すいません……気が付いたら、首突っ込んでました」

「お前ならやるだろうなと思ったけどな。だからこっちも動く事を決めたんだ」

「や、でも、部外者といえばそうなので、私が真実を知ったところで、王様が戻りたくないのなら、別に強制は」

「宰相の部下として動いてる時点で、部外者どころか関係者だ。どのみち、国自体が限界だろう。まだ足掻くつもりがあるなら、戻ってやる」

 それを聞いた瞬間、ユジーはにっこりと笑った。

「それでは、参りましょうか。執務室へ」

「えっ、今から!?」

「今からです。リル、あなたは先に手当てを。それから後程、聴取も行います。フィリア、エクス、あなた方もですよ」

「はぁ、面倒ねぇ。……あ、でもアリスィアはまだ居るんだっけ。じゃあ逃げられないわね」

「姫様が戻られるなら、ここに居る理由は無いですね。私も中央宮に引っ越し直しましょう」

 話がまとまったということで、移動する彼ら。

 里琉は最後に一度部屋を見て、落ちたままの彼女の腕を見付け、眉を寄せる。

(人間に見える化け物……か。私も、信じてくれる人が居なかったら、同じ扱いだったのかな)

 だとしても、心は人間だ。あのカーエとは違う。

 現場検証その他の為に残ったガルジス達を後にし、里琉は中央宮へと戻ったのだった。


※ ※ ※


「……以上が、私がここに来て滞在した経緯です。何か、質問はありますか? 王様」

 手当てをされた里琉の首元は、包帯が巻かれて痣が隠されていた。取れるには数日かかるだろう。

 イシュトはそれを視界に入れつつ、たった今彼女から語られた膨大な情報量に頭を軽く抱えていた。


 ――率直に言って、理解が追いつかない。


「整理する。ちょっと待て」

 久しぶりの執務机は、思いの外綺麗に保たれており、部屋そのものも定期的に換気されていたらしく、埃っぽさは無かった。

 だが、未だに自分が座るのは落ち着かない。置かれた書類が決裁を待つ中、里琉の聴取を優先したイシュトは、何とか彼女を簡潔に表現する言葉を探し出す。

(異郷の人間。それも、この世界ではなく、全く別の世界……。余所者、と言いたいが、こいつは既に馴染み始めている上、体の中に奇跡の石が入り込んでいるとなれば、全く無関係とも言い難いな)

 文明の発達した世界及び国から来たという彼女にとって、今回のディアテラスの件など、取るに足らない簡単な事件だったに違いない。

 フィリアと仲良くしているのは知っていたが、妹を救い出すまでやるとは、正直思っていなかった。

 だからこそ、どうしたらいいのかが分からない。

 体質の話も、下手をすればその血の解毒効果を利用されるかもしれない、と分かっていて、彼女は話したのだろうか。

「王様? 大丈夫ですか?」

 痺れを切らしたのか、里琉が声を掛けてきた。

「理解しきれないかもしれないのを承知で、私も話しました。最初から最後まで、全て信じて欲しいとは言いませんよ」

「……お前が嘘を吐いているとは思わんが」

「はい。全て正直に話しました。しかし、この先それはこの国に影響を及ぼす事でもないでしょうから」

「いや、影響はしている。お前がカーエを追い詰めて騒ぎにしたからな」

「余計なお世話、でしたか? ご自分は高みの見物を決め込んでおいて?」

 棘。心にちくりと刺さるそれは、些細ながらも不快感を伴う。

「言いたい事でもあるのか?」

「個人的にであれば、一つ」

「構わん。言え」

 何が言いたいんだ、と思っていると、里琉は薄く笑みを浮かべて、冷たく告げた。


「あなたは嘘吐きですね。王様」


「……否定はしない。だが、今思った理由は知りたい」

「ライラの事です。あなたは個人的な会話の中で、彼女を大事だと言いました。ですが実際、あなたは再会した妹に対し、言葉の一つもかけず、視線も寄越さず。……それのどこが、大事だと言える証明になりますか?」

 彼女の言葉は、イシュトにとってひどく奇妙に思えた。

 あの時の妹は正常ではなかったし、カーエから意識を逸らす事も出来なかった。そうこうしている間に妹は気絶し、カーエは送検され、自分はここへと戻された。ただ、それだけの事だというのに。

「話なら、後ほどする予定だったが?」

「その『後ほど』は、どの程度なのでしょう? いえ、答えは必要ありません。私にはもう、関係の無い事ですから」

 言いながら里琉は席を立つ。

「個人的な見解だけを申し上げるなら、あなたは私の期待を裏切ったんですよ。私が最も大事にしているものを、あなたは私の目の前で否定した。それだけの事です」

 そして一礼し、扉へ向かった。

「……お会いするのが、これで最後になるといいですね」

 ――一言、それだけ残して。

 静かになった部屋の中、イシュトはとうとう机に突っ伏した。

「やってしまったか……」

 家族は大事だが、王族のそれは、一線を画したものだ。いつ何が起こってもいいように、最低限の覚悟だけは常に持っておく、いわば、保険の意味合いがある。

 それを誰も、里琉には教えていなかったのだろう。当然だ。彼女は王族ではないし、王族という括りを飛び越えてイシュトとライラ、それぞれに接触した稀有な存在である。

 王族問題のいざこざまで教えたくなかった、と考えるのが当然か。

 彼らが里琉を守りたがる理由は分かったとして、彼女はもう、イシュトの方を向いてはくれないだろう。女という存在を煩わしく思っていたはずなのに、彼女だけは近くに居るのが心地よかった程だった。

 それが無くなるというのは、奇妙な喪失感をもたらして。

「くそ……厄介な女が来たものだ」

 どうしてくれよう、と思ったが、二度と会わなければいいだけの事だ。宰相に掛け合って、彼女に自由なり何なり与えてやればいい。


 ――そうは思っても、心につかえた何かが消える事はなかった。


※ ※ ※


 彼女の血は、全てを癒す薬となる。彼女はそれが故に全ての毒、薬が効かないという。

 しかし、だ。

「もうやめよ、リル。そなたの献身、確かに助けとなり、我が身を癒したが……王宮での脅威が消えた以上、そなたにこれ以上の負担はかけられぬ」

「そうは言っても、記憶の乖離は戻らないんですよね。帰る手段が見つかるまでくらいは、食客で居たくないので、これくらいしますよ」

 薬となる血が欲しいということで、フィリアが里琉から注射器を使って血を抜いている。正直見ていて気分は良くないが、彼女から命を吸い取るような真似を止めたくて仕方なかった。止める方が危険だと分かっているから動かないだけで。

「お姫様。あなたは被害者であり、今回の件で正式に王族へと戻る事になったのよ。この先を考えたら、彼女の血液は必要になるの。まだ、解毒は終わっていないのよ」

 だとしても、それは彼女の血に頼る程の事なのだろうか。彼女の命の一部を当てにする事は、ライラとしては避けたいのだが。

「そうですよ。別に貧血になる程の量じゃないですし、いざって時に病弱です、だと体裁も悪いと思いますから」

「……兄上に何かあった時、妾が居らねば、内乱が起きるであろうな」

 ふっとライラは自嘲の笑みを浮かべる。アリスィアの狙いは、この国そのものだと今は既に理解していた。王族を直接狙い、だがその手法を回りくどくしたのは、あくまでも内乱に見せかけて国を潰す為なのだろう。

「王女様は、いざって時のスペアなんですか? そういう意味の大事だと、王様は言いたかったのかと後から気付いたんですが」

 止血しながらの里琉の言葉は、冷たい。話はあらかた聞いたが、兄の口下手、言葉足らずは相変わらずのようだ。

「兄上がどう思おうが、妾は構わぬ。王族というものは、複雑じゃ。時に血を守り、時に国の道具となり、時に民の犠牲となる。王族とて人の子ではあるが、人である前に導く者でなければならぬからの」

