第15話 生き残る為に

 光の粒が消えるとタクトと景子の姿が見えてくる。

 タクトは不可抗力ではあるが逃げてしまったような形でいなくなった上に、これまでの事を全て盗み聞きしていた事に気まずい気持ちを抱いていた。

 景子が改めてタクトの顔を見つめる。


「たっくん!良かった。まともな顔になったよ」


 景子の目が潤んでいる。真剣な眼差しでタクトの方に向き直り、両手をつないでブンブンと振り回す。


「ああ、ごめん。心配かけて……ってかその言い方だと顔の形が変わってたみたいじゃないか」


 言葉を遮るかのように景子は続ける。


「変な顔だったよ。でも何で急に良くなったの?」


 最悪の気分になった時にはこんなに本気で心配してくれる人がいるということが嬉しかった。それと景子の言葉のおかげで吹っ切れたという部分が大きいとタクトは感じていた。

 悩みなんてそんなものだ。単純には表現することは出来ず、ウジウジとふさぎ込んでしまうこともあるが、一度決意してしまうと案外簡単に気分は上向いてしまう。


 ただ、そんな風に思ったことを景子に素直に話すのは照れ臭く感じたタクトは一言話しかけようとして止めてしまう。


 そんな中、空気をあえて読まないおっさんこと佐藤が大きな声で話し始める。


「よし!やるべきことは決まった!役者もそろった!で、結局これから何すればいいんだ!?」


 やるべきことは決まっている。ゲームクリアだ。今日の午後3時までにクリアしなければタクトという存在は消えてしまう。

 これからこのゲームをクリアする為の作戦会議へ移るかと思った直前、長谷部が話の進行を遮った。


「その前に確認しなければいけないことがあります。富谷君」


 突然話を振られたタクトはゲームのクリア方法から意識を戻した。


「富谷君、君に確認しなければいけない事があるんだが、どうするんだい?」

「え?あ?何がですか?」

「君はこれからみんなの手を借りて、生き残る為に動いていく」

「はい」

「このままで本当にいいのかい?」

「このままというのは……?」

「君を消滅から救ったとしてこのままだと警察の犬ってことになんだが、いいんだね?」

「でも、そうじゃなきゃ俺は消えちゃうんですよね」

「ああ、そうだね。ただ、警察の犬として生きずに君が言った消えていくという選択肢もあるんだが、君はどうしたい?」


 長谷部は俺に消えるか、警察に縛られて人間ではない都合のいい何かとして存在していくかを決めろとせまってきた。

 答えはもちろん決まっている。誰も消えたいなんて思うやつはいないだろう。

 そう長谷部に伝えようとしたところで佐藤が脇から話し始めた。


「おい、タッくんよ、消えたいか生き残りたいかじゃなくて、人間扱いされない存在になってまでも生き残りたいかと、その覚悟はあるかと長谷部は聞いてるぞ。お前はそんな状態で大丈夫なのか?」

「佐藤さん、そんな言い方無いでしょう」

「事実だ。下手に隠してもしょうがない。今回の事が成功すればお前は警察の備品扱いだ。人間じゃないから休日なんてない。休み時間も必要ない。パソコンのようなものだからな。ブラック企業も真っ青な程に働かせられるぞ」

