第30話 賢者の石 対 最強の弟子

 合図と共に二人は魔法の構築に入る。

 両者呪文の詠唱をしない無詠唱だが、やはり魔方陣の展開はダレンが早かった。

 リタの目の前に魔方陣が展開された頃には既に彼の手から魔法は解き放たれる。

 彼は敢えて力の差を見せつけようとしたのか、用いた魔法は先ほど披露した大魔法で、既に次の魔方陣が展開済だ。

 リタが用いたのはファイアボールだが、彼女が放ったと同時にダレンは二発目の大魔法を放っていた。


 圧倒的──


 リタが魔方陣を展開してからトリガーを引くまでに掛かる時間はおよそ三秒前後。

 それは決して遅い訳では無く、むしろ無詠唱を扱える者の中では私と同等の早さだ。

 恐らく人間が扱える限界とも思われる速度で放たれる彼女の魔法に対して、ダレンは一秒から二秒の間くらいの間隔で大魔法を放っていた。

 彼の魔法はそれ程までにが早すぎるのだ。

 無詠唱を扱えない人間でも無詠唱を可能とし、更には魔法構築のプロセスを無視するかのような早さで発現する大魔法。

 やはりダレンの持つ賢者の石は人知を越えた力を持っている。


「くっ……!」


 魔法を放つ度差をつけられる状況にリタは苦悶の表情を浮かべる。


「リタさん……悪く思わないでください……あなたの魔法に対する能力は素晴らしい、しかしあなたが相手をしているのは賢者の石なのです。人間一人が到底敵う代物では無い」


 対してダレンはリタの方を見ながら尚魔法を放ち続けた。

 魔法構築は言葉による詠唱は勿論、無詠唱であっても意識の集中を必要とする。

 そんな中彼は魔法とは関係の無い事に意識を割いている様子だ。

 それでも詠唱速度は衰える事は無く、まるで魔法構築を行っていないとすら思えるその光景は異常そのものだ。


 彼はどうやって魔法を構築しているんだ?


 そんな疑問が思い浮かぶ。

 しかしそれが解ったところで状況は改善しないだろう。

 ダレンが二十回目の魔法を行使したところで突然リタの詠唱が止まる。

 リタは十一回目の魔法発動を中止したのだ。


「おや、どうされました?」


 彼もリタのとった行動を意外そうな目で見つめ、魔法の発動を中止する。


「……」


 しかりリタは無言で前を見つめたまま無言の様子だ。


「リタさん……もう止めましょう、勝負は見えてる。これ以上続けても──」


「勝負は……まだ、終わってません……!」


 その言葉を言い放つと同時にリタの周囲に無数の魔方陣が同時に展開される。


「な……!」


 それまで涼しい顔をしていたダレンの表情が初めて驚愕の色に染まる。

 そこにはおよそ二十、いやもしかしたらそれを越える数の魔方陣が存在したのだ。


「魔法を複数……それにこの数は……!」


「負けるのはダレンさん、あなたです!」


 今度はハッキリと、力強く言い放つリタ。


「くそ!」


 ダレンは手を止めた事を後悔しただろう。

 言葉を崩しながら再び魔法を放とうと手を伸ばす。

 しかし彼は二度驚く事になった。


「は……?」


 彼の展開した魔方陣は発動する事なく砕け散ったのだ。

 ガラスが砕けるように崩壊する魔方陣を見つめ、彼の思考は一瞬停止する。


「魔方陣が壊れた……? 何故──」


 彼は再び魔方陣を展開する。

 しかし結果は変わらない。


「何故だ……何故魔法が発動しない!?」


 次第に彼の顔には怒りの感情が露わになる。

 ダレンは何度も叫びながら魔法の行使を試みるが何れも魔方陣の崩壊という結果に収束し、二十回の魔法発動から彼のカウントは止まってしまった。


「おや、ダレンさん意外そうな顔してますね。もしかしてディスペルマジックをご存じでない?」


「な、何だそれは……!?」


 そこには先ほどまでの紳士的な姿は無く、ただ感情を剥き出しにする男の姿があった。


「魔方陣同士の衝突から起こる事象の事です。今リタは魔方陣を同時展開しながらダレンさんの魔法発動に合わせてもう一つ魔方陣を展開してるんですよ。そう、あなたの目の前にね」


「そんな事が可能……なのか……?」


「可能です」


 私の言葉にまだ理解が追いついていない彼はとうろう魔法の詠唱を諦め、ついには膝をついてしまう。


「これで終わりです!」


 リタの周囲に展開された全ての魔方陣から一斉に魔法が発現する。


「これは……」


 一つの魔方陣から炎が巨大な鳥の姿となり広場を飛び回る。

 一つの魔方陣からは大量の水が濁流の如く溢れ出し、大蛇となる。

 一つの魔方陣からは稲妻が迸り、竜の姿を形作る。

 次々と現れたそれらは消える事なく、まるで意思を持った獣のように蠢いていた。


「こんな魔法……私は知らんぞ……」


「それもそうでしょう。なんせこれらは全て戦略級に属する大魔法ですから」


「せ、戦略級だと!?」


 この空間は確かに広い。

 しかしリタが発現させた魔法は大小あれどそのどれもが巨大で、全ての魔法が発現した頃にはまるで余裕が無いと言わん程溢れかえり、空いたスペースは私達の立つスペースのみとなっていた。


「あ……あああ……」


「勝負ありですね。勝者、リタ・ハーベスト!」


 魔法師対賢者の石、異色の勝負はこうして幕を閉じた。

 同時にリタは倒れ込むようにして地面に突っ伏した。

 それと時同じくして先ほどまでこの空間を圧迫していた魔法のどれもが爆散するようにかき消えた。


「リタ、大丈夫ですか?」


「え……えへへぇ……師匠、勝ちましたよぉ……」


「ええ、見てましたよ。見事なものでした」


 戦略級魔法は他の魔法と異なる点がある。

 それは発現以降もその場に停滞し、継続的な攻撃を続ける事にある。

 活動範囲に制限は無く、その何れもが意思を持って敵意を持つ勢力に襲いかかる。

 そしてこの世の法則による物理攻撃によるダメージは無く、魔法による干渉も受けつけない。

 対処不能が故に戦略級。

 ただし代償もある。

 それはこの世界に形を留めるにあたり継続的に術者の精神力を消耗するということだ。

 リタはそれを多重詠唱で同時管理していたのだ、その消耗量は計り知れないだろう。

 だが、驚かされたのは彼女がそれを数秒とはいえ実現してみせたことにある。

 リタ個人が内包する精神力は並大抵のモノじゃない。

 私にはこれだけの数を同時に管理する程の精神力を持ち合わせてはいない。


「……」


 膝をついたまま放心していたダレンはゆっくりと立ち上がり、静かにこちらへ向き直る。


「す……」


 一瞬言葉に詰まる様子だったが、すぐ次の言葉が発せられた。


「素晴らしい……素晴らしいですよリタ殿! お見逸れしました。これ程までの大魔法を扱い、更には同時に発現させてしまうとは……!」


 その表情が現す感情は歓喜。

 ダレンは素直に喜んでいる様だった。


「ダレンさん……」


 しかし彼を見つめるリタは、その表情は嬉しそうではあるがどこか不安が入り交じっているようにも見える。


「賢者の石の力は確かに素晴らしいと思います。ですが、それで魔法師が不要となる理由にはならない。それを伝えたくて……あの、生意気な事をしてしまってすみません……」


 私に肩を支えられながらリタは申し訳なさそうにする。

 しかしダレンの表情はとても嬉しそうな表情から崩れる事は無かった。


「いえいえ、何を仰いますか、確かに賢者の石は力なき者に力を与えます。そして並の魔法師では追いつく余地の無い絶大な力を持っています。ですが、あなたのような優秀な魔法師に勝てないという事実、身をもって知りました。私達の研究もまだまだこれからです……これを機に賢者の石の更なる改良を目指そうと思いますよ。お二方にお会いできて本当に良かった。感謝しますよ」


 心からの感謝の言葉、それを聞いて悪い気はしなかった。

 だが、彼の喜ぶ表情はどこか底の知れぬ不気味さを孕んでいる様にも思えた。


「それではダレンさん、リタは先ほどの魔法で疲れてしまったようですので、私達はこれで失礼しようと思います」


「なんと……よろしければこの支部にも客室はございますので本日は泊まっていかれても結構ですよ?」


「いえ、自室の方がリタも休まりますので……折角の申し出感謝します。ですが今日は帰る事にします」


「そうですか……では、お気を付けてお帰りください。外はもう暗いですから。ああそうだ、外までご案内しましょう」


「ありがとうございます。ではお願いします……」



◇◆◇



 再びダレン先導のもと、リタを背負う形で南支部を出てた私は彼と軽く別れの挨拶を交わし宿舎へ向けて歩きだした。

 外は既に夜、街の明かりはまばらで通りを歩く人影はほとんど居ない。

 酒場から聞こえてくる喧噪が今どれくらいの時間かを教えてくれる。

 リタは先ほどの勝負でだいぶ消耗してしまったようで、背負われた状態でどうやら眠ってしまったようだった。


「……イブキ、居ますか?」


「ここに居るです」


 気配も無く現れたイブキが私の隣に立つ。


「お待たせしてしまってすみません」


「いえ、イブキはずっと主様の近くに居たですよ」


「そ、そうなんですか……一体どうやって……いえ、聞くだけ野暮ですね」


 通り魔事件が鳴りを潜めた今、イブキには私達の身辺護衛をお願いしている。

 彼女の口ぶりからすると南支部の施設内にも潜り込んでいたようだ。

 しかし隠れる場所なんてあっただろうかとも思える施設内で、気配すら感じさせない彼女の能力にただただ驚くのみである。


「ふふん、イブキに不可能はないですよ主様」


「知ってます。それでイブキ、施設内に入ったということは何か見つけましたか?」


「うーん……ずっと主様の後を追ってたので特には……あ、そうです」


 彼女は思い出したように手をポンと打つ。


「主様と居たあの油ギッシュなおっさんですが、あいつが持ってた赤い石と同じ物がいくつもあったです」


「それは……」


 賢者の石は一つだけじゃない?

 あれだけの賢者の石が量産されているのか?

 しかし何のために?

 いや、それよりも今知りたいのは──


「イブキ、その赤い石以外に何か見ませんでしたか?」


「そうですねえ……ごちゃごちゃして汚い部屋だったのでそれ以外は……主様の言ってた試験官……ってやつですか? 赤い水が入ったそれがいくつかあったのと本が沢山積まれてたくらいですかね」


「赤い水……」


 それは北支部から盗まれた例の薬品だろうか。

 しかし勝手にこじつけるのは早計というものだ。

 だが疑わずには居られない。

 もしそれが盗まれた薬品だとしたら彼らは何の目的があって使っている?

 賢者の石と北支部から盗まれた薬品は何の関係がある?

 まだ答えは出ない。


「……もっと調べる必要がありそうですね」


「主様? どうしたですか?」


「いえ、とりあえず今日のところは帰りましょうか……明日改めてお願いしたいことがあります」


「何だか解らないですが、このイブキに任せるですよ!」


 今日は疲れた。

 なんせ朝から晩まで活動していたのだ、正直今は頭が回らない。

 この件は翌日に持ち越す事に決めた私はイブキと並ぶようにして再び宿舎へ向けて足を進めた。 

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