アクアリウムに花束を
148
第1話
*
覚えているのは、地獄のような光景。
狭い非常口に詰まる、人間の醜さをむき出しにした人々。
水、水。
奇声を上げる女性と泣き叫ぶ子供の声が、さらに混乱を加速させていく。
極めつけは、水面に浮かんだ人間たちだ。うつ伏せで浮いてくれているのならまだいい方だが、それらの周りの水はどうしたって赤く染まってしまっている。
助けようとするものは、誰一人といなかった。
防火扉の一部が誤作動を起こしたのか、出入り口を塞いでいる。一部だけだったが、それでも目の前の扉に裏切られた人々の心は打ちひしがれたことだろう。
人々を絶望に陥れるには、十分な演出だった。
わたしはただ、目の前の背中を追って走っていた。水を含んでずっしりと重くなったスカートが足に絡みつきながらも、指示された方に進む
今ここに仲間が一人欠けている訳も、その仲間を置いて自分の命だけを考えて逃げている意味も、その仲間がとった行動の目的さえも、何も飲み込めないまま。
迫りくる水におびえながら走り続け、やっとのことで地上に出たときにこみ上げてきた感情は、安心感などではなかった。
生き残ってしまったという罪の意識と、もう二度と彼に会えない空虚感だった。
わたしの隣では同じように歩樹が呆然と立ち尽くしている。
「
その問いかけに歩樹は何も答えなかったが、唇から漏れた震える空気が、そうだと言ったように聞こえた。
地上のタイタニック
シバ水族館で起こったこの一連の事件を、世間はそう呼んだ。
犯人は現場にいた人々の証言から、
わたしたちが失った仲間の名前もまた、梅柴恵だった。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます