第8話 『Open Oomiya Online』
ビルの屋上に一人取り残された俺はハッと気づき後悔した。衝撃的な事実を前に動揺し、ウザ子をそのまま返してしまった。あの怪訝そうな眼を見た限り、きっとまた一緒に探索に行くことはないだろう。
そして、ここはゲームの中の世界。
ウィンドウを表示させてみる。表示のさせ方は区役所で聞いていたがログアウトに関しては説明が無かった。ウィンドウに表れる情報をいじってみるがそんな表示は出てこない。
恐らくゲームの基本的な機能なのだろう。ゲームから出るというメタな発言はこの世界観の中で起こる事柄について取り仕切る区役所では説明されないのではないか。
つまり俺はログアウトができない。現実世界に帰れない。昔そんな小説が流行ったと言うが、まるでその作り話の中のような出来事が起きている。
これまでの事を思い出してみると確かに違和感だらけだった。舞台は大宮。西洋風の甲冑を着た日本人たちが日本語で話をしている。異世界に飛んでしまったにしてはおかしい。
あぁ、もう元の世界に戻れないのか?
異世界でチートな主人公だヤッハーと喜んでいる場合ではなかったのだ。
なんなんだよ!これがゲームだとしたらアイテムボックスからポンとアイテムが飛び出してくるのかよ!
これまでウザ子とのダンジョン探索では、ポーチにしまってあったアイテムを使っていた。それがよくあるRPGのように四次元世界からものが飛び出してくるわけない……
そう思ったところで、手の中にさっきまでなかったポーションが現れた。
ああ、もうなんだろう……。ここはゲームの世界だ。
だれもそんなことを教えてはくれなかった。
みんな知っていたからあえて言うこともなかったのだろう。
俺は手の中のポーションを見ながらぼんやりと思った。
俺一人が勝手に勘違いしていただけだ。
俺が悪いのか?
いや、そんなことはないはずだ。仕方ない。どうしようもないことだったんだ。
とにかく行動しなくては。誰かが言っていた。あのおっさんだ。何かあったらまず行く場所があると言っていた。区役所に行こう。
以前行った時にはログアウトなどの話にはならなかったが、あえて質問を投げかければ何か答えが返ってくるかもしれない。そのくらいのフォローはあるだろう。
そう考えて移動し始めようとすると俺の横で光が集まり人影を作った。
現れたのは景子だった。
景子だ。
俺の幼馴染であり、同じ誕生日にもかかわらず俺よりも20センチは身長が高い。体格もしっかりしていて太ってはいないがガッシリとした体形だ。
現実世界で会うたびに構って欲しそうに向かってくるのがいつもの事だった。全力で向かってこられると体格差から多少の恐怖を覚えたものだ。
分からない人は想像してみて欲しい。街中で突然クマに襲われたら誰だって、たとえクマが攻撃をする意思がないと分かっていたとしても多少は身体が硬直するだろう。
まあ、景子はクマほどは大きくはないが。それでも体格差のせいで本能的な恐怖心が勝るのも無理はない。
そんな普段は積極的に遭遇したいとは思わない景子だが今は地獄で仏の気分だ。一人よりもはるかに心強い。
「あれ?たっくんだ!なんでここにいるの?」
「景子、会いたかった」
「あれ?学校でゲームにログインできなかったって言ってなかったっけ?ゲーム機直ったの?」
景子はよく分からないことを言っているがそれはいつものことだ。そもそも景子と最近ゲームについての話題をした憶えはない。きっと誰か別の友達と勘違いしているのだろう。
それよりも現状を話してこの状況をどうにかしなくては。
「なんだぁ、面倒だから遊びたくないのかと思ってたけど気に入ってたんだね。良かったよ。べ、別にあんたと遊びたいわけじゃないんだからね!」
最後のは景子の最近のマイブームらしいツンデレ風しゃべり方のようだ。
「そんなことより大変なんだ。ログアウトが出来ない。景子はいつもどうやってログアウトしてるんだ?」
俺はログアウトの方法について聞こうとした。すると横から何か聞き覚えのある声が……。
「おい、少年!」
振り向くとそこに正義のおっさんである佐藤さんと原田さんがいた。
「少年ではなく、富谷です」
佐藤さんは前に見たニヒルな笑みと共に、からかった事を意にも介していないといった表情で話をつづけた。
「何か困ったことでもあったのか?」
「たっくん、知り合い?」
景子が小首をかしげて質問した。
「ああ、前に助けてもらった」
「そうなんだ」
景子はいつも分かってないのに納得した顔でうなずく癖がある。概要しか分かっていないのにすべて納得しましたという表情をした。平常運転だ。
俺は改めて正義の見方、佐藤さんの顔を見ると相方である原田さんが話を促す。
「富谷君、だったよね。さっきログアウトが出来ないとか聞こえたけど詳しく聞かせてくれないかな?」
俺はこれまでの事を一から話そうとしたが、まず確認しておかなければいけないことを聞く。
そう。俺の現状だ。
「佐藤さん、原田さん、一つ確認させてください。この世界は、このオオミヤはゲームなんですか?」
「ああ、当然だろ。『Open Oomiya Online』だ。富谷少年もゲーム機を使ってログインしたはずだ」
『Open Omiya Online』最近正式オープンしたVRMMOだ。確か、主催がさいたま市で半官半民で運営していると聞いたゲームだった。多少の興味はあったもののデバイスを買うには少々高かったため購入は見送ったものだ。
「その記憶がないんです。そもそもゲーム機を持ってもいないはずなんですが」
「ええ!?あたしがゲーム機あげたでしょ、一緒に遊びたいけどお金がないってたっくんが言ったからプレゼントしたのに。でもたっくん学校でゲームに入れないって言ってたよ」
隣にいた景子が異議を出したが、そんな記憶は持ち合わせていない。
「は?そんな話をした覚えがないぞ?」
佐藤のおっさんが二人の話に割り込んでくる。
「痴話げんかは後でやってくれ。とりあえずどんな状況かしっかりと聞かせろ」
「今はあたしとたっくんが話してるんだよ」
「なんだ?このデカ女。俺が話してるんだ」
「デカ女? カッチーン、その言い方イラッとくるんだけど。謝って!」
景子は女子の平均身長より20センチは高い事を気にしているため大きい、デカいという言葉は禁句だ。ただ、その身長の甲斐あって今はバレー部で主力となっているがやはり初対面の人に言われたら腹も立つようだ。
「ちょっと落ち着け、景子」
景子をたしなめながらも佐藤さんの顔を見ると相変わらずニヒルな笑みを崩していない。謝る気は無さそうだ。ふてぶてしさこの上ない態度だった。
「もう怒った、やっつけるからたっくんはちょっと待ってて」
景子はそう言うと自身の操作パネルを開きボタンを押した。
「ほう、俺と勝負しようっていうのか。いい度胸だ」
佐藤のおっさんも開いたパネルを操作しながら喧嘩腰で乗り気になっている。恐らく景子がMMOによくある対戦の申し込みをして佐藤さんがそれを受けたのだろう。
二人が向かい合って半身に構えた。
景子は身体の大きさを超える大剣、佐藤さんは両手剣を構えている。横を見るとまたかと呆れた顔で佐藤のおっさんを見つめる原田さんがいた。
対戦の合図になるであろう言葉を景子が叫ぶ。
「べ、別にあんたの為に戦うんじゃないんだからね」
景子、確かにおっさんの為に戦うんじゃないからそのツンデレ言葉は間違っているぞ。
俺はそんな言葉を飲み込んだ。
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