第10話 俺はログインしていない

 GMである西島さんに俺はゲームにログインしていないと宣言された。いやいや、俺はここにいるぞ。一体この人は何を言っているんだ。そんなことを考えたところで西島さんが話を続けた。


「正確に言えば『富谷拓斗』という人物は登録されているが現在ログインはしていない」

「西島ぁ、どういうことだ?」


 佐藤のおっさんが軽く西島さんに詰め寄る。


「どういうことだと言われてもさっきのあなたの言葉を借りると『実際に起きていること』です。考えられるのはここにいる富谷君がログインしているのに管理画面ではログイン表示になっていない。もしくはここにいるのは富谷拓斗ではない。ということです」

「じゃあ、バグだな。早く直せよ」

「そうですね。マイナンバーカードなどの公的な身分証明をかざさないとログインできないですもんね。VRの中では顔の造形を大幅に変更できないと法律で決まってますし、ごまかしが出来無いはずです」


 佐藤さん、原田さんが続けて言った。


「バグを直そうにもこのログイン情報はデバイス側の信号を受け取ってるから内部処理ではどうにもなりませんね。私はこのゲームの開発者の一人ですが、デバイスのシステムには干渉できません」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「とりあえずデバイスとの信号がどこで切れているか探ってきます」


 そう言って西島さんはアイテムを使い光のエフェクトを残して去っていった。これが転移石というものなのだろう。


「さて、じゃあ、西島さんも帰りましたし私たちも帰りますか」


 佐藤のおっさんはため息を一つ吐き、原田さんはウィンドウを開き操作しようとしたところで俺を見て作業を止めた。


「富谷少年、これからどうする?」

「どうするって……」

「俺たちは一度落ちるがお前はログアウトできないだろう?」


 俺が言い淀んでいると佐藤さんはアドバイスをくれた。


「それならいったん家に帰れ、自分の家から出てきたってことは、住所登録しているはずだ。このサーバー上ではお前の家がホーム扱いされているから眠ることもできるし、鍵をかければ他の人間も入ってこられない」

「そのせいで大宮区の人気が上がって家賃相場が高騰してるんですよね」


 原田さんがそう付け加えながら、佐藤さんと原田さんは光のエフェクトと共に消えて行った。残っているのは俺と景子だけだ。


「景子もそろそろ帰れよ。おばさんに怒られるぞ」

「うん。一人で大丈夫?」

「ああ、何とかなるだろ。西島さんも調べてくれてるみたいだし。早く寝ないと明日学校で居眠りするぞ」


 景子は学校ではよくバレー部の運動で疲れているのかよく居眠りしている。そして寝ている間のノートを写すまでがいつもの一連の流れだった。


「そう、だね。何かあったら連絡してね」


 その後、連絡を取るため景子とフレンド登録をしようとしたけどやはり上手くいかなかった。さっきおっさんと景子が戦っている間に原田さんとも登録をしようとしたが駄目だった。これもバグの影響だろうか。不安そうな顔をしたまま景子はログアウトして去っていった。




 一時間後、俺は家に帰っていた。

 もちろんゲームの中の俺の家だ。

 シャワーを浴びてさっぱりした後、ベッドの上で仰向けになった。改めて家の中を思い出してみる。風呂にはいつも置いてあるはずのシャンプーもリンスも石鹸もない。

 水や電気は通っているので最低限のインフラは整っているのだろう。そして家の中は大きな家具を除いて初めから何もなかったように静まり返っていた。

 そしてなによりリビングには、帰ってくるはずの父と母がいなかった。夕食は途中のコンビニで買った弁当だ。レンジが無い。温めることもできず冷たい弁当を食べる気にもなれなかったのでそのままベッドへ飛び込んだ。


 すでに12時を回っている。部屋の電気を薄暗くしているが今日あったことを思い出してしまい寝付ける気配が無い。部屋の外に目を移すとそこはいつも通りの夜空が広がっている。ゲームの中だからと言っていつもより星空が綺麗だということもない。むしろ部屋の中がいつも置いてあるがずの小物が無いせいで、この部屋が今まで俺がいた場所ではないことを再認識させる。

 窓の外を見るといつもより心なしか空が暗く見える。まるでこの家以外には何もないような暗さだ。

 いつでも部屋から外に出れるというのになんだか家の中と外には大きな壁があり、ずっと外には出れない気がしてくる。小さな場所に閉じ込められているような。そう思うとガラガラでいつもより広くなったはずの俺の部屋が何故か小さく感じた。何よりも、俺はゲームの中にいるという実感がなかなか沸いてこない。むしろこの狭い部屋にこれからもずっと閉じ込められるのではないか。

 そんな考えが浮かんでは消えながら、今日のことが夢だったらいいのにと、少しづつ眠りに落ちていった。




 翌日、家のチャイムが鳴っていることで目を覚ました。目覚まし時計を見ると9時半を回っている。ヤバい学校に遅刻すると考えてベッドから飛び起き、携帯を探そうとするが見つからない。部屋の中を見ると昨日寝る前に見た、いつもと違う、違和感だらけの俺の部屋があった。


 そうだ、俺はゲームの中にいるんだった。


 改めて昨日のことを思い出しているとまたチャイムが鳴る。


「おい、少年。迎えに来てやったぞ」


 佐藤のおっさんは朝から元気だった。俺に声をかけながらも玄関をドンドンと叩いている。


 仕方ないので扉を開けてやることにした。


 玄関を開けると佐藤のおっさん、そして景子がいた。この時間は学校にいるはずだが一体どうしたのだろうと考えていると佐藤さんが声を掛ける。


「おはよう少年。よく眠れたか?」


 俺はとっさに答えた。


「だから何度も言っている通り『少年』はやめてください。俺は富谷拓斗です」

「いや、お前は富谷拓斗では無かった」


 このおっさんはついに頭がボケてしまったのか。

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