第2話 初めての魔法
第2話 初めての魔法
住宅街のど真ん中。
目の前には全長2メートルはあろうかというトカゲの化け物。
恐竜にしては小さすぎる。
オオトカゲと言ったところか。
俺はそんなバケモノと正面で向き合っていた。
やばい。逃げなくては。そうでなければ戦うのか?
いや、戦ったところで勝ち目はないだろう。
頭はクルクルと回転していくが、それに反して身体全身が警鐘をあげ硬直している為、指先一つ動かない。
目の前の巨大トカゲの大きな爪を見て改めて現実感が無くなっていく。
自然と手が震え、足が逃げ出すために動こうとするが関節が命令通りに曲がってくれない。
一時にらみ合った後、デカいトカゲは俺を敵と判断したらしく体を威嚇するように持ち上げ後ろ足だけで立ち上がる。
振り上げられた右前脚についた三本の大きな爪が俺の頭に降りかかってくる。
思わず顔を両手で隠すように防御の姿勢を取った。現実感は無いものの急所を防ごうとしてしまうのは本能なのか。
ガリッと音を立てる。
やられた。
そう考えるが痛みは襲ってこない。
恐る恐るもう一度トカゲを確認すると一度振りかぶった方とは反対側の爪でこちらに襲い掛かろうとしている。
俺の身体に怪我はないのか、それとも怪我が大きすぎて痛みを感じる前なのか。あまりに現実感がなさ過ぎて多少冷静になることが出来た。
周囲を見渡すほどの余裕はないが大トカゲをしっかり見据えたその奥で、住宅地の曲がり角にキラリとした何かが見えた。
そこからもの凄い勢いで何かが飛んでくる。
人間だ。
人影が一瞬のうちに大きくなり、大トカゲと俺の間に飛んできた。
ものすごいスピードではあるが何故か知覚出来た。
まるで走馬灯のように。
死ぬかもしれないという思いが世界をゆっくりと見せているのだろうか。
すべてのものがコマ送りのように、スローモーションで見えている。
テレビなんかで聞いたことはあったが体験するのは初めてだ。
そんな中、人がすごい速さで俺とトカゲの間に割り込むように飛んできた。
飛んできたのは西洋の鎧を思わせる甲冑を着た男だった。手には大剣を持っている。
その一瞬の間にも大トカゲはキラリと尖らせた爪で襲い掛かろうとしていた。
この距離では甲冑の男を吹き飛ばし俺にまで被害が及ぶだろう。
ゆっくりとした世界の中、男の様子を見ることが出来たが、俺に出来ることは引き続き手で顔を覆いガードをするくらいだ。
飛んできた男が手に持っている大剣を振りかぶるが、トカゲの爪の恐怖から思わず目をつむってしまう。
何も起きない。閉じた目をゆっくりと開けてみることにした。
目を開けた瞬間に見えたのはトカゲの首がボトリと落ちるところだった。
目の前の男が大トカゲの首を切り落としたらしい。
「ふう、大丈夫か少年」
男が声を掛けてきた。やけにテンションの高い、それでいて芝居がかった言い方だ。
俺は見える範囲の身体を見て怪我がないことを確かめたあとに返事をした。
「あ……、はい、大丈夫です」
自身の安全を伝え、いったいどうなっているのか聞こうとしたところで道の奥からもう一人現れた。
鎧を着た女性だった。
恐らく年齢は20代半ばで、背は俺より少し高いくらいの160cm程、髪を後ろに一つ結びにしている。男が身に着けているの甲冑とは別の種類の全体的に緑色をした装甲を身に着けている。
ゲームの中の女性用アーマーといった感じだ。
「もう。一人で勝手に突っ走らないでくださいよ」
「助けを求めている人がいたら飛び込んで敵を倒すのが正義の味方の役割だろ」
「先輩はいつから正義の味方になったんですか」
助けにやってきた男とその後をついてきた女性との会話が聞こえた。どうやら俺にとっては正義の味方らしい。
正義の味方本人が振り返り俺を見る。
右目を下げ口元を片方だけ釣り上げた。
ニヒルに笑ったといえば聞こえはいいが奇妙な笑い方だった。そんな左右非対称な笑顔をしたと同時に質問を投げかける。
「君はまだオオミヤ初心者なのか?」
オオミヤと聞こえたがここは俺が元々いた大宮なのだろうか?
