第6話 ハーレムとは認めない

 薄暗い通路の中、ゴツゴツとした表面の壁が圧迫感を演出している。道の奥には次の松明の光がゆらゆらと揺れていて見ずらいことこの上ない。

 俺達は今、洞窟の中にいる。

 大橋の話を聞くところによると元の世界の大型ショッピングモールや公共の駐車場は大体ダンジョンになっているそうだ。

 だから区役所で登録するレベルは『冒険者』ではなく『探索者』だったのか。


 まだ入り口付近だが奥からは嫌なオーラが漂っている。化け物でも出てきそうだ。ダンジョンなのだからモンスターが出てくるのは当然か。

 そんなことを考えていると隣からピピッと電子音が鳴った。


「あ!サクラちゃんだ。ちょっと待ってて。今、メッセージ送るから」


 大橋が自分のウィンドウを見ているのだろう。胸元の前にある空中を見ながら何か操作している。


「メッセージ?」

「そう、チャットみたいなもの。フレンド登録すると送れるようになるんだよ」

「俺ともか?」

「市役所でパーティ登録すればね」


 それを聞いて俺はウィンドウを開きメッセージの欄を確認する。


「こんなことが出来るのか」

「あと、フレンドが来たときにお知らせする機能もあるよ。そうだ!サクラちゃんとも一緒に探索しない?」

「なんだ、友達いたのか。なら俺はいなくてもいいな。さようなら」

「待ってよお。サクラちゃんは戦闘メインじゃないからあまり頼りにならないの」

「なら、なおさら俺じゃ守り切れないから無理だな。さよなら」

「だから待って。その代り私が頑張るから」

「頑張れるなら俺がいなくてもいいだろ?」

「そんなこと言わないで、せっかくだから紹介したいの!富谷君も知り合いが増えていいでしょ?」


 確かにこの世界について右も左も分からない俺には知り合いを増やすことは悪いことではない。

 仕方がない。


「分かった」

「やったあ、ありがとう!」


 分かったから、その媚びを売るような笑顔をやめろ。なんてことを口には出さないくらいには俺は大人だった。


「ちょっと待ってね。『今、大宮ガレージにいます。一緒にどう?友達紹介するよ』と、よし!」


 メッセージを送ったらしい。15分待ったところでその友達とやらが来た。






「サクラちゃん!待ったよ。早く行こう?」


 人を呼び出しておいて待ったよとはなんなんだろう。俺の大橋に対する不快感ゲージはうなぎのぼりだ。取り敢えずサクラちゃんとやらに挨拶でもしておくか。


「初めまして、俺は富弥。よろしく」

「はい……。よろしくおねがいします……」


 消え入りそうな声だった。なんでこんなにオドオドとしているのだろう。

 全体的に自信がなさそうなしぐさ。確かにこれは頼りにならなそうな子だった。

 格好も上半身は甲冑を来ているが、それ以外は何故か学校の制服だった。これで戦えるのか?まあ、全身皮装備の俺が言えたことでは無いが。


「さあ!挨拶も済んだし。レッツゴー!」


 大橋、いや、大橋改めウザ子が何とも楽しそうに言った。





 ダンジョンの奥へと進んで行く途中に俺は確認をしておきたいことがあった。


「なあ、このダンジョンはどんなモンスターが出てくるんだ?」

「えーと、さっき富谷君が戦ってたノライムと、蛇のマッドスネーク、ネズミのチュチュが出てくるよ」

「それは強いのか?」

「子供オオトカゲが倒せるなら大丈夫だよ」

「そうか、ボスモンスターみたいなのは?」

「たしかケルベロスだったかな?」

「俺たちで倒せるんだろうな?」

「さあ、一人じゃ倒せないから富谷君を仲間にしたんじゃない」


 おいおい、勝算もないのに仲間に入れられたのかよ。

 その不安が顔に出ていたらしい。ウザ子がすかさずフォローを入れた。


「でも大丈夫!前に一緒に組んでた人はすぐに倒しちゃったからそんなに強くないよ」

「それならその『前に組んでたやつら』と組めばよかったのに……」

「なんだか連絡付かないんだよね」


 それはきっとウザ子が面倒くさくなったから逃げたのだろう。


「サクラちゃんはどう?何か攻略法とか聞いてる?」


 俺は出来るだけ優しい口調で話したつもりだったが、突然話題を振られた為か体をびくっと振るわせてから喋りだした。


「私は……ちょっと、分からないです……」


 そこでウザ子が話に割り込んできた。


「それにしても富谷君は両手に花だね!どうやって進む?富谷君を真ん中にして三人並んで進む?」

「横に並べるほど道幅は広くないだろ」


 右手にウザ子、左手に挙動がおかしい女の子を侍らせての残念ハーレムはお断りだ。

 そんな失礼なことを考えていたらウザ子がフォーメーションの提案してきた。


「ならサクラちゃんが前衛で、私、富谷君の順ね。富谷君は遠距離攻撃が得意なんでしょ?」


 しっかり俺の戦い方を見て、いや、ストーキングしていたからな。


「ふええ、私が前衛なの?」

「何?嫌なのお?せっかく甲冑と剣をあげたのに」

「そうだけど……」

「基礎能力は私より高いでしょお?それなら前衛に決まってるじゃん」

「でも……」


 その後の話し合いを続け、渋々といった形でサクラちゃんは承諾した。話し合いというよりウザ子が押し付けたようなものだったが。

 さくらちゃんが前衛というのは不安極まりない。むしろタンクだろう。ただ、ウザ子はサクラちゃんは敵がぶつかってくるのは怖がりそうだから、敢えて言わないのかもしれない。まぁ3人のフォーメーションは俺よりが考えるよりは知り合い歴の長いウザ子が決めた方がいいのは確実だろう。


 ダンジョンの攻略は順調に進んだ。


 進みながら若干つまらなそうにしているサクラちゃんのことが気にはなったがなんなのだろう。怖いと言いながらも単純に興味のないという顔をしているのが気にはなる。それでもサクラちゃんはしっかりと前衛(タンク)の役割をこなしている。


 モンスターに出会うとまずサクラちゃんが。そして魔法と剣の使えるウザ子が足止めをしている中で最後に俺がダーツで仕留める。そんな布陣だった。回復役はウザ子のバックに入っている手持ちのポーション。初級用のダンジョンなのか今のところ割とサクサク進めている。


 一点気になるとしたら、ウザ子の指揮だった。戦いの最中に何度となくウザ子がサクラちゃんに戦い方の注文を出す。的を得たことを言ってはいる。その言葉通りに動いてみると確かにより上手くいくのだが、その上から目線の言い方はどうなのだろう。多少イラッと来る。サクラちゃんも何か言い返せばいいのに。



 もちろん道中は敵が何も出ない場所もある。そんな時は俺を除いた二人で共通の知り合いの誰々がムカつくだの新商品が出てるから今度食べに行こうだのいう素晴らしく興味のない話題で花を咲かせている。冒険にはあまり気乗りのしないサクラちゃんもガールズトークだと多少は明るい。


 「ねぇねぇ、富谷君。最近ルミネで新しいワンピ出てるんだよ。すごいかわいいのー。腰もとでキュッと絞ってあって。でも展開がナチュラルカラーだから狙いすぎかな?って思って。でもそういうのサクラちゃんに似合うと思わない?」

 「ワカリマセン」


 ウザ子との会話は面倒だ。例え現在発売中の過去最高に売れているほど人気なワンピースで、それがオオミヤ売上ランキングベスト10に入っていることを知っていたとしても、俺の返事がカタコトになってしまうのは致し方ない事なのだ。


 ちなみにマッピングはウザ子がダンジョン用の地図を買っていたので問題ない。ダンジョンマップは一度行った部分が自動的に描かれるという優れものだ。

 一度ウザ子がクリアしたダンジョンのはずなのに、なぜ改めてマップを埋めなくてはいけないか聞くとダンジョンの中は定期的に変化するらしい。不思議なダンジョンだなあ。


 俺たちは何度となく入った同じような小部屋の一つに来た。

 小部屋の真ん中に宝箱がぽつんと置かれている。


「あ。宝箱だ。やったあ!」


 前衛であるサクラちゃんを追い抜いてウザ子は宝箱を取りに行こうとした。

 なぜお前が真っ先にお宝にありつこうとするんだ。もし罠でもあったらどうするんだよ。そんなことを考えながらウザ子の行動にうんざりした瞬間、彼女の向かう地点の左右から何かが現れた。


「キャ!」


 そんな声を出しながら前衛として前にいたサクラちゃんにぶつかると共にサクラちゃんを宝箱の前に押し出した。

 小部屋の両端から出てきたのは先端がヤリ状に細くなった木の棒。それが無数に飛び出してくる。

 前に押し出されたサクラちゃんはいきなりのことで油断していたのだろう。驚いた顔をしながら宝箱の前へ、つまり左右から罠である沢山の木が突き刺さる位置へよろけていった。


 罠の細い木の棒がサクラちゃんを貫く。一瞬のことだった。一瞬のことであったが、見てしまった。脳裏に焼き付いてしまった。

 木の太さは5センチ程度。その一本一本がサクラちゃんの身体、腕、足、モモ、そして頭蓋骨を左右から貫いた。


「アァ、」


 声にならない微かなうめき声がサクラちゃんの口から洩れる。

 表情は驚きと絶望に満ちているように見えた。


 貫いていた時間は一秒だろうか感覚としては五秒にも十秒にも感じられたが、血の付いたヤリ状の木の棒が元あった壁の中へと戻っていく。

 サクラちゃんには無数の穴が開いていた。数が多いためだろうか噴き出すことはなくそれぞれの無数の穴から筋を残すように赤い液体が滴り落ちていた。


 どさりとサクラちゃんの身体が崩れ落ちる。


 声を出せなかった俺達がいるこの小部屋に、サクラちゃんの倒れた音が響き渡った。

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