「……納得、いきません」

「そなたの国に王は居らぬのじゃったな。であれば、無理に理解せよとは言わぬ。……しかし、リルよ。兄上がそなたの期待を裏切った、という部分のみは否定させてもらうぞ」

「どうして、ですか」

「それは、そなたの勝手な望みを兄上に押し付けたに過ぎぬからじゃ」

 きっぱりと告げると、途端に里琉はしゅんとなる。

 処置を施された腕を袖で隠しながら、ぼそりと呟いた。

「大事な家族の為に、影で頑張ってたんだろうって思ってたのに……本当は、そうじゃなかったんですよ」

「当然じゃ。兄上はそこまで妾に甘うないわ。あの兄上がべたべたに妾を甘やかす姿なぞ、想像するだけで悪寒が走る」

「そ、そこまで?」

「普通に不気味ねえ。リル、あんたのお兄さんみたいな事を、王様がお姫様にしてるの、見たかったの?」

「………………う。そう、だ、ね。……理想、見過ぎたかも」

 貧血ではなく、里琉の顔色が悪くなる。想像してしまったに違いない。

 ともかく、彼女は彼女で勝手に期待して勝手に幻滅しただけだ。あの兄に関して、そこだけは擁護しておかなければなるまい。

「分かった? 王様は王様として、お姫様を心配していた。けど、あんたは家族、しかもたった一人の肉親と聞いて、お涙頂戴な関係を勝手に想像して、押し付けただけ。大事という単語の解釈違いを勝手に王様のせいにしたのよ、あんたは」

「うむ。政治的な意味では大事じゃな。妾は」

「か、家族としては?」

「どうであろうかのう。仲は悪うなかったはずじゃが、薬のせいで色々あってしもうたからの。元に戻る……なぞとは考えぬな」

 昔の兄は、叔母の事もあったせいか、常にピリピリしていた。だが、母にからかわれていたり、父から教えを乞うていた時だけは、少し、本当の兄らしさも出ていた気がする。

 ライラは過去の記憶が断片的な事に気付いて、ため息をつく。何か、大事な事を忘れている気がするのだが、今は無理に思い出さない方がいいだろう。

「王族なんてそんなものでしょ。リル、あんたはそれより、元の世界に帰る事だけ考えてなさい。こっちの事情に巻き込んだ以上、今度はこっちが手伝わないとね」

「そうじゃな。そなた、奇跡の石とやらの情報も欲しいのであろう? 他国ならば案外、知ってる者も居るやもしれぬぞ」

「他国って言っても、リルの見た目じゃ、ノアかティネがせいぜいでしょ。どっちもハズレじゃない? あの石がある国は、大抵ごたついてるし」

「となると、残り二国……確か、テアとリカラズだっけ」

「うむ。……テア、テアか……」

 はて、とライラは引っかかるものを感じた。重要な事を思い出せそうなのに、やはり上手くいかない。

「お姫様はまず、歩けるようになったらバイタルチェックね。研究所まで足を運んでもらう事になるけれど、いいかしら?」

「うむ。歩けるようにならねばの。フィリアの研究所とやらは前と変わっておらぬのか?」

「ええ。王族の為の場所だもの」

「って言ったって、あの王様が自主的に行くとは思えないな。あの人、保守的だと思うし」

「そうじゃの。兄上の最大の欠点。それは、新しきに目を向けぬ事よ」

 里琉の事情も上手く呑み込めていなかったと聞いたので、だろうな、と納得した。あの兄は、頭が固い。柔軟性を得る前に王になってしまったのは、亡き両親にとっても手痛い失敗だっただろう。

 だからこその、半年前の失敗だ。柔軟性の無さと、更には部下に対する信用の欠如。それらをどうにかしていたら、彼女に頼ることなく解決出来たというのに、すっかりアリスィアにしてやられた。

「……困った兄じゃ。ちと、説教が必要かもしれぬな」

「病人が説教するレベルって、相当だと思いますけど……」

「いいじゃない。お姫様も暇なんでしょ。王様も一応は話を聞きに来るそうだし、私達はそろそろお暇しときましょうか。お姫様、ここに置いてる薬、ちゃんと夜に飲んでね」

「うむ。ではの、二人共」

「はい。また」

 里琉は結局、すっかりではないが敬語に戻ってしまった。

 彼女も何だかんだ兄の事は言えない気がする。

 しかし確かに暇になってしまった。書物でも漁るか、とベルに手を伸ばしたところで、入り口の呼び鈴が鳴らされた。

「誰じゃ?」

 しばしの沈黙の後『俺だ』と返され、ライラは肩をすくめて、入室を許可した。

「兄上、仕事はどうしたのじゃ」

「必要な分は片付けた。それと……長らくお前を放置する事になった詫びくらいは、と思った」

「要らぬわ。あれは妾の不注意じゃ。珍しき花と受け取った妾の浅慮さを責めるべきであろう」

「止められなかったのは、誰もが同じだ。……結局、他所から来た奴に止められるとはな」

 入り口に佇んだままの兄は、苦い声でこちらをろくに見ずに喋る。そんなに後ろ暗いのか、とライラは呆れた。

「ならばリルに、余計な世話じゃと申せばよいものを。リルはただ、妾の為に動いてくれたまでじゃ。半年逃げ隠れて何も得られぬままにおったそなたと違い、自らの力で真実を切り拓いたあの者を、そう罵れるならば、じゃが」

 今のライラは思考がすっきりしている。おかげで色々な事情が理解出来たし、何なら兄がどれだけ間抜けな事をしてきたかも分かっていた。

 ――兄が出来なかった事を、里琉はいともたやすくやってのけた。それがどうせ気に入らなくて、子供のようにむくれているのだろう。

 だが、思い出してもらわなければならない。もう己は、国の王であり、そして国を守る要なのだと。

「そなた、リルに礼の一つも述べたか?」

「……?」

「何をとぼけた顔をしておる? 国を救ったのはリルじゃ。そなたではない。もっとも、脅威は全て去ってはおらぬが、リルがそのきっかけを用意したのじゃぞ。何故、感謝の意も持たずに接する?」

