第2話 あ、私は用事を思い出したわ。


私の自宅が塵の血塗れに染まった為、落ち着ける場所で話をしたいと彼女の希望に沿って、数十分程歩いた所に綺麗な泉がある場所に移動した。


「…それで?話とは、一体何だい?」


「貴女…勇者にならないかしら?」


「……は?私がそんなデメリットだらけの職に就くとでもお思いか、君は。」


「いいえ、全く。」


どーん。と言う効果音がつきそうな真顔で、彼女はそう言い放った。だったら言うんじゃあないよ、と思った私は悪かぁない。


「勘弁してくれ。話が馬鹿げてる。」


と溜め息を吐く様に言い、私は逃げる様に去ろうとした。

けれど、彼女が後に吐いた言葉に私は不意に立ち止まってしまう。



「貴女のご両親、魔に属した者や紛い物と不穏な事を企んでいるらしいわ。低俗であり、哀れな人達なのね。」


「…あ?私には両親は居らんよ、家族は婆ちゃんだけだ。あの塵共が死ねば私が嬉しいな。」


「貴女は…自分の手で戒めたいと思った事は無いの?」


私はその言葉を聞いて、鼻で笑う。

幼少時は良い両親だったが、営業マンの様に訪ねてやって来た魔の者が出した金に、目が眩んでその者達と何処かへ行った。その時は、何故なのかも解らないし、まだ幼子だったから状況こそも解らなかったが…一生懸命に私を育ててくれた婆ちゃんがこう言っていたのは今でも忘れてはいまい。『あの馬鹿者達はお忘れ、エリー。婆ちゃんがお前を大切にして育てるからな。…もし、お前があの馬鹿者達に戒めを企てるなら止めはしないよ。だが、捨てられたお前の想いを、あの馬鹿者達に踏みにじられた事だけは忘れちゃあいかん。それがお前を良くも悪くも変えてしまうけど…その感情だけで先走ってはいかん。冷静とよくみる目を身に付けんと危うい事に巻き込まれる。それをよく、覚えておくんだよ。』そう言った婆ちゃんの顔と言葉を忘れていない。



「無いとは言わないさ、寧ろ大いにある。この手で処する事だけを毎日考えていたからな。」


「じゃあ…何故、勇者にはなりたくないのかしら?」


「役に立たん王様から大金を用意されたら考えるが、デメリットしか無い職だからなりたくないんだよ。」


「出たわね…損得勘定の思考が。」


「いや、どう考えてもそうなるだろうよ。」




ーー


何時間位か経ったのだろう。精神的にキツいのだが、勇者について友人のセシルからしつっこくねちっこく聞かされている私はそろそろ限界だ。


「…そろそろ、観念して勇者に就きなさいよ貴女。」


「勘弁してくれ…。私はもう帰りたい…。」


「ダァメ、よ?私がよく聴かせてあげるから。それとも……貴女には、深ぁいコトを教えてから聴かせてあげようかしら?」


「…私には、そんな趣味は無いからなセシル。君は今自分が言った事を理解しているのか?」


「へ?解っているわよ、そんなの。」


「ハァ…絶対に解っていないだろう、君は。」


「あら、失礼ね。深い事って、情事のー」


「はい、言うんじゃあないよー」


私は勢いよく彼女の口を手で塞いだ。恐ろしい事を吐くものだ、この娘は。

いつからこの娘は、要らん事を吐き出し始めたのだろうか…。最早呆れる。


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