第12話 事情聴取と記憶

 転移の為の光のエフェクトが消えると俺たちは大宮駅西口の交番前に来ていた。

 交番前にはお巡りさんが立っていたが、長谷部さんを見て敬礼をする。本物の刑事だというのは完全に嘘ではないのだろう。


「ちょっと奥の部屋借りるよ」


 軽い口調で交番前で敬礼中のお巡りさんを通り抜けて俺達は中に入っていく。

 中には交番に備え付けられているカウンター風の机とパイプ椅子があり、そこで長谷部さんとは向かい合うように座らせられた。壁際には景子とおっさんが同じく椅子に座っている。景子は初めて交番の中に入った不安からか周りを見回しているが、おっさんは俺のことをじっと睨みつけていた。


「さぁ、洗いざらい吐いてもらおうかな」


 刑事の長谷部さんが話を始める。


「そんなこと言われても俺は富谷拓斗です。それ以外に答えられません」

「まあ、まあ、そう固いこと言わずに話してみてよ。これまでの事をさ」


 そう言われ俺は今までの事を話した。


 起きたら物がガラガラになっている俺の部屋らしき場所に寝かされていて、学生服と初期装備(?)のネギとせんべいを持っていた。

 佐藤のおっさんと原田さんに市役所に連れて行ってもらい、ダンジョンに行って……、そうしたら実はゲームの中だと分かった。

 こんな覚えている限りのことを伝えた。

 疑われているのは嫌だったが、隠すことは一つもなかったので特に隠すこともなかった。

 異世界に転生したと考えたことは恥ずかしいので少し迷ったが、言ったところで問題はないだろう。


「そっか、でだ。その前はどうしていたのかな?」

「その前?ですか?」

「そう、一昨日の夜の事だ。このOpen Omiya Olineに入る前の事だよ」


 そこまで言われて初めて気が付いた。おかしな事態に通常通りの思考が出来ていなかったのだろうか、目を覚ます前のことを覚えていなかった。

 いつも通りに学校から帰っていつも通りに食事をし、いつも通りに家族に就寝の挨拶をしてベッドに寝転がる。

 いつも通りのルーティンワークをしたはずだ。


 それは分かる。分かるのだが確実におとといの夜の行動かと言われると全く現実感が伴っていない。


 よくよく思い出してみると、ここ数日の細かい記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているようだった。


「何も思い出せないかい?例えば、友達や家族と何か喋っていたとかそんなことでもいいんだよ」


 そう言われて初めて、景子がここ数日についての話を言っていたことを思い出した。


「そういえば、景子が俺にゲーム機を買ったと言っていました」


 そうだ、一度聞き流したが、確かに景子はゲームを買ってあげたと言っていた。正確には『ゲームをあげた』と言っていた。

 その後には『一緒に遊びたいけどお金がないってたっくんが言ったからプレゼントした』とも言っていたから俺の記憶の飛んでいる時に一緒に遊びたいと言ったのか?

 確かにVRMMOはやってみたかったがそこまで興味が惹かれるものではないはずだ。

 いや、その前に景子は『べ、別にあんたと遊びたいわけじゃないんだからね!』とも言っていたからきっと景子が一緒に遊びたかったのだろう。


 つまり俺とゲームで遊びたい景子が値段が高いからと一度断ったにも関わらず、俺に機械をプレゼントして一緒に遊ぼうと再提案したのか。

 さらにその前に『あれ?学校でゲームにログインできなかったって言ってなかったっけ?ゲーム機直ったの?』と言っていたのを見ると現実世界の俺はその時にはログインできなくなったのだろう。

 あくまでも俺が現実世界にもいるという仮定の話だが。


「それは一昨日の事を思い出したってことでいいのかな?」

「いえ、昨日佐藤さんと景子と会った時の話です。『一緒に遊びたいけどお金がないってたっくんが言ったからプレゼントした』と言っていました。景子、そうだよな?」


 俺は部屋の隅で俺と刑事の長谷部さんの会話を聞いていた景子に確認してみると景子は不安そうな表情のまま答える。


「うん、たっくんにそんな話をしたような気がする……」


 俺は長谷部さんの方に向き直って話をつづけた。


「景子はいつもよく分からないことを言うので今回もそうなんだろうと思ってましたが、俺の記憶が無い事とその言葉を信じるならつじつまは合うなと思って」

「ほう、なるほどなるほど。それにしても君は記憶力はいいねえ。私なんか一昨日の夜ごはんも思い出せないよ。人間ってやつは聞き流すような物事は忘れるように出来ているものなんだよ。君は勉強とか得意なのかい?」

「いえ、記憶力はそれほどなかったですが……」


 そこまで言って俺は初めて気づいた。普段学校ではここまで授業の内容を忘れられるものかと不安になるくらい記憶力には自信が無い。しかし、今はどうだ?昨日の朝起きてからの記憶ははっきりしている。

 確かに日常からかけ離れた衝撃的な出来事ばかりだったが、それこそ一字一句間違えずに再現できるほどに記憶している。おかしい。


「ほう、まるでこれまでの事をもう一度確認し直した様な言い方だったけどね」


 そこで目の前の刑事長谷部さんの目つきが厳しくなった。その雰囲気に押されて周りにいる佐藤のおっさん、原田さん、さらに景子まで不審な目で見ているような気がする。

 一体この人は何を疑っているのだろうか。厳しさのない語り口だが刑事で、俺のことを疑っている。俺のことをどう思っているのか心の底から知りたいと考えたところである会話が浮かんできた。


『いらっしゃいませ。おひとり様ですか?』

『一人、禁煙で』

『それでは奥の席へどうぞ』


『ピンポーン』

『ご注文はお決まりになりましたか?』

『デミグラスハンバーグセットで』

『今ならセットにプラスで新商品の果肉とろ~り濃厚梅ゼリーがお安くできますが?』

『それもお願いします』


 あれ?何を考えているんだ俺は。馬鹿馬鹿しい。しかしリアルな会話が突然浮かんできたのは確かだ。しかもこれはなぜか長谷部さんの言葉だということも分かる。

 長谷部さんの一昨日の食事のシーンだ。

 これが事実だったかどうか確認したい。こんなことを聞いたらまた不振に思われるが、ここまで現実感を伴った白昼夢はこれまでになかったので勇気を持って聞いてみることにした。


「長谷部さん、最近ゲーム内でデミグラスハンバーグセットを食べましたか?」

「おや、突然どうしたんだい?確かに食べたけども。もしかして口にソースが付いていたのかい?普通そういったものはゲームの中では消えてしまうのだけれども」


 より一層不審そうな目で俺を見つめる。


「さらにおススメされて果肉とろ~り濃厚梅ゼリーも食べましたか?」

「君は、私のファンか何かでストーキングでもしていたのかな?」


 しかもこのゼリーは今新商品だというのにも関わらず一日に平均五百個以上も食べられている。なぜこんなことを俺は知っているのだろう。


「こんな無駄話を始めるということは何か喋る気になったってことでいいね?」


 長谷部さんの確信を持った目が俺を突き刺す。

 一体何なのだろう、この俺に突然入り込んできた情報は?俺は一体何を考えている?


 一度、訳の分からない状況を整理したい。この針のむしろにいるような空間から出て一人で落ち着いて考えたい。

 そう、自分の慣れたいつもの俺の部屋に。


 そう思った瞬間俺は光のエフェクトと共にみんなの前から消えていた。

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