「…………俺が欲しかったものを、あいつは容易く手に入れている。俺の礼など、不要だろう」

 その返答に、ライラは涼む為に手にしていた扇を、的確に兄の額へと投げつけた。

「ぐっ!?」

 なお、そこそこ重いので、角度によっては狂気になるが、兄は前髪が長い為、問題なかったようだ。

「愚か者! 功を報いた者に対し、何たる無礼か!」

 母譲りの声は、きっぱりとした物言いをすると効果が高まる。兄がびくりと竦んだのが見えた。

「黙って聞いておれば、そなた、とんだ子供よの? 欲しかったものを横取りされたから、助かっても礼を言わぬじゃと? 甘えるのも大概にせぬか!」

 これが母なら、往復平手打ちは確実だろう。ライラは力が無いし今はそんな元気もないので、言葉だけで済ませている。

 元気なら平手よりは兄の頬を摘んで、縦横に伸ばしているところだ。

「そういう意味ではない。……役に立たなかった俺の礼など、あいつに何の価値がある?」

 扇を返してもらったので、近くに来た兄の額を、今度はぺしぺしと叩いてやる。

「その体たらくでは、どのような見目でも嫌われるぞ。のう、兄上? 誠意というものを知っておるか?」

 痛いのが嫌なのか、兄は距離を取って額を押さえる。

「形ばかりの謝罪も礼も、非礼と変わらんだろう」

「ほう、つまり感謝はおろか、巻き込んでしまった申し訳なささえ、そなたは持ち合わせておらぬ、と申すか! とんだ暴君じゃの!」

「…………それこそ、あれが勝手にやった事だろう」

「のう兄上、妾を怒らせて無事で済むと思うたか?」


 ――駄目だこの兄。お仕置きが必要だ、とライラは思った。


「……結局、無能さを曝け出しただけだからな。簒奪でも何でも、好きにすればいい」

「させぬわ、馬鹿者。妾は女王の座なぞ要らぬ」

 言いながら、ライラはメーディアをベルで呼んだ。

「お呼びですか、姫様? まあ、陛下!?」

「うむ、迅速な対応じゃな。メーディア、喜べ。兄上が前髪を切るそうじゃ」

「は!? 待て、俺は」

「まあ! すぐご用意致しますわね!」

「兄上。逃げたら捕らえるぞ。……リルの味方、どれだけ居るかを覚悟せよ」

 いそいそと出て行くメーディアと、今にも逃げそうな兄を、視線だけで縫い留めるライラ。

 兄は決して、馬鹿ではない。今この場で逃げたら、赤裸々に事情が明かされると分かっているから、動けないのだ。

 しかし、前髪を切るという事は、兄の長年のコンプレックスを曝け出す、という事でもある。兄にとっては絶対に避けたかったはずだ。

 むしろ、だからこそライラは切らせる事にしたのだが。

「ふふ、何でもと言うたであろう?」

「お前、俺が何故こうしているかを理解していながら……!」

「五年も経てば、誰も気にせぬわ。むしろ五年も放っておいてやったのじゃ。とうに、母上の顔と比べる輩なぞも居らぬ」

「お前に何の利があるんだ」

「兄上、己がやられて嫌な事をされる気分はどうじゃ?」

「最悪だ」

「つまり、妾と同じ気分じゃ。ようく肌身に染みたであろう? ……金輪際、リルを貶めるでない」

 後半に怒りを込めてライラが言うと、兄は押し黙った。

 あの里琉に対し、事情の理解はおろか謝罪、礼の一つも無いとは、不誠実にも程がある。例え頼まれずとも、国の為に彼女が命を懸けた事は多くの者が見ているのだ。

 そこに、道具を抱えたメーディアと、宰相まで参加しに来たようで。

「ああ、陛下。こちらに居たんですね。ディアテラスの周知が終わったので報告をと思ったのですが、その鬱陶しい前髪を切るという事で、見学しようかと」

「お前は戻れ、ユジー」

 メーディアが床にシーツを敷き、その上に椅子を置くと、兄を座らせ、兄の首から下を覆うように別のシーツを巻き付けた。準備は完璧である。

 宰相はにこやかながら、目が笑っていない。

「お断りいたします、陛下。では、ばっさりとお願いしますね、女官長」

「ええ、もちろんですわ」

「ユジー。あの女、いつまで居座らせるんだ?」

「……髪を切り次第、お説教といきましょう。姫様もいかがです? まだまだ文句がおありのようですが」

「言い方が悪かった。あいつは俺と顔を合わせたくないと言ってたんだ」

「何一つ言いたい事が変わってませんよ、陛下。現実は甘くありません。彼女にはもうしばらく滞在してもらいます」

 メーディアも王の手前何も言わないが、怒っているオーラが全開だ。彼女とかなり最初から関わっている以上、彼女の人となりを知っているが故の、王の失言に抑え込めなかったのだろう。

「では、失礼致しますわね、陛下」

 冷たい声のメーディアが、前髪に鋏を通す。


 そして――じゃきん、と豪快な音が部屋に数度、響いたのだった。


※ ※ ※


 あの日から、ずっとずっと、好きだった。

 美しい黒。澄んだ瞳が、自分を映す様が。

 高く美しい声が。さらりと揺れる黒い髪が。白い肌が――全てが、愛おしいと思ったのは、初めてだった。

「僕、あなたが好きです」

 今はもう、近付けない人となってしまったが、諦めたくない。諦められない。

 この国では、耳飾りを着けていないならば独身であり、かつ恋人もいないという証になる。彼女もその一人だ。

 だから、他の誰かに奪われる前に、手に入れたい。

「もう一度、二人きりになれたなら」

 その時は躊躇わず、想いを口にして、一つになるのだ。

 だが、相手は自分の名前すら知らない。教え合う事もなく、引き裂かれてしまった。――目付け役に。

「……まず、邪魔者を排除、しないと」

 剣呑な光が瞳に宿る。反対に蕩けた顔で、青年は呟く。

「待っていて下さいね、リルさん。……あなたは、僕が幸せにしてあげますから」

 その為にも、自分を知ってもらわなければなるまい。日々自分の事を考えてもらうには、どうすればいいだろうか。

「……そうだ。手紙を、送ろう」

 幸い、普及の為にと支給された、黒地石の手紙がある。

 青年はそれに、文字を綴った。

 名前をあえて伏せて、だが自分だと分かるように。

 彼女の部屋は、宰相の部屋のすぐ傍だ。夜中ならきっと、見とがめられはすまい。

「僕の愛を、その目に焼き付けて下さい……ね」

 彼は何も知らず、綴る。暴走した感情を、言の葉に込めて。


 ――それが彼女には読めないと、微塵も考えずに。


※ ※ ※


 翌朝、癖で里琉は早朝に起きてしまった。

「ふああ……」

 二度寝しようかとも思ったが、次に起きたら昼、というのもよろしくない。

 宰相には昨日のうちに「早めに石の情報を寄越せ」とせっついているし、ガルジスにも「もう早朝訓練はしない」と告げている。

 しかし、せっかく覚え始めた剣だ。訓練をしないまま放置するのは、勿体ない。

 それに、宰相からは「パソーテ大臣の基礎練習は続けてもらいますね」と言われている。

 となれば、自主練習にはちょうどいいかもしれなかった。

「んー、じゃあ行きますかー」

 誰も居ないであろう訓練所へ向かうべく、里琉は支度を始める。

 柔軟も終わり、さあ出るぞ、というところで、足下に何かが引っかかった。

 ランタンで照らし拾い上げたそれは、黒地石に文字がびっしり書かれている。

「うわ、何だこれ。読めないんだけど」

 元より、この世界の文字は未だに分からないし、脳が上手く処理してくれないせいか、読む以前の問題だ。

 後で誰かに音読してもらおう、と里琉はそれを机の上に置き、訓練所へと向かう。


 ――そこには既に、先客がいた。


「はっ!」

「うわっ、とと! なんのっ!」

 片方はガルジス。もう片方は――見知らぬ人物。

 二人共、目にも留まらぬ速さで剣を打ち合っている。

 それはまるで、いつも目にしているような光景だった。

 カンカンカン――キィンッ!

 鋭い音と共に、ガルジスの剣が弾かれた。

「おおー……強い」

 一体誰だろう、と思っていると、呟きが聞こえたのか、見知らぬ青年がこちらを見て、ぎょっとした。

「……何で、ここに」

「リル! お前、早朝訓練来ないんじゃなかったのか!?」

「え、うん。起きちゃったから、自主練しに……。それより、この人誰?」

 見たことがあるような気がするのだが、こんな美形は滅多にお目にかかれないので、里琉の記憶にないはずもなく。

 ――その答えは、想定外の形でもたらされた。


「イシュトーラ・レダ・ヴァース・ガドゥアスだ」


「…………なんて?」

 長、と思った里琉は、だがややして、じわじわとその意味を理解する。


「――げぇっ! 王様!?」


 勢いで数メートルは後ずさった。一体、何がどうなっているのか。

「ははは、驚いたろ。陛下のご尊顔、そうそう拝めるもんじゃないぞー」

「レアものみたいに言ってる場合じゃないんですけど! っていうか、何でいるんですか!」

「……もともと、早朝訓練は俺達二人でやってたからな」

 そうだったのか、と里琉は素直に納得する。この時間なら人目にはつかないし、夜の奇襲などでも対応しやすくなる。

「んで、どーする? リル。せっかくなら、相手するが」

「さて、二度と目にかかりたくない、と言われた気がしたが?」

 嫌味のようにイシュトに言われ、里琉はむっとする。

 嫌なら尻尾巻いて逃げろ、と暗に言われた気もしたので、剣を抜いて王へ一直線に向かった。

「うりゃあっ!」

 まずは王道の真正面。次は軽くいなされると分かっていて、その反動を利用し、横に剣を振るう。それを空振りさせられるのは想定内の為、そのまま胴を狙って逆方向に横薙ぎする。後方へ軽く跳んだのを見て、そのままダッシュで懐に入り、首元を狙い――間近に、王の顔を見た。