「そこは、まぁ、そうなんですが。でも、出来るだけ人間扱いはしようと思うよ。できるだけ」


 自信なさ気に長谷部は言った。多少の便宜は図ってくれるとの考えだろう。

 本当に富谷拓斗のコピーとして、人間ではない存在としてでも生き残りたいのだろうかと考えてしまう……。


「色々脅かしたが、嫌になったら最悪俺がサーバールームに乗り込んでぶっ壊してやるよ」


 相変わらず不敵な笑みを浮かべて佐藤は言い切った。


「それは……、やめてくださいね。後処理をするのは私たちです」


 長谷部が言うと西島も頷いた。


 とにかく、今はもう少し生き残りたい。

 元の生活にはもう戻れない。家族にも会えない。というよりも富谷拓斗ですらなくなっているが、せっかく生まれてきたんだ。いなくなるなら何か残して消えたい。

 これはまぎれもなく本心だ。そう思いタクトは決意表明をする。


「俺はやります。どうか力を貸してください」


 みんながタクトを見た。景子は笑顔だ。


 そして佐藤は大きく頷いた。


「よし、それじゃあ、作戦会議だ!おい、西島!ゲームをクリアするにはどうすればいい!?」

「そうですね。まずは最終ダンジョンへ行ってボスを倒してもらいます。その後IDを確認し、長谷部さんが令状を発行し、私へ送ってもらってそれを開発室の者へ通達します。制限時間は昼の15時までです」

「長谷部、お前は速攻で請求できるよう書面と資料用意しとけよ」

「ええ、分かってます。顔のきく裁判官に準備してもらうよう声かけておきますよ」

「で、西島。ボスを倒すと言ったが具体的にはどう倒すんだ?始めたばかりのプレイヤーが簡単に倒せるってものでもないんだろう?」

「はい。そのあたりは現在すでにシミュレーションを始めています。ボスの動きやパラメータなど各項目を分析して最短の動きで倒せるよう作戦を立てます。少し時間を下さい」

「どれ位かかるんだ?」

「大体二時間かかります」

「一時間でやれ!」

「無理です」

「そこはイエッサー!って言って一時間でやってみせろよ」

「先輩は外国映画の見すぎです」

「うちのスパコンをフル稼働して、頑張っても115分です。それ以上は短縮できません。それと原田さんはこれから送るリストの物を買ってきてください。シミュレーション上での戦略の幅を広げます」

「分かりました」


 みんなが次々と話を進めていく。タクトは焦る。自分自身のことなので少しでも役に立てることがしたかった。


「西島さん、俺は、俺は何をしたらいいですか?」


「そうですね。何でしょうか。戦う前の精神統一でもしていたらいいのでは?」


 そう言われタクトは何も言えなくなってしまった。つまり、出来ることは無いということだ。周りに助けを求めているのは俺なのに、その俺自身が出来ることは何もない。

 考え込んでしまっていたのだろうか、佐藤のおっさんが急に大声をあげた。


「おい!タッくん。ごちゃごちゃ考え事してるとハゲるぞ!いいから俺の戦闘訓練に付き合え。お前の力とやらを見てみたい」


 そんな佐藤の思いつきに西島は賛成の意を表す。


「それはいいですね。最適な戦略があっても実際に動いてみると気持ちが負けて動けないということはままあります。自分より強者と戦うという経験を積むことはいい練習になるでしょう」


 佐藤は半透明のパネルを操作し、俺にPvPの申し込みをしてきた。パネルに表示された勝利条件は相手のHPを四分の一まで減らすことだった。


「よし、タッくんよ!ガツンとぶつかってこい!意味なく考え込む時は身体を動かせ!暗い気分の時は運動だ!」


 何のことはない。思い付きに見えたおっさんの戦闘訓練は色々物思いにふけってしまったタクトの気を紛らわすためにしてくれたことだった。

 このおっさん意外といいやつなのかもしれないとタクトは佐藤の印象を多少上方修正した。

 しかも西島からいい練習になるとも言われているこの訓練。ついさっきまでやることが無く途方に暮れていたタクトにとっては丁度いい。気が紛れてデータが取れる一石二鳥だ。何やら今は周囲の人間にも恵まれている。

 そう思い改めてあたりを見回すとそこに残っているのはタクトと景子と佐藤のおっさんだけになっている。

 みんなタクトの為に動いてくれている。一人じゃない。そう思うと沈んだ気分が浮かび上がってくる。気が付くと軽口も叩いていた。


「現実では、俺の動かす身体はもう無いですけどね」

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