第2話
2017年、7月19日。
「加奈~、ここここ」
わたしは車の助手席の窓を開け、ロータリーに佇んでいた彼女に声をかけて手招きをする。ぱっとはじかれたように彼女はこちらに気が付き、早足でこちらに向かってきた。昨年会った時よりも少しふくよかになっている。元々痩せていたわけではないが、ジーンズのパンツが太ももにぴっちりと張り付いているところから見るに、それなりに肉が付いたことが分かった。
「後ろな」
「分かってるわ。相変わらず仲良いんやな二人とも。歩樹、安全運転してや」
「はいはい」
加奈が車に乗り込むと、歩樹はロックをかける。
「出すけど、忘れ物とか大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫」
勝手の知った車のため、加奈は慣れたように荷物を置いて、早速スマホを取り出した。
「なあなあ、千絵。曲かけてもいい?」
「えっと、Bluetoothやんな?」
「うん、そう」
「えっと……」
わたしがどのボタンを押せばいいのか迷っていると、隣から筋の入った腕がスッと伸びてきた。
「これ」
目はしっかりと前を向いた歩樹が、はにかみながら教えてくれる。
「ありがとう」
わたしは伏し目がちに、指されたボタンを押した。
「えっと、加奈も乗ってるからな」
運転席と助手席の間から身を乗り出した加奈が居心地悪そうに言った。ちょうど赤信号だったため、歩樹がこちらに目配せをしてから「まあ、そう言わんで」と、なだめる。
「羨まし」
にたにたと笑いながら席に戻る加奈は、最近ハマっているらしいドラマの主題歌を車内に流し始めた。
「今付き合ってどれくらいやっけ?」
「もうすぐ2年かな」
「喧嘩とかすんの?」
「うーん、まだない。加奈はどうなん?」
「それがさあ、聞いて本間」
それから、加奈の彼氏の愚痴大会が始まった。また浮気をされたらしい。歩樹は男側の意見を求められていたが、苦笑いをして「大変やな」と言っただけに留まった。
加奈とは中学生来の幼馴染みで、高校まで同じ学校に通っていたため、彼女のだいたいの男性遍歴は知っていた。男運のなさや、目利きレベルは27歳になっても変わっていない。だが愛嬌に優れた彼女は、たとえ彼氏と別れてもすぐに新しい男を次々と連れてくる。
「今回は上手くいきそうやってんけどなあ」
「なにが原因やったん? 浮気」
「加奈が海もプールも……水族館も、行かんって言ったから、やって。小学校のときから15メートルも泳がれへんって言うてんのに。それに……」
加奈がそこで口を噤んだ。言わなくても分かるその言葉の続きが頭に浮かび、私は後部座席に積んである花束に目をやった。昨年や一昨年は周りの目も気になって、無難に仏花を用意したが、今年は思い切ってカラフルな花束を用意した。加奈のアイデアだ。注文したのはわたしで、今朝早くに取りにいってくれたのが歩樹だ。
「……加奈は仕事、どう? 上手くいってる?」
車の空気が重くて、わたしは違う話題を出した。
「うん、まあまあかな。千絵は?」
「わたしも、まあまあ」
「なんやそれ」
車内がぎこちない笑いに包まれた後、加奈は今までの空気を消すようにノリの良い海外のアーティストの曲を流してくれたおかげで、空気だけは楽しいドライブになった。心と空気の温度差がわたしには痛かったが、歩樹はハンドルを握りながら指でリズムを取る余裕を見せていたため、加奈の選択に感謝した。
「千絵、お茶欲しい」
「うん」
わたしはペットボトルホルダーに入れたお茶の蓋を開け、歩樹に手渡す。ストローを持ってくれば良かったと思いながら、歩樹が飲み終わるのを待った。
「えっと。緑茶だから、おい茶?」
「綾鷲でしたー」
「綾鷲、そっちかー」
少し悔しそうにペットボトル返してくると「ケイなら当てた、かな」そう呟いた。
お茶の飲み比べが趣味だと言っていた彼なら、確かに分かったのかもしれない。だが、自称お茶マニアの彼に試すことも、もう叶わない。
「さあ、どうやろ」
それを言うことが、わたしには精一杯だった。
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