第33話 人を人たらしめているモノ
「ようこそヤマダ殿! それにリタ殿も……お二人ともようこそいらっしゃいました」
「遅くなり申し訳ありませんダレンさん」
お互い軽く挨拶を交わす。
私達二人が南支部を訪れたのには理由がある。
賢者の石とリタが勝負したあの日から二日後ダレンと対面する機会があり、その時彼から協力依頼があったのだ。
それは
間違いなく今夜、彼らは行動に出る。
「お、お久しぶりです……」
相変わらずリタは緊張しているのか固い様子だった。
それも仕方が無い……今回私が立案した作戦、それは作戦と呼ぶにしては戦略だったものでは無く、特にリタ自身を危険に晒すものだからだ。
イブキによって南支部の施設内の調査は済んでおり、この場所にはどうやら賢者の石を精製する為の設備が無いらしい。
彼らは別の場所で実験を行っているようで、その現場を押さえる必要がある。
「いえいえ、ヤマダ殿が来てくださるのが嬉しくて待つなんて大して苦にも思いませんでしたよ。」
「それでダレンさん、早速ですがお話というのは?」
「そうですね、早速ですがヤマダ殿にお願いがありまして……例の我々の研究についてですが」
研究……それは勿論彼らの賢者の石に関する話だ。
私は静かに頷き彼の言葉に耳を傾ける。
「先のリタ殿との魔法対決、それを受けて我々の研究の手助けをして頂けないでしょうか……?」
「わかりました」
勿論これには即答する。
私の言葉に彼の表情は一瞬固まったかのように見えたが、すぐにいつもの調子で話し出した。
「そうですか! 良かった、では詳細は奥でお話しますのでどうぞこちらへ……」
私の力で彼らを洗脳する事は簡単だ。その気になれば今すぐにでもこの事件は解決するだろう。
だが、この力に頼る事により私はまた"あの時"の自分に戻る気がしてならなかった。
何も判断出来ず、行動出来ず、優柔不断にただ仲間を見殺しにするあの時の自分に戻るような気がした。
過ぎた力は心を弱くする。
この世界で冒険者として生きていく事を決めたあの日から、ただ一人の人間として抗いたかったのかもしれない。
抗うことで自分を人間だと認識し、そこに安心を求めていたのかもしれない。
だから私はこの作戦を考えるにあたり、きるだけコレに頼らないで済む方法を考えた。
ただの傲慢かもしれない、マキナの言うように神としての傲りがあるのかもしれない。
だが否定はしない。
そう、これは私の単なるワガママだ。ワガママで仲間を危険に晒すことを私は選んだのだ。
そして、思慮に欠けた作戦とは呼べない作戦を聞いた時、彼女らは笑った。
笑いながらも彼女らは私の考えに賛同してくれた。
ただ一人の人間として、等身大でちっぽけな私の考えを認めてくれた。
それが何より嬉しかったのだ。
ただ……嬉しかったのだ。
◇◆◇
「クロスフォードさん、気分はいかがですか?」
看護師の女性が声を掛けてくる。
それはごく普通の事で、何もおかしなところは無い。
ここは王都に点在する中でも特に大きな病院、その病室の中だ。
「では、少し傷の確認をしますね。起き上がれるかしら?」
「……」
静かに身体を起こし、彼女に背を向ける。
そして身に纏った患者服を捲り素肌を晒す。
正確には素肌を覆うようにして包帯が巻かれている。
彼女はその包帯をゆっくりと解いていった。
「どれどれ……あら?」
「……」
しばしの沈黙。
撫でるようにして背中を滑る手の感覚はこれまた妙な感覚だったが、すぐにそれも終わり彼女は再びガーゼで患部を保護し、包帯を巻きながら告げた。
「もう傷もだいぶ良くなったわね、痛みは無い? この様子だとあと二日もすれば退院ってところかな」
「……」
「クロスフォードさん……?」
どうやら無言でいたことに疑問を持たれたようだ。
しかし今は喋りたい気分じゃない──
でも何か言うべきなのだろう。
ため息の一つでもつきたかったが、仕方なく口を開く。
「問題……ないです……わ」
「あら、声が掠れているようね……風邪かしら?」
「大丈夫……少し寝れば……すぐ治ります……わ」
「そう? 無理は禁物よ? じゃあ一日様子見ましょうね、何かあればすぐ言ってね」
「……」
これ以上喋りたくない──
ベッドに身体を丸めるようにして彼女に背を向け、眠ったフリをする。
それを見てこれ以上何か言ってくる素振りは無く、静かに背後の気配は遠ざかっていった。
病室のドアが閉まる音を聞いてからこの室内に一人になった事を静かに確認する。
「ふう……」
やっと行ってくれた……
それは安堵にも似た気持ちだった。
「……」
窓の外を見る。
既に日は沈み掛けており、あと数時間の内に夜がやってくるだろう。
「それまでは……」
それまでは何としても──
◇◆◇
「マッキー、こっちは配置終わったよー」
「だからその名前で呼ぶなリリー……」
このやり取りは何度目だろうか。
本当はもう呼ばれ慣れていたが、どうしても同じ言葉を返してしまう。
これはある意味私達の挨拶みたいなものだ。
「ところでさ、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「彼の作戦、マッキーはどう思う?」
「……浅はかだな」
「うっわー、辛辣だねぇ」
ヤマダの口から出た言葉、それはとても作戦と呼ぶには思慮に欠けていて、多くのリスクを孕んでいる。
わざわざそこまでする理由も不明確だ。
何よりリタが危険に晒される。
私はあの時指摘すべきだったのかもしれない。
止めるべきだったのかもしれない。
「じゃあさ、何でそんな作戦マッキー受け入れたのさ?」
「リリーはヤマダという男をどう考える?」
「質問に質問で返すなよぉ……でも、うーん……そうだなあ……面白い奴……かな?」
「面白い……か」
「そりゃあさ、新しい理論やら普段の振る舞いで彼に知的な男ってイメージついてるじゃん? でも中身はきっと違うと思うんだ」
「というと?」
「ガキだね」
「ふふ……お前も十分辛辣じゃないか」
「でもさ──」
一瞬リリーは言葉を止めると、少し嬉しそうな顔を見せる。
「ヤマダ君、一生懸命なんだと思う。ボクはマッキーみたいに人の思考読めないから分からないけどさ……彼は自分の中の何かに必死に抗ってるように見えた」
「……」
「ボク自身が昔そうだったから、彼に自分を重ねたんだと思う。だったら応援したくなるじゃん? だからボクはヤマダ君の考えに賛同したんだ。それはマッキーだって同じじゃないかい?」
共感……か。
確かにそうかもしれない。
「そうだな……というかリリー、いい加減その呼び名は──」
「いいじゃないか呼び名くらい、名前なんてもの在って無いようなもんじゃないか。それともなんだい、あの頃みたいに"マスター"の方が良かったかい?」
「……勘弁してくれ……」
「マッキーは人間のクセに人間らしさが無いんだよ、リタ君の件といい、もっと自分に素直になった方が良いと思うけどね。その点ヤマダ君はマッキーより人間らしいと思うよ?」
「人間らしくないなんて言われたのは初めてだよ……」
「少なくとも今のマッキーよりはボクの方がまだ人間だ」
「……耳が痛いな」
「じゃあそんな人間失格のマッキーに一つ問題。人を人たらしめているモノとは何でしょうか?」
「魂だろ」
即答するも、その答えにリリーはただにやけるだけだった。
「ブブー、ハズレ! 正解は──」
そして、今度は満面の笑みでこう言った。
「──"心"だよ」
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