第31話 反撃の狼煙
終わったかに思えた通り魔事件は何の前触れもなく突然再開された。
その第三の被害者は意外な人物だった。
「体調は如何ですか、トーマスさん」
「ああ、問題ない……」
トーマス・ホフマン──彼は私とリタの魔法師試験で試験官を勤めたあの男だ。
しかし彼は被害に遭ったもののかすり傷程度の軽傷で済んでいた。
元々体術に覚えがあるらしい彼は事件の起きたあの夜、背後から何者かの奇襲を受けるも反撃に成功、犯人の逃走という形で終わったとのことだ。
「しかし取り押さえようとしたが結果犯人は取り逃がしてしまった。まったく不甲斐ないよ」
「いえ、でも無事で何よりです」
そしてこの場所は魔法師協会本部、その執務室の中だ。
「それで……俺は何故ここに呼び出されたのだ?」
ここには私と彼を始め、リタ、マキナ、リリーが席についていた。
「それはこれから説明します」
私は一同を見回しながら、軽く咳払いをする。
「それでは、トーマスさんも来られた事ですし、繰り返しになりますが……先ずはリリーのお話から始めさせてください」
「ボクかい? まあいいけど……」
突然の指名に意外そうにするも特に面倒ではない様子で「では」と一言置いたうえで彼女は語り出す。
「トーマス君以外には既に話したけど、ボクの北支部に所属する魔法師の内二人が行方不明であることが発覚した」
「行方不明だと……」
神妙な顔つきで口を開くトーマスに対してリリーの表情は変わることなく、むしろどこか冷ややかだった。
「ああ、発覚したのはつい先日。まあ学会に向けて連日泊まり込みで更には徹夜続きだったのもあるし最初は自宅で倒れてるかもって思ってたんだが、いつまで経っても現れない奴らが居てね……気になって確認してみたんだがどうやら二人は家にも戻ってないみたいなんだ」
「それは……彼らは何かの事件に巻き込まれたという事か?」
「だろうね、まあボクが話したのはここまで、ほい、ヤマダ君にボール返すよー」
「ありがとうございますリリー……それでは、ここから再開になりますが、トーマスさんが実際被害に遭われた通り魔事件について、私は北支部の魔法師失踪と関係があると睨んでます」
「この事件は同一のものだと?」
マキナの表情はリリー同様冷ややかだが既にこちらの考えを覗いたのだろう、多くは語らず次の言葉を促してきた。
私は彼女の言葉に頷きながら話を続ける。
「ええ、主な理由ですが……第二の被害者が出て以来突然終わったかに見えたこの事件ですが、トーマスさんは実際被害に遭われてます。本来これは第三の被害者……と見るのが普通ですが、失踪事件はこの空いた期間中に起きてる事にあります」
「そうだね、ボクが覚えてる限り確かに居なくなった彼らが失踪したタイミングは第二の被害者発生の翌日以降だ。タイミングとしてはまさにドンピシャだね」
「しかし、それだけでは関連性を証明するには足りないんじゃないか?」
「仰る通りです。それではいくつかの理由と共にこれまで起きた事件の関連性を証明してみせましょう」
だがそれよりも前に言っておくべき事がある。
「早速ですが結論から先に言います。この事件の犯人は改革派です」
「なんだと……」
トーマスをはじめ、その言葉に誰もが困惑した表情を浮かべた。
まだ理由について何も説明していないのだから仕方が無い。
しかし私は結論から先に言うという話し方が気に入っている。
というより遙か昔、生前あの世界で染みついた癖のようなモノでこれ以外の進め方は苦手なのだ。
「しかし、俺を襲った奴は証を持っていなかったぞ」
「証というのは?」
トーマスの言葉にとっさに聞き返す私だったが、それに応えてくれたのはリリーだった。
「ヤマダ君知らないのかい? なんせ
思い起こしてみれば数日前行った南支部の誰もが同じような指輪をはめていたのを見た。
それだけじゃない、王都のあちこちで見た気がする。
初めて見たのはどこだったか、エミルの居る病院か?
「……では、もしかして今エミルの入院している病院にも改革派が?」
「エミーリア君のかい? 居るだろうね、あれだけ目立つ指輪ちらつかせてるんだ、君もこれまで何人か見たんじゃないか?」
「確かに……証については理解しました。ですが、犯行に及ぶ者がわざわざ自ら存在を証明する物を身につけたまま行動するとは思えません。証が無い事は彼らでないという理由にはならないでしょう。仮に私が犯人だとしたらその証を外してから行動します」
「た、確かに……」
トーマスはとりあえずは納得してくれた様子だ。
「では話を戻します。犯人が改革派であると判断した理由は三つあります」
「一つはこれまで発覚している行方不明者ならびに被害に遭ったのは全て魔法師、それも今発覚してるだけで被害者は全て改革派以外の派閥に属するか、そもそも派閥に属さない魔法師であることです」
「そうだね、ボク達北支部は派閥なんてものに属する連中じゃないし、ボク含め皆研究バカだからね。それに固定観念は発想力を鈍らせる。派閥なんてのは技術者にとってただの毒でしかないよ」
リリーは吐き捨てるように最後の一言を呟く。
それを横で聞いていたトーマスはどこか居心地が悪そうだった。
「そして二つ目の理由ですが、彼らは賢者の石という無制限に魔法を行使できる石を開発しました。その存在は私とリタが確認済みです」
「賢者の石? なんだいそれは?」
リリーは南支部で行われている研究内容に単純な興味を示していた。
だが賢者の石という言葉そのものは知らないといった様子だった。
それはマキナも同じようで、私はこの事に違和感を覚える。
もしかするとこの世界には賢者の石という記号は存在しない?
たまたまそのような言葉を彼らが用いた?
これは偶然なのだろうか……しかしその事を考えるのは後回しだ、今は彼らが犯人であるという事を立証しなければならないのだ。
「賢者の石とは術者が代償を一切支払う事無く魔法を行使できる物質の事です。更には小規模な魔法から大魔法まで制限は無く、その何れも無詠唱……更には人間の限界とも思える詠唱速度を遙かに上回る力を与えます。並大抵の魔法師では歯が立たないでしょう」
「君ですら敵わないというのか?」
マキナの問いの意図は分かる。
君ですら……という問いには"神である君ですら"という意味が込められていた。
「いえ、既にその原理は解明していますので……ですが無制限という点では敵わないでしょう。そしてこれからが重要なんですが──」
私は一呼吸置いてからゆっくりとその重要情報を伝える。
「──その賢者の石……恐らくその製法、材料に人間が用いられています」
「な……!」
この言葉には誰もが耳を疑った様子だった。
「バカな……そんなことが──」「なに……」「あいつら、まさか禁忌を犯したというのか!」
皆それぞれに口走り、その表情は怒りの感情が見て取れた。
誰かの興味で人の命が実験に使われるのだ、それは倫理に反する行為である……
それはこの世界でも例外では無いようだ。
「何故人間を素材にしたと判る?」
マキナの指摘はもっともだ。
この結論だけではあまりにも突拍子が無い。しかしそれを決定付けるに十分な理由があった。
「理由は二つあります。一つ目の理由ですが……これは魔法の根本的な部分です」
人差し指を伸ばし、一つ目の理由について語り出す。
「魔法とは術者の精神力を代償にこの世に発現します。精神力は時間と共に再び術者の身体を巡りますが、ではその精神力の源とはどこにあるのでしょうか?」
「ふむ……そういう事か」
「なんだいマッキー、自分だけ分かったような口ぶりじゃないか」
「だからその名前で呼ぶのは止めろリリー」
「ではその答えです。その前に一点確認したい事があります。マキナさん……今閲覧が制限されている魔法、その中でも十文節を伴う大魔法についてですが、その呪文が発見されたのはいつですか?」
「私が生まれる前だな……確か三十年前だと聞いている」
「その魔法を行使した術者はご健在ですか?」
「皆死んだよ」
「ああ、確かに死んだね」
これにはマキナとリリーはさも当たり前のように答える。
「うん? ん~……ああ、そういう事か」
リリーは少し考えた後ポンと手を打つ。
どうやらその理由に気付いたようだ。
「えっと……?」「どういう意味だ?」
この場で理解が追いついていないのはリタとトーマスの二人だけだった。
「では、少し遠回りになりますがその事について説明します。魔法に用いられる術者が代償として支払う物、それは精神力だと言われていますが、それを生み出す源泉が在ります。それは人に限らず生物全てが共通して持っているもので、生物を生物たらしめている存在とも言えます」
「勿体ぶらずに早く教えてくれ」
「それは魂です」
「魂……?」
「精神力とは魂から溢れ出したエネルギーの上澄みのような存在……そう捉えて頂いて構いません。精神力よりも高濃度で膨大なエネルギー、それが魂です」
「それで?」
マキナが続きを促す。
「ではこの前提で魔法の話に戻りますが、現在閲覧に制限のある魔法の内戦略級魔法は継続的な代償を必要とする技術です。制限されている主な理由としては制御不能という事が有名ですが、制御不能という言葉には複数の意味が込められています。一つは魔法の構築そのものが複雑で術が成り立たない事。そしてもう一つは"術者の意思に反して活動を続ける事"にあります」
「意味がよく分からんぞ……」
トーマスは腕組みしながら難しい顔をしている。
しかしマキナとリリーは既に答えに行き着いたのだろう。私とトーマスの会話を見ながらさも愉快といった顔で次の言葉を待っていた。
「魔法はいわば作り手の指示した通りに動く仕組み……その仕組みとは呪文により組み立てられます。その仕組みのほとんどが精神力の消耗により中断されるものになります。人間は精神力を消耗しきればマインドダウン……簡単に言ってしまえば気絶します。人が活動する上で精神力とは無くてはならない存在だからです。術者が倒れてしまってはその時点で魔法は中断され精神力以上の対価は払うことができません」
「仕組み……君の言う新理論か……俺には理解し難い話だが……」
確かトーマスは保守派の人間だったか。
彼の気持ちは分かるが、理解してもらえないと話が進まない。
「ですがそれはあくまで呪文によってそうなるよう作られたに過ぎません、作り方次第では術者の意識の有無に関わらずそこにエネルギーとなり得るモノがあればそれを消費し続ける事も可能ということです。戦略級魔法と呼ばれる魔法はこの例の通り継続して術者の精神力を食べ続けます。本来であれば精神力の枯渇をもって解かれますが、中には例外も存在する……」
「そう、我々人類はそれを既に見つけている……」
マキナは私の語る言葉に補足した。
「使い方を誤ったり、呪文を改変してしまうと精神力が枯渇してもその源である魂すら代償とする事があり得る。いえ、実際そうなった。だから大魔法は閲覧が制限されている……そうですね?」
「大筋その通りだ。成る程……君の理論をベースに考えると解りやすいな」
「確かに……魂すら食いつぶす魔法の存在……でもこの事知ってるのはボクとマッキー除いてほんの一部だろうね、トーマス君やリタ君が知らないのは仕方ない。しかしヤマダ君まで知ってるとは思ってもみなかったよ」
「私も初めから知っていた訳ではありません。ですが判断材料はありました。その中で最も納得のいく答えを見つけただけですよ」
正直自分を納得させたかったという気持ちが強い。
これは、魔法という曖昧で自由過ぎる概念に対する可能性を模索した結果だった。
「だいぶ脱線しましたね、ではまとめに入りますが魔法とは人間の精神力、つまりは人間の魂が無ければ成り立ちません。それ以外の代償は存在しないと断言します。そして賢者の石はその代償を術者が支払う事なく魔法を発現できた……つまり賢者の石には──」
「人間の魂があるこということか……」
「な、成る程……そういう訳ですね」
私よりも先に答えを言ったトーマス。
リタには結論だけを伝えていた為、彼女もまた前提知識を得た事により全体を把握できた様子だった。
皆の足並みが揃ったところで次のステップへ話を進める。
「ええ……実を言うと私は過去一度だけ死んだ人間を蘇生させた事があります」
「死者を蘇らせる魔法なんて聞いた事ないぞ?」
私の言葉にリリーは困惑した表情を返してくる。
「確かにこれは魔法ではありますがまだ呪文は存在しません。ですがいずれ発見されるでしょう。厳密に言えば蘇生という曖昧な概念ではなく、実際は肉体という器を生きていた時の状態へ巻き戻し剥離した肉体と魂を繋げるモノだと考えてもらえば結構です」
「肉体と魂を……肉体……魂……」
「魂は肉体という器に定着します。しかし生物の肉体が活動を終えた時魂はその器から剥離し、それで初めて死と呼ばれます。ですが活動を停止して間もない場合であれば魂は完全には剥離せず肉体にわずかに繋がった状態となる……その状態であれば肉体を復元する事により魂の再定着は可能。それが私の考える蘇生魔法です」
「……それが本当だとしたら凄い事だぞ。死人を蘇らせるなんてそれこそ奇跡だ!」
彼女は興奮気味にそう言い放つとその場で立ち上がる。
どうやら技術者としてのスイッチが入ってしまったようで、しきりにああでもないこうでもないと独り言を始めてしまった。
「リリー落ち着いて……でもこれは奇跡ではありません。魔法によって可能な現象なんです。奇跡と言うなら……私達の行使する魔法の存在そのものが奇跡なんでしょうね」
「今の研究が落ち着いたら次のテーマは蘇生魔法にしようと思うよ。いやあワクワクするね~!」
「それは楽しみです。では……ここからが重要なのですが、死んだ直後の人間の魂を肉体という器ではなく"別の器"へと定着させる方法があったとしたら……これはあくまで予測ですが、リリー……例の研究の薬の製法……それはもしかして人間を構成する素材が含まれていませんか?」
「うん? よく分かったね、ご明察。その通りだよ」
その表情は素直な驚きと賞賛に満ちたものだった。
まさかこの事を言い当てる事自体想定外とでも言いたげな表情を私に向けてくる。
「やはりそうでしたか……実はその事で一つ実験した事があるのですが、どうやら魔法は発動の直前の状態を術者自身、その肉体に保管が可能なようです」
「何だい、君はまた何か新しい魔法を編み出したというのかい?」
驚きとはまた別の、どちらかといえば呆れに近い表情でリリーは私を見る。
「全く……君ってやつは飽きさせないな」
マキナも似たようなものだったが、彼女の声はどこか嬉しさを含んでいるようにも思えた。
「新しい魔法といいますか、こういう使い方もできる……そう受け取ってもらえれば結構です。ではこれを見てください」
私は手のひらに魔方陣を展開、そして小さな光の玉を浮かべさせた。
「これは皆さんご存じの通り光源を生み出すだけの魔法です。今のは発現させるに当たって無詠唱という事以外特別何もしていません。では次に、魔法の発動直後の状態を一旦肉体に保管してから発動させてみます」
一旦魔法を解き、意識を集中させる。
魔法構築が完成した瞬間、発動の直前の状態を肉体に定着させるよう、イメージを強める。
「ご覧の通り目の前には何の魔方陣も出ていません。ですが私の体の中には先ほどと同じ魔法が発動直前の状態で保存されています。では発現させてみましょう。そうするにあたって私が詠唱に集中していないことを証明するため話しながら展開したいと思います」
最後の言葉を言い終わるよりも先に魔方陣が展開され、そこから光の玉が再び現れる。
「これは……!」「ほう……」「こりゃ凄い」
「これらの事象から導き出した結論は、肉体に魂が定着するようにその魂を源とする魔法もまた肉体に定着するという事です。これらの理由からリリーの用いた薬品、それを触媒とすることで人間の魂を定着させることも可能だと……そう判断しました」
「それはつまりボクらの研究成果が
「そうです。これまでのお話はあくまで推測でしかありませんでしたが、その決定打となったのが二つ目の理由にあたりますが……リタがその石に人間の感情を見た事です」
「……ッ!」
名指しされたリタは緊張のあまり硬直し一言も発せないで居た。
南支部の一件の後、翌日目を覚ましたリタに何に怯えていたのかを聞いた際彼女から語られた一言……それが無ければこの場を設ける事はしなかっただろう。
「見ただと? 感情を? 信じられん……」
「ああ、それにはボクも同感だ。そこに居るリタ君はただの人間だろ? ただの人間にそんな事できるわけが──」
魔法のプロセスのように普段から見えるものでは無いそうだが、相手の感情が高ぶったり苦痛を感じたり、そういった強い感情はモヤっとした煙のように視認できる。それがリタの能力だ。
おそらくマキナから受け継いだ能力なのだろうと私は考えているが、それでもマキナには無くリタしか持たない魔法のプロセスを見る能力については説明がつかない。
そもそもそんな目を持つ事自体想定外な事だが、私の周りにはそういった想定外しか居ない。
そんな環境にずっと浸かっていれば流石に慣れるというもので、最近では特に気にする事は無くなっていた。
「成る程な……」
トーマスとリリーは同様に否定の言葉を投げかけるも、マキナだけは違っていた。
そして私がこの話題を出すにあたって期待していたのはまさしく彼女の発するその一言だった。
彼女の言葉はここに居る誰よりも重く、例えそれが突拍子も無い事であっても皆を納得させてしまう。
それは魔法師協会の頂点という地位から生まれる誰にも否定することを許さない力である。
「なんだいなんだい、マッキー信じるっていうのか?」
「だからその名前で呼ぶな……だが悪いなリリー、その話には信じるだけの価値があると私は思ったまでだよ。だが彼女の件を抜きにしても十分納得できるものだ。私はヤマダのこれまでの話を全面的に支持しよう」
「あーあ、マッキーが信じるってんならボクも信じるしかなくなるじゃないか」
「なっ……! お二人ともこんな話を信じるというのですか!?」
「悪いねトーマス君、ボクはマッキーの言う事なら何でも信じるようにしてるんだ」
リリーはどうやらマキナに対して絶大な信頼を置いているようだ、この二人の関係も気になるが、今はそれよりも重要な事がある。
「では話を本題に戻します。これまで起きた通り魔事件を誘拐事件の未遂と置き換えましょう、彼らが欲しているのは魔法適正のある人間、それも才能のある魔法師であればある程素材として適合することになります。ただ……」
「ただ?」
「……分からない事があります。それは何故彼らが魂と器を定着させる原理を知っているかです。元々知っていたのか、それともこの事件の背景に彼らに入れ知恵した別の存在、つまり黒幕が存在するのか……」
この魔法は私しか知らない筈だ。
防御魔法や回復魔法と言った呪文は攻撃系魔法に比べて数が圧倒的に少ない。
人類は未だに回復魔法でかすり傷を治す程度のレベルだ。
そんな中で魂なんていう概念的な存在を正確に捉えた魔法を開発できるものだろうか?
「確かに、文献にも一切載ってないある意味未知の領域だ。そんな前提に成り立つ物質を彼らだけで作れるとは思えんな……」
「しかしそうなると、唯一その原理を知ってる君が一番疑われてもおかしくないぞ」
トーマスの言葉は出るべくして出た言葉だった。
「そうだよねえ、ヤマダ君は今一番その黒幕って奴に近いと思うが、そのへんどうなんだい?」
リリーも便乗するようにして口を開く。しかしその表情はとても愉快そうだ。
「し、師匠は!」
先ほどまで黙っているばかりだったリタが突然立ち上がり声を張り上げる。
「師匠は……そんな事は絶対しません!」
「リタ君、君がそう言いたい気持ちは解るが……まあ黒幕がわざわざ計画を明かすなんておかしな話だけどさ、何事にも裏ってものがあると思わないかい?」
「それは無いな」
割り込んできたのはマキナだった。
「マッキー……」
「だからその名前で……まあいい、ヤマダの身の潔白、それには私の魔法師協会における最高責任者という地位を賭けてもいい」
「なぜそこまでするんですか!?」
トーマスは声を荒げながら立ち上がるが、マキナの表情は一切動かない。
「参ったな……まあボクも本気で疑ってた訳じゃないんだ。悪ノリが過ぎたよ……すまないヤマダ君、リタ君」
「いえ、疑われても仕方が無い事だと思いました。ですが信じてください……私にはそれくらいしか言えません」
「トーマス君もそれでいいかな?」
「ぐ……そこまで言われては……わかった……信じよう」
彼はまだ納得したという顔ではなかったが、マキナの言葉が余程効いたのか再びソファに腰掛け腕組みをしながら聞き手に戻った。
「ありがとうございます。真実はこの事件を追えば何れはわかるでしょうが……一先ず今は目先の問題に目を向けましょう。では最後に一つ」
「まだあるのかい?」
「ええ、改革派が犯人であるという理由……それは三つあると言いましたよ? 実は先日時点で既に改革派が犯人である事は調査済みです。ここ数日の間ずっと仲間に
「そうだったのか……随分自信があると思ったらそういう事か」
「流石に推測だけで犯人を特定するなんて私にはとても真似できませんよ。現にこの事件当初私の考えてた事は見事に外れましたし……」
以前マキナと二人で話し合った事だ。
当初新理論の公開を止めさせる為の脅迫と受けとっていたのだが、それは間違いだった。
「ふ……確かにそうだな」
マキナも思い出したようで軽く笑ってみせる。
「しかし潜入とはそのお仲間さん随分大胆だね。仮にも魔法師協会だ、それに人も多い場所でどうやって……」
常人ならこんな事不可能だろう。
だが幸いな事に私の仲間は皆常人では無いのだ。
そう、私に至ってはそもそもこの世界基準で考えれば人ですら無い
──人間の姿をした別の何かだ。
「それは実際見れば理解できると思います。イブキ、居ますか?」
その言葉に合わせるように突然天井の板が外され、ポニーテールを逆さに垂らしながら一人の少女がヌっと顔を覗かせる。
「なっ! 侵入者か!?」「わ! びっくりしたー!」「イブキさん!?」
素直に驚きを表現する彼らを無視するかのように室内に飛び降りるイブキ。
「お待たせしたです主様。調べてきたですよ」
「やはりそこに居ましたか……普通にドアから入ってくればよかったのに……」
「最初は堂々と正面から入ろうとしたですが入り口で追い払われたですよ。それでこっそり入ってきたです」
「その子が例の?」
マキナが問いかける。
「ああ、皆さん対面は初でしたね、この子は私の仲間のイブキです」
「はじめましてです。主様に仕えるシノビのイブキです」
丁寧にお辞儀をしてみせるイブキ。
第一印象はとても良いのだが……これまでの前例を踏まえるとイブキとリリーとの組み合わせは多少の不安がある。
「シノビ? 何だいそりゃ? こんなお子ちゃまが何だっていうのさ?」
