第25話 和解
エミーリアとの勝負は彼女の戦意喪失で幕を閉じた。
無言で去る彼女を見送り、その後マキナから「女泣かせ」と辛辣なコメントをもらったのはいささか不本意ではあるが、エミーリアは翌日以降の講義にも全て出席していた。
そこには以前見た彼女の面影は無く、ただひたすら私の言葉に耳を傾けるその姿はまるで別人のように思えた。
変化はそれだけじゃない、あの一戦以降、講義の参加者が劇的に増えたのだ。
最初は五人で始まったこの講義も数日経った今では文字通り溢れかえるような賑わいを見せていた。
「──時間ですね、今日の講義はここまでとします。私はしばらくここに居ますので疑問や質問があれば遠慮無く言ってください」
言い終わると同時に全員が一斉に席を立ち、津波のように押し寄せてくる。
「ヤマダさん! 先ほど仰ったマナの同調について質問なのですが──」「無詠唱魔法ってどうやるんですか!?」「地殻って何ですか?」
あまりの勢いに気圧され私は後ずさりするも背後の壁に退路を阻まれ魔法師達の熱気に当てられる。
矢継ぎ早に出てくる質問に回答し、解放されたのは夕刻になってからだった。
「師匠、お疲れ様です」
協会本部を出て宿舎へと向かう道中、リタが労いの言葉を掛けてくれた。
「ありがとうございますリタ。待ってもらったばかりか荷物まで持って頂いて……」
「いえ、弟子として当然の事です!」
リタが抱えるのは数冊の書物だ。
呪文書──本来門外不出の代物なのだが、こうして宿舎へ持ち出しを許可されているのはマキナから与えられた特権によるものだ。
普段講義で時間を割かれる分はこうやって書物を持ち出し、宿舎で勉強する……というのが習慣化しつつあった。
「しかし、講義がここまで盛況だとは思ってもみませんでしたよ……」
「日に日に参加者が増えてますね、今日なんて講堂に入りきらなくて立ち見の方が結構居ましたよ」
「このわたくしを打ち負かしたんです。当然です」
目の前で壁にもたれかかる人影から突然声を掛けられる。
この声は知っている。
「あ……」
「エミーリアさん……」
リタは私の後ろに隠れる。どうやらエミーリアの事が苦手のようだ。
エミーリアは隠れるようにするリタを見て少し困った顔を見せる。
そして私に視線を移すとしばらく黙り込んでしまう。
「あの……エミーリアさん、何かご用でしょうか?」
「ヤマダ……その……」
何か伝えたいのだろうが、中々声に出せずにもじもじとする彼女。
「どうしました?」
「~~~~っ……すぅ……はぁ……っ」
夕日に照らされても判るほど赤面する彼女は一度深呼吸し、落ち着きを取り戻したと思えば突然頭を下げる。
「あの日勝負についてお詫びしたいと考えておりました。わたくしが間違っていましたわ……」
「エミーリアさん、どうか頭を上げてください……あなたは何も間違えていない」
彼女は頭を下げたまま震える声で応える。
「どうして……そう言い切れるのです? わたくしは負けた……あなたが正しかったのです……」
「エミーリアさんがこれまでの理論に基づいて真剣に取り組んでいた事は戦った私が理解してます。クイックキャスト、見事でしたよ」
クイックキャストとは彼女があの日用いた呪文短縮の事だ。
魔法師はどうやら新たな技術に別名を付けたがる傾向があるらしい、かくゆう私も詠唱取り消しの技術に名前を付けた。
恥ずかしいネーミングセンスだというのは自覚しているが……
「ですがヤマダは……あなたはそれを上回る技術を持っていた……詠唱する事なく現れた魔方陣……そして──」
「ああ、あれですか」
あれ──とはエミーリアとの勝負で最後に見せた魔法だ。
魔方陣の展開が一つだけであるというルールは存在しない。
その結論から導き出した一つの可能性が多重詠唱である。
「実はですね、あの魔法……発動しないんですよ」
「え……?」
突然のカミングアウトにエミーリアは顔を上げる。
「お恥ずかしい話ですが多重詠唱はまだ研究段階なんです。現時点では複数の魔方陣を空間に固定するのが精一杯でして……あの時エミーリアさんが負けを宣言くれなかったらただの大道芸って思われてたでしょうね」
「成る程……わたくしは、その大道芸にまんまと騙されたわけですわね……」
彼女は俯きながら肩を震わせる。
「あ、あの……エミーリアさん?」
「……完敗ですわ……」
「え?」
彼女は腕組みしながらため息を漏らし、呆れたような顔をする。
「例えそれが大道芸であろうと魔法の根本を覆す可能性、わたくしはそれを感じましたわ。それに、どのみちヤマダにはわたくしの魔法が通用しなかったのです。魔方陣を重ねて相殺するなんて発想誰も思いつきませんわ」
「そんなことは無いですよ、たまたま誰も実践していなかっただけで……私がやらずともきっとそのうち発見されていたと思います」
「謙虚なのですね」
「どうやらそのようです」
「まあいいですわ……」
「ところで、エミーリアさん──」
「エミル」
「え?」
「エミル……でいいですわ。そちらの方が呼ばれ慣れてますし……それに……」
「それに?」
「い、いえ……何でもありませんわ」
エミルは慌てて取り繕うように言葉を続ける。
「それよりもヤマダ、あなたに忠告があります」
「忠告……ですか」
「ええ、忠告というより助言に近いでしょうか……伝えたいことは一つ……魔法師協会の人間を信用するな……ですわ」
「どういう意味ですか?」
「さあ、どういう意味でしょう?」
彼女はおどけて見せる。
「では、わたくしはこれで失礼しますわ。ああそれと……そこに隠れているあなた……確かリタさん……でしたっけ?」
「ひゃ、ひゃい!」
突然話しかけられて変な声を出すリタは私の背後からひょっこり出てくる。
「あ、あの、はじめまして……リタ・ハーベストと申します……」
「ハーベスト……そう、あなたが……」
ほんの一瞬だがエミルが目を細めた気がした。
「あの……エミーリア……さん?」
「ああ、どうか怖がらずに……もしよろしければあなたもわたくしの事をエミルと呼んでくださいな。これから同じ仲間として仲良くしましょう」
「え……? は、はい! では私の事もリタと呼び捨てで!」
「わかりましたわ。ではヤマダ、リタ……わたくしはこれで……」
そう言ってエミルは協会の方面に去って行った。
しばらく彼女の後ろ姿を見送っていた私達は、再び宿舎へ歩き出す。
「師匠……」
「何ですか?」
「私、強くなれますか? 師匠や……エミルのように」
リタはエミルに憧れのようなものを感じたのだろうか。
自分の信念を貫くのも大切だが、時に過ちを認め、相手を賞賛する素直さと勇気をエミルは持っている。
「リタは強くなりますよ、私が保証します」
「そ、そうですか? ……えへへ……」
まんざらでもないといっただらしない表情でにやけるリタはただ憧れを抱く年相応の女の子に見えた。
そして私は未だマキナから告げられた過去と、彼女の内に秘められた黒い感情を実感する事ができなかった。
それに──
「信用するな……か……」
自覚ないまま何か大きな問題に足を踏み入れているような、そんな気がした。
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