台湾料理屋の青菜炒め
@dekai3
台湾料理屋の青菜炒め
「数秒で青菜炒めが出てくるわけ無いじゃないですか。何言ってんすか先輩」
と、社会人に成ってから久しぶりに会った後輩がのたまったで、この街で一番有名な台湾料理屋へ連れて来て差し上げた。
この店は一部界隈で熱狂的な人気を誇る台湾ラーメン発祥の店。
そして、料理の提供速度がとてつもなく速いことが特徴の店だ。
炒め物も揚げ物も蒸し物もスープなんかも他の店より明らかに提供速度が早いため、昼は近くのサラリーマンが食後の昼休みを長く休めるようにと通う店であり、夜も会社帰りのサラリーマンが早く一杯呑みたいときに一軒目として通うという、この街で働くサラリーマン御用達の店になっている。
しかも二階三階に団体用の円卓もあり、会議が長引いたから経費で夕飯を食べようとして急に十人以上で来ても対応可能であり、その収容人数の高さも目を見張る物がある。
今日はその提供速度の速さを私の冗談だと思っている後輩に、この店の恐ろしさを味あわせようと思う。
まずは店に入ってから案内の店員に二名だという事を告げる。
するとテーブルの番号を言われるので、その番号を掲げてあるテーブルを自分達で探して席に着く。
広い店内にいくつか四人がけのテーブルが並んでいるだけのシンプルな店内なのでまず迷う事はない。
「え、案内して貰えないんすか?」
「お前はここをレストランと勘違いしているのか?」
そして席に着くと人数分のガラスのコップと水の入った瓶が置かれるので、自分でコップに水を入れる。
「え、セルフ?」
「運んできてくれただろうが」
メニューはメニュー立てにかけてあるラミネートされたA4用紙だ。
赤に金色のレイアウトで実に台湾料理らしい。
「ナスメンてなんすか?」
「麻婆茄子の油そばだ。辛い物に慣れてないと死ぬぞ」
やれやれ。
これだから素人は。
ここは先輩として見本を示してやらねばな。
「すみません、注文を」
「ハイ、ドウゾ」
近くに居た店員を呼び止める。
店員に片言で話されるのもこの店の醍醐味だ。
「青菜炒めと」
「ハイヨー、アオナーイタメー」
「蒸し鶏と」
「ムシードリー」
「台湾丼と」
「タァワンドン」
「台湾ラーメンをアメリカンで」
「アメリクァン」
「え?」
「以上だ」
「ゴチューモーカクニンシマー。アオナーイタメー、ムシードリー、タァワンドン、アメリクァン、イジョーデスネー」
「ああ、それでいい」
ふっ、完璧だな。
「ちょ、ちょっと先輩。なんすかアメリクァンて。アメリクァンて」
「メニューをちゃんと見ろ、台湾ラーメンの辛さ控えめはアメリカンと書いてあるだろ」
「そんなこと……本当だ。書いてある」
全く、これだから素人は。
ちなみに台湾丼は台湾ラーメンの具をご飯に乗せてから卵黄を乗せた物で、元々は裏メニューだったがじわじわと人気が広がってレギュラーに昇格した。
最初は壁に筆ペンで『台湾丼あります』と書かれて紙が貼ってあるだけで怪しすぎるので誰も頼まなかったのだが、一度頼んでみるとそのチープさが心地良くて癖になる。
ニラとミンチと唐辛子をご飯に乗せただけだが、とても『アジアの食べ物感』がするメニューだ。
台湾ラーメンアメリカンも台湾ラーメンを辛さ控えめで注文する人が多いことで産まれた裏メニューみたいな物だが、それがアメリカンと呼ばれ始めた理由までは分からない。
アメリカンコーヒーのように辛さを薄めるという意味なのだろうが、それなら「辛さ控えめも出来ます」と書いておけば良かろう物を、何故かアメリカンだ。
逆に辛さ強めは『台湾ラーメンイタリアン』と呼ぶらしいが、これは通じない店員のほうが多いらしく、素直に『辛さ強めで』と頼んだほうが良い。
尚、この店はチェーン展開しているのだが、台湾丼も台湾ラーメンアメリカンもメニューに載っているのはこの店舗だけであり、中にはどちらもメニューに載ってない店もある。
まあ、メニューに載って無くても頼むことは可能なのだが。
「ハイ、アオナーイタメー」
「え、早っ!?」
と、そんな事を考えていると青菜炒めがやって来た。
先程オーダーを頼んでから15秒と経っていない。
この店の青菜炒めは空芯菜を使っており、茎の真ん中に空いている穴のお陰で中まで味が付いている。
空芯菜の味はほうれん草に似ているが、実はサツマイモの仲間の若芽の事だ。
朝顔に似た花を付けると言う。
「さあ、食ってみろ。作り置きなんかではないぞ」
「じゃあ、お先に、いただきます」
「どうだ?」
「……本当っすね。ちゃんと大蒜の風味もついてる」
「だろう?」
「なんでこんなに早く…」
その疑問は最もだ。
私もこの街に来て最初にここを案内された時は同じことを思ったものだ。
だが、この街に住んで三年経った私は既にその秘密を解明している。
その秘密とは、ユニット化された厨房システムにある。
この店は炒め物、揚げ物、蒸し物といった火を使う料理は専用の部署で専用の人間を当てがっており、
炒め物担当は炒め物しか行わない
揚げ物担当は揚げ物しか行わない
蒸し物担当は蒸し物しか行わない
と、その部門の調理しか行わない事で作業の効率化を図っている。