あ……それ以上は──
「ぬ、おいチビ今お子ちゃまと言ったですか?」
遅かった……
完全にスイッチが切り替わってしまったイブキ。
ある意味通過儀礼とも呼べる予想通りの展開に私とリタは苦笑いを隠せなかった。
「ああ言ったね、お子ちゃまだ」
立ち上がったリリーとイブキはお互いに接近し睨み合う。
「なんだい、ボクの方が背高いじゃないか」
リリーは背の事を気にしている様子だったが、イブキはその言葉に意に介する様子もなくただ視線を上から下へと流す。
そしてある場所でピタリと止まると暫く凝視した後にやりと笑った。
「ふっ……勝ったです……」
イブキが発した言葉の意図がつかめないリリーはその視線の先を追う。
「ふぇ? ……なっ!」
何を意味しているのかやっと理解した彼女は顔を真っ赤にしながら胸を隠すも、イブキはその反応を見て至極満足そうな笑みを浮かべていた。
「それでイブキ、どうでした?」
「あ、はいです。主様の言った通り改革派の連中とうとう動き出すみたいです、二日後に主様とリタ、そしてエミルを誘拐する計画立ててたです」
「そうですか……」
「しかし何故今になって標的を君達に向ける?」
「これまでの事件から察するに第一、第二被害者はどれも優れた魔法師が狙われていました。ですが何れも失敗……そこでターゲットを誘拐しやすい人物に絞ったのでしょう。それに私達は常に夜間の単独行動を避けていましたので襲われる対象からは程遠かった……そう考えています。ですが数日前彼らを煽って賢者の石とリタを対決させました。魔法の早撃ちですがそれにリタが勝利した事で彼らは再び魔法師の質に目を向けたんだと思います」
「何故そんな事を……」
マキナの言葉には"何故リタを巻き込むような事を"という意味が込められていた。
勿論彼女はリタが居るこの場でそんな事は語らない。
リタも同様に彼女に対しては常に他人の立ち位置で接していた。
「す……すみません……」
マキナの迫力に気圧されリタが沈み込む。
「い、いや……すまない……今のは忘れてくれ……」
マキナもリタの怯えた様子に表情を崩さずには居られなかった。
「確信があった訳ではないですが、一連の騒動から改革派には何かあると睨んでました。リタの実力を見せたのは偶然ですが、これが存外上手くいったようです」
賽は投げられた──
既に私達は戻れぬ所まで来てしまったのだ。
だが戻るつもりも逃げるつもりも無い。
「しかし今回は対象の数が多い、彼らの計画は終わりが近いのかもしれません。そして対象に私やリタが含まれたということは目的は恐らく──」
「賢者の石の強化……いや、もしかすると真の意味での完成か──」
結論は決まっていた。マキナの言葉に皆が頷く。
「勿論リタは奪わせませんし私も捕まる訳にはいきません。それにエミルにも手は出させません……私達は彼らの次の犯行のタイミング、そしてその対象を知っている。それを利用してやりましょう」
散々かき回された犯人の尻尾をやっと捕まえたのだ、逃がしてやる気は毛頭無い。
「ではこれから私の立案する作戦を聞いてもらいたいのですが、いいですか?」
「やってやるですよ!」
いつもの調子でイブキが──
「はぁ……話をするだけのつもりがどうやら俺も巻き込まれたという訳だな……いいだろう……」
諦めたようにトーマスが──
「が、頑張ります!」
まだ緊張の残るリタが──
「ヤマダ君、君、今とっても悪い顔してるよ」
愉快そうにリリーが──
「いいだろう……聞かせてもらおうじゃないか、その作戦とやらを」
そして最後にマキナが、口の端をつり上げ──
反応は皆違えど、目的はこの瞬間一つとなった。
「では、反撃といきましょう」
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