第9話 俺はゲームにはいない

 幼馴染の景子とこれから助けてくれるであろう佐藤のおっさんが何故か俺の目の前で戦っている。

 なんだこれ?

 ヒーロー二人で取り合いをされる少女漫画のヒロインじゃないんだから。


 戦いの状況は景子が優勢だった。長身を生かした戦い方で佐藤さんを上手く翻弄している。恐らくレベルの差もあるのだろう。

 しかし、佐藤のおっさんも剣の攻撃も合間にうまく魔法を織り交ぜて交戦していた。どちらも決め手に欠けるというような戦いをしている。


 それにしても見ていて痛々しい。剣が当たった部分から血がしたたり落ちている。

 ここはゲームの中だということは分かったが実感が持てない。こんなにもリアルな血しぶきが噴き出る上に、恐らく多少の痛みがあるのだろう。技を受けるたびに顔をしかめていた。


 その戦いも佐藤さんの大技で勝敗が決まる。


 「くそ、しょうがない。『スリッティングなんとか!』」


 佐藤さんはやけ気味に技を繰り出す。慌ててたせいで技名を忘れたのか適当な掛け声と共に景子の懐に入った。


 景子の動きが一瞬止まり胴体に向かって佐藤さんは剣を振りかぶる。


 景子とおっさんが一瞬ゆっくりとした動きになったと思った直後、まるで早回しをしたように猛烈なスピードでおっさんは景子を切りつけ始める。

 驚いた顔の景子、ニヤリと笑うおっさん。

 最後にもう一方の手に持った剣を逆袈裟で切り付けた。


『プー!』


 アラーム音が鳴り響く。二人の対戦が終わった合図だろう。


 景子が息を切らしながら切り付けられた身体を見て不思議そうな顔をしている。


「俺の勝ちだな」

「何で?何が起きたの?動けなかったんだけど」


 景子はおかしいなと呟きながら身体の傷を確認している。

 ゲームの中とはいえ切り傷が痛々しい。手に持っていた回復ポーション投げつけてやった。


「ちょっと、たっくん!」

「なんだよ?」


 ウザ子が使っていたのを見ていたので、瓶ごと投げつけるという使い方は間違っていないはずだ。


 景子がもったいないとか高いとか言っているが今は勝者であるおっさんとの話だ。

 ニヤリと笑いおっさんが話し始める。


「俺の『スリッティングアタック』は最強だな」


 俺が朝オオトカゲから救ってもらった技は『スリッティングブレイド』だったはずだと思いだしていると横から原田さんの解説が入った。


「まあ、あれは裏技というかバグ技ですね。佐藤先輩はそういったものを見つけるのが得意なんです。そんなことより富谷君の話が先では?」


「そうだった、そうだった」


 技名がフワフワしているが一度に逆転を果たしてしまう技なので強いのだろう。そんな納得をしているとおっさんが声を張り上げるために息を吸いこむ。


 景子に向かって改めて宣言した。


「たっくん少年と先に話をするのは俺だ」

「うう~、しょうがないなあ」


 渋々ながら納得した景子を差し置いて俺はこれまでの事を三人に話した。






 佐藤さんと原田さんにこれまでの状況について話し終わるとゲームの中の世界では夕方になっていた。ゲームの中は現実と同じく暗くなり空には星が瞬いている。

 フットサルの施設に付いているナイター用の照明が屋上全体を照らしていた。


「バグか。大変だったな。よし、俺がゲームから出してやる」

「先輩、根拠もないのに約束するのはよくないですよ。まあ、関わるのは決定ですけど」


 佐藤のおっさんが快く俺の事を助けてくれると言ってくれたが、原田さんから出た言葉から助かる確証は無いことが分かった。


「佐藤さん、どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」


 佐藤さんの申し出はありがたい。しかし、うまい話には裏がある。これは親から常々言われていることだった。

 何を思って佐藤さん達は俺を助けてくれるのか気にかかる。後でとんでもない費用を請求されても困るのだ。

 この質問には原田さんが答えてくれた。


「私たちは『デバッカー』なの。とは言ってもプログラムがいじれる訳じゃないからバグチェックをして上に報告するだけなんだけどね」

「俺はデバッカーとしては百年に一度の逸材だ」


 信用ならない胡散臭い笑みを浮かべてそう言いきった。隣にいる原田さんはいつも通りだというようにあきれ顔を浮かべている。


「とりあえずGMコールだな」


 そう言って佐藤のおっさんはウィンドウを開き操作し始める。すると一人の男性が光のエフェクトをまとわせて現れた。

 科学者のような白衣を着ており、中はヨレヨレになったジャケットを着ていないスーツ姿、目の下には常時寝不足なのであろう大きな隈がある真面目そうな男だった。

 その男は俺に向かって言った。


「はじめまして。ゲームマスターの西島です」



 GMを呼び出した佐藤のおっさんは現れた男を見るなり不満そうな顔をした。


「西島、なんでお前が出てくるんだよ」

「なぜって、あなたの持ってくる案件はいつも厄介なものだったでしょう。だから今回は他のスタッフに任せず初めから私が関わった方がいいとの判断です」

「まあ、そっちの方が楽か」


 横にいた原田さんもお久しぶりと挨拶をしている。既知の仲なのだろう。


「それで今回はどんな厄介ごとですか?」

「俺を疫病神みたいな扱いをするな。ただ単に天才デバッカーというだけだ。元はと言えばお前らが残したバグだろ」

「意地が悪いから普通の人がやらないような現象を起こすんです。あなたが来るまではこんなおかしなバグは報告されていませんでした」

「はあ?善意で見つけてやってるのになんだその言い方は?」

「デバッカーとして相応の報酬は払っています。特にこちらからは頼んでいません。それに権限も他の人より与えているでしょう」

「はいはい、そうでしたそうでした」


 佐藤さんは俺を見ながら話をつづけた。


「まあいい、俺のデバッガーとしての役目を果たそう。ここにいる富谷少年がログアウトできなくなった」


 西島さんが驚いた表情でこちらを見つめた。


「はあ!?ログアウトができない?そんなはずは……」

「そんなはずも何も実際に起きてる」


 景子までもが驚いてこちらを見て言った。


「え!?たっくんゲームから出られなくなっちゃったの?」

「これまで何を聞いてたんだ?」


 きっとさっきのPvPで起きた不可思議な現象について考えていたんだろう。


 西島さんが声をかけてきた。


「富谷君、だったかな?ウィンドウは開けるかな?」

「はい」


 俺はウィンドウを改めて開く。


「そうしたらウィンドウの右側にあるタブの上から7番目に『ログアウト』という表示があるだろう?」

「いえ、見当たりません」

「『一般設定』の下だよ」

「ありません」

「無いはずがないんだが……。もう一度名前を教えてくれるかい?フルネームで」

「富谷拓斗です」

「ふむ、『トミヤタクト』と」


 西島さんはウィンドウに指を走らせ何やら探している。目が一点に止まった。見つけたようだ。西島さんはさらに俺の住所を聞いてきた。

 住所で本人確認をした後に一度難しそうな顔をしてウィンドウから目線を外した。俺に向かって改まった口調で話しかけてくる。


「結論から言おう。富谷拓斗は今このゲームにログインしていない」

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