せっかくの転生ならチートでハーレムだろうと思っていた俺の役割

たまり静夕

第1話 我思う、故に

第1話 我思う、故に


『我思う、故に我あり』


 そんな言葉を誰が言ったかは知らないが、俺でも知っているということはきっと偉い人が言ったに違いない。


 我思う。今とても気持ちがいい。


 やわらかで肌触りのいい洗い立てのようなシーツ。

 さっき確認した目覚まし時計の朝5時という表示。まだ寝れる。


 とても幸せだ。誰もが憧れる2度寝という時間を味わうことができるからだ。

 窓からの強い光。そして多少ゴワっとした上着。


 そして、違和感。



 そう、違和感。

 その違和感に急激に頭がさえてくる。



 全身を柔らかく包み込んでいた毛布をガバリと持ち上げ身体を起こし、部屋にある姿見に写った自分自身を見る。


 まず目に留まるのはつぶらな目、長いマツゲ、中心にスッと通った鼻筋。客観的に見れば可愛らしいと言われる顔立ちはいつも通りだった。女みたいとからかわれるある意味で忌まわしい顔でもある。

 顔の話は昔を思い出すので置いておこう。


 ここで問題なのは首より下だった。


 今俺は学校指定の制服を着ている。いつもなら寝るときに首元がよれてもいいよう着古したTシャツとハーフパンツを穿いているはずなのに今はなぜか制服だった。

 なぜ制服で寝ていたんだ。いや、まぁそこもいいとしよう。気が付いたら制服を着て目が覚めていたということもあるだろう。

 だが一つ、どうしても納得できないことがある。左右の手に持っているものだ。


「なんでネギとせんべいなんだ」


 思わず独り言のように、突っ込みをするようにつぶやいてしまう。

右手には白い棒、そこから緑へとグラデーションに色が変わりながら三本に枝分かれした緑色の穂先。


 まぎれもなくネギだった。

 そして左手には見慣れた茶色で円形の薄い物体。間違いなくしょうゆ味であろうせんべいだ。

 


なぜだ。

 


 ここのところ夜寝るときには雨で着心地の悪くなったパジャマの替わりに部屋着を着て寝ていたはず。まして、ネギやせんべいなんてものは持っているはずがない。

 

 そう考えて改めて周りを見てみるとさらに違和感だらけだった。寝る時には雨が降っていたはず。ここ半月シーツを洗うことが出来なかったので肌触りのいいシーツというのはおかしかった。梅雨の独特の湿度で肌触りが悪く寝付きにくかった。

 

 部屋の中を見回してみる。本棚は本の上にはホコリ一つなく整然と並んでいる。いつもなら本の高さや巻数がそろっておらずもう少し散らかっていた。

 趣味であるダーツ盤も壁に掛けられていない。小物や雑誌なんかも初めから何もなかったかのようにスッキリしている。

 まさか親が夜中に俺の部屋に忍び込んで勝手に持ち去ったりはしないだろう。



 これはおかしい。



 少しずつ覚醒した頭が回りだし、違和感が湧き上がってきた。


 この部屋は自分自身の部屋であることには間違いない。

 見覚えのある家具、見覚えのある配置。ただ、一つ一つ細かく見てみるといつもとは違う点が小さいながら数多くある。



 これは夢なのか?



 まず、まっさきに浮かんだ考えは今俺は夢を見ているのかということ。


 いや、夢ではない。それにしては意識がはっきりし過ぎている。

よく夢を見ているかの確認で頬をつねる描写があるがそんなことをするまでもなく夢ではない。


 呆然としていたが、不安が段々と湧き上がり足がうずいてくる。

 腰かけていたベッドから立ち上がり部屋のドアノブに手をかけた。もうすでに2度寝の誘惑からは解き放たれ、強い不安感が身体をつき動かす。

 

 俺の家は住宅地にある二階建ての一軒家。きっとローンはまだ残っているだろう。そんな家の中にいる親が寝ているであろう部屋をそっと覗き込む。



 誰もいなかった。

 


 父親は帰りが遅くなり泊まり込みで仕事があることが多いので不在ということはあるだろう。しかし母親までもいないということはこれまで無かった。

 それどころか部屋の中央に我こそが部屋の主である言わんばかりに鎮座しているはずのベッドも無くなっている。


 まてまて落ち着け。こんな時はおちついて可能性を考えるんだ。


 親が夜中に隣の部屋に寝ている俺に気付かずこっそりベッドを運び出し出て行ったのか。

 理由が無い。親との関係も良好。問題ないはずだ。

 それ以前に音の響く真夜中に隣の部屋に気付かれずベッドや家具を運び出せない。



 ではやはり夢か。

 

 まあ、夢なら夢で問題ないだろう。ただ夢である気が全くしないが。



 夢でなければなんだろう。


 異世界、いや、この場合は見知った場所なのに一部異なる部分があるパラレルワールドというべきか。そんな不可思議現象の真っただ中なのか?


 とりあえず誰かに連絡を取ろうと考え携帯を探した。部屋に戻るが携帯は見つからない。

 まだ買ったばかりなのに無くしてしまったのか。いつも置いてあるはずの棚の上に、というより棚自体が無い。

 他の散らばった雑誌や小物と同じようにまるで元から存在自体していなかったかのように消え失せている。


 家具が明らかに足りない。もちろん人が誰もいない。

 外はどうなのだろうか。

 更なる不安が込み上げてきた。


 このパラレルワールド(仮)に俺一人で誰もいないのは怖い。不安すぎる。


 そうだ、景子はどうだろう。景子とは幼馴染と言っていい奴だ。三つ隣に住んでいる昔からの顔なじみである。家族同士でも仲が良く、昔はよく遊んでいたような間柄だ。

 今でも学校で顔を合わせれば挨拶くらいはするしゲームに誘われることもある。


 こんな時、あいつの鋭い勘は頼りになる。道に迷った時には方向が分からずとも景子に道を選ばせれば、大体目的地にたどり着けたし、ジャンケンなんかは負けたのを見たことが無いというくらいの強さだ。

 普段は積極的に会いたくはないがこの際仕方ない。取るものも取り敢えず、いや、今はネギとせんべいは手の中にあるので手に取るものはあるのだがネギ、せんべい、制服という格好のまま玄関をくぐった。





 家の外はいつも通りの街並みだった。快晴。違和感としては人気ひとけが無く、朝にもかかわらずいつならば騒がしく鳴いているはずの鳥の声がしなかった。


 ああ、やはりここは別の世界なのか。

 なぜか外に出た瞬間にこれまでの世界ではない場所にいると実感できた。


 いきなり異世界に転生なんて小説は山ほど読んできたが、平行世界で誰もいない、制服を来て右手にはネギ、左手にはせんべい、そして自分の家があるというのは読んだことはなかった。


 予習不足だったのか。

 予習復習の重要さはこの一年骨身に染みて覚えた。


 英語の時間が始まる度に小テストが出るので英単語を予習をしてこないと授業前の小テストが悪く内申に響くのだ。


 まぁ今回の件はさすがに予習のしようがないか。ネギとせんべいを持ってパラレルな世界に行くという小説は無かったはずだ。


 やはり小説は小説だ。

 現実には何の役にも立たない。これが小説の世界なら何が起こるだろうか。せめてボーイミーツガールよろしく空からかわいい女の子でも降ってこないかな。


 そんな現実逃避した考えで空を見上げると……、



 降ってきた。



 空からトカゲの化け物のような怪物が。

 それはドスンと大きく地鳴りのような音を出しながら地面に落ちてきた。振動は全く無い。


 やはりこれは夢かな?


 俺は改めて現実逃避をした。

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