第5話 強化された最強

体から力が漲る。手足がプラスチックの様に軽い。突然のコンディションの変化に、僕達は困惑を隠せなかった。


「私の能力「怒号(どごう)」は、触れた対象の身体能力、特殊能力を1時間の間大幅に強化できる。試しに自分の能力を見てみろ。」


2人は慌てて腕の文字を触った。


山内 悠人


能力「夢幻の運命」(怒号)

・自分が目視できる範囲にあるもの全てを(実態が無い物でも)任意で消滅させる。


• • •

陰地 優太


能力「墜峰」(怒号)

・目視できる範囲の重力を操る。


強い。それ以外の言葉で表せない程に。そこから先の作業は、実に簡単だった。僕の能力で軍師の胴体だけを消し、陰地君の能力で頭を手元まで引き寄せる。驚いた事に、僕の能力で切断された物の傷口は、何事も無かったかの様に塞がり、出血さえしていなかった。もしこの頭の下が残っていて首と接着させたなら、そのまま目を開けて動き出しそうなほど綺麗な最期の顔であった。

山の下は、突然指揮官が消えてしまった勇者達の驚きと戸惑いの声。そして、敵の混乱に乗じて場を制圧しようとする魔王軍の掛け声で一層騒がしくなった。その頃僕達3人は、何食わぬ顔で大きな風呂敷を持ち、再び町に向かって歩き出すのだった。

道中、能力で少し試し事をしていた。自分の後頭部の髪を摘んで、消えろと念じる。すると、摘んでいたはずの髪がいつの間にか消えている。次に、木の枝で指先に傷をつける。それから目を瞑り、消えろと念じる。すると傷は、跡形も無く消えている。ここまでは強化されていなくてもできた。本当の実験はここからである。能力が強化されて変わった点は2つ。


・目で見るだけで消滅させる事ができる。

・実態が無い物でも消滅させる事ができる。


さっき、少し離れた所にあった樹齢50年はあるであろう木を、見るだけで音もなく消せたので、強化されたのは本当だろう。しかし、実態が無い物でも消す。と言うのはどうゆう事だろう。試しに、確かにそこにあるのに強化前は消せなかった「空気」を消してみるとしよう。適当に消しても、空気ならば本当に消えたか分からないので、少し可愛そうだが陰地君の周りの空気を一瞬消す事にした。


(消えろ!)


心の中で願うと同時に、陰地君が苦しそうな顔をして咳き込んだ。どうしたのか聞くと、一瞬いきができなくなったらしい。成功だ!強化されたこの能力では、「確かにあるのに干渉できない物」まで消す事ができる様だ。少し罪悪感はあったが、木々の隙間から勇者が見えた時に、その男の「記憶」を消してみた。勇者はいきなり立ち止まり、その場にへたり込んで発狂してしまった。

間違いない。この能力は最強だ。世界の狭間で持ったこの能力に対する感想は、更に強くなって心に戻ってきた。


(能力が強化されている内に!)


僕は、この世界で天下を取るために自分の中から「老い」と「死」を消滅させた。

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