「……っ!?」

 月明かりの下、初めて直視した王の素顔は、完璧にカットされた宝石と同じくらい美しい、と思ってしまい。

「リル!」

 その一瞬の隙に、形勢を逆転させられた。ガルジスが慌てた声を上げる。

 足払いと共に地面に転がされ、ざくんっ、という音が耳元でする。

「どうした?」

「…………」

 怪訝そうな顔をする彼に、返す言葉が見つからない。

(綺麗。今まで見た、どんな人達より――……)


『――何、じろじろ見てんのよ。気持ち悪い』


 はっ、と我に返った里琉は、彼の腹を容赦なく蹴り飛ばす。

「ぐっ!」

「陛下!?」

「……あ、ごめーん。足が勝手に」

 起き上がった里琉は、平静を装いながら土ぼこりを払う。

「いや、今の絶対本気で蹴っただろ……」

「こいつ……」

 睨みつけられても、里琉はそっぽを向いて口笛を吹く。

(あっぶね。悟られたら、それはそれでまずいもんな)

「何か、動きおかしかったぞ? 調子狂ったか?」

「いやまあ、顔面偏差値高過ぎると凶器だなって思ってました」

「意味が分からんが、馬鹿にされているのは理解した」

「さてはお前、面食いか? リル」

「はーい、面食いでーす。キラキラした宝石が好きな時点で察してくださーい」

 何でもない事のように言うが、内心はかなり揺らいでいる。

(あんまり見ないようにしよう。……さすがに王様にまで言われたら、ちょっと立ち直れない)

 あの時誰かに言われた言葉は、相当にきつかった。だから人の顔を見る事はあまりしないのだが、王のそれは、意識しないと勝手に目が追うレベルで。

「……王様、お面しません?」

「誰がするか」

「王女様に切れって言われて、仕方なく切ったんだよ。本人も不本意なんだ。察してやってくれ」

「ライラが? じゃあ仕方ないですね」

 ガルジスに言われて、肩をすくめる。さて、これからどうしたものか。

「んー、でもそっかー。早朝に居るなら、私も時間考えて動かないと駄目かなー」

「お前が大丈夫なら、訓練くらい付き合うぞ?」

「……そうだな。どうせ、行く当てもまだないんだろう」

「宰相さんも、カーエの件で事後処理に追われてて、まだ話をする時間が取れないって言ってるんですよね。だから確かに、やる事が減ってしまったんですけど……」

 王が戻ってきた以上、里琉が宰相の部下をやる必要性が無くなってしまった。元より真実を取り戻す為の役割だったので、お役御免、というわけだ。

 とはいえ、王族からしても国そのものからしても、恩人扱いらしく、出来れば落ち着くまで滞在しないか、と宰相に打診されてはいる。

『奇跡の石に関しては、情報量が圧倒的に多いんです。私の元立場上、あなたが欲しい情報はいくらでもあるんですが、それを説明するとなると、まとまった時間が必要になるかと』

 困ったように言った宰相の机は、王が戻っても一向に片付かないままだ。元来抱えている問題が、あまりにも多いという証拠だろう。だからせっつきはしたが、催促をそう何度もしようとは思えなかった。

 そして、女性騎士においては、滞在している限り継続して成長を見ておきたい、というパソーテ大臣の要望により、取りやめにはならなかったのだ。

 なので、今里琉が出来るのは、現状、剣の訓練と血の提供だけである。

「暇なら宰相の小間使いにでもなればいいんじゃないか?」

「えー……絶対こき使われるじゃないですか」

「けど、ふらふらしてるのも体裁が悪いだろ。大臣達も今回の件で色々と考え直してるみたいだし、このまま研修とかいうのを続けた方がいいかもしれないぞ?」

 言われてみればそうか、と里琉も頷く。

「じゃあ、その辺は宰相さんに掛け合うとして……王様、ごめんなさい」

 そして、不意に思い出す。昨日ライラに言われた事を。

「は?」

「……あなたは別に、嘘吐きではなかった。ただ私が、私の理想をあなたへ押し付けたから、あんな風に責めてしまいました。ごめんなさい」

「…………お前、気にしてたのか」

 驚くイシュトに、里琉は頷く。

「王族と一般人の考え方は、かなり違う、と。だからこそ、私が求めた大事さと、王族であるあなた達の大事さは別物なのだと教わりました」

 理解したい、とは思わない。だが、自分が正しいと思い込むのもまた、一種の独善でしかないのだ。

 だから己の早計さと未熟さを恥じて頭を下げたが、王が今度は頭を下げた。


「俺も、悪かった。そもそもお前を巻き込むような状況にするべきではなかったし、妹……ライリアーナを無事に救出してもらった礼さえも告げていなかった。……今更ではあるが、感謝している」


 言わされているのか、本心なのか、里琉には分からない。ただ、困惑気味に言われても、こちらもどう返せばいいかと惑う。

「あの、別に余計なお世話ならそう言ってくれていいですけど。実際そうだと思いますし」

「こーら、リル。お前が動かなきゃ、姫様だって今頃連れ去られてたかもしれないんだぞ。確かにあいつらが協力してくれたとはいえ、ほぼ独断だ。危険度を考えずに行動した点だけ、俺は注意したい」

 ガルジスが、こつんと頭を軽く叩きながら里琉に言う。

「てっ。……まあ、素人のやった事なんで、確かに穴だらけでしたけど」

「あれから最適解は何だったのか、考えた。……多分だが、俺とお前が話し合って、協力すべきだったんだろうな」

「私と全く真逆の答えを出したんですね」

「ああ。ただでさえ、お前の素性は俺には理解が及ばない。その上である程度の親交はあった以上、あれを助ける前に一度、答え合わせをしておくべきだった」

「そうですね。ディアテラスという存在自体、秘匿されていましたし、昨日ので卒倒した大臣が居たんですよ。まあ、誰とは言いませんけど」

 想像はつくが、里琉は黙っておく。さすがに上層部の失態は知る人だけでいいだろう。

「まあ、過ぎた事を言っても仕方ないですよ。でも、昨日とあからさまに違う態度取られると、ちょっと勘繰りますよ。誰かに言えって言われました?」

「言われたが、それも踏まえての俺自身の判断だ。……不服か?」

「いえ、別に。言われないと考えられないのは、傀儡にしてくれって言ってるようなものなので、気を付けた方がいいと思いますけど」

 ライラ辺りが怒ったのかもしれない。彼女はまだ子供だが、王よりずっと精神面が成熟している。

 とはいえ、この先これでは、さすがに心もとないのではないか。主に宰相が。

「宰相さんが心配してましたよ。当たり前の事さえ思いつかなくなる程、他人と関わらない期間が長すぎたのではないか、って」

「まあ、実質話してたの、俺とお前だけだったし、お前に至ってはほとんど最近だしなあ。陛下、剣はともかく対話能力が昔から低いんだよな……」

「当人を目の前にして言うか、それを」

「実際、対話能力は私以下じゃないですか? 私も社交的ってわけじゃないですけど、してもらったらお礼、間違っていたら謝罪、とかは家族に厳しくされてましたし」

 特に二番目の兄は、礼儀に厳しかった。ありがとう、とごめんなさい、の二つを、真っ先に幼かった里琉に教え込んだくらいには。

「……あ、そしたらこれはどうだ? リル、お前陛下のお世話係になって、その辺教えるとか」

「専門家に頼んでよ! 胃に穴が開くか、不敬罪で首吊りになるかの二択なんて嫌だよ!」

 ガルジスの提案は即却下だ。誰が好きで王に礼儀を教えなければいけないのか。

「それに、これくらいは自力で考えられないと困るよ。私はともかく、主に外交で王様が困るよ?」

「……外交か。この先あるかも分からんがな。何せ、要のオアシスが封鎖中だ」

 おや、と里琉は首を傾げた。そういえば村の子供達からオアシスの話は聞いたが、あまり詳しい事は知らない。

 だが、そこが使えないというのは、水が原因なのか、それとも。

「何で? オアシスって言ったらそれこそ生命線のはずなのに」

「あー、その辺は実は、よく分かってないんだよ。陛下が雲隠れなさってすぐにそうなっちまった、くらいか。管理局側がそれを強制的に実行しちまったんだと」

「ええっ、許可も無しに!?」

「そう。一応陛下にその当時は報せたけどなー、雲隠れ中は仕事の話するなって怒られたから、それ以来、情報があっても言わない事にしてたんだよ」

「……気にしてたなら、裏で調査くらい出来たんじゃ……」

 それこそ、オアシス関係者の大臣と裏でコンタクトを取るなどして、信用を影ながら回復していけたはずだ。

 この王様、やる事が極端過ぎではなかろうか、と里琉は眉を寄せる。

「あの、今更になるんだけどさ。これ言っていいかな」

「どうせまた批判だろう」

「うん、申し訳ないんですけど王様。半年前のやつ、やり方が悪すぎたとしか」

「……リル、お前本当に度胸あるよなあ」

 ガルジスが苦い声で言うが、当人は幾度となく他との繋がりを求めていたらしいので、否定はしない。

 なので里琉は更に詰める。

「確かに王位についてすぐにあれこれとやる事は山積みだったと思うんですが、真っ先に必要なのは、本当にアリスィアの断罪だったのかと疑問が生じました」

 里琉自身ならどうしただろうか、と考えたのだ。何となくだが、もっといい手があったはずだと思った。

 そして、いくつかの思考パターンを組んで分かったのは、王の独断専行が全てを台無しにした、という一点に尽きる。

「その気になれば、舞台を用意出来ました。今回のカーエのように」

「……舞台、だと?」

「はい。幸い、ディアテラスの創作者であるフィリアさんが居て、かつ人体切断に慣れた法務大臣も居た。更に宰相さんは王様のご両親、特にお父様と親しかったんですよね。であればディアテラスの存在は理解してたのですから、アリスィアを引きずり出す巧妙な手口が作れたはずです。今言ったこの三人なら、裏切るような事は無かったかと」

 フィリアは落とし前を付けたがっていたし、法務大臣のイーマは法が最優先だ。王族に反逆する者として適切に裁くならうってつけだろう。

 極めつけは宰相だ。彼が最も情報に長けており、かつ多くの人間を動かす力を持っている。

 王はただ、彼らに助力を得て場を設け、アリスィアをライラのみならず多くの人間の前でディアテラスだった、と知らしめることが出来たのだ。

 それを、全て独断で動き、アリスィアにしてやられ、妹をより危険に陥れたのだから、とても褒められたものではない。雲隠れしたのも、逃げだと思われても仕方ない事だった。

「私ではなく、王様。あなたが私と同じように大臣達を見極めていれば、真実を求める必要は無かったんですよ」

 パソーテ大臣の言葉を思い出す。あれこそ、里琉のみならず、本当は王に言いたかったのではないかと思えた程だ。

「……お前の方が、王に向いているのかもな」

「とーう!」

「っ!?」

 がきんっ! と里琉は唐突に王に刃を向けた。

 咄嗟に王も防いだが、驚いた顔をしている。

「王様。私の国では、女性の年齢よりも三つから五つくらい上の男性が、同等の精神年齢らしいですよ?」

「あー、陛下は確か……御年、二十五だったような」

「私は二十なんですけど、あれれー? おっかしいですねー。弟みたいですー!」

 言いながら攻撃を繰り出す。難なく躱す王の顔が、苦々しくなった。

「お前まで言うか……」

「あっは、ライラにも言われましたね、さては!」

「……お前、絶対あれに俺の陰口を叩いたな?」

「そういう被害妄想、他所でやって下さい。陰口は言われる事はあっても、言った事はありませんから!」

 大臣が使えないと言ったのは宰相だし、基本的に悪口の類は好きではない。他人を貶める事が自分を上げる事だと思っているのなら、それこそ思い上がりというものだ。

 剣を交えながら里琉は、分かりやすくなった彼の表情を観察する。

 綺麗だが、曇りを帯びているな、と思った。

(原因は私か、それとも……)

「リル、無茶すんなー」

「分かって、るっ!」

 嫌われるのは慣れっこだ。だが。

「欠点は、自覚してからが本番です。王様に直す気があるのなら、今からでも、間に合います、よ、っと!」

 唐突に蹴りを混ぜるが、するっと避けられた。さすがに読まれていたらしい。

「二度も食らうか」

「そう、それを、性格に反映するだけの、簡単な、お仕事ですっ!」

 数度打ち合い、そして一度後退。

 そこから里琉は、ばねのようにとんぼ返りして、王の懐に向かいながら、袖に隠した短剣を出した。

 しかしそれは、手にした途端、彼の鋭い蹴りで弾かれてしまう。

「うわっ!」

「リル!」

 しまった、と思った時には、蹴られた手を掴まれ、首筋に己の短剣を突きつけられてしまっていた。

「お前が俺の性格を気に入らないのは、よく分かった」

「このまま処刑コースです?」

「陛下!」

「お前を殺したら国が終わる。それに、俺はお前に殺意はない」

 刃を退けるイシュトを見て、ガルジスがほっと息を吐くのが見えた。

 短剣を返され、里琉はそれをしまいながら言った。

「私が死んでも国は変わりませんよ」

「もう、当初の頃のお前ではない。……ある意味では、俺より優位だ」

「ガルジスさん、この人もしかして、自己肯定感めっちゃ低いです?」

 言葉の端々に、自虐的な物言いが出ている。元婚約者とやらに散々な目に遭ったらしいが、そのせいだろうか。

 ガルジスも同感なのか、こくりと頷く。

「陛下は自分が無能だと思ってるからな。雲隠れも、俺が説得してようやくだった」

「そうだったんだ。うーん、このままだとちょっと良くない方向にこじれそうだし……王様の自己肯定感を高める方法を考えようかな」

「お、それいいな。宰相も懸念してたし、丁度いいだろ」

「良くない。何をする気だ」

「思いつく限り、何でも」

 すごく嫌そうな顔をされたが、自信の一つも無い王になど、誰もついてこない。

 彼にはいくつか荒療治が必要だな、と里琉は考えた。

 自分が一助になるかは分からないが、滞在している間くらいは協力したいな、という気持ちになっている。

「ライリアーナの方が有能なのは周知の事実だぞ」

「はいはい、他人に押し付けるのは駄目です。ライラは王女でいいって言ってるんだから、ちゃんと尊重してあげて下さい」

「そうですよ。大体姫様はもう、王位継承権がありませんし」

「……ああ、そういえばそうだったな。面倒だが、今テアに交渉を持ち掛けたら、逆に吹っかけられる」

「うん? テア? そういえば貿易も半分以下に減ったとか聞いたよ。そこもどうにかしないと」

「それをどうにかするには、オアシスが要なんだ。……仕方ない、とりあえずお前にも情報を共有しておくか。少し早いが、訓練はここまでにする」

「あれ、これまた私、巻き込まれるパターン?」

 巻き込む気は無かったんじゃないのか、と思いきや、彼は剣をしまい、歩き出しながら言う。

「俺の性格を矯正したいのなら、必然的に俺の仕事に関わる事になるぞ。……何なら、ユジーに世話係の申請書でも出すが」

 それは困る、と里琉は慌てて拒否を示した。

「いやいや、私が居なくなるまでのつなぎって事でお願いします!」

「どのみち、宰相が居てくれないと、情報が更新出来ませんね。終わったら声掛けますか」

「ああ」


 ――こうして、奇妙な新生活が始まろうとしていた。


※ ※ ※


 早朝訓練後は、湯浴みが必須だ。

 汗もかくし、砂や土で服も肌も髪も汚れる。それで仕事は出来ない。

 なので、イシュトもガルジスも例外なく湯浴みをしてからいつも通りの朝を過ごす――のだが。


「ガルジスさぁーん!!」


「ぐえっ、リル!?」

 半泣きの里琉が、急に飛び出してきてガルジスにタックルをかました。

「……何やってるんだ、お前は」

 髪がまだ濡れたままの彼女は、着替えこそしているが、かなり慌てているようで、雑に着たのが良く分かる。メーディアに見つかったら叱責ものだろう。


「私の服が消えたぁ!」


「……は?」

 何言ってるんだ、と思ったが、パニック気味の里琉から話を詳しく聞くと、中々にまずい内容だった。

 ――どうやら、女官が回収して洗濯する為の籠に入れていた下着が、風呂から上がったら消えていたらしい。

 籠から洗濯物を回収するシステム上、この時間に持っていかれるはずはないのだと里琉も分かっているらしく、また、偶然見てしまったからこそ気付いてしまったのだ。

「不審な奴は見なかったか?」

「全然。周りにも誰も居なかったし、入ってきた様子も無かったと思う。……ちょっと確信は無いけど」

「そもそも、この時間ですからね。まだ寝てる奴もいるでしょう。目撃者は期待出来ないかと」

「……服一着くらい、すぐ用立てる。気に病むな」

「いや、強請りたいわけじゃないんですけど。でも下着は欲しいです!」

 しかし彼女の服を手に入れて、一体どうするつもりなのか。

 イシュトには皆目見当もつかなかったし、ガルジスもこんな訳の分からない事態は初めてらしく、戸惑っていた。

「後でメーディアにも言っといてやるからな。それよりお前、髪ふけ! 風邪引くぞ!」

「その前に服も何とかしろ。メーディアが見たら説教ものだ」

「え、そんなぁー! ……わかりました、直してきまーす」

 おろおろする里琉は、だが仕方なしに出て来たらしい風呂場へと戻って行った。

「……実際、何か居ましたかね?」

「さあな。だが、不審といえばそうなるか」

 連続して消えるようなら、問題になるだろう。この一回だけで済めばいいが、と思いつつも、イシュトは奇妙に嫌な予感が抑えきれずにいた。


※ ※ ※


「リル姉ちゃんっ!」

「どうしてここに!? あの大臣様、大丈夫になったのか!?」

 ――あの村に再び仕事で来れるとは、里琉でさえ思っていなかった。

 しかし、宰相側からのオアシス付近の情報収集における子供達の意見の要請と、近辺の様子見を頼まれ、更に「仕事があれば、少しは嫌な事があっても、気が紛れるでしょう」と言われたら致し方なかったのだ。

「久し振り。大臣は大丈夫じゃないけど、今回も仕事だからね。大人の事情、ってやつだよ」

「マジかよ……」

「ってことは、姉ちゃんもしかして、俺達からも情報を?」

 困惑する彼らに、里琉は首を横に振る。

「欲しがられたけど、無理に聞き出す気は無いよ。今後もそういうのあてにされるの、嫌だしさ」

「……でも……」

「姉ちゃんが仕事出来ないってなったら、あの大臣様は捨ててくんだろ。二回目ともなれば、容赦しないはずだよ」

 サルジュは頭がいい。村の子供の中でも年長者だ。だからこそ子供達にも一目置かれる存在となっている。そんな彼の言葉に、他の子供達もうんうんと頷いていた。

「……何で俺達が、大人を信じないと思う?」

 サルジュの問いかけに、里琉は少しだけ考えてから答える。

「…………理由は分からないよ。でも、酷く傷つけられた、くらいは分かる。でないとあんなに警戒しないだろ。私も知ってる。大人は勝手な都合で、子供を動かそうとするって」

「そう。俺達は裏切られたんだよ」

 あっさりと頷く彼らは、静かに話し始めた。

「……最初は俺達も、大臣様に懐いてたんだ」

 子供嫌いなのに懐かれたのかと里琉は驚いた。ああ見えて妻子がいるらしいので、扱いは多少なりとも分かっていたのかもしれない。

「でも、三年前。……サルジュのとこの姉ちゃんが、盗賊に攫われたんだ」

「盗賊に!?」

 身内を奪われた恨みは相当だろう。サルジュの顔は怒りに満ちている。

「その時、狙われたのは俺の姉ちゃんだけで、姉ちゃんを助けに、婚約してた男が盗賊を追いかけて、それっきりだ。…………俺は、大臣様に姉ちゃん達を助けてくれ、ってお願いした」

 それは他の子供達も知っているのだろう。うんうんと頷く。

「だけど、大臣様は……『それは出来ない』って言った。難しい話をし始めたから内容はさっぱりだったけど、助ける気が無いって事は分かったんだ」

 あのラバカ大臣の事だ。子供の頼みなど、優先事項になるまい。頼む相手が悪すぎた。

 かと言って安請け合いしたところで、アジトの場所すらつかめてないのが現状だ。どっちにしろ信用を落とす事に繋がるのは否めないだろう。

 しかしその判断が逆に、子供達の不信を生んだ。

「……周りの大人たちも、大臣様が無理なら、って諦めてた。俺の母ちゃんも、泣きながら諦めて……去年、死んだ」

「!」

 さぞかし無念だっただろう。己の娘が盗賊に浚われ、助け出される事もなく、ただただ諦めて、息子を一人残して死ぬなど、里琉だって心残りだ。

「俺、諦めたくない。姉ちゃんのことを助けたい。無事かどうかも分からないけど、姉ちゃんは村一番の美人だから、すぐに殺されはしないと思ってる。でも……三年も経ってる今、もう時間が無いんだ」

 諦めずに、子供達は剣を選んだ。大人たちは、ひたすら中身の無い会議を重ねているのだろう。子供達を見向きもせずに。

 そう思うと、里琉は怒りがこみあげてきた。

「会議なんか、してる場合じゃねえじゃん……!」

「……あたし達、サルジュの時の事を見て思ったの」

「いつか、盗賊にあたし達が攫われても……大人たちは助けてくれないんだ、って」

「もう無理なんだって……見捨てられる。そう思ったから、信じない」

 少女達の不安も当然だ。あまりに身近過ぎて、そして、絶望的過ぎる対応を見てしまったのだから。

(そんなの、私だって思う。期待出来ない。失望して、何とか身を守る方法を考えるしかないんだ)

 子供達の気持ちは、里琉もよく分かる。だから、止める気はない。止めても、何も好転しない事も。

「だから、あたしたちは短剣で練習してるの。お料理にも使えるけど、サルジュ達に教えてもらって、ちょっとずつ、戦えるように」

「ほんとうは、おとこのことおなじのがいいんだけど、おもたいから、だめだって」

「そうよ、もう少し力持ちになってからね。……リルお姉ちゃんは力持ち?」

「まあ、前よりは筋肉ついたかな。でも、本当に頑張って鍛えたら、きっと同じものが持てるようになるよ」

「ほんと!? がんばる!」

 きらきらした目で里琉を見る少女は、とても幼い。こんなに小さくても、戦おうとする姿を親たちはきっと見ていないのだ。

「……ねえ、おねえちゃん。あたしね、このあいだ、こわかったの」

 不意に別の子が、怯えるように小さく言う。

「こわい?」

「うん……。おみずのほかにね、ちょっとだけ、くだものも、もっていけるの。だけど、それをかごにいれてたら、ひめい? みたいな、おっきなこえがして。もしかして、こわいもの、いるのかな」

 ――ざわり、と里琉の中で予感がする。それはきっと危険なものだと。

「そ、そんなところに行くなんて……駄目だよ?」

「だ、だいじょうぶ。そーっと、そーっと、にげてきたから。でも……ほかのおとなには、ないしょにしてるの」

「すごくたまにだけど、聞こえるよ、それ。人間の悲鳴だと思うけど、近付くなって勘みたいなものがざわめくから、僕は行かないし、他の皆にもそう周知してる。奥の方は立ち入り禁止だし、近付かなければ逃げられるから」

「水汲みは子供の役目だからな。力をつけるって意味でも好都合だけど、あのオアシスには何か居る。これは確かだよ」

 彼らの言葉に、里琉はぎゅっと拳を握る。イシュトが怪しんでいたのは、恐らく当たりなのだ。

 だが、ディアテラスの説明は出来ない。彼らを更に怖がらせる事にもなるし、何より、時間も言葉も足りない。

「分かった。……なるべく、気を付けてね。他に心配事はある?」

「心配っていうか……水の味、変わったよな」

「ああ。不味いっていうか、血みてえな味がして、気持ち悪い」

「沸騰してもちょっと残るから、家にあるろ過装置使って飲んでるよ」

「え、濾過装置が家にあるの?」

 続けて出て来た懸念の中身より、里琉はまず濾過装置の存在に驚いた。

 ここに来るまでに点在している、この国にはそぐわないような大きなタンクがあるが、あれが雨期の際に水を集めて濾過し、貯蔵する装置だという。

 中で循環させてはいるが、給水された水は一旦、各家で煮沸消毒してから使うのが通例らしい。もちろん、使い過ぎないよう、一日に出せる量は制限されているという。

 そこまでのものではないにせよ、濾過が出来るというのはすごい事だ。

「ろ、濾過装置ってどんなの?」

「姉ちゃん、こっちこっち」

 おいで、と手招きした少年がこの家に住んでいるのだろう。台所にある、水瓶の隣にある不思議な装置がそれらしい。

「中に入ってるのは、灰?」

「そう。かまどで火を焚いて、火を消す時に火種の石を取ってから、白い石を投げると、いっぱい灰が出来て火が消えるんだ。それをこの中にぎゅうっと詰めて、上から水を入れる」

 言いながら少年は、水瓶からひしゃくを使って、漏斗型の受け口に水を注いだ。それはすぐに灰を通り、ぽたぽたと下の受け皿へと落ちていく。

「でもこれだと、結構大変でさ。一度に作れる量も少ないし、大人たちは舌が悪いのか、全然気づかないんだよ」

 ふむ、と里琉は考え、濾過した水と煮沸した水を飲み比べさせてもらった。

「…………これ、は」

 確かに微妙だが、違う。煮沸した方は、とてもじゃないが飲めない。

「……悪いけど、煮沸してない水を少し、持ち帰りたいな。調べたいんだ」

「え? 調べる?」

「王宮ではね、こういう水に何が混ざっているかを細かく調べる機械があるんだよ。ちゃんとした人が調べてくれるんだ」

「その人は、悪い大人?」

「ううん。悪い大人から、私を守ってくれた人」

「じゃあ、いいよ! ちょっと待っててね」

 少年が水瓶から水を汲み出して、持ち歩き用の水筒に入れてくれる。ガラス製のそれを見て、はて、と首を傾げた。

「ねえ、これ何で出来てるの?」

「それはね、水透石だよ! お姉ちゃん、知らないの?」

「すいとうせき、ってすごいの! つよーいたきびでとかして、いろんなかたちにすることができるんだって!」

(こっちの世界のガラスか。どうりでグラスとかあるなと思った。でも窓ガラスは無いんだよな。何でだろ?)

 蓋もきっちりと閉めてもらい、これで横にしても漏れる事はないらしい。

「じゃあ、お願いするよ。俺達、毒みたいな水で死にたくないからさ。しばらくは濾過しながら使う事にする」

「お父さんやお母さんには言わなくていいの?」

「……信じてくれない大人は、僕達子供が言っても毒の水を飲むだけだよ。お姉さん」

 トルバという少年が吐き捨てるように言う。恐らく何かあったのだろうが、突っ込まないでおくことにした。

 ポーチにそれを押し込んだ里琉は、見張り役をしていた子供の「おい、来たぞ!」の声で所定の位置に戻る。

 ――当然、ラバカ大臣には報告しなかった。


※ ※ ※


 フィリアは頭を抱えていた。

 支離滅裂なラブレターと、毒水の入った瓶を前にして。

「あんたは厄介事を持ってくる能力でもあるの?」

「そんな能力あったら捨てたいです」

 今朝方、彼女の部屋に投函されていた、黒地石版の手紙とやらは、上から下までびっしりと文字が綴られている。見てるだけで気分が萎えた。

 中身を読んだフィリアは、正直吐き気すらした。これを里琉に正直に言っていいものだろうか。

「言い換えるわ。あんた、どこでこんなネジ落としまくった男をひっかけたの?」

「引っかかるわけないじゃないですか! どこの物好きですかそれ!」

「だってあんたの事書いてるのよこれ。他には? 変な物とか一緒に置いてなかった?」

「いや、これしかなかったです」

「どう見ても気持ち悪いラブレターなのよねえ。これ全文読み上げたくないんだけど」

「……ええー。そんなにヤバいんですか」

 里琉がげんなりしている。元々、男に対して苦手意識を持つ彼女がこの中身を読んで、果たして平気で居られるだろうか。

 とはいえ、危険度は高いとフィリアは判断する。これを放置するわけにはいかない。

「一目惚れで恋に落ちて、幾度となくあんたの姿を探して、見つけても声を掛けられずにいるのが辛いそうよ。でも……」

 最もまずいのはその先の部分だ。未だ処女である彼女を、この手紙の主はものにしようとしている。――しかし唐突にそれはフィリアの記憶にリンクし、異様な不快感をもたらした。

「! ――――ぐ、っ……!」

 連鎖的に記憶が呼び起こされ、フィリアはトイレへと駆け出す。この後宮も含め、ある程度の治水設備が整えられているおかげで、吐き出したものは全て水により流されていった。

 だが、それだけで消え去るものではない。根深い過去はフィリアの臓腑を焼き尽くすどころか、全身を覆う程のどす黒さに塗れている。

 吐き出せるものが無くなり、フィリアはトイレから出ると、洗い場で口をすすいだ。喉が胃液に少し焼かれたかもしれない。

「……悪かったわね」

「いえ! それより真っ青ですから、横になって下さい!」

「…………ごめんなさい、リル。そいつの件は、私、あまり協力できそうにないわ」

「いいんです。無理しないで下さい」

 里琉は事情を聞き出そうとはせず、フィリアを寝台へと向かわせる。

「今はちょっと休みましょう。何か少し、飲みますか?」

「……要らない。今は、一人に、して」

「分かりました。でも、あの、心配なので、また来ます」

「そう。……だったら寝る前にでも来て。そのくらいには、落ち着いてるから」

「はい。じゃあ、また後で……」

 手紙を持って、里琉は出て行く。心配そうな顔をしながら扉を閉めたのを見届けたフィリアは、ふいに寝台から起き上がると、普段は開けない机の引き出しを開けた。

 そこには、念のためにと持ってきていた錠剤の瓶。

 ざら、と三粒ほどを出し、飲み水で一気に流し込む。

「……っく、……はぁ、はぁ……」

 ――危なかった、とフィリアは一人ごちた。

「これで……少しはマシ、かしら」

 恐らく、ここに住む誰もが知らない事実。フィリアの覆い隠している、狂気の一かけら。それが一瞬、里琉に対して出るところだった。

 情報を引き出そうと思っていたカーエは、ディアテラスの周知徹底という名目で徹底的に痛めつけられ、脳が狂ってしまったらしく、まともな情報が得られなかったので、とうに処分してある。あんなものでも居てしまったら、危なかったに違いない。

 ごろん、と寝台に再び横になる。即効性の鎮静剤は、強烈な眠気を催した。

 急速に沈む眠気の中、フィリアは夢も見ない休息に身を委ねる。

 もう自由だと思う反面、未だ鎖に囚われ続ける自分を、内側に見ながら。


※ ※ ※


 ――里琉が戻ってすぐ、バタバタとメーディアが駆け寄ってきた。

「リル! あなたは無事!?」

「えっ、何かあったんですか?」

「ガルジスの服に、毒の針が仕込まれたのよ! 幸い軽い痺れ程度だから良かったけど、念のためにエクスに薬を作ってもらっていたところなの」

「ガルジスさんが!? すぐ連れてってください!」

 メーディアの言葉に驚きつつも、里琉は急いでガルジスの所へ案内してもらう。

 彼の部屋は初めて入るが、最低限のものだけが置かれた、殺風景な部屋だ。その寝台にガルジスは座っていた。

 そして、王もそこに居る。

「ガルジスさんっ!」

「おう、リル。見舞いか? 悪い、この通り利き手をやられちまってな。多分、数日は動かせねえわ」

「…………毒の針が、仕込まれたって聞いた」

「ああ、それならこいつだ。仕事が終わるとガルジスは着替えるが、それに隠されていた結果、腕に刺さったらしい」

 王の説明とハンカチに乗せられた針。包帯に巻かれた腕を見た里琉は、どうして、と眉を寄せた。

「ガルジスさんを恨んでる人なんて、聞いた事ない……」

「私もよ。それよりリル、あなたは何を持ってるの?」

「あ、これ? 今朝、私の部屋に差し込まれてて、フィリアさんに解読してもらったら、フィリアさんが具合悪くしちゃったんだ。だから戻ってきたんだけど……」

「あのフィリアが? おいおい、どんな内容だったんだ。ちょっと見せてみろ」

「いや、中身はラブレターらしくて。あんまりいい内容じゃないみたいだから」

「私に見せてくれるかしら。立場上、恋愛関係の相談も慣れているわ」

 メーディアなら、と里琉も頷いて手紙を見せる。

 だが、みるみるうちに彼女の顔も蒼白になった。

「……リル。あなた、他人の心配をしている場合じゃないわよ」

「え?」

「ちょっと見せろ」

「王様!? 勝手に見るのはマナー違反ですけど!」

 結局、その場に居る全員に見られてしまった。

 ガルジスは動く片手で額を押さえ「おいおい……」とうなだれるし、王はその綺麗な顔を手のひらで覆い、里琉に突き返す。

「お前、下手をすると帰れなくなるぞ」

「何? 結婚して下さいとでも書かれてたの?」

「飛躍するとそういう意味だけど、ある意味ではもっとおぞましい、と言うべきかしら」

 持ってるのが怖くなったが、下手に捨てられないし、石なので燃やせない。どうしたものか。

 それより、彼らがここまでとなると、フィリアがあれだけ具合を悪くするのは道理かもしれない。

「その手紙の奴、頭のネジがぶっ飛んでるんじゃないか?」

「以前はともかく、今のこいつに書いてる事を求めたら、それこそ大問題になるな」

「ええ……分からないの怖いんで、さくっと説明して欲しいんですけど」

 片思いされているらしいことまでは分かるが、どうにも納得がいかない。

 仕方ない、とメーディアがため息をついて、手紙を示しながら答えた。

「思慕している相手に対し、性行為を要求しているのよ、その手紙」

「うわ、気持ち悪っ!!」

 思わず手紙を放り投げた。よく考えたら他人の部屋なので、「ごめん」と言って拾い直す。

「名前を書いてない辺り、分かると思っているのか、それとも……別の理由があるかのどちらかだな」

「人生初のまともなラブレターがこれ!? 男運無さ過ぎない!?」

「そ、そうだな……。俺もそういうぶっ飛んだ奴は初めてだわ……すまん、リル。もうちょっと注意しとくんだった」

「あら? ……ねえ、リル。この手紙に『邪魔者の居ない所で』とあるけれど、まさか……」

 ちらりとメーディアが見るのは、ガルジスの腕。

 里琉もさすがにそれで分かった。犯人は、この手紙の主である可能性が高い。

(え、じゃあガルジスさん、完全にとばっちり? ……私のせいで?)

 真偽はともかく、それならば話は変わる。

 里琉は、普段から隠してある短剣を引っ張りだした。

「お、おい、何してるんだ」

「ガルジスさん、……ごめん」

 そう言って、里琉は手のひらをざくっと切った。血が滲み、里琉はそれを差し出す。


「飲んで」


「おいこら! 頼んでないぞ!」

「だとしても、私のせいなら私が始末をつける。毒針の犯人がこの手紙の奴なら、私にはガルジスさんを治す理由と権利はある」

「だからって、お前なあ……!」

「嫌ならその包帯解いて、傷口から流し込むけど」

「…………後で説教だからな、お前」

 嫌々ながらもガルジスは里琉の手から血をすする。

 そして十数秒後、しかめ面で包帯を解いた。その下は傷一つなく綺麗なもので。

「……まあ」

 メーディアが驚いた声を上げる。話には聞いてただろうが、実際こうして目にするのは初めてのようだ。ガルジスは苦い顔のままでいる。

「これでよし、と。で、ガルジスさんはしばらく私に近寄らないで。早朝訓練以外」

「……何度も狙われちゃかなわんからな。それはいい」

「…………今のが、ライリアーナに飲ませている薬、ということか」

「そうなりますね。……不気味ですか?」

 少し青くなっている王を見て、里琉はくすりと笑う。

 ディアテラスとは違った意味で、里琉は異端だ。排したいと思うのなら、それはそれで正しい認識だろう。

「いや…………」

 小さく呟いた王は、しかしややして、眉を寄せたまま、里琉の頭に手を置き――ぎりぎりと締め上げた。

「いだだだだだ!!」

「腹立たしくなってきた。お前の血がどうのとかよりも、躊躇いなく使うその神経がな」

「いやー、ホントよく効いたわ。助かった。おかげで明日の早朝訓練、いつもよりハードに出来るな!」

「えっ何で!?」

「……リル。あなたは自己献身が好きなわけではないはずよね?」

 メーディアの確認に頷くが、メーディアは首を横に振って否定を返してきた。

「あなたが今した事は、立派な自己犠牲、献身よ。今回は事情もあったとはいえ、今後は禁止します。あなたの命を他人の為に使うのは、もう止めなさい」

「え、でも……いだだだ!」

「禁止だ。いいな」

 有無を言わさぬ王の声に、里琉は悲鳴を上げつつも承諾を返すしかなかった。

 その日の夜。

「あ、あのっ……!」

 どこかで聞いたような声に、里琉は振り返った。その先には、いつかの青年。

「はい?」

「こ、これから、どちらへ……? 良ければ、僕と……」

 夜に誘いを受けても、それに乗ってはいけない。そう言われてきたのと、今からフィリアの所に行くのだ。

「ごめんなさい。所用があるんです。急いでるので、失礼します」

「え、あの、じゃあ途中まで……」

「結構です。病人のお見舞いに行くので」

「…………そう、ですか」

 そこで会話を切って、里琉はフィリアの研究所へと急ぐ。


 ――その後ろをついて歩く足音に、気付く事はなかった。

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