第7話 敵の情勢②
リビウスさんは走り、松本さんの腕を掴んだ。
「王に何をした!言え!」
松本さんを掴む腕はわなわなと震え、掴まれた腕はみるみる血色が悪くなる。
「え?あっ!すいません。治しちゃ駄目でしたか?」
みんなが口を開けて呆然とする。考えが追いつかない内に、王はいきなり起き上がり、ドラグニアの手を離させた。
「いやー。不思議なことに、この娘がわしに手をかざした瞬間、体の痛みが消え、て楽になったんじゃ。いきなりの事に驚き、声も出んかったが、さっきまで動かんかったが体がすっかり元気になってしもうた。」
「王、本当にもう大丈夫なのですか?」
「うむ、心配するな。」
「しかし、念のため医務室に・・・。」
「リビウス様‼︎」
王の身を案ずるリビウスに届いたのは、戦争への応援要請だった。聞けば、【シャロンド】という町の近くで起こっている魔王軍との競り合いが劣勢のため、援軍を送って欲しい。との事だった。リビウスさんは少し考えてから言った。
「マツモト殿、先程はすまなかった。そして、礼を言う。今から下にいる負傷者の手当てに当たって欲しい。あとの4人は、私に着いて来てくれ。数は多く無いといけない。」
私達は驚き、断ろうとした。「いきなり実戦は無理だ」と。しかし、後方で見ておくだけ。危険は少ない。と言われ、渋々承諾するしか無いのだった。
私達は男女に分かれ、部屋で鎧を着た。元いた世界の鎧といえば、鋼鉄でできていてとても重いイメージしか無かったが、今着ている鎧はせいぜいリュックサックを背負った時程の重さだった。だが、幾ら軽いとはいえ動きにくい事に変わりは無かった。初めて着るのだから当然といえば当然であろう。着付けが終わると、鎧に慣れる目的もあり、ドラグニアさんを呼びに行った。廊下の角を曲がると彼はすぐそこにいた。なのに、私は声をかける事ができなかった。彼は、窓から差す光に包まれながら、メイドらしき人物と抱き合っていた。静かな時が流れ、私は角から身を引っ込める。離れた所で少しの間待っていると、ドラグニアさんは変わらぬ顔で歩いて来た。私は好奇心を抑えきれず、さっきのメイドについて聞いてみた。幾ら異世界に来たといえど、やはりここは女子高生である。
「あの人は私が愛している女性だ。この戦争が終わって平和になれば、籍を入れると約束している。」
案外なんの躊躇いもなく教えてくれた。しかし・・・(それは私達の世界では死亡フラグと言います。)そんな不謹慎な事は、流石に言う事ができなかったので、準備が整ったという事を伝えて共に外に出た。
馬で戦場へと向かう。なんだか戦国時代みたいだ。そんな事を考えながら、私はドラグニアさんの注意を聞いていた。
「良いか?決して前線には出るな。考えたくは無い事だが、戦っている者たちが半数以上やられたら撤退しろ。人の死を間近で体験する。これが勇者への第1の難関だ。」
戦場に着くと、そこはもはや地獄だった。人は雄叫びを上げ、異形の敵へと向かって行く。死体は運び出される事も無く、数々の足で無情に打ち付けられる。この世の残酷を集め、表しているかの様であった。その中にドラグニアさんは向かって行き、指揮を取る。きっと、幾つもの戦場を駆け巡り、仲間の死を乗り越えて進んで来たのだろう。彼の強さは、鍛え抜かれた肉体や柔軟な思考だけでは無く、心に燃える熱い仲間への思いであった。
彼が戦場に入り指揮をとり、勇者軍が少しずつ勢いを取り戻す。そう思って瞬きした一瞬にドラグニアの姿は、馬の上から消えていた。
指揮官が消え、勇者軍は統率を失う。畳み掛けてくる魔王軍を背に、私達は逃げるしか無かった。戦争に負けたという事実よりも私の心に強く浮かぶのは、あのメイドの事だった。彼女は、誰も知らない軍師との関係を、誰にも話せずに一生を終えるのだろうか。それとも、誰か他の人を見つけ、精一杯の幸せを築こうとするのだろうか。それは彼女にしかわからないが、彼の死が人の心に落とす影は、あまりにも大きかった。
ドラグニアの私物は、部屋にある最低限の生活用品だけで、彼が戦士として生きた証は、この世のどこにも残されていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます