第3話 タクシーでの会話

 パラレルワールドに転移したかと思ったら魔法によって召喚されたタクシーの中にいます。


 これは一体……。


 タクシーの後ろ座席には俺と助けてくれた自称正義の味方。助手席には原田と呼ばれた正義の味方の相方が座っている。

 運転手はもちろん普通のタクシー運転手だ。ちなみにタクシーには『大宮交通株式会社』の表記がありBGMとなっているラジオからはNACK5が流れている。

 

 いったん落ち着いて考えよう。

 意味の分からない違和感だらけの世界で子供オオトカゲなる化け物に襲われて二人の甲冑を来た男女に助けられたら今タクシーの中だ。

 

 うん。微妙。

 

 一体この世界はどうなっているのか、魔法があるのは分かった。

 二人は冒険者か何かなのか、ギルドなんかもきっとあるのだろう。

 そういえばこのタクシーはどこに向かっているんだろうか。住宅地を抜け大通りに出て駅方面へと向かっている。気になったことを思いついたので話を聞こうとしたところで正義の味方さんから提案を受ける。


「おい可愛い少年、そのねぎとせんべいを売ってくれないか?」


 俺の手の中にあるこれらのことだろう。


 このネギとせんべいは知らず知らずのうちに手に持っていたのでこちらの懐は全く痛まないが、売ってくれと言われるくらいのものなので何かしら価値がある物なのだろうか。それを簡単に売ってしまっていいのか。


 後で買えないものなのかもしれないし貴重なものを買いたたかれるのは御免なのでここは慎重にいこう。

 ただ、その前に可愛いという形容詞を使って人のコンプレックスを的確に突いてくるこのおっさんは意地が悪いことが分かる。そして呼び名が分からないと居心地が悪いというものだ。

 このおっさんの名前位は知っておきたい。相方の原田と呼ばれているの人とも自己紹介していない。


「正義の味方さん、男に向かって可愛いってのはやめてください。そしてその『少年』というのもやめてもらっていいですか」


 この返答には原田さんが口を開いた。


「そういえば無理矢理付いてきてもらったのに自己紹介もしてなかったね。私は原田。探索者ランクはBマイナス。そしてあなたの横にふんぞり返っているのが」

「名乗る程の者でもない」

「佐藤先輩、ちゃんと自己紹介しないと」


 原田さんはにやにやしながら挨拶を促す。


「俺の名は正義の……」

「ランクDの正義の味方、佐藤先輩です」

「おい、名前だけ言えばいいだろ!」


 仲は良さそうだ。

 二人の自己紹介を聞いたのだから俺からも。


「俺は富谷です。遅くなりましたが助けてくれてありがとうございます。それでさっき話していましたが、どうしてこのネギとせんべいが欲しいんですか?」


「あなた、富谷君はまだオオミヤの初心者でしょ?」

「はい。どうしてそれがわかるんです?」

「ネギとせんべいを持っているからだよ」

「これがなぜ?」

「これって初期装備なんだよね」


 ここで自称正義の味方、佐藤のおっさんが口を挟む。


「そのネギとせんべいはなかなか強いんだ」


 なぜネギとせんべいが強い武器として存在するのかはあえて考えないがこの装備が強いことは分かった。

 しかし、初期装備というからにはチートアイテムというほどではないのだろう。さらに皆に知られているような程度の武器である。転生直後にチートアイテム持ちということはないのか。がっかりだ。

 もしかすると子供オオトカゲの攻撃を防げたのはこのせんべいのおかげだったのかもしれない。


「先輩、しっかり説明しないとだめじゃないですか。その武器は攻撃力、防御力が最強だけど使い捨てだから一定回数使うと壊れてしまうの。だから気を付けてね」


 さすが初心者武器。始めた途端に敵にやられるのを防ぐためのビギナーモードのようなものか。


「結局、どうして俺を助けてくれたんですか?」


 佐藤のおっさんは怪しい笑みを深めて言う。


「正義の味方だからな」

「先輩、そんな言い方だと富谷君が怪しむじゃないですか」


 原田さんが咎めるように言った後に俺に向きなおって話し出す。


「新人の転職を手助けをするのがランクDの最終依頼なの。だからWin-Winの関係。富谷君を助けると私達も助かるの」

「そうだったんですか」


 どうやら悪徳業者に怪しいマイナスイオンの出る安眠布団を買わせられるようなものではないのかもしれない。ただし、怪しい水素の入った水くらいは買わされそうなので油断はできないが。


 そんな話をしていると俺たちを乗せているタクシーは大宮駅の西口と東口をつなぐ大栄橋を渡り終わったところだった。


 今のうちに簡単に大宮の地理を説明しておくと、大宮駅を中心に南北へ線路が伸びていて京浜東北線、宇都宮線、高崎線、武蔵野線、埼京線・川越線の在来線に東北新幹線と上越新幹線のJR各線に加え東武鉄道野田線が乗り入れている駅である。そのため全ての線路をまたぐ踏切はない。あったとしたら開かずの踏切になってしまうのは確実だ。

 なので東西で移動する場合は大宮駅の構内を渡るか、車での移動なら大栄橋を通る、もしくはさいたま新都心方面へ向かって大きく回り込まなければいけない。

今俺たちが渡っている大栄橋で大宮の西側から線路を超えて東側へ進んでいるのだ。

 佐藤のおっさんが運転手さんに細かい指示をし始めたのでそれほど車に乗っている時間は長くは無いだろう。情報として重要そうであり長い話にならなそうな話題を振ることにした。


「あの、どこに向かってるんですか?」

「転職をしたいんだろう?」

「助けてもらえるということで付いてきたんですが」


 話のかみ合っていない会話に助け舟を出すように原田さんが声をかけてきた。


「オオミヤではさっきみたいな呪文やスキルを使うためには職業に就かなくちゃいけないの」


 お、何やら異世界っぽくなってきたぞ。俺もついに魔法を使えるようになるのか。

 はじめのうちは弱いだろうが他の人が持っていない何か特殊な能力でチートという王道展開が待っているかもしれない。

 そしてゲームで転職と言ったらあれだろう。


「ということは神殿のようなものに向かってるんですね」

「いや、区役所だ」

「区役所ですか……」

「区役所だ」


 なんかイメージと違う。原田さんは無言になった俺を見て笑っていた。


「おい富谷の少年、転職や探索者ランクの上がる手続きを始め、何か困ったことがあったらまず区役所だ。これはオオミヤの常識だから覚えておけ」


 区役所は重要。覚えておこう。

 探索者ランクというのもあるらしい。


「お二人の言っている『転職』というのはどんな職業にでもなれるんですか?」

「基本職と上級職があって一部の職業は条件が付くけど割と色々選べるよ」

「例えばどんな職業があるんですか?」

「そうだなあ、例えば。戦士とか魔法使いとか、アーチャー、ガンナー、僧侶、レンジャー、ファーマー、呪術師、商人、吟遊詩人、調薬師、調教師、料理人、あと役に立たないものといえば踊り子、遊び人なんかかな。全部で100以上あるのかな。私も詳しく数えたことないなあ」

「100以上ですか……。たくさんありますね」


 ゲームでよく出てくるような職業がずらりと並ぶ。100種類以上あるということは俺がパッと思いつくような職業はみんなあるだろう。

 小説で出てくる主人公がチートものではだいたい役に立たない能力をうまく使い異常に強くなるというのがよくあるパターンだ。



いいなぁ、そういうの。



 不遇といわれる職業を有効利用して周りより一段階強くなる。黄金パターンだがここで通用するのか不安と期待が湧き上がる。


 そしてネギとせんべいは必要なのか?売ってしまってもいいのだろうか?

 いわゆるこれは俺にとって生命線になるかもしれない。いい職業が見つかるかどうかで決めよう。


 そんなことを考えながら俺は区役所に到着するのを待った。

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