調理場も部署毎に少し離れた位置になっており、冷蔵庫や棚等の位置もそれぞれの部署の動線が被らない配置にされている。
普通の店ならば部署分けをするのが逆に非効率になりそうなものだが、この店のように次々に客が入って来る場合はこのほうが良いらしい。
専用の調理部署を作る事が提供速度を高速化させ、それにより客も食べ終わるのが速くなり、次の客を呼び込む回転率の向上に繋がる。
また、料理人の経験値も凄い勢いで溜まるため、新人でも直ぐに実力が身に付くのだ。
ただ、時間帯と日によってその部署の人間が変わるため味が一定に保たれないのが難点である。
しかし、この店を利用する者の大半はそんな事は気にしない。
逆にその味のばらつきを楽しむのが常連だ。
ばらつきがると言っても材料や調味料は変わらないので、極端な味の差は出ないので害は無い。
「本当だったんすね。すみませんした」
「ふ、分かればいい」
「凄いっすねこの店。流石は一番有名な店なだけあるっす」
後輩の素直な謝罪を受け、運ばれて来た蒸し鶏を食べながら頷く。
台湾料理は中国料理の福建料理から派生した料理であり、4000年の歴史を持つ中国料理の技術や歴史も吸収しているので、こうして効率的に料理を行う手法の引き出しが多いのだ。
また、この雑な接客や片言の店員やシンプルな店内の装飾も人気の秘訣だ。
それらの要素のお陰で、まるで国内に居ながら本場に食べに来たかのように雰囲気を味わうことが出来、他の店では味わえない『台湾で台湾料理を食べている臨場感』を生み出す。
これが他の店では真似出来ない、この店の一番の売りだ。
この錯覚により、先ほど挙げた味のばらつきがデメリットではなく『流石は本場だな』というメリットに変換される。
多少皿が汚れていようがサービスが悪かろうが、『本場はこうなんだな』と客側が納得するのだ。
こんな店はそうそう無い。
「でも不思議っすね。いくら材料を直ぐに出せるようになってるからって、10秒そこらじゃ炒まらないっすよ?油通しをしてもこの大蒜の風味は無理っすよね?」
こいつ、細かい所を気にする奴だな。
しかし、そうだ。
実際その通りであり、いくら技術があるからと言っても炒め物を10秒で作れるわけがない。
10秒では大蒜の旨味を油に移して青菜全体に絡めるという、炒め物の基本的な技法が使えないからだ。
短時間で野菜に火を通すのは油通しを行うことで可能だが、味付けまではそうはいかない。
ならば、何故青菜炒めが直ぐに出てきたかと言うと
「ハイ、タァワンドントアメリクァン」
丁度、台湾丼と台湾ラーメンアメリカンが運ばれてきた。
この店員だ。
この店員が注文復唱を大きな声で行う事で、その時点で炒め物担当が調理に入っているのだ。
その後、他の料理の注文を取ったり、注文確定後の復唱確認を行って時間を稼ぐ事で、あたかも数秒で青菜炒めが出来たかのように錯覚させているのだ。
注文を受けた店員が注文を伝えに行ってから調理が始まるんだろうという、客の心理の隙間を突いた老獪な手法。
もしも注文の取り消しがあれば作った物が無駄になってしまうというリスクがあるが、青菜炒めに限ってそういった事は無いだろう。値段も安いし、なにより美味い。
ちなみに、私はこの『客の注文時の復唱で厨房に注文を通す技』に気付くまでに30回は通った。
今日始めてこの店に来たばかりの素人がそうそうと分かるわけがない。
「もしかして、あの店員……」
何っ!?まさか気付くのか?初見で???
「テレパシーの使い手で、こっちの注文を先に読んで向こうに伝えてるんすかね?」
…………ふぅ。
なんだ、焦るじゃないか。
「そんな能力が使えるのなら、飲食店の店員じゃなくてもっと違う場所でその能力を生かしているだろう」
「それもそうっすね。じゃあ実力なのか。すごいっすよねぇ…」
少しヒヤリとさせられたが、気付きはしなかったようだ。運ばれてきた台湾丼の黄身をレンゲで潰して混ぜながら安堵する。
もしもこの一回で気付かれたら先輩としての面目が立たない所だった。
こいつはたまに鋭い所があるからな。
とりあえず、自分は台湾丼を取ったので、台湾ラーメンアメリカンの丼を後輩に差し出す。
私は麺よりも米のほうが好きなのだ。
「このアメリカンはお前が食べるといい。この店の台湾ラーメンの味を基準点とし、そこから色んな店で食べてみるといい。
「了解っす。でもなんでこの街って台湾ラーメンが流行ってんすか?台湾と関係ありましたっけ?」
気になるか。気になるだろうな。
実は台湾には台湾ラーメンと呼ばれる物は無く、これは担仔麺と呼ばれる物をここの料理人だった台湾人がアレンジした物だ。
台湾ラーメンも裏メニューだったらしいが、激辛ブームが起きた時に一躍有名になったので、こうして表舞台に立つようになったらしい。
他にも台湾ラーメンには逸話があるが、それはまたの機会にするとしよう。
この店は長居する店ではないからな、サッと食べて次に行くぞ。
台湾料理屋の青菜炒め @dekai3
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