そんな訳はないか。
元いた大宮ではゲームの中のような甲冑をきているコスプレはいない。仮にいるとしたらソニックシティ前の鐘塚公園のような場所でたむろしているはずだ。
ましてや目の前にいるような光のエフェクトと共に消えていく大トカゲは大宮にはいない。そんなことが気になって奇妙な笑顔の主に声をかけた。
「この今消えかかっているトカゲって……」
「俺様の『スリッティングブレイド』をお見舞いしてやったからな。一発だ」
「つまりただの縦切りですよね。コドモオオトカゲなら私だって一撃で倒せますよ」
女性アーマーに身を包んだもう一人の女性があきれた顔で訂正を入れる。
技名なんてどうでもいい。
気になるのはなぜここにバケモノのような大トカゲがいるのかということだ。
「あのトカゲは子供大トカゲなんですか? っていうか一体ここは?」
一体それは何だ?それよりここはどのオオミヤなのか?
そんなことを聞こうとしたが男は無視して新しい話題を切り出す。
「お!もしかして君はここらの家から出てきたのか? 俺が窮地から救ってやった少年」
恩着せがましいおっさんだ。でもお礼くらいは言っておくべきだろう。
「ええ、そうです。それとありがとうございました」
確かに危ないところだった。
まだ手の震えがおさまっていない。これが武者振るいというものだろうか。
いや、ただビビっただけだろう。
「それよりもここは一体なんですか?あんなのがたくさん出てくるんですか?」
「ああ、それがオオミヤだからな。だが俺ほどにもなると今みたいなのは一瞬で倒せるけどな」
自画自賛といった顔で頷いている。
この人が強いのか、実は大トカゲが弱いのかは分からないけれども自称正義の味方によって話は外れていく。
「お前はいいなぁ、こんなところに住めて。俺も出来れば大宮に家を持ちたいんだよ。でも最近ここいらの土地は高くなっちまったからなあ」
「そうなんですか、それよりも……」
「ところで少年、今困ってないか?助けてやろう」
唐突に助けてやると男は言った。
とても胡散臭い笑顔で。
こんな胡散臭い笑顔をする人は会ったことがない。日常でこの笑顔を見せられたらまず信じることはない。悪徳商法だと分かって布団を買うようなものだ。
しかし今はどうだろう。
そんなことは言ってられない。藁にもすがるというのはこんな時に使うのだろう。
「よろしくお願いします」
俺は即答した。あやしいこのおっさんに。
「そうと決まれば早く転職しに行こう」
転職?
どういうことだろうと考えながらも二人の会話は進んでいく。
「おい原田。スピードの上がる呪文持ってないか」
「ありません。あったとしても私と先輩だけスピードを上げて、彼を置いていくつもりですか?」
「ならスピードポーションは?」
「持ってません」
「転移石は?」
「そんな高いもの買えません」
「しょうがない。あの呪文使うか」
「ああ、覚えたばかりのあれですか。三人なので急ぐなら丁度いいですね」
その返事を聞いた男は両手を前に出しながら叫んだ
「おい少年見てな。これが魔法ってやつだ」
この世界では魔法があるらしい。否応にもテンションが上がる。
おっさんは両手を自身の身体の前方に手を開いてかざす。
一度真剣な顔つきになると、かざした手の前には30cm程度の光の線でできた魔法陣が現れた。
さらに力を籠めたように顔つきが険しくなると同時に魔法陣が回転を始める。
回転速度は徐々に速くなり、魔法陣の文様が目で追えないほどの回転をする。
まさに今この瞬間にも魔法が飛び出そうな勢いだ。
男が目を見開き、息を小さく吸い込み呪文を唱える。
「出でよ! タクシー召喚!」
男が呪文を唱え終わるや否や、カッチカッチとウインカーを出したタクシーが住宅地の曲がり角から姿を